2020年03月02日

三つ編み/レティシア・コロンバニ

 フェミニズム文学は全部読む!、ということはないあたし(むしろそういう人たちが激賞していると気後れする)。 ナオミ・オルダーマンの『パワー』も少し前から存在を知っていたけれど、やっと読んだのは「SFとして」。 まぁ、考えすぎなんですけど。
 そんなわけで評価の高い『三つ編み』、ハヤカワだから、で読んでみた。

  三つ編み レティシア・コロンバニ.jpg 髪の毛は、本作では女性性の象徴。
 インド、不可触民のスミタは娘を学校に通わせ、自分とは違う人生を歩ませてやりたいと強く願う。 イタリア、父が経営する毛髪加工工場で働くジュリアは父親が倒れたのを機に工場をどうするのか決断を迫られる。 カナダ、弁護士のサラはシングルマザーだが、事務所ではプライベートは見せずに出世してきたのに、がんと診断される。
 まったく違う土地・環境に住む、年齢もバラバラな三人の女性のそれぞれの人生が交差していく物語。

 作者はもともと映画監督らしく、文章はシンプルだし、三人の女性の姿をカットを切り替えるように描写していく。 あまりにさらっとしているのでどこか物足りないほど(214ページですしね、さらっと読めてしまいました)。 その分、行間が広いのだけど・・・スミタ、ジュリア、サラそれぞれに起こる出来事に対して読者は大変腹が立つわけですが、「すごく腹が立つ」というこっちの気持ちを共感してもらう部分があまりないので(作者としては読者を信頼して、そんな目に遭っている人がいたら助けてあげてくださいーー自分もまたいつどこでそういう境遇になるかわからないのだから、と言っているのであろう)、若干フラストレーションが。
 結局、それは個人の戦いなのか。 でも共闘したっていいじゃないの。
 あたしはもっと書き込まれているほうが好きなのだが(自分も文章長いし)、行間が広くてあえてさらっと書いてしまう人には絶対かなわないと思う。
 作者自身による映画化プロジェクト進行中とのこと。 映画なら、フラストレーションは感じないかもしれないなぁ。

ラベル:海外文学
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2020年02月24日

夫・車谷長吉/高橋順子

 まぁ、こういうのも縁ですよね、と思って読み始める。
 そしたらもう、車谷長吉さんの言動がコワすぎて引く・・・怖いもの見たさで、読んでしまった。
 詩人・高橋順子がファンレターのようなひとりごと、十一通の絵手紙をもらってからの出会いとその後の話。

  夫・車谷長吉.jpg 表紙が絵手紙の一枚。
 表紙に使われているのはまだいいんだけど(一部口絵としてモノクロで収録)、ハガキ一面隙間もなく文字がびっしりのやつなど、書きこんでいる気持ちがあふれてこっちに迫ってきそうで、漢字や句読点もないので一読では意味がわからないときもあって怖い。 ご本人も会ったこともない人からこんなものをもらって「薄気味悪かった」みたいなこと書いてあった。
 人との距離感がおかしいというか、よくつかめない人なんだと思う、車谷長吉という人は。
 のちに重度の強迫神経症を患い、「このままではあなたを殺すか、自殺するか」を繰り返すような人と結婚しちゃったんだから著者はすごい!
 「これは結構ひどい、いまならモラハラだよ!」みたいなところいっぱいある・・・けれどご本人はさらりと流し、気にしていない感じ・・・そこに愛や情があるからなのでしょう。 二人だけに感じられた合う波長とかあったのでしょう。
 しかしあたしにはないので、「この人、コワすぎる!」としか思えないです。
 なんとなく記憶では、車谷氏は「土下座して結婚してもらった」と思っていたので・・・なんで順子さんにこんなに上から目線な言動をするのか納得いかない。
 仕事場のおじいさんは作家としての車谷長吉を高く評価しているようなので、その観点があればまた違うのかもしれないけど。
 すごく詳細に書かれている時期とそうでない時期がある。 日記を書けてない時もあって記憶にないこともあるそうだが・・・記憶にないって。 よほどすごい時期だったのでは・・・覚えていられないほど、時系列でまとめられないほど。 そんな“書かれていないこと”の存在もまたコワい。

 しかし、小説のモデルにされたからと名誉棄損などで訴訟になるってのもすごい・・・いくら私小説といったって、事実をベースにしたとしても“作者”というフィルターを通せば描かれるものは100%事実ではないので、モデルがいたとしてもすべてその人のことだとはあたしは思わないんだけど・・・世間には思う人がいるのか。 もしくは実物よりひどく書かれてイメージ悪くなったとか? 車谷長吉は姫路の出身だそうで、高橋順子さんは文庫版の付録の講演起こしの中で「姫路で車谷の話をするのは怖い」とも言っている。 訴訟内容は表に出せないのかもしれないけれど、いったいなにをそこまで?、と不思議で仕方ない。
 ううむ、これは車谷長吉を読めということか・・・。

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2020年02月20日

だから殺せなかった/一本木透

 鮎川哲也賞受賞作だからといって読まなくなったのはいつからだろう。 かつてはちゃんと読んでいたのに、賞に関係なくとも東京創元社からデビューする新人だというだけで読んでいたこともあるのに(その頃読んでた人たちは、今でも新作が出ると読んだりしているのに)。 好みの作品が続いた時期か、自分の年齢か。
 『ジェリーフィッシュは凍らない』を久々に読んだのが数年前で、それ以来かも。
 これは“あの『屍人荘の殺人』と栄冠を争った”として第27回鮎川哲也賞優秀賞受賞となった話題作だが、タイトルのインパクトがずっと頭に残っていて・・・図書館で予約したらやってきたので急いで読む(他の予約も詰まっていた)。 普段翻訳物中心に読んでいるせいか、日本人の書くものはやはり読みやすく、ほぼ一気読みだった。

  だから殺せなかった単行本.jpg 「新人離れした筆力」、確かに。
 クオリティペーパーと呼ばれる大手新聞社に届いた手紙は、首都圏で起こっていた三つの殺人事件を自分の犯行だと、無差別連続殺人だと伝えるもので、新聞紙上での公開討論を要求してくる。 指名された新聞記者は、これまでの連載で自分もまた過去に犯罪者の家族と関係があって報道と正義に対し割り切れない思いを告白していた。 人間を駆除すべきウィルスだと断言する犯人は「おれの殺人を言葉で止めてみろ」と記者に挑戦状を叩きつける。 そして始まる報道合戦の行方は。

 作者は新聞社関係の人なのかな?、と思わせるディテールは素晴らしい。 斜陽になってきている新聞という産業を描いているところもいい(ペンは剣よりも強し的な理念では通用しない部分)。
 ミステリとしても大変フェアなのだが、枚数が少ない&登場人物が少ない故に途中でわかってしまう!、のが残念。 せめて視点人物をもう一人増やしていたら、もしくは三人称視点なら、もっと盛り上がったかもしれない。 しかしモノローグ形式だから最後まで畳みかけを続けられたのかもしれないし・・・。
 面白かったのだけれど、「もっと面白くなったのに!」という感覚が拭えない、なんかもったいない感じが残って世界にのめり込めなかったのがほんとに残念だ・・・大きなテーマであるが故に、やはりもっと枚数が必要だったよ。
 しかし装丁(裏表紙も)が内容(特に結末)とリンクしていて味わい深い。 作品として作り手に愛されている感じがする、それ故に読者も不足分を含めてこの作品を愛してしまう。

ラベル:国内ミステリ
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2020年02月16日

出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと/花田奈々子

 「出会い系サイトで本をおすすめする」とは一体どういうことなのか。
 それが知りたくて読み始めるが、いきなり語り手は結婚生活をもう続けられないと家を飛び出し、ファミレスやスーパー銭湯を渡り歩く“宿なし”として登場し、まず人生に迷っていることにどよめく。
 これは、「本をすすめる」ことが描かれているだけでなく、「他人に本をすすめることでいつしか自分が救われる」というある種の王道ものでもあり。

  出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に.jpg なんでこんなガーリーなイメージ?
 宿なし生活に「なんでこんなことに」と呆然とする筆者は書店員。 しかし仕事も以前に比べるとうまくいってはおらず、日々疲労がたまる。 そんなときに「知らない人と30分だけ会って、話してみる」というWEBサービスXを知り、一念発起、「1万冊を超える膨大な記憶データの中から、今のあなたにぴったりな本を1冊選んでおすすめさせていただきます」ととプロフィール欄に書き込む。

 X(仮名)というサービスは出会い系とはいえ異性の恋愛関係だけに限っていないようなので・・・いろんな人がいるが、勿論ヤバい人もいる。 読んでた最初はXがSHOWROOM的なものかと思って、「あぁ、動画配信というか、スカイプ的なもので会って話すのかな、それならありかも」と解釈したが・・・タイトルは「実際に会って」。 しかも読み進んでいったら実際に会っているし!
 出会い系で知り合った人と初めて会うなんてヤバい、とは思わない。 そんな遅くない時間で、不特定多数の人がそこそこいる場所ならばそう危険とかではないだろうし。 ただ知らない相手と「本をすすめる」まで会話をするってのがハードル高い! 話が通じる人ばかりではないし。 でもそこがこの本の読みどころでもあるわけで。
 ただし、本のセレクトは「いかにも書店員」って感じの直球が多い感じ。 王道、ベストセラー、話題になった本を中心に、サブカル系に自分の好みを入れ込んでくるところとかまさにあたしのイメージする書店員そのものです(その割にご本人は自分をいわゆるカリスマ書店員みたいな存在とは縁遠いと思っている)。
 こういう方にはありがちだが、「そこそこ読んでます」という人にはおすすめ本が出てこないという・・・。 あまり普段読まない、何を読んだかよくわからないという相手には有効なんだな、と。 あたしもですが、ジャンル小説を主に読んでいる場合は「それ知ってます」になっちゃう(だからマニア寄りはマニア寄り同士で会話したくなるのかも)。
 でも、「本の話ができるのは楽しい」っていうのは確かだ。

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2020年02月15日

法月綸太郎の消息/法月綸太郎

 なんとなくお久し振りの法月綸太郎、比較的リアルタイム。
 単行本ですが特に厚いわけでもなく・・・中は四つの短編。 うち二つは法月警視が困った事件に遭遇したのを綸太郎くんが話し合いでとりあえず解決の途を示す、いわゆる“安楽椅子探偵もの”。 残りの二編はシャーロックホームズ譚とポワロ譚から導き出される<新しい仮定>について。 ミステリ黄金時代に思いをはせる、ほっこり系短編集。

  法月綸太郎の消息.jpg のりりん、名探偵としてよりも生存確認的短編集。

 シャーロック・ホームズの視点で描かれた二作の短編『白面の兵士』と『ライオンのたてがみ』に秘められた作者サー・アー・サー・コナン・ドイルの意図を読み込む『白面のたてがみ』。 エルキュール・ポアロ最後の事件とされる『カーテン』に仕込まれた作者アガサ・クリスティーの大胆すぎるたくらみを読み解こうとする『カーテンコール』。 作者法月綸太郎によるちょっとしたコナン・ドイルとアガサ・クリスティーの作家論でもあり、シャーロキアン的「原典の内容を深読みして違う世界を導く知的遊戯。
 うーむ、またクリスティを読み返したくなってきちゃうじゃないか。

 『あべこべの遺書』・『殺さぬ先の自首』は都筑道夫的というか泡坂妻夫的というか。
 法月警視の奥さんのことがさらりと書かれていて(綸太郎の母がそんなことになっていたとは・・・『雪密室』読んでいるのですがきれいさっぱり忘れていた・・・)、ドキドキする。 つくづくあたしはキャラ重視だ。 今が比較的安定していれば、その人の過去は関係ないと考える。


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2020年02月12日

生物学探偵セオ・クレイ 街の狩人/アンドリュー・メイン

 前作『森の捕食者』はなかなかシュールでパンキッシュなところがあり、筋のきめは粗いがユーモアと力技が効いていて、あたしはなかなかお気に入り。 けれど人生勝ち組とは言えない、コミュニケーション不全気味のセオがこの事件を経過して一体どうなっていくのかこっそり気になっていた。 そこで二作目である。
 セオは変わっていた!
 だが・・・あんなことがあったのだから、変わるのは当たり前ではないか。
 銃を所持するようになり、撃つ練習を欠かさず、身体も鍛えている。 全然違う人になったようにも見えるが、“これまでの彼”がおろおろしないですむ力を身につけただけなのだ。 真実を知りたいと暴走する信念を支えることが物理的に可能になってしまった。 もうセオ・クレイは引っ込み思案なマッドサイエンティストではなく、開き直りを覚えたマッドサイエンティストだ。

  生物学探偵セオ・クレイ2 街の狩人.jpg “街の狩人”は犯人を追うセオのことでもある。
 『森の捕食者』事件以降、マスコミなどに追いまくられて大学の職を辞めてしまった“ぼく”ことセオ・クレイは、生物情報工学者としてのキャリアを活かしてと見た目は最先端テクノロジー企業、実態はテロリスト要員を炙り出す仕事をしてしまっていた。 こんなはずじゃない、と思っていたところへ、9年前に失踪したままの息子を探してほしいと依頼がきて・・・という話。
 ここで逃げるのが以前のセオだったかもしれないけど、更にぎりぎりまで逃げる理由を考えているけれど、結局引き受ける。 引き受けたからには全力を尽くす(真相を突き止めるまでやめる気はない)ことになるので、担当の刑事さんにいくら怒られ(?)ようとも、「これって法律違反になるけど・・・他に手はない」とあっさりグレーゾーンから飛び出す決意をする。 いや、飛び出すというほどの覚悟もなく、さらっと法を無視しちゃう(また、バレてもそのときはそのときって思ってる)。 やっぱり、キャラ、変わりましたね・・・。
 今回、狩られるのは、子供たちをだまくらかしてひどい目に遭わせたり、殺したりしていた男。
 だから読み手もセオの行動に疑問をはさまない。 ・・・でも、それでいいのかなとも思っちゃう。
 勿論、そんな事件を起こすほうが悪い。 死ぬしかその罪は償えないだろ、と感じることもある。 だけど・・・感情よりも何かを優先しているセオは、この後どうなるんだろうか。 シリーズの先が心配・・・。


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2020年01月24日

黒と白のはざま/ロバート・ベイリー

 『ザ・プロフェッサー』続編。 あの事件から一年後、前作で“教授”の素晴らしき救いの手として大活躍した元教え子のボーセフィス・ヘインズがとんでもない窮地に陥ることに。 ボーを助けるために、トムとリックが集結。 前の事件で調査したこととの関連性もあって・・・という話。
 これ、順番通り読まないとヤバいヤツ。 『ザ・プロフェッサー』のネタバレ(?)が本書の中にいっぱい出てくるから。

  白と黒のはざま.jpg たった一年で、あのボーがここまで落ちぶれるとか、ある?
 一作目では、ボーは弱り切ったトムにカツを入れ、窮地を救い重要な情報をもたらすまるで便利な天使のような存在だったのに・・・本作では過去のトラウマにさいなまれ、酒に溺れて妻子も去ってしまうという。 一年で変わりすぎじゃない? トムは自分のことで精いっぱいでボーのことには気づけなかったわけ(父親の死について抱えているものがある、とは語られていたけど)。
 そんなわけで酔っぱらって前後不覚になっていたボーは殺人容疑で逮捕拘留され、死刑を求刑させるような状態に。 友として弁護士として、トムはリックとともに裁判を勝ち抜くことができるのか・・・という話。

 「あれ、これ読んだことあったか?」と思うほど、いろんな作品のいろんな場面の寄せ集めのような印象がするのはなぜか? ホワイダニットとして最後まで引っ張ってはいるものの、だいたい予想通り。
 とはいえテネシー州プラスキは<クー・クラックス・クラン誕生の地>という汚名を今も抱えているというのは・・・いろんなことを考えてしまう(『警察署長』、『評決のとき』、『ブラック・クランズマン』などなど)。
 が、最も印象深いのは、検事長(女性)が、教授たちが「人生を変えた運命的な体験」だと考えているアラバマ大学フットボール部時代のことを「そんなこと」とさらっと流すシーン。 別にトムを貶めるとか、女対男みたいなことではなくて、自分にとってはものすごく重要なことであってもその価値はわからない人がいる(それが悪いわけでもない)と教授が感じるところでちょっと溜飲が下がるというか。 やたらフットボールの絆を言い過ぎ!、という読者の気持ちが伝わっているのか、作者としても引き合いに出しすぎだと思っているのか、そんな客観性が光っていた。

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2020年01月13日

バナナクリーム・パイが覚えていた/ジョアン・フルーク

 「今回もレシピ多めだわ」とパラパラめくって思う。
 <お菓子探偵ハンナ>シリーズ20作目、読んでいるとアメリカンカントリークッキーやフルーツパイなどが食べたくなる存在で、コージーミステリとしてはいちばんではないかと思っていた。 しかし今回やたらと違和感。 出版社が変わったから文字のフォントや行間が違うせいか?

  ハンナ20バナナクリームパイが覚えていた.jpg あぁ、バナナクリーム・パイ食べたい・・・。
 ハネムーンのためミネソタ州のレイク・エデンを留守にしているハンナ。 そのあいだに母ドロレスが隣人の遺体を発見してしまう。 殺人だと知ったドロレスはハンナに帰ってきてもらい、事件を解決するように頼む。 現場にはハンナの店<クッキー・ジャー>のバナナクリーム・パイが残されていて・・・という話。

 あたしはハンナの母ドロレスが苦手で・・・シリーズ初期の頃はハンナも母に対する複雑な思いを抱えていて、母親とよく似たすぐ下の妹アンドリアとの関係を再構築していくことで、ハンナとアンドリアがそれぞれ母親について客観的に見られるようになる、というところがよかった。 田舎町で自分の仕事を持ってやっていくということは苦手な母親とも付き合っていかねばならないわけで、親の願う子供の姿と自分が違っていてもいい、と納得していく過程に共感していたのかもしれない。
 で、まぁドロレスもちょっとは反省(?)して、ハンナのハンナらしいことを受け入れて和解した・・・ような中盤以降、すっかり仲良し母娘みたいになっているというか、大学生の下の妹ミシェルが戻ってくる時間が多くなってからドロレスのダメなところは笑い話のネタ扱い。 その間にドロレスはリージェンシーロマンス作家になってお金持ちのドクターと再婚、一気にリッチな生活を送るようになっているという・・・税金の申請書類に頭を悩ませ、町のクッキーショップとしてどうやってやっていくか節約してきたハンナの姿はなんだったのか。 そりゃ毎日のように会うかもしれない母親にうんざりしていると精神衛生的によくないから、割り切ってしまったほうが自分のためというのもわかるが。
 時間もたって内面的な成長も見せているというのに、<イソノ界>にいるかのように年齢が加算されないことにさすがに納得がいかなくなってきたらしい(約20年、ハンナはずっと30歳前後である)。 あと、ミシェルが出てくるようになったらアンドリアの出番が急激に減るのもなんだかな。
 ということで、微妙に降り積もっていた違和感が今回噴出してしまったのは、独身のときのようにふるまえないことにストレスを感じるハンナが、夫が同じようにふるまうと責める気持ちになるところ。 え、それはあまりに勝手じゃない?(そのことにハンナが気づいていないから余計に)。 そんなに真剣になることではないのだが・・・なんだかな、と。
 まぁこれも次回作につながるのかもしれないが・・・今回「これだ!」というレシピもなかったので、ちょっとがっかり。

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2020年01月09日

依頼人は死んだ/若竹七海

 今月後半からNHKのドラマ『ハムラアキラ』(全七回)が始まるということで・・・どの原作が扱われるのかさっぱりわからないのだが、シシド・カフカの年齢的にこのあたりが近いかも、それに短編集だからドラマのもとにはしやすかろう、と思い、ものすごく久し振りに再読。 奥付を見ると第一刷は2003年。 約17年前なの!、と絶叫したくなった。 『プレゼント』はもっと前だよね・・・調べるのがコワい。

  葉村晶 依頼人は死んだ.jpg 私立探偵(調査員)・葉村晶初単独主役の短編集。
 長谷川所長の事務所で三年勤め、離れようとしたところを所長が「うちの手が足りない時に手伝ってくれないか」ということでフリー契約となった葉村晶の20代後半の日々。 旧友の相場みのりとルームシェア時代。

 一本目『濃紺の悪魔』の冒頭で絶句する。 葉村晶の家族、特にすぐ上の姉の話をすっかり忘れていた!
 こんな衝撃的なことを何故忘れていたのか。 続きのシリーズで触れていない(姉がいる、というのは出ていたが)せいもあるけど・・・『濃紺の悪魔』のしめくくりで納得。 この感じがちょっとしっくりこなかったんだよな、と。 いまとなっては「それはそれでありかも」と思えるのですが・・・あの当時はもっとリアルに振ってほしかったんだろう。 だが・・・それ故に彼女の“運の悪さ”と“悪運の強さ”の証明にもなるんだよな。
 海外のミステリ・スリラー系のシリーズでは主要キャストやその近しい人がひどい目に遭っていることが多く、それもまた事件を追う個人的な動機になっているのだけれど、葉村晶もまたそうだったのか、と気づくことは驚きだった。 けれどその影がのちのシリーズに出てこないところが、彼女の強さ。
 この連作では自殺の件が多い。 日本で起こる殺人の件数よりも自殺の件数のほうが多いから、統計的にも正しい。 その分、ジトっとしたそこらへんにいる人の悪意が満載で、大変気分が悪い。 少々ファンタジックおちに行きたくなるのもむべなるかな、である。
 『私の調査に手加減はない』はぜひドラマにしてほしい。

  悪いうさぎ.jpg ついでに『悪いうさぎ』も読む。
 あ、やはりお姉さんが存在する、という話題は出たけどそれだけ。 あのおちへの目くばせはあるけれど、気づかなければそれまで。 ここから現実世界に寄り、葉村晶も年をとっていくのがかたまったんだろうか、とか考えてしまった。
 そしてやはり後味は悪い・・・この先の彼女のことを知っているから、少し気持ちはなぐさめられるけど。

ラベル:国内ミステリ
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2020年01月07日

この世の春/宮部みゆき

 うむ、どうしようかなぁ、と悩みつつ、上巻出だしでちょっとうろうろ。 あれ、宮部みゆきの現代モノとは調子が違う(そういえば『荒神』もいまひとつノレないうちに図書館の返却日が来てしまった記憶がよみがえる)。 あー、どうしよう、と思ったけれど第一章を半分越えたぐらいで勢いがつき、あとは下巻まで一気に。
 というか上巻で大体の流れが見えてしまい、「まさかそうなるんじゃないよね」と悪い方向に一致してしまい、下巻はほぼ消化試合・・・でも「このままでは終わらないよね!」という期待で最後まで引っ張られました。

  この世の春1文庫版.jpgこの世の春2文庫版.jpgこの世の春3文庫版.jpg 挿画:藤田新策、文藝春秋のスティーヴン・キングと同じ人。

 宝永七年の初夏、下野北見藩にて。 藩主重興が押込となり藩主の地位を追われる。 いったい何が起こったのか、藩の内部で何が起きたのか・・・という話。
 シリアルキラーとか、「史上もっとも不幸で孤独な、ヒーローの誕生」とか、帯のコピーはかなり的外れだった・・・。
 こっちが期待した話と違ったよ!、ということでマイナスイメージができてしまった。 予断がなければ初期の長編『龍は眠る』・『レベル7』などに通じる、少年をめぐるハッピーエンド系な話と思えたかもしれないのに・・・。
 ファンタジーを割り切るための時代劇設定という感じが拭えなく、シリアルキラーどこに行ったよ!、だし(『模倣犯』以上の後味の悪さを期待した・・・)。 『残酷な神が支配する』っぽくなるのかと思ったら、勿論、社会派要素を時代劇でやる意味はわかりますよ。
 でもこれ、結局『美女と野獣』なんじゃないの?、と数多い登場人物のことを考えていたのに類型にはめられたような気がして肩透かし。
 それもこれも期待しちゃってるからなんですが・・・読んだらおののくんだけど、若竹七海やカリン・スローターのようにがっちり悪意を書いてくれるほうがうれしくなってしまっているのかも。 ハッピーエンドはなんというか、うすっぺらいように感じてしまっているのかも(そればかりではないことも、わかっているのですが)。
 あぁ、自分の好みがより偏ってきている。 ヤバい。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 03:34| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする