2020年04月24日

離愁/多島斗志之

 何気なく開いてみたら・・・本文の前にある一節が目に入り。
 あれ、こんなのあった? 過去にあたしは単行本で既読済みなのですが、覚えてなかった。

> 今のわたしたちが交はす言葉は 恋人たちの甘い台詞の交換などではありませんよね。そんな気楽なものではありませんよね。だから 深い覚悟から出た言葉だけをお伝へします。

 この言葉に胸が撃ち抜かれた。 あぁ、これは本文終盤に出てくるやつだ!
 だが読んだのはだいぶ前なので・・・この手紙が書かれた背景については若干うろ覚え。 なので読み始め・・・結局一気読みをしてしまいました。

  離愁 電子書籍版.jpg 『離愁』 角川文庫電子版にて
 長じて物書きとなった“わたし”は、母の妹で徹底的に他人との関わりから距離を置いてきた藍子叔母のことを最近よく考える。 いとこの美羽は「叔母さまはなにが楽しくて生きているのかしら」とまで言う。 実の姉でもある母親も藍子叔母の人生をすべて知っているわけではなく、いくつかの偶然が重なって叔母の情報が入ってきて、“わたし”は本格的に藍子叔母の過去を調べることになった・・・という話。

 藍子叔母さんの青春時代は戦中なので・・・当時を回顧する手記や手紙は旧仮名遣いなのだけれど、使われているのは最小限なのか読みにくさを感じない。 
 なんというか・・・ミステリなんですけど、すごく文芸タッチ。 といっても堅苦しいわけでももったいぶっているわけでもなくて、「人間とは」の本質に迫ろうとする誠実さがあるのよねぇ。 勿論、“時代に翻弄される人物”の物語ではあるんだけど、そんな時代の中でも自分の覚悟をまっとうしようとする話。 美しいけど、それを美しいと呼んでしまってはいけない厳しさに、どうしたらいいのやら。
 でも、初読時はもっと強く打ちのめされたので・・・今回は「あ、こんな感じだったか」とちょっと肩透かしを食らった。 でもじわじわと、読み終わってから込み上げてくるものがある。
 最初に読んだとき、この本は『汚名』というタイトルだった。 文庫本になる際に『離愁』になったようだ。 冒頭の一節は電子書籍になってから?、なんか途中かららしいんだよな・・・(文庫版のプレビューには載っていないから)。 多島斗志之はタイトルづけだけちょっと下手というか、センスが微妙だという。 最初の題名が『汚名』だと知って読むと読まないのではちょっと感想が違ってくる感じが(前は思わなかったけど、今回は特高の若い刑事さんが実は主人公なんじゃないかという気がしたり)。
 紙媒体としては絶版(品切れ・重版未定)でも、電子版なら読める。 それが電子書籍のいちばんの利点だよなぁ。

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2020年04月20日

コールド・コールド・グラウンド/エイドリアン・マッキンティ

 ようやく読んだ。
 <刑事ショーン・ダフィ>シリーズ第一作。
 冒頭から『ザ・チェーン 連鎖誘拐』とあまりに雰囲気が違いすぎるので戸惑う。 一人称だから、舞台が北アイルランドだから、だろうか(こっちのほうが先に書かれているので・・・『ザ・チェーン』は心機一転なのかも)。

  コールドコールドグラウンド.jpg タイトルはトム・ウェイツの曲から。
 1981年、北アイルランド・ベルファスト。 北アイルランド紛争、暴動に揺れる街で奇妙な死体 ‐ 別人の右手とオペラの楽譜が仕込まれた死体が見つかる。 捜査を指揮する王立アルスター警察隊のショーン・ダフィは、テロ組織による犯行に見せかけた殺人ではないかと考えるが、紛争で一触即発のこの街では通常捜査もままならず・・・という話。

 のちのち島田荘司の影響を受けるというのが納得の、本格志向がほの見えるのが面白い。
 しかし本書では80年代北アイルランドの混乱と、カソリックであるショーンの微妙な立ち位置(北アイルランドはプロテスタントが主流)がハードボイルド的に描かれる。
 多くの警察小説・私立探偵ものの主人公のように、ショーンは若干ひねくれもので、女性に惚れっぽくて、手の引きどきを知らないという愛すべき男である。 彼がどうなるのか知りたい、と思わせなければシリーズは成立しないので、続きを読みたくなるラストになっている。
 いちばんの読みどころはやはり、北アイルランド紛争ただなかにいるという視点。 チャールズ皇太子とダイアナとの結婚式が間もなくという設定で、あたしが子供の頃とはいえ、北アイルランドがこんなになっているというニュースは聞いたことがなかった。 IRAのことを知ったのって『ツーリング・エクスプレス』と『パトリオット・ゲーム』だったんじゃないかと思い返す。
 方言なのか、返事が「あい」となっているのがすごく気になる・・・(ショーンが上司に話すときには「はい」となっているので、近い関係性で使われるんだろう)。
 ロックを愛するショーンの好みもニヤリ。 家にいるときはラモーンズのTシャツとか着ちゃうんだもん。

ラベル:海外ミステリ
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2020年04月16日

花衣 夢衣/津雲むつみ

 在宅勤務を始めて一週間以上たちましたが(途中で出勤もしていますが)、微妙に感覚がつかめない。 時間のメリハリがつかないというか、なんかぼやっと一日が過ぎてしまうような。 仕事はもう何時から何時、とバシッと区切らねばダメだな!、と気づいたけれど、朝ちょっと寝過ごしても大丈夫と思うと「寝なければいけない」というストレスはなくなっていいけど、だらけがち。 今年の新しい手帳になってから行動履歴とか日記的なものをつけているけれど、家にいると書くことがない・・・。
 なにかに集中して区切りをつけよう!
 そうだ、あれだ!、と思い出したのが、津雲むつみの『花衣 夢衣』全11巻。

  花衣夢衣01.jpg 電子書籍でセット買い。
 画家の娘として生まれた双子の姉妹、真帆と澪。 戦後の東京、17歳の真帆は米軍将校の家のお手伝いを、澪は骨董店の売り子として働き始めるが・・・数奇な運命に翻弄される双子の生涯、愛憎を描いた大河ロマン。
 何年か前に期間限定無料で1巻を読み・・・「これはヤバい(続きが気になってしょうがない)」、とざわざわし、ついに電子書籍用クーポンとポイントを使って入手。 しかしその頃、作者がなくなり、「読んだら終わってしまう・・・」とダウンロードしないままクラウドに浮いていた。 今こそ、腰を据えて読む時だ!、と読み始めたら、止まらず。

  花衣夢衣04.jpg これは真帆ですかね。
 女性の一代記、大河ロマン、次の世代も・・・と代表作『風の輪舞』的な感じはあるものの、昭和中期〜平成初期という時代設定にもかかわらず古さが全然ない。 「そこは自己主張してもいいのでは?」とつっこみたいところもあるのだけれど、「女の子だからってそうしなきゃいけないってこともないよ」と言う登場人物もいるため、全体として価値観の古さにイライラさせられないというか、個人の性格の違いと受け入れられるというか。
 これってすごいことじゃないですか。
 しかも主人公の真帆と澪だけじゃなく、登場人物みなそれぞれ未成熟で自分勝手で、パーフェクトな人が一人もいない。 ジェットコースターのような悲劇の連鎖はあまりにも定番すぎるかもですが、津雲むつみ世界ならば許される。

  花衣夢衣11.jpg 一巻の表紙と同じ二人、その後。
 しかも問題作『闇の果てから』でも描かれた要素がここに入ってくるとは! いや、どっちが先に描かれたんだろう。 愛憎の執念を突き詰めれば妄執になるというのがしみじみと感じられます。 勿論、「こんなドロドロ、自分には関係ない」と思っちゃえばそれまでなんですけど、そんなふうになることもあるよなぁ、と他者への共感が可能になる気がする。 誰も責めることはできないよね、という話なんですよ。 いま、すごく必要なことではないですか。
 結末が駆け足過ぎるけど・・・じゃあ他にどうやって終わるんだよ、という話。 この語り口、クセになります。
 『暁の海を往け』も読み返しちゃおうかな・・・。

ラベル:電子書籍 マンガ
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2020年04月15日

夏の災厄/篠田節子

 またしても感染症もの、再読。
 これまた20年以上前に読んだかな〜。 でも印象はかなり鮮烈で、ある場面は(想像で)目に焼き付いている。
 しかし、やはり細かいところはしっかりと忘れていたのであった。

  夏の災厄 篠田節子.jpg いつのまにか角川文庫になっていた。
 最初に読んだのは文藝春秋社の単行本だった気が・・・文春文庫にもなってなかったか。 時間の経過を感じます。

 埼玉県昭川市、池袋から特急で43分の農林業中心の町だが、最近は工業誘致とベッドタウンとしての開発が進み、昔ながらの住民と新興住宅地との間に温度差が生まれている典型的な関東郊外の町。 そんな土地に突然、熱に浮かされて痙攣を起こして倒れる病が続発。 彼らは日本脳炎と診断されたが、撲滅されたはずの日本脳炎が何故いま? だが発症者が示す症状は、従来の日本脳炎とは明らかに違い・・・保健センター職員・医師・看護師らが戸惑いながらも原因究明に動くが、行政の対応は遅々として進まず・・・という話。

 そうだ、「インフルエンザワクチン反対」という母たちの運動から幕が開くのだ。 舞台は1995年あたり?
 ワクチンの副作用が問題になるのは、その病が流行っていないとき・もうその病は制御可能だと思い込んでしまうとき。 いざ感染が拡大したら、ワクチンの持つ危険性がとるに足らないように感じてしまう(副作用での死亡率より感染症による死亡率のほうがはるかに高いから)。
 ワクチンは先人たちの苦闘の末の存在で、ワクチンを改良していくことも研究課題だが、「ワクチン危険論」(副作用はゼロではない)を叫ぶ声が大きくなったら、獲得した知恵の結晶は葬り去られてしまうのか。 そもそもワクチンとはなぜ生まれたのかの意味を突きつけてくる話。
 行政がいつも後手後手だとか、素早く判断しない・責任をとらないのは変わらず。 この病が昭川市周辺で何とか収まっているから、国はまったく救いの手を差し伸べない、というあたりすごくリアル。 でもパンデミックにはまだなっていないので、COVID-19の現状とついつい比較してしまう・・・今のようなネット社会が舞台なら、この物語の進み方も変わっただろう。
 けれど「感染する恐怖」が街を覆っていく様は、いまと多少リンクする。 ただ新型日本脳炎に感染したら死ぬ、もしくは重篤な脳障害を起こすので、ほぼ回復者がいないというのが救いがない。 毒性が強いが故に、封じ込めは可能だけれど、その場合昭川市民のかなりの数が犠牲になること前提なので。
 風評被害や同調圧力に日本人は弱い。 そして自分に関係ないと思えばとても冷淡に(無関心に)なれる。
 だが、登場人物たちは自分にできることを懸命にする。 市井の人が活躍するのが篠田文学の真骨頂。
 ただ、今の状況ではSF展開な部分が荒唐無稽にも感じる・・・他の部分がリアリティあふれているから余計に。 とはいえ一気読み。
 現実の感染症はフィクションを霞ませてしまう・・・でも本作はすごく力が入ってるし、かなり現実に即していて、なにより面白い。
 人類、因果応報って感じ、キライじゃないです。

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2020年04月02日

アンドロメダ病原体/マイクル・クライトン

 あたし自身はそこまで「コロナ疲れ」しているわけではないかなぁ、と感じていましたが、読みかけの本を放り投げて、そっち系のものをつい読んでしまっている。 何年か前のkindleセールのときに買っていた『復活の日』とか(勿論そのあとには『首都消失』・『日本沈没』も控えている)、『エピデミック』も電子版買っちゃったし、本棚をあさってそれっぽいものを再読したくなっている。 そうすることで逃避しているというか、意識をそっちに向けてストレス解消になってるのかもな。
 そんな一冊が『アンドロメダ病原体』。
 読むのは20年以上振りかもしれない。 驚くほど覚えていなくて、なんだかすごくどきどきしてしまった。

  アンドロメダ病原体.jpg やっぱりマイクル・クライトンはすごい!
 アリゾナ州、ピードモント。 一夜にして町の住民たちがほぼ全滅するという出来事が起こる。 原因は軍の人工衛星が墜落したためか? ワイルドファイア警報が発令され、四人の科学者たちが宇宙からやってきた病原体の正体を探る戦慄の五日間の記録。 マイクル・クライトン名義のデビュー作。

 舞台はなんと60年代・・・コンピュータや分析結果の表示、連絡方法などに時代は感じるけど、物語そのものは古くなっていない!、ということに改めて驚く。 ルポルタージュ趣向が有効なのもあるけれど・・・クライトンが常に言われていた批判「人間が描けていない」が、実は有利に働いているんじゃないか、と気づく。 本作も、登場人物はほとんど科学者である。 だからある現象により多くの人が死んでも、彼らは過剰な悲しみにひたることはない。 原因究明のためにためらいなく動物実験もする(勿論、自分たちも実験過程で感染するかもしれないことは覚悟している)。 深い感慨や悲嘆は人間らしい感情かもしれないが、スピーディーな展開の前では邪魔になってしまうのだ。
 そのかわり科学的知識はふんだんに与えられるし、「何故、未知の生命体は人間にとって危険なのか」という根本的なことを理解させてくれる。 「それは文学ではなく科学啓蒙書ではないか」という批判もあっただろうが、いわゆる文学も教育もその役目を果たさないから、クライトンが出てきたのではないだろうか。
 マイクル・クライトンの本を読むとき・・・いつもドキドキしていた。 うっすら知っていることをより広く深く伝えてくれるし、知らなかったことをわかりやすくもさりげなく教えてくれる。 なんだか自分の見る世界が少し広がるような気さえした。
 こんな人、他にはいないんだよ。
 だから若い人にも是非、マイクル・クライトンを読んでほしい。 理科離れなんてしてる暇ない。

 今回、新装版で読んだので・・・作者略歴に2008年死去とあって、「もう12年もたったの!」と愕然とする。 そのあとも邦訳本が出てたし(『ER』のファイナルシーズン、ある回の冒頭でベントン先生役のエリック・ラ・サルの追悼コメントを今でも覚えているけど本国の放送から時差があった)。
 しかも訳の浅倉久志さんも2010年没とあり、10年たってんの!、とこれも驚愕。
 時間の流れは恐ろしいよ・・・。
 だからこそ、いろんなことが起こってしまうのだ。

ラベル:SF
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2020年03月23日

深層地下4階/デヴィッド・コープ

 「それに寄生されたら最後、すべてを奪われる」というキャッチコピーと、有機体的毒々しい緑(個人的にはキライじゃない色)の表紙に、「なんかタイムリー!」と盛り上がり、何冊か読みかけの中に更に割り込ませ、一気読み。
 ・・・正直、期待はずれだったかな。 もっとシリアスなタイプのものかと・・・というかこの状況下なので、ぐっとシリアス&リアリスティックなものを読みたかったんですね。 勝手なあたしの気分です。 そうじゃなければもっと楽しめたような。

  深層地下4階.jpg 主役は、宇宙からやってきた真菌。
 1987年12月、宇宙ステーションの残骸が西オーストラリアの郊外に落ちた。 そして近隣の人たちが全員死んだ。 原因は酸素タンクに入っていた、実験用の真菌が宇宙空間・墜落など様々な困難・刺激を受けて進化し、まったく新しい形質を獲得。 それに恐ろしさを感じた米軍特殊任務専門チーム(?)は、真菌コルディセプス・ノヴァスを天然の冷凍庫を利用した軍の施設に封じ込めた。
 しかし2019年3月、チームの提言は公的に引き継がれなかった。 温暖化のせいで冷凍庫の気温は年々上がっている。 そしてもともと軍の秘密基地だったアチソン施設は、一般企業に売却され貸倉庫として使われている。
 その日の当直であったティーケーキとナオミは、施設の奥から謎のブザーが鳴り響いていることに気づき・・・という話。

 膨大な時間を飽きることなく<増殖>という目的を忘れることない真菌コルディセプス・ノヴァス視点と、人生いいことない・貧乏くじを引いてばかりのティーケイクとナオミの「ボーイ・ミーツ・ガール」的ストーリー、裏でこっそり30年前のチーム再結成、という大きく三つの軸がよりあわさることで人類未曽有の危機を回避・・・という話ではあるものの、ティーケーク(仇名、本名はトラヴィス)がとにかくお喋りキャラで、コメディ要素が半端ない。 巻き込まれる人たちも一癖も二癖もあるヘンな人ばかりなので・・・「ま、こいつら死んでも仕方ないかなぁ」と思っちゃうんだよなぁ・・・
 真菌の描写はあまりにスピーディーな展開で、「なんか都合よすぎる・・・」疑惑が生まれるが、まぁ30年じわじわ努力してたからね、ということで。
 ダメ男トラヴィスが極限状況に至って自らを省み、成長する(しかも一目惚れしたナオミのために)、というのがこの物語の本質。
 筆者がベテラン脚本家だけあって、読んでいるときのイメージがほぼ映画。
 その後についてもう少し書いてくれてもよかったかな。 映画だと長くなりすぎるのは歓迎されないのかな。

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2020年03月18日

彼女は頭が悪いから/姫野カオルコ

 臨時閉館していた市立図書館から、「予約図書が届きました」とメールが。 これは早く読んで早く返さねば!、と図書館に行けば、入口前に平テーブルが設置され、臨時カウンターに。 利用者カードを渡して待つ。 図書館の中には入らせません、というなかなか厳重な体制であった(今はそこまでではないようですが、新聞読んだりの滞在はできないようだ)。
 これはずっと読みたかったんだけれど・・・文庫になるのを待とうと。 けれどやっぱり早く読みたいと図書館に予約したら、その時点で予約者は400人以上いたような・・・それでも文庫化される前に手元に届いたのは、これはすぐ読まざるを得ず、読んでしまったら待っている人にすぐ渡さなければ!、という使命にかられるからな気がする。 そういう衝動が、この本を読むことで生まれてしまうのだ。 そんなわけで、読み終えるまでは他の本に行くことができなかった。

  彼女は頭が悪いから 単行本 姫野カオルコ.jpg なんでしょうね、読んでいて生まれる怒りと無力感。
 巣鴨のマンションの一室で起こった、東京大学男子学生5名による強制わいせつ事件。 被害者は一人の女子大生。 だが、ネットなどで被害者がバッシングされ、彼女は「東大生の将来をダメにした勘違い女」というレッテルを貼られた。 そんな実際の事件に触発され(多分強烈に怒って)、姫野カオルコが描いた「非さわやか100%青春小説」。

 片や被害者となってしまう美咲、片や加害者となってしまうつばさ、二人が別々の場所で生きる中学生ぐらいから物語は始まる。
 やはりあたしは女だからか、美咲の主体性のなさというかぼわっと流される感じにすごくイライラしてしまう。 進学する高校のことぐらいもうちょっと考えて!
 だが家事を率先して手伝い、弟妹の面倒も見て、そのことにまったく不満も覚えない彼女の素直すぎるおおらかさに、だんだん参ってきてしまった。 大学生になってもそれって・・・敵いません、すごいです。 いい子なんだね、こういう人が「いいお母さん」になるんだよね、なってほしいよね!、と話が進むにつれ思うようになってしまいました。 だからこそ彼女の「付き合ってるからって裸の写真を撮らせるな!」とかの“迂闊な”部分にすごく腹が立ち、落ち込む。 好きな人に少しでも嫌われたくない気持ちはわかるのに、「でもそこは断らなきゃダメなんだよ!」と思ってしまう今の自分、そもそも撮るやつがダメなのに先にそう思ってしまうことについてのいらだち。 性犯罪について考えるとき、何故「被害者にも落ち度があるのではないか」という話になるのかいつも腹立たしいのだけれど、それに付随する概念が少なからず自分の中にもあることを見せつけられるから、より苛立つのだろう。
 なので後半以降、ぐっと彼女寄りで読んでしまっていた。
 だってつばさの方はほんとにつまんない人間だから。 何不自由ない家庭環境で、勉強だけしていればいい状況を作ってもらって全部自然に受け入れて、そのくせ他人には興味を持たないってなんだよお前!、という気持ちは拭えない。 勿論、類型的な父母やその親みたいなまわりからの影響もあるだろうけど、「他人のことに踏み込んだり近寄ったりはいろいろ面倒だ」と彼自身が選んでそうなったと思うから、それも彼の選択であり責任だ(対比のために、つばさの兄は途中で“まともな道”へ進んでいる)。
 あくまで「こっちは東大生なんだから、東大に通ってない、まして低い偏差値の女子大学生なんかと対等なわけないでしょう」という気持ち故に、頭の悪いやつらは人間扱いする必要はないという感覚がこの事件を引き起こしたのに、あまりに自然にその感覚が身についてしまっているから何が悪いのか気づかない、言われてもわからないという究極の断絶がそこにあって、絶望する。 描かれるのは性犯罪ではなく、自分より劣っている者はいくら貶めても構わないとする徹底的で無意識な差別意識。
 進化には多様性が必要というのは科学的な事実。 同様に人間の多様性だってあったほうがいいわけで、自分と違う人を尊重する方向に進んできたのが現代なんじゃないの?、といじめなどの非合理性に苛立つあたしなんですけど、仕事ではあいさつしない人とか見ると「おいっ!」って思っちゃう。 その人をいじめたくはならないけど、関りを持つときに「どうも信用できない」って目で見てしまうのはあたしの差別意識なのか。 自分の内面に向かい合わされる・・・。
 美咲の通う大学の先生が彼女に差し伸べてくれた手が、この物語で唯一の救いだった。 こういう大人が増えなければならないよ。

 この本が話題になって、更に「東大で一番売れる本」になったとき、東大に著者を読んでブックトーク会をやったときいて・・・その様子を記事にしている文藝春秋のオンラインで読んだ。 ・・・こじらせてる、なんかこじらせてる!、とコワかった。 これは小説の世界外の出来事だが・・・在学生・卒業生・教員の中にも「東大は特別感」ありますよね、と改めて知る。 論文やビジネス本はたくさん読んでいるかもしれないが、このイベントに集まった東大生は小説の読み方を知らないのでは・・・登場人物が思ったり考えたりしたことのファクト的正しさまで説明はしないのよ(それが登場人物のキャラを表すことになる)。
 他にも色々調べたが、東大新聞オンラインのページがいちばん客観性があるような気がする。 分量も多いし、その後のフォローもしてるし。
 フィクションをきっかけに新しい世界が、思考が開く。 これが小説の、フィクションの役割なのよ。

ラベル:国内文学
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2020年03月14日

エピデミック/川端裕人

 電子書籍にて、十数年ぶりの再読。
 誤植が多くてイライラするが、「あぁ、そうだった!」といろいろ思い出す。 そして書かれていることは今の知識で十分理解ができる内容(今回の新型コロナウイルス騒動で追加された理解含む)で、現実が情報の整理と理解をこんなに助けるか、まさに百聞は一見に如かずですな、と妙に納得してしまった。

  エピデミック20200307電子版.png この絵はペストかコレラのときかなぁ。
 東京に近いC県のT市で、インフルエンザで重症化する患者が続出。 国立集団予防管理センター員でフィールド疫学が専門の島袋ケイトは現地入りし、インフルエンザとは違うものを感じる。 彼女を案内した現地の高柳医師も何かおかしいと感じる。 何もはっきりしないまま肺炎症状で重篤化する患者が増加、死者も続出。 市民たちは感染者が多い崎浜地域を封じ込めようとする・・・。

 序章からいろんな伏線・ヒントがちりばめられていて、「感染源にあたるものがいっぱいあるよ!」とドキドキする。
 だが、タイトル通り『エピデミック』=ある特定地域での感染爆発、のため、現在のCOVID-19を知った今となっては手ぬるいというか(症状は致死率が高いので全然手ぬるくない)、一般の人のパニック度合いが「おとなしすぎる・・・」と思ってしまいます。 かつて読んだときは「ひどいな」だったはずなんだけど。
 そのかわり、何が感染源なのか、そもそも病原もわからない状態で探していく<フィールド疫学>の過程がすごく面白い。 たくさんの手がかりから絞り込んでいくのはまさにミステリ的(第三部のタイトルは“疫学探偵”だし)。 予備情報としてインフルエンザ・SARSなどの感染症について詳しいことがわかる! 病院での集団感染などはリアリティ感じる! こうして医療崩壊になるのね! 飛沫感染においては手洗い・消毒・顔を触らないが最強の防御だとわかります。
 そっちの描写がしっかりしているため、小説のキャラクターの深みが弱いと感じる部分も。 川端作品に頻出する“少年”もここでは消化不良感がいなめない(終盤や後日談をもっと書いてもよかったのでは)。 でもこのもやっと感が感染症にまつわることなのかも。 多く描かれていないけれど、現在でも解決していない(というかそもそも想定されているのか?)「もし親が感染した場合、誰がその子供を見るのか」についてすごく考える・・・日本の様々な不備についても。

 だからこそ、誤植の多さが!
 文字を間違えているわけではないんだけど、地の文なのに頭に「がついていたり、文字下げできていなかったり、・が突然出てきたり、文の最後が消えていたりと、「日本語認識ソフトにかけて、文字化けだけ取り除いただけでは? チェックしてないのかよ!」という・・・紙の本を自炊にかけたほうがよかったんじゃないの、というレベルは電子書籍への信頼を損ねるものですよ。
 そういえばグラフなかったな・・・2×2表はあったけど。 単行本から文庫になる過程で省かれたのだろうか? でも筆者の謝辞は2007年だからベースは単行本なはずだけど・・・あたしの記憶がおかしいのか?

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2020年03月08日

ザ・チェーン 連鎖誘拐/エイドリアン・マッキンティ

 よく見たらこれシリーズものじゃないじゃん!
 エイドリアン・マッキンティの<ショーン・ダフィーシリーズ>の舞台はアイルランド、しかし本作の舞台はアメリカ、そもそもショーン・ダフィーは出てこない!
 単独作ですよ、じゃあいきなり読んだっていいじゃないの。

  ザ・チェーン連鎖誘拐1 エイドリアン・マッキンティ.jpgザ・チェーン連鎖誘拐2 エイドリアン・マッキンティ.jpg <ザ・チェーン>は鎖であり、がっちりした輪っかでつながっていくもの。
 連鎖誘拐とは・・・「お前の娘を誘拐した。 返してほしければ、他人の子供を誘拐しろ」という電話がかかってくるという・・・。
 多くは言えない!
 しかし自分の子供を誘拐したのは、子供を誘拐された別の親で、お互い子供を殺したくないけれど自分の子供が殺されるというならば誰の子供でも殺す、という親ならではの共通認識がこの物語を恐ろしいものにしている。 何が起こるかわからないが、起こるならば悪いほうだろうという予兆に満ちており、上巻はものすごい勢いで読んでしまう。 あたしは子供がいないが・・・誘拐される子供たちと同年代の親はこれを読んで平気でいられるのだろうか?、と感じてしまうほど恐ろしい。
 が、下巻に入ると若干失速?
 この連鎖誘拐システム<ザ・チェーン>を仕切っているのは誰か・・・に触れてくるとスローダウンで、なんかもったいない感。 しかも「え、今ここで、それ、書いちゃう?!」という、フェアを意識するあまりか手掛かりを堂々と開示してくれるので、真実が明らかになる次の章終わりの最後の一行で驚けない!
 とはいえ、傑作が多々ある“誘拐もの”ジャンルの中で“連鎖誘拐”というワンアイディアで突っ走ったのは素晴らしい。 登場人物に対して感情移入か共感の境目ぐらいの距離間を保たせるってのも絶妙。 巻き込まれて死んだ人がただただ哀れ。
 悪意にはいつ牙をむかれるかわからない。 面白かった!、と素直に言えないくらい心臓に悪い。

ラベル:海外ミステリ
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2020年03月05日

皇帝と拳銃と/倉知淳

 通勤時にいつでも持ち出せるように、とブックカバーをかけて「いつでも出動準備OK!」な本たちがうちには山ほどある。 カバーが無地なら(使うのは印刷ミスしたA4用紙の裏)、マスキングテープでちょっと模様をつくってみたり、ゼンタングルの練習をしてみたりとその作業も実は結構楽しい。 分厚い本はA4よりも二回りくらい大きいファッション雑誌のブランド広告ページを破ってカバーにすると紙質も立派だし、どこで折るかでコラージュっぽくなるのも面白い。
 しかしそうやって棚の上にどんどん積んでいくと、カバーの中身が何かわからなくなる・・・めくって探す、という事態にも陥っているけど、それはそれでまた楽し。 これは、そんな待機本の一冊。

  皇帝と拳銃と.jpg 〈刑事コロンボ〉の衣鉢を継ぐ警察官探偵、登場。
 と、帯にあるように、まさに『刑事コロンボ』のエピソードにあっても不思議じゃない倒叙物短編4編収録。 ただし犯罪をあばく警部は乙姫という名の、見た目は葬儀屋のような、死神のような人物。
 一編目の『運命の銀輪』というタイトルに、「アリアンロッド!」と思ったのはあたしだけだろうか・・・。
 二編目、表題作『皇帝と拳銃と』はともに「警部があやしいと感じたポイントが読者にも推測できるようになっている、正統派倒叙物」。
 後半の『恋人たちの汀』・『吊られた男と語らぬ女』は“語り”に重きが置かれ、ちょっと違う雰囲気。
 どちらかといえばあたしが好きなのは前半のタイプだが・・・全部同じ傾向だと飽きられるというか、手掛かりの見つけ方をこちらも取得してしまうからかな?
 ただ、犯行の動機は比較的単純で、殺される側もまたダメな人で、そんなところもまたコロンボっぽいのだが、あまりに類型的すぎてもう一工夫ほしかったかも。 シリーズ化はするのだろうか。 乙姫警部には「この人のことをもっと知りたい!」と思わせるものがないので(なにしろ陰気で、“死神”と表現される以上のことがない)、微妙に盛り上がらない・・・。 コンビを組む俳優ばりの美貌を持つ鈴木刑事も、そんなにキャラは立っていない。 倒叙物、というジャンルをシンプルなまでに突き詰めた結果がこれ、ということなのか。
 でも意外に一気読み。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする