2012年09月10日

近代洋画の開拓者 高橋由一@京都国立近代美術館



 日曜日、朝8時過ぎに出発し、京都へ。



 みなさん、夏の疲れが出ているのか(それはあたしだ)、まだ京都秋の観光シーズンに



突入していないのか、意外と道もすいている感じでほぼ9時半のオープン直後に美術館に



入れました。 目的は、こちら。



   『鮭』を三本、まとめて見ること!



 日本画はまだ難しくてわからないところがあるんですが、<日本の洋画>は何故か



大好きです。 リアルを追求してるからかしら? というわけで高橋由一は好きな画家



ですが・・・教科書で見たことのある『鮭』を実際に生で見たときの感動と言ったら!



 普通に「おいしそう!」と思いましたからね。



 その後、別の展覧会で『鮭』を見たときに前ほどの感動がなく、どうしたことだと愕然と



していたら、実は『鮭』は三枚あったんですよね!(すみません、それまであたしは全然



知らなかったのです・・・)。



 で、今回の展覧会は人物画からスタート。 油絵技法を会得するまでの習作や資料も



多数展示されています(そのコーナーでは『猫図』が強烈にかわいい!!)。 人物画も



面白いんだけど、やっぱりあたしはこの人の静物画が好きだなぁ、と実感する結果に。



 たとえば『日本武尊(やまとたける)』、服装や人物は明らかに日本の神話の感じその



ものなんだけど、足元の植物がまるでフランス絵画。 アンバランスさに笑ってしまうん



だけどそこが好き、みたいな。 あとは桶にのせられたタイがちょっと無念そうな顔を



している『鯛図』とか、これから食べられるんだろうにどこか笑い顔(もしくは安らかな



笑み)の『鴨図』など、いちいちぐっときます。 『豆腐』は金毘羅さんでさんざん感動した



ので「うむ、変わりないな!」と納得してみたり。



 そして目玉の『鮭』三本が並んでいる壁に。



 あらためて見ると、壮観。 おまけにちょっと高いところに展示されてるのであたしの中に



あった印象とちょっとずれてきて(また大きさもそれぞれ違うし、なんか思ったより大きい



のですよ! 額を変えているのか?)、どれがあたしのいちばん好きな『鮭』なのか一瞬



わからなくなった・・・。



 立ち止まり、しばし凝視。 ――これだ!



   東京藝大が所蔵しているやつです。



 壁に近寄って、作品紹介札を見て確認。 よかった、間違ってなかった・・・あたしの



勘もまだ大丈夫。



 というわけで大変満足な展覧会でございました(結構人が少なくて、思う存分見られた



せいもあるかも)。



 上の階にある平常展も高橋由一に合わせたのか、前半は人物画と静物画でまとめ



られていて面白かった。 福田平八郎の『鯉』のかわいらしさに胸がキュンとなり、



徳富神泉の先日の青が印象的な鯉とはうって変わった墨中心の鯉にもびっくり。



 ミュージアムショップのポストカードも充実していて、大変満足です。



 帰る頃、来客がどんどん増え出していて、早起きしてよかった・・・と実感でした。


posted by かしこん at 06:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月23日

実は奈良へも・・・



 『ピサロと印象派』展に行った日、実は朝から奈良にも出かけておりました。



 まずは、いちばんオープン時間が早い奈良県立美術館。



近代の日本画 〜人物・花鳥・風景〜



 でも蔵品店だったので、入場料は驚くほどお安く(ちなみにこちらも8月19日が



最終日でございました)。 日本画はあたしにはよくわからないので(わかるものが



あるのかよ!、と自分ツッコミしたくなりますが)、好きなのは動植物系ということに



なります。 評価基準が「かわいい」・「かっこいい」なのはどうなんだ・・・と思いながら。



 というわけで人物画はあまり得意ではないのですが(そもそも絵が巻物になって



いるってのがどうも苦手で)、ちょっと遠目から見ても幽霊画はそれとすぐわかるのは



すごいなぁ、とか(漂わせている雰囲気のせいなのか?)、『明治天皇騎馬像』は特別



大きく描かれていないのにやたらかっこよかったり。 屏風に描かれた虎がとにかく



ユーモラスでかわいらしく、「このポストカードほしい!」と心から思ったのに売って



なかったり・・・。



 まぁ、一枚ベストを挙げろと言われたら、徳岡神泉の『鯉図』でしょうか。



   やはり直で見るのと画像では雰囲気違うんですが。



 鯉の頭のあたりの青さが水面に近いのかな? それともあまり動いていない分よく



見えるのかな? 鯉を描いているだけなのに水や光が見えてくる感じがするところが



気に入っています。 しかしこれもポストカードはなかった・・・日本画はそれぞれサイズが



違うからポストカードにしにくいという事情もわかるんですけどね・・・残念。





頼朝と重源 東大寺復興を支えた鎌倉と奈良の絆



 その後、奈良国立博物館へ移動(徒歩10分かからないとはいえ、暑かった!)。



 とりあえず、素敵な仏像でもあればいいなぁ、の気持ちで(とはいえ、別館のなら仏像



館はいつ行ってもいい仏像だらけで時間を忘れます)。



 書とかはよくわからないので結構スル―気味。 あ、これ、どこかで見たよ!、と思えば



それは浄土寺のものだったり(何年も前に行ったのだけれど意外と覚えているものですね)。



 で、初めて『源頼朝像』を見たのですが・・・教科書などでさんざん見てるつもりだった



けど全然違ってかっこよかったんですよ!



   これ「頼朝じゃない」説も一時期ありませんでしたっけ?



 よく見ると、肩のラインが不自然なほどまっすぐでしかも右と左がかみあっていない



のですが・・・トータルで見ると美しいバランス、という。 しかもこの画像でもよく見えない



のですが、脇差しから垂れている紐の青さの鮮やかなこと! この青さはおなかあたり



から下がっている帯(?)と同じ色なんだけれども、これまたいい色で残っていて、黒



一色と思いがちな頼朝の服を引き立てているのです。 なるほど、<日本画史上に残る



肖像画の傑作>ってこういうことか、と納得。



 というわけでこれ一枚で十分満足しそうになったあたしですが、その当時の高僧の



方々の像があたしの記憶通りだったのでなんだか笑いが止まらず(高校のとき日本史を



とったので、資料集などでお馴染みの顔写真)。 特に栄西さんは「これしか見たことない



かも!」の正面顔でした。 高校生のときは「誰が何をして・・・」と暗記に懸命だったけど、



それを離れるとこんなに楽しいのね(でもそれも、かつて必死で頭に入れた過去があって



こそ、かもしれないけど‐残念ながらあまり細かいことはもう覚えていないんだけど)。



 その後、<なら仏像館>へ移動。 10年近く前、いちばん最初にここに来たときに



あたしを魅了した如意輪観音がいて、ここの収蔵品であるにもかかわらずその後いつ



来ても出会えなかったのだけれど、思いがけず今回は出会えまして!



 が、かなしいことに「わっ、これだ!」という気持ちと、「あれ、こんな感じだったかな・・・」と



いう気持ちとがないまぜになり、自分の記憶の曖昧さがまたも露呈。 好きなものほど



何かを付け加えてしまうものなのよね。



 特別公開の降三世明王坐像(大阪・金剛寺)は迫力があってかっこよかったです。



思わず部屋の隅にあったソファに座ってしばし見とれちゃった。





竹内栖鳳展



 その後、車で移動して松柏美術館へ。



 竹内栖鳳の絵は県立美術館にも何点かあったのだけれど、あたしの中では彼の



描く動物は「やたらかわいい」イメージ。 昔のえらい人が竹内栖鳳を語るとき「彼の



描く生き物からは体臭がする」見たいなことを言ってるのが今もよく引き合いに出されるの



ですが、そこまでかなぁ・・・っていつも思ってしまう。 リアルだけれど、生々しさよりも



その動物たちが持つユーモラスさのほうをあたしは強く感じるんだけど・・・それも時代が



通るフィルターなのかもしれませんね。



   というわけで今回のベストは『群鴉』。



 日本画ではいい題材にしてもらえないカラス(しかもベタにハシブトガラスだ!)を実に



黒々と、のっぺりするほどの黒で描きながらも柿をとって食おうとするかわいらしさ。



で、それがものすごい存在感だったりして。



 これもポストカードほしかったのに、なかった・・・。





 と、急ぎ足の奈良めぐりを終えて、『ピサロと印象派』へ向かったのでした。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月19日

カミーユ・ピサロと印象派‐永遠の近代@兵庫県立美術館



 まだしばらくやってるだろ、とたかをくくっていたら、最終日でした〜。



 大混雑を覚悟して行ったけど、意外にも、そこそこの人出の範囲で済みました。



勿論、すいているということではないけれど、それなりにじっくり絵を見ることが



できました。



   <昼寝、エラニー(部分)>1899年



 実はあたし、印象派の魅力というか面白さに気づいたのはこの10年ぐらい、



という「絵、見るの好きです」という割にはどうなんだというやつでございました



(現実よりも現実的なリアリズム描写が好きだったのです)。



 でも日本人ってなんとなく印象派が好きですよね。 展覧会も多く開かれるから



見に行っているうちに、なんとなくよさがわかってきたというか。 “印象派”っていうと



いかにもクロード・モネのイメージですが、あたしの中ではピサロやシスレーが



代表っぽい感じがします(あ、コローもそうですね)。



 なんというか・・・明るくて、舞台が農村や畑なんかで、地味なんだけど見ていて



心が癒されるというか和むというか、毎日見ていても飽きない絵ってこういうのの



ことじゃないのかなって感じるから。



 ピサロの絵の並びに一枚だけクールベの絵があったんだけれども、確かに絵の



迫力としてはクールベのほうが上なのですが、でも、重い。 たまたまその絵が、



かもしれませんが、光の軽やかさが全然違うのですよ。



 いい意味での軽さと明るさ。 あと題材のわかりやすさ。 それがピサロの魅力



かなぁ、としみじみしたりして。 でも彼はエッチングもやっていて、それはそれで



また別の迫力があったんですよね。 ただ個人的には、やはり油彩のほうが、



そして人より風景のほうが好きです。



   「あ、この絵、見たことある!」と

             思ったら、以前国立西洋美術館で見たやつだった。



 しかし、あたしの気に入った絵ほどポストカードとして売っていないのは何故



なんだろうか・・・悲しくなります(とはいえ、人にあげる分も含めて買いこみましたが)。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月17日

M.C.エッシャー展 変容・無限・迷宮 @ 佐川美術館



 佐川美術館には、多分二度目だと思う。



 前回は仏像を見に行ったような気がする・・・調べてみたら2004年11月でした。



えっ、8年近く前なの!、と愕然。 空港のようだと思った全自動入場機も止まって



いた。 節電か?



 しかし今日の目的はM.C.エッシャーでございます。



 言わずと知れた、オランダ出身のトリックアート(だまし絵)の第一人者。



 勿論あたしもだまし絵から彼の世界に入ったのですが、実写的細密画を描くという



意味でも愛する画家でございます。



   使われているのは<空と水 T>1938年



 今回展示されているのはハウステンボス美術館所蔵品ということで・・・一緒に行った



人は「前と同じやつか」と不安であったようだが(これまた何年か前に心斎橋の大丸



ミュージアムでハウステンボス所有のエッシャー展があった)、佐川美術館のほうが



スペース的に広いためか、だまし絵以前の作品が多く見られたような気がした



(あたしもあまり記憶が定かではないのだが)。



 そんなわけで、普通(?)の風景画が多く見られてよかったです。



   <「スコラスティカ」の挿絵(15ページ)>1931年



 このように、恐ろしいおとぎ話にも挿絵を提供していたり。 こんなの、子供心に



見たらトラウマになるのではないかしら・・・(あたしは『モチモチの木』の絵の方が今も



ちょっと怖いです)。



 ま、代表作と言ってしまったら、これなんですが。



   <滝>1961年



 でも、これをはじめとする一連の有名シリーズに固執する観客が少なくて、全体的に



大変見やすかったです。 あー、エッシャーをいっぱい見られるのってうれしいし、



どうもわくわくを抑えられないものがある。



 ちなみにあたしは<滝>のジグソーパズルもかつてつくりましたよ(今でも実家に



飾ってあるはず)。



 ただ、ミュージアムショップにあるポストカードの品揃えは今ひとつ・・・風景画の



ほうも、もっとポストカードにしてほしかったです(ハウステンボスには存在するの



かもしれないが・・・)。



 しかし暑かった・・・防御もちゃんとして行ったのに、日に焼けた・・・赤く腫れた腕が



痛くて痒くて仕方ない。


posted by かしこん at 05:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月30日

サド侯爵夫人@シアター・ドラマシティ



 実は学生時代演劇部であったあたし、三島由紀夫は小説よりも戯曲のほうがすごい!、



と思っていた時期があって、しかしそれを人に言うのは何故か憚られ、ひとりでこっそり



読んでおりました。 だから自分たちで三島戯曲を上演したこともないし、実はプロ公演も



見に行ったことがない。



 しかし今回の『サド侯爵夫人』は演出:野村萬斎、ルネは蒼井優、モントルイユ夫人は



白石加代子、しかもサン・フォン伯爵夫人は麻実れいだというではないか!



 これは、これはぜひ見たいよ〜、しかしスケジュール詰まってる時期に9000円は



痛いよ〜、と悩みつつ、チケット取れたらうれしいけど、取れなかったら取れなかったで



仕方がないや!、と運任せで申し込んでみたところ、当たってしまった・・・うれしいけど、



うっ、って感じ。



 で、ぎりぎりまでいろいろあったため、「実は明日です!」と気づいて慌てても何を



慌てていいかわからないくらいリアル感がない。 よたよたと劇場に向かうのであった。



   うっ、やっぱり三幕だ、長い!



 とても静かに幕が開く。 上演前の注意アナウンスも、開演ベルもなく、ただすーっと



会場が暗くなっていく、それが合図。



 三島由紀夫の戯曲って台詞回しがすごく独特で、現在から見ると余計に「それって



仰々しいよ?」というか活字で見る分には気にならなくても実際台詞にして声に出して



みるとちょっとおかしい部分もあり、下手すれば失笑してしまうのですが・・・今回の



『サド侯爵夫人』にはそのような部分はまったくなく、さすが野村萬斎! わかってる!



ちゃんとツボを押さえている!、と勝手に感銘を受けました。



 第一幕、モントルイユ伯爵夫人づきの女中のシャルロット(町田マリー)が到着した客を



招き入れると、シミアーヌ男爵夫人(神野三鈴)とサン・フォン伯爵夫人(麻実れい)が



登場する。 招待したモントルイユ夫人(白石加代子)がまだ来ていないのでしばし



お待ちください、ということになり、二人はこの招待の意味、つまりサド侯爵の“悪行”に



ついて語り合う・・・のだが。 とにかく麻実れいがかっこいい!



 サド侯爵を援護するわけではないが自分自身に中にそのような衝動は必ずあるの



だから、と、自らの中にある“悪徳”を認め、むしろその悪徳のために生きる!、という



姿はすがすがしいまでの潔さ。 黒と青、という衣装のイメージとも相まって、美しい。



 見ているあたしが女だからかもしれませんが、姿の出てこない・ただ語られるだけの



サド侯爵よりもサン・フォン伯爵夫人の存在にこそひきつけられてしまうわけです。



 一方、シミアーヌ男爵夫人は良識派というか、当時の女性の置かれた立場そのものの



ようなお方。 スキャンダルを耳にしてはいけないと思いつつも好奇心には勝てない、



そして親戚の娘さんが困っているのならば助けなければいけない、というような。



 この二人のやりとりでほぼ前半ですが、台詞が明確に届くが故に笑えるところもくっきり



(ここは笑ってよいのか、の気兼ねもいらない)。 それはモントルイユ夫人の登場で更に



拍車がかかる(白石さんお笑い担当か?、というくらい湧かせてくれました)。



 そこで空気が一変し、サド侯爵夫人であるルネ(蒼井優)が登場するのですが・・・



そりゃもう主役ですから、ということもあるけれど、どこか別の世界からやってきた人です



的演出で、衣装もどこかの美術館展で同じような服を着た肖像画を見たことあるぞ!、な



レベル。 そして期待を裏切らぬ、他の方々と変わらぬきっぱりくっきりとした台詞回し。



 蒼井優、すごいなぁ!!、と素直に感嘆。 結婚なんかしなくてよかったよ、このまま



舞台女優の道を邁進してくれ!、と思わずにはいられませんでしたよ。



 ルネの妹・アンヌ(美波)が登場して爆弾発言をし、「夫の放蕩に対しても忍びがたきを



忍び、耐えている妻」であるルネの顔は仮面であるとわかって一幕終わり。 一時間ほど



なのに、とても濃密な時間だった。



   豪華キャストよねぇ。



 以降も濃密さは変わらず、二幕はそれから6年後、三幕はそれから13年後の話に



なるのだが・・・見ているうちに台詞を一言も聞き洩らしたくなくて、目をつぶってしまいたく



なるのだ。 舞台上の動きがあれば目を開けるのだが、それ以外はとにかくみなさんが



話している言葉と話し方のみに集中していたい瞬間があり・・・それって、傍から見たら



眠ってると思われたかな?(実際、周囲にはいびきかいてた方もいたし)。 でも違うのよ!



 あぁ、これぞ、演劇。



 カーテンコールにスタンディングオベーションで応える。



 正統派演劇の醍醐味を久し振りに感じ取ったあたしは、そのことに泣きそうになって



しまった。 3.11後の日本で演劇をやることについて答えを出さなくなった(探さなく



なったように見える)人も多いのに、まだ追求している人たちはきちんといて、勿論それは



舞台のテーマそのものとは離れても精神はつないだままで、かつそんなことを意識しなく



ても舞台として完成されている。 演出家野村萬斎の、普通にファンになってしまった。



 なんと言ったらいいのでしょう、つまりあたしはあれ以来初めて(シティボーイズは



別だが)、演劇世界に踏み込んだことを後ろめたく感じなくてもすんだのだ。


posted by かしこん at 04:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月14日

ヴィラ・グランデ青山〜返り討ちの日曜日〜@サンケイブリーゼホール

 気づけば、この人の作品をよく見ているような気がする。 作家で選んでたわけではなく役者で選んでるんだけど、結果的に作者はこの人でした、みたいな。
 今回も竹中直人&生瀬勝久につられたけど、作・演出は倉持裕さんでした。
 で、特にファンというわけでもない立場から見ると、どうもこの人は不条理ホラーが好きそうなのだ。 だから一度本気でホラーをやってみたらいいと思う。 ホラーかと期待したらコメディ&いい話でちょっとがっかりした『鎌塚氏、放り投げる』と比較すると、はじめからコメディと目されているこの作品はザラリとしたイヤな感触が残るホラーテイストにじむ内容だった。

  ヴィラ・グランデ青山.jpg こんなリゾート光景はない。
  話はすべてマンション内部で。

 バブル期に建てられたマンション、ヴィラ・グランデ青山。 そこの住人である広告デザイナーの民谷(竹中直人)は三年振りに仕事仲間でかつてはここに住んでいたカメラマンの陣野(生瀬勝久)に会う。 娘(谷村美月)の元カレ・鳴川とのトラブルについて相談するためだった。 そこへ鳴川の親友・日野(松下洸平)、住人の津弓(山田優)、管理人の岡根(田口浩正)が絡み、ドタバタした日々&個人の認識のずれが浮かび上がる・・・という話。
 冒頭しばらくは竹中&生瀬の二人芝居が続き、なかなか見せてくれます。
 説明がなく状況から始まって、二人の会話を聞いているとだんだんどういうことかわかってくる。 映像作品ではすっかりオッサンである様子をがっちり見せてがっかりな生瀬だが、舞台だとやっぱりかっこいいんだよなぁ。 それは竹中直人も同じなんだけど(でも遠目だと高橋克実との違いがわからない)。
 認識のずれ、という意味では観客にも“ずれ”が起こる。 登場人物の名前は台詞を音で聴くだけなので名前の漢字変換は自分の頭の中。
 「タミヤ」は「田宮」だと思ってたし、「ジンノ」は「神野」かと。 「ナルカワ」も「成川」と。管理人さんに至ってはずっと「オカベ=岡部」さんだと思っていた(終演後、パンフレットの配役表見てびっくり!)。 このへんの違和感も計算のうちなのかな〜と。
 まったく新しいわけではないが、ひとつの場所で2つの部屋の様子を表現する演出はシュールで、このストーリーによく合っていたと思う。 特筆すべきはそこかなぁ。
 バブル期が青春だったおっさん二人のなんとも言えない友情と個人的な事情。
 年をとったからその分大人になってるわけでもないんだみたいな諦観と、よかれと思った行動の積み重ねが相手に脅威を与えることもあるという話。 登場人物は必要最小限、という芝居の方があたしは好きなようです。
 けれど・・・これはこの舞台そのものとは直接関係ないんだけれど、オリジナル作品でここまで震災の影響がまったくないといえる感じなのも珍しくないか、と感じた(ずっと演劇を追いかけているわけではないのでそう言えるのはこの作品だけではないとも思うのだが)。 もはや、そういう流れは当然なのかも。
 3・11のあとあれだけ“エンターテイメントにできること”を模索していたこの世界、もうその時期は終わった、ということなのか。 小林賢太郎くんの“The Spot”と同じホールで、しかもそれから一年もたっていないのにこの違いはなんだ・・・と唖然としたのは事実である(同じホールだったのが問題だったのかもしれん)。

posted by かしこん at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月05日

鎌塚氏、放り投げる@サンケイホールブリーゼ



 劇作家・演出家の倉持裕さんは「そんなにめちゃくちゃ好き!」というわけでは



ないんですが、目の付けどころはあたしが面白そうと思うところに近い、と最近



感じるようになったので要チェックです。 とはいえ、好きな役者さんが出てないと



行くところまではいきませんが。 今回はラーメンズ・片桐仁くんが出てるのと、



いちばん最初の公演案内情報に「いつしか思いもかけないホラーな展開に」みたいな



ことが書いてあったからだった。 映画よりも演劇でホラーをやるって難しいから。



   のわりに? ポスターがメルヘン??



 羽島伯爵家に仕える執事・鎌塚氏は年齢にともない引退、あとを息子の鎌塚



アカシ(三宅弘城)に託す。 アカシ氏がお城のような羽島家の勤務初日、かつて



別の貴族の家で働いたことのある女中頭・上見ケシキ(ともさかりえ)と意外な再会を



果たす。 羽島家当主(大河内浩)はアカシに父親と約束したことを果たしてほしいと



言うが、アカシはなにも聞かされていなかった。



 羽島家は家柄はよいが実際家計は火の車、成り上がりながら羽振りはいい堂田



男爵夫妻(片桐仁・広岡由里子)から援助を得たいが正面から頭を下げるのはいや



だという。 だったら、堂田夫妻の弱みを握ればいいのでは・・・と一計を案じるアカシ



だが、物事は思った通りにはまったく進まず・・・という話。



   なんか、明るいよなぁ。



 かなりコメディである。 どう見てもコメディである。 堂田夫妻が出てくれば出て



くるほどコメディである。 上映時間が一時間を過ぎ、「ここからどうやってホラーに



持って行くんだ???」とあたしは考え続けた。



 そしてドタバタ度を増しながらコメディはつきすすみ、最後“ちょっといい話”的



しんみりとした叙情を漂わせ、終わった・・・



 え、ホラーはガセネタ?



 それとも最初の宣伝の段階では台本は出来上がっていなかったのか?



 あたしが勝手にホラーの文字を読み間違えたのか?



 なんか、粗探しをするように見ちゃって、すごく損した気分なんですけど・・・。



 携帯電話もある現代で、執事稼業がやっていけるほどお屋敷は多いのかとか、



華族制度廃止されてから何年たったかわからないけど、そういう方たちは今でも



昔の肩書を名乗っているのだろうかとか、そんなしょうもないリアリティーについて



まで考えてしまったじゃないか(そもそもここは日本でいいのか、とか)。



 片桐くんの破壊力は相変わらずだし、広岡由里子さんのぶっ飛びぶりもさすが



です。 羽島家奥様の佐藤直子さんは今までそんな強い印象がなかったんだけど、



強気な中に隠しきれない上品さがあって素敵! 堂田家の執事・宇佐役の玉置



孝匡さんは顔は全然似てないんだけど、“ちょっとダメな小林隆”って感じがした。



三宅くんは杓子定規なほどに真面目にやろうとすればするほど物事がおかしくなり、



それに納得できず苦悩する姿、非常に似合ってて笑えます。



   パンフレット¥800−

      演劇にしては安い方。 おつり200円は募金箱へGO。



 だから“ホラー”って期待しなければ、もっとフラットな状態で楽しめたのになぁ!



 なんか残念だ・・・。


posted by かしこん at 05:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月17日

国民の映画 @ 森ノ宮ピロティホール



 三谷幸喜新作、実力派キャスト共演!の、この舞台、チケットが獲れただけでも



運がよかったのかもしれませんが・・・遠いよ、ステージが遠い席だったよ〜!



 冒頭、スクリーンにニーチェの言葉が引用されたけど、文字が薄くて全部読めま



せんでした・・・。



   「ロビーを含む会場内は撮影禁止です!」と

              言われたので会場外に貼られていたポスターを撮りました。



 暗闇の中、映写機が回る。 その強い光に浮かび上がる二人の男が小日向文世と



小林隆であることに気づき、ちょっとほっとする。 遠くても、シルエットでわかるって



目の悪い人間にとっては大事なことです。



 ドイツ第三帝国宣伝省ヨゼフ・ゲッベルス(小日向文世)は映画や芸術の愛好家。



その腕を買われてナチスの宣伝担当大臣にまで上り詰めた男だが、彼の中には



政治色を奥に潜めた完全娯楽映画をつくりたいという夢があった。 そのために



ドイツ映画界で活躍する人々を集めてパーティーを開き、自分の構想を発表する



つもりだった。 だが、招かれざる客ハインリヒ・ヒムラー(段田安則)、ヘルマン・



ゲーリング(白井晃)の登場により事態は思わぬ方向へ・・・。



 小林隆さんが執事フリッツの役だったので「似合う〜!」と大笑いさせてもらい



(でももし伊藤さんが生きておられたら伊藤俊人さんがこの役をやったのだろうか



・・・とも一瞬考えたりして)、三谷作品に待望の初出演である段田さんが登場から



すっかりコメディリリーフで・・・後半は(なにせヒムラーですから)冷酷無比な



ところを見せるんだろうなぁとわかってはいるけど、若干ステレオタイプっぽい役柄で



少しさみしくなる。



 あたしは以前に『ヒトラー〜最期の12日間』などの映画を見ているので、当時の



ナチス高官についての知識は多少残っているため特に抵抗はありませんでしたが



・・・ゲッベルスの妻マグダ(石田ゆり子)の奔放さにはちょっとびっくり。



 最後にはあれほど狂信的にヒトラーに入れ込む人が、こうなんだ。



 いや、三谷幸喜は実在の人物を登場させてもそれはあくまで触媒的な役割しかなく、



歴史上の事実の余白に物語をつくりだす人だということはわかっていますし、人の



性格は一面的なものでもないし「それっておかしいんじゃない?」と言うつもりでは



なく、自分の中にあるイメージとの落差に驚きつつ、あたしの中にあるイメージに



捕らわれてしまっている自分に気づくわけです。 第一印象はなかなか覆らない、と



いうことですね。



   出てるのはこの方々だけではない。



 今回は登場人物がそこそこ多いのですが・・・ドイツ人のフルネーム、発音が



(席が遠いせいもあって)聞き取れません! だから次々現れる人物が誰が誰やら



・・・『意志の勝利』の話題が出て、やっとその人がレニ・リーフェンシュタール



(ベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』の監督)だとはっきりわかるという



かなしさ(しかも演じてる人を最初は吉田羊さんだと思っていて・・・新妻聖子さん



でした)。 ちなみに吉田羊さんはゲッベルスに取り入りたい新人女優(これは架空の



人物)で、全然イメージと違っていたのでそれもびっくりでした。



 それもこれも舞台が遠いからよ〜、そしてみなさん(特に女性陣は)メイクばっちり



だからよ〜。 石田ゆり子がすぐわかったのは彼女一人が微妙にちょっと下手だから〜。



 「段田さん、出る!」ということに盛り上がりすぎてたあたし、他に誰が出るのか、



誰がどの役なのか一切リサーチしなかったための大失敗です。



 映画監督にして俳優・エミール・ヤニングスは風間杜夫で、斉木しげるさんばりの



一人コントを繰り広げてくださり、さすがかつての仲間!、と感心(感心するところが



違いますが・・・でも当然ながらしめるところはきっちりしめるわけです)。



 白井さんが出ることは覚えていたので、「じゃあケストナーなのかなぁ」と思っていたら



それは今井朋彦さんで、一幕の最後の最後に現れたゲーリング元帥に「誰?!」と



大混乱してたらそれが白井晃さんだった・・・だって、あごのラインとか首筋とか含めて、



“太めの人メイク”ばっちりだったんだもの。



 登場人物が勢揃いしたところで、まず幕。 休憩15分。 前の列に座っていた



20代の女性3人、やはりあたし同様よく見えないようで・・・「あれって誰?」な話を



していた。



 「ヒムラーって、あのしゅっとした人やよなぁ」



 「そうそう、しゅっとした人」



 そうか、段田さんは若い演劇ファンには「しゅっとした人」で通っているのか・・・



それが休憩時間の収穫でございました。



 第一幕は「お揃いになったのでお食事にいたしましょう」なところで終わり、第二幕は



食事が終わり、客人たちが食後の時間を思い思いに過ごしているところから始まる。



 そしてゆるやかに、「実はこの舞台のほんとうの主役はフリッツである」という



前振りがきっちりなされているのに気付く。



 以前、“かわいそうな、哀れなユダヤ人”という立場を脱却しなければ新たな



ホロコースト映画をつくる意味はない、と誰かが発言していたのを見たことがあるん



だけど、それを踏まえるとこの『国民の映画』にも、“今、何故、この題材なのか”を



わからせる義務がある。 当然脚本家もそういうことは意識しているわけで、劇中で



「ヒトラー」という名前は一度も出てこない。 「ユダヤ人」という言葉は2回、



一度目は恐ろしい悲劇の引き金として、二度目は人間の無意識の冷酷さの証明として



使われる。 “盲目的に差別を信じる気持ち”は特に3・11後、対岸の花火では



ないため、脚本家が意識した以上に背筋の凍る台詞になってしまったのはよかったのか



悪かったのか。 そしてマグダの最後の台詞は実際の彼女のその後にしっかりと



つながるようになっており、あたしの中のイメージも守ってもらえました。



 登場人物たちのその後紹介で、レニが死んだのが2003年とわかると観客から



どよめきが起こった(え、そんな最近まで生きてた人なの?、みたいな)。 え、



亡くなったとき「政治と芸術は相いれるのか」みたいな論争が『意志の勝利』・



『民族の祭典』・『オリンピア』を引き合いに出されて新聞記事に踊ったではないか。



ちょっと前、ニュープリントで再上映するとかで話題になったではないか。 



 知られてないんだなー、ってことに驚く(パンフレットの三谷幸喜インタビューで



「エーリヒ・ケストナーもお客さんは知らない人ばかりかも」みたいな記述があって



「まさか」と思ったけどありうる話だ・・・とはいえあたしのなかでもケストナーは



『飛ぶ教室』の人ですが)。



 前半はかなり笑いがちりばめられておりますが、最後の30分でドスンと重くなり、



その重たさは家に帰ってからも続きます。 歴史が示すのは事実だけだけれど、それを



するのは人間、しかも一人一人は“普通の人”。 では、何が普通の人を変えてしまう



のか、そもそも“普通”とはなんなのか。 その基準は時代の空気によって変わるもの



かもしれないけれど、その空気もつくるのは人のはず。 自ら信じるもののために命を



捨てて抵抗するか、うまく空気を読んで立ちまわるか、たとえどんな状況でも「これは



おかしい」と思う気持ちを持ち続けることができるのか。 抵抗の仕方は人それぞれ、



でも誰しもが考えなければいけないこと、ということだと受け止めました。



 一言でいうならば、テーマは「誰しも芸術を愛する権利はある、しかし芸術の側に



だって選ぶ権利はある」ということかもしれない。



 本質的なところでは『笑の大学』に通じるところもあるんだけれど、なにせ実話が



ベースなので歴史的事実の重さが加わっちゃってるためしんどさは計りしれず。



 ただ唯一の心残りは・・・段田さん、結構予想通りだったなぁ、ということ。



 あたしは何を期待していたのかしら。 ・・・近い席で見たかったなぁ。


posted by かしこん at 05:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月05日

LIVE POTSUNEN2011 THE SPOT@サンケイホールブリーゼ



 “LIVE POTSUNEN”はラーメンズの小林賢太郎ソロプロジェクトで、2010−11年の



タイトルが『THE SPOT』、ということらしい。



   ポスター黒いしガラスの中だし、写真撮るの難しかった。



 ラーメンズとしての舞台は見たことあるんだけど、片桐仁くんが一人の役者として



出てる舞台も見たことあるんだけど、小林賢太郎くん個人は、初めてです。



 ラーメンズのどっちが好きかと言われると、小林くんの方なんだけど。



 なんでですかね、「片桐くんには(舞台における破壊力では)勝てない」からでしょうか。



 だからなんとなく彼のソロ舞台は想像がつくというか・・・基本、ラーメンズの舞台も



ネタ書いてるのは彼の方だし、どんなにボケようともとんでもないことをしようとも、



片桐くんのパワーにはかなわないよなぁとか、どんなにがんばっても消せない



小林くんのお行儀のよさとか、スタイリッシュさが残っちゃうんだろうなぁ、と。



 ま、見てないのにそう決めつけるのも失礼なので、たまたま梅田芸術劇場から



「チケットまだあるんでよかったら先着でいい席取りまっせ」なご案内にのっかって



みた。 そしたら思いの外よい席で、一階席の真ん中通路はさんですぐの列、『海を



ゆく者』に比べたらちょっと距離はあるけれど、見やすい席でした。



 オープニング、ベタな感じで始まったなぁ、と驚いたけれど、きちんとひとひねり



・ふたひねりしてある。 NHKでこの前やった松本人志のポータブルアドベンチャー



なんちゃらのコントに似てないことはないんだけど、まぁそこは舞台ですし観客の



イマジネーションにゆだねる部分が大きくて同じベタでもあたしはこっちの方が



好きですね。



 繰り返されるモチーフ、言葉遊び、反復されていくうちに少しずつ形を変え、



いつしかまったく違うものになり、けれどまたもとに戻っていくという“循環”も



また小林くんらしく、初めてなのに初めての観客じゃないような気もしてくる。



 彼らがシティボーイズを敬愛する気持ちがそのままコントを愛する遺伝子に



組み込まれているから、そういうものを愛する遺伝子を持つ観客たるあたしも



また、すんなり理解し、反応しちゃうんですかね。



   一人芝居が落語的展開になるのもニヤニヤ。



 片桐くんがいない分、かなしみや哀愁がストレートに伝わってしまうのはいいのか



悪いのか(でもあたしは“うるう人”のネタ、すごく好きだなぁ)。 ドタバタしようと



しても結局スタイリッシュになってしまうのも、小林くんの個性でしょう。



 ナンセンスをやりながらも生真面目から抜け出せない・出さないところもね。



 シティボーイズほどあたしはラーメンズのマニアックなファンではないので、



あたしの小林くんに対するイメージは間違っているか、あくまで一面にすぎないの



かもしれない。 でもあたしには、それで十分だったりするかも。





 アンコールで、彼は「東日本がピンチです。 西日本のみなさま、いまこそ出番です」



と言った。 いきなり泣きたくなった。 来月のこの仙台公演は確か中止になったはずで、



彼だって思うことがたくさんあるだろう。 それでも、この舞台をつとめあげてこれからも



やり続ける。 いちいち体調崩して仕事休んだりしてるあたしなんかとは大違いな



強い精神力で、です。



 「がんばろう日本」のかけ声に「わかってるけど・・・」とくじけそうになるあたし。



 できるかぎりのことをしようと思いつつもときどき打ちのめされるあたしはほんとに



いかんな!、と思い知らされました。 すみません、ほんとすみません。



 “エンターテイメントにできること”、をこの世界も模索している。



 でも大切なのは「これからできること」だけじゃなくて「今すぐできること」でもあると



いうこと。



 結局現実逃避はできず、いつまでも考え続けるあたしなのだった。


posted by かしこん at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月18日

大人は、かく戦えり@シアター・ドラマシティ

 期待の4人芝居です。 戯作者のヤスミナ・レザってなんか聞いたことあるんだよな・・・と思っていたら『偶然の男』の作者でした! あれも二人芝居で、緊迫感ありつつも笑えて最後はしんみりですごく面白かった。 期待度高まる!
 で、当日・・・梅田で19時開演だからと油断してぎりぎり到着になったものの、タイムテーブル見て一瞬絶句。

  大人はかく戦えり時間.JPG え、短くない?

 でも、一幕で4人フル登場で喋りっぱなし・・・となったら結構きびしいのかもだし、その分テンポよくまとめてるのかもだし、でもこの時間ではしんみりまとめるのは難しいだろうなー、と待ってる間いろんな感情が渦巻いた。
 そう、せっかくの生の舞台、好きな役者さんたちをちょっとでも長く見たいという勝手な我儘なのであります(長すぎるのもどうかと思ったりもしますがね)。
 物語はウリエ家の居間で。 ウリエ夫妻(ミシェル:段田安則・ヴェロニク:大竹しのぶ)とレイユ夫妻(アラン:高橋克実・アネット:秋山菜津子)の間で互いの息子たちの間で起こった事件(レイユ家の息子がウリエ家の息子に棒を持って殴りかかり、前歯を折られたこと)について穏やかに話し合いが行われている。
 一応、お互いブルジョア階級っぽく「子どもの問題に大人が首を突っ込みすぎてはいけない」と理解ある牽制球を投げ合いつつも、殴った原因が逆にいじめられていたらしいからだとかがあるようでアネットは心から謝罪できないし、事情はともかく“顔が変形するくらい”乱暴されたことに怒りがおさまらないヴェロニクはどこか慇懃無礼。 妻に押されっぱなしに見えるミシェル、仕事人間のアランとそれぞれの心情が絡み合い、冷静なはずの話し合いの場はいつしかお互いの言いたいことを言い合う修羅場になっていくのだった。

  大人は、かく戦えり.jpg 濃い四人ですよね・・・好きだけど。
 あたしは段田安則さんのファンなのですが・・・生で舞台を見るのはすごく久し振り(最近のはいくつかWOWOWやBSで見ましたが)。 『おかしな二人』あたりの時期は毎年一回は見れたのに・・・としみじみ思ってしまったのは、「なんか段田さん、老けた?!」と感じたからである。 そ、それ、ふ、老けメイクですよね、と思いたいほど顔にしわが・・・それとも公演ツアーも終盤だからおつかれなのか? そう信じたいくらい、ショックでした。
 それに対して高橋克実は額が光っているせいなのかそこまでは感じなかったけど・・・それにしても女性お二人はお美しい。 メイク効果もあるかもだけど、あえて“普通の母親”という役だからナチュラルメイク程度なのですが、肌のハリが違うよ。
 菜津子さんも憧れのねえさんなのですが、その容貌からファム・ファタル的なのとか逆にきっぷのいい姉御のような役柄が多くて・・・このような「どちらかといえばわりと普通っぽい女性の役」って珍しいんじゃないのかなぁ、と見ていてウキウキしてきた。 えらいぞ、マギー! よくこの4人をキャスティングした!
 最初は静かに始まったけれど、あるときを境に客席は笑いの渦に。 フランス人の話だけれど夫婦や子供の問題についての悩みはある程度共通なのか、比較的高めの年齢層の方ほどウケている感じが・・・みなさん、鬱憤たまっているのかしら、発散したいのかしら。 舞台もその笑いにこたえるように菜津子さんは水芸を披露してその後の一連のドタバタはマギーらしいスラップスティック要素も入って(ティッシュを箱から出しまくるミシェルの動作、おかしすぎる!)、大盛り上がり。 下手なお笑いよりも数倍面白いコメディです。
 子供を挟んだ夫婦同士の対決が、いつしか男の身勝手が露呈したことにより女同士が共闘したり、女の感情論にはついていけないと男同士で意気投合したり、敵味方が入り乱れるというかもはや誰が敵で誰が味方だとかどうでもよくなり、ひとりひとりがそれぞれ違う考えを披露しまくり収拾がつかなくなりそうなのに、うまいこと電話がかかってきて話が中断してまた空気が変わったり。
 よくできた戯曲だなぁ、としみじみ。 別のキャスティングでも見てみたい気もするけど、この4人を超えるのは難しいかもな・・・。
 アランの携帯電話のくだりは「あぁなるんだろうなぁ」と予想できたけど、それでもやっぱり面白かったですよ(というかアランのリアクションとミシェルのフォローが小技で好き)。
 で、心配した時間の短さですが・・・みなさんよく喋る喋る。
 ちょうど『ソーシャル・ネットワーク』が普通にやったら3時間になるところを2時間以内に収めたように、この芝居もテンポを上げることが面白さの要因になると考えられた上での80分だったのでしょう。
 でも、予想どおりしんみりとはまとまらなかったが・・・それは、夫婦ゲンカや家族の問題には終わりがないから、ということなのかもしれない。
 いい戯曲にいい役者が揃えば、そしてそれを殺さぬ演出であれば、基本的に満足ですよ、やはり。 あー、面白かった!
 よし、次は4月。 大人数だけど、『国民の映画』だ!
 段田さん&小日向さんが見られる〜!

posted by かしこん at 03:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする