2020年10月23日

猿の罰/J・D・バーカー

 <四猿殺人鬼(4MK)>三部作、完結編!
 とはいえ一作目『悪の猿』のときにこの三部作構想はあったのか? 二作目『嗤う猿』と『猿の罰』が前後編のようなつくりなので、正確には二部作なのかも? 確かに『悪の猿』には解明されていない謎が残っていたはいたけど・・・次作でごろっと形を変えてしまった。

  猿の罰 4MK3.jpg “THE SIXTH WICKED CHILD”
 シカゴの街を震撼させ続けた連続殺人鬼“四猿(4MK)”と、彼を追う刑事サム・ポーター。 が、4MKとポーターは昔から知り合いだったとされる写真や記録が見つかり、市警・FBIは大混乱。 さらに各地で4MKらしき手口の死体が続出。 サム・ポーターは事件の主犯なのか否か?!

 もう、序盤からばんばん死体が現れる。 『嗤う猿』からの登場人物はそのまま引き継がれているので、前半、数日おいて別の本を読んでからこっちに戻ってくると、「はっ、この死んだ人、誰?」となってしまい<登場人物一覧>を何度か見直した。 これはめんどくさい、とその後は一気に読むことにした。
 登場人物が多いため、臨場感を出すために章立てが細かく、「そこで次の人に切り替わるか!」とイライラしかねないところだが・・・ポーターの相棒ナッシュのイカした面が見れたり、実直すぎなFBI捜査官のポールの更なる実直さが見られたりと読者としてキャラへの愛着を感じてしまいました。
 でも刑事さんたち、SARSウイルスに接触したかもしれないというのに、隔離を受け入れるどころか捜査に歩き回る。 具合が悪くなっているのに「風邪をこじらせただけだ(ウイルスには感染していない)」とマスクもつけない・・・睡眠不足で過重労働、抵抗力が下がっているのに。 まぁ日本も人のことを言えませんが、こういうメンタリティならCOVID-19も広がりますよね・・・と納得してしまう(Beforeコロナの世界を、ついWithコロナ時代の価値観で見てしまう)。
 しかし・・・意外性を重視するあまり、先に描かれていた部分もひっくり返されそうな気配に、ちょっと訳がわからなくなる。 結局、4MKの両親はなんなんだ? あなたたちが息子を助けていればこんなことにはなってないよね? でも助けるって意識はなかったよね、あなたたちはサイコパスで、シリアルキラーだから。
 ラストのサムの選択は・・・気持ちはわかるけど、それはやっちゃいけなかったよ。 いや、やるなら全部やらなきゃダメだよ。
 『悪の猿』は残酷でひどい話だが、奇妙な爽快感があった。 でも、続きの話にそれはない。 意外な結末もあるけれど、それ以上にやりきれないんですけど・・・。

ラベル:海外ミステリ
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2020年10月14日

そして、バトンは渡された/瀬尾まいこ

 2019年本屋大賞受賞作。
 あたしの好みは最近の本屋大賞に合わない・・・と思っていましたが、『流浪の月』はまぁまぁよかった。 そんなときに「これ読む?」と仕事場で見せられたのが『そして、バトンは渡された』だった。
 「読みます!」ということでお借りした。

  そして、バトンは渡された文庫版.jpg バトンとは、命だったり家族だったり愛情だったり。
 優子は幼い頃に母親を亡くし、父の海外赴任をきっかけに離れ離れ。 その後も優子をめぐる家族の形は流転する。 高校3年生となった今、血の繋がらないニ十歳年上の義父と二人暮らし。 しかし優子には「自分はまったく不幸ではない」と感じている――。

 びっくりするほど、登場人物はみなテンションが低い。 パッションとか情熱とか、そういうのとは縁遠くて地道で感情の起伏が乏しい(ある意味、安定している)。 そういう人たちの家族愛とか、恋愛とか・・・いいんだけど、盛り上がらない!
 でもそういうローテンションな、できる限り言葉で表そうとする姿勢は、若い読者層には好ましく映るのではないか。
 ひどい人と描かれる人は登場しないし(一部おバカな高校生はいるが、「高校生でこれ? 中学生じゃなくて?」と聞きたくなる幼稚なレベル)、大人にはひどい人がいるが、まず優子がひどいと思っていないのでひどいと描かれてはいない。 ただ、あたしはもうスレた大人なので、「あぁ、ファンタジーだなぁ」とつい思ってしまうだけ。
 こういう世の中ならいいよね、と若い人には希望を持っていてほしい。
 食事も大事だけど、メインだけじゃなくて副菜もほしい。 かつ丼ならあっさり汁物、山のような餃子なら青菜のおひたしとか、彩りがほしい。 定食屋のおかずは模範解答過ぎてひねりがない。 それが同時に物語の感触でもあるかも。

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2020年10月13日

ミッドナイトスワン/内田英治

 映画での説明されていない部分が気になって、つい買ってしまった。
 もう一度あの物語に触れるのはつらいのであるが・・・先を知っているから、まぁいいかな、と。 むしろ間を置かないほうがいいのかもしれない。

  ミッドナイトスワン文庫.jpg 作者は監督・脚本の方。 ただのノベライズというわけではないのか。
 凪沙、一果、りん、と登場人物の名前の漢字がわかってちょっと不思議な気持ちになる(映画では名前は音でしか示されない、文字では表現されていなかった)。 映画で文字が出てくるのは呼ばれない戸籍上の名前だけだった。
 小説というか・・・映画のベース、脚本に少し肉付けしたもの、という感じか。 三人称だが視点が定まらず、小説としての基本ができていないっぽさに困惑してしまうが、それもあたしの固定概念なのかも。 そもそも「映画を観た人」を読者に想定しているのかもなぁ。
 やっぱり納得のいかなかったところはこれを読んでも納得がいかなかったが・・・映画には出てこなかったけど、凪沙さんの近くにいい人がいた、ひどいやつばかりではなかったというのは、よかったなぁ、と思った。 瑞貴(ミズキ)のその後は、また別に映画になりそうだけど、それはそれでファンタジーになってしまうのだろうか。

ラベル:新刊
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2020年10月07日

グッド・ドーター/カリン・スローター

 これも下巻途中でしばし放置してた。 『苦悩する男』を読むのが先か、こっちが先かのせめぎ合い。 目論見ではこっちを先に読んでしまうつもりだったんだけど・・・『苦悩する男』の後半には何も止めることができなかったのだ。 だからその次に、こちらを読み終えた。
 痛みを伴う物語だった。 それぞれの過去の傷ゆえに、普通の会話ができなくなってる(質問に素直に答えず質問で返し、爆発する感情を迂回させて言葉にする。 話を進めるよりも意地の張り合いのほうが目的になり、何を話しているのかわからなくなる)、そんな姉妹と父親、もう今は言葉を紡げない母親との関係。

  グッド・ドーター1 カリン・スローター.jpgグッド・ドーター2 カリン・スローター.jpg 姉妹の葛藤と、両親への愛を求める気持ち。
 ジョージア州の田舎町パイクビルにて。 1989年に人権派弁護士ラスティ・クインの家が放火され全焼。 ラスティの妻ハリエット(ガンマ)と娘のサマンサ(サム)とシャーロット(チャーリー)は町の空き家にあわてて引っ越したが、その数日後には散弾銃を持った二人の男がその家を襲撃する。 ガンマは死亡、サムは頭を撃たれて死んだと思われて生き埋めにされ、チャーリーは九死に一生を得る。 ラスティは凶悪犯とされる人物の弁護をし、少し前にもひどい罪を犯したはずの男が無罪判決で釈放されていて、そのために襲われたのだと後遺症に苦しむサムは父を憎み、大学進学と同時に家を出て音信不通に。 チャーリーは町に残り、弁護士となり父とともに仕事をする。
 28年後、チャーリーはその朝、町の中学校にいて、銃乱射事件に立ち会ってしまった。 駆け寄ると、銃を握っているのは18歳の少女。 ラスティはその少女ケリー・ウィルソンの弁護を担当するが・・・チャーリーには過去の記憶がよみがえる・・・という話。

 物語はサム視点で始まり、その後チャーリー視点に。 そしてまたサムになり、またチャーリーに。
 母のガンマは冒頭で死んでしまうが、なんとも強烈なキャラクターなのでいないことがより娘二人への影響を強くする。 きちんと母に認められたかった・愛されたかった気持ちがサムとチャーリーをときに侵食し、二人の認知を歪ませる。 やはり、母と娘の物語だった。
 父親のラスティに関してはいまいち性格が読み切れないのと、弁護士特有のはっきり言わない言い回しのため好感はまったく持てないんだが、傍から見たらそういう父親だからこそ実の娘にとっては愛憎半ばになるのかなぁ。
 とはいえサムもチャーリーもひどい目に遭った過去を清算できておらず、直接会って話すたびにお互いを傷つけることに。 事件はラスト近くで急展開を迎えるが、ページが多く割かれるのはサムとチャーリーのこと。 根底にあるのは女性に押しつけられる不自由さ、抑圧だと二人が心底気づき、理解するくだりは胸が痛い。 なんでそういう言い方しかできないのか、とつい感じてしまってた二人に、そういう風にしか気持ちを表せないのだと気づいて詫びたくなる。 いや、詫びてもしょうがないのだが、一面だけ見て判断しない、読者の価値観を押し付けない、そうしてたら大事な本質を見失う。 あたしの認知の歪みも、ここで矯正する。
 でもこれが、カリン・スローターの醍醐味なんだけどさ。

ラベル:海外ミステリ
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2020年10月05日

苦悩する男/ヘニング・マンケル

 「まだ読み終わりたくない〜」と引き延ばし、下巻のはじめでいったん置いておいたりしたのだが(その間、別の本を複数読む)、再開してしまったらもう止まらなかった。 「しまった、ゆっくり読むはずなのに!」と気づいたときにはもうエピローグ。
 こんなことなら一気読みしたほうがよかっただろうか・・・いや、時間をかけてよかった。 刑事ヴァランダー、最後の事件だもの。

  苦悩する男1 ヘニング・マンケル.jpg苦悩する男2 ヘニング・マンケル.jpg 原著は2009年発表。
 スウェーデン南部スコーネ地方の田舎町イースタで刑事として働くクルト・ヴァランダーも59歳。 娘リンダも警察官になり、そろそろ引退を考えるお年頃。 そんなある日、リンダが妊娠して女の子を産む。 結婚の届けは出さないが投資信託会社でヘッジファンドを扱うハンス・フォン=エンケとリンダはパートナーとして同居する。 だったらなぜ結婚しないのかとヴァランダーは理解に苦しむ。
 ハンスの父親ホーカン・フォン=エンケは退役した海軍司令官で、母親のルイースは元教師。 ヴァランダーは自分と住む世界が違う人たちだと感じるが、ホーカンはヴァランダーの話を興味深く聞き、新たな家族として迎えてくれているようだった。
 しかし、ある日突然、ホーカンは姿を消してしまう。 蒸発なのか、拉致なのか。 ヴァランダーは以前のパーティーで会ったときのホーカンの様子に違和感を覚えたことを思い出し、捜査を担当するストックホルム警察のイッテルベリに協力しながら独自に捜査を進める・・・という話。

 いつものように、一見バラバラな出来事が次第に“つながっている・関連していく”過程は見事。
 東西冷戦時におけるスウェーデンの立ち位置、そしてオーロフ・パロメ首相についてはどうしても言及せざるを得なかったのだろうヘニング・マンケルの気持ちがみえるようだ。
 そこに、ヴァランダーの警察官人生(過去作品全部)の思い出や関わりのある人が出現したりと、まさにヴァランダー物語の集大成になっている。 1991年から年一作、リアルタイム感覚で99年まで描かれた物語はヴァランダーの刑事人生の充実していた時期そのもの。 それから十年の空白を経て現れた『苦悩する男』は、だからはじめからヴァランダーの警察官人生を、そして人生を締めくくる物語として書かれたのだろう。 でも日本の読者にとってはそこまでの空白ではなかったので・・・ヴァランダーがちょっと変わったように思えた。
 いつものように怒りっぽいヴァランダーだが、なんだか疲れてて、落ち込み気味。 いや、これまでだって疲れていたけど、疲れていることに対しても怒っていたような気がする。 癇癪を爆発させては自己嫌悪する、反省するのに直らないそのダメさ加減が彼なのに、ちょっとあきらめが入ってきてないですか? その境地になるにはまだ早いだろう!
 しかもこのラスト、なんかひどくない?! ちょっと突き放しすぎじゃない?
 びっくりして、思わず二度見した。
 しかしそれは、これを最終作にするためのヘニング・マンケルの覚悟なのかなぁ(「この先はどうなりますか?」と誰にも聞かれないための)。 自らも闘病中だった作者の気持ちも反映されているのだろう。 なんだか悲しい、後になって知ることが。
 が、ヴァランダーシリーズはあと一作あるので! 時間軸は過去にさかのぼるけど。 現在翻訳中とのこと、それを待つ楽しみがまだある。 再読する楽しみもまた。

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2020年09月30日

癌病船/西村寿行

 最初に文庫版が刊行されたのは1984年3月だそうである。 36年以上前か・・・。
 まだ日本も景気がよかった頃、科学技術の発展に素直な夢を持っていた頃の空気だなぁ、というのが感じられる。 いや、36年でこんなにもいろいろ変わっている、ということを知るために、当時のベストセラー小説を読む意味がある気がする。

  癌病船 西村寿行.jpg 癌病船は超巨大船舶。 原子炉がエネルギー。
 WHO(世界保健機構)の付属機関リチャード・スコット記念財団は、リチャード・スコット本人の遺志によってがんと闘う船である超巨大船舶・北斗号を建造した。 通称・癌病船。 財団の資金を惜しげもなく投入したこの医療船には、最新鋭の医療機器が搭載、三百名を超える医師が治療に従事する。 一億円の病室に乗船する権利を買えるがん患者と、カネは払えないが希望する人からくじ引きで乗船する患者が決まった。 船長にはスコットの長年の友人で誇り高き海の男と誰もが認める白鳥鉄善が、病院長にはスコットの構想に深く共鳴したがん専門医ゲーリー・ハリソンが就任する。 全部で八百人もの患者を収容し、人類の叡智を集めた医療技術を駆使し、世界中の難病患者の希望を乗せた巨大船は進む。 紛争の絶えない寄港地で、さまざまなトラブルに巻き込まれながら。

 そのトラブルの一つが人為的に生み出された新型インフルエンザの拡散。
 白鳥船長はスーパーマンではない(それに近い働きはするけど)。 その苦悩も読みどころ?
 400ページに満たない物語に、危機がこれでもかと詰め込まれているので一気読み。 ディテールはばっさり省き、がんがん省略。 しかしある部分は詳細を書き込む。 緩急入り乱れる感じが、当時のベストセラー作家だった所以かな・・・と思う。 軽く読めるけど、題材は重く、科学的に重要なギミックや提案をさりげなく挿入し、読者のレベルを試してくる。
 ハッピーエンドではないし、そもそも物語は終わっていない。 なるほど、続編の存在は当然だ。

ラベル:国内ミステリ
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2020年09月15日

その裁きは死/アンソニー・ホロヴィッツ

 ヤバい、読んじゃった。
 もうちょっと味わって読むつもりだったのに・・・ヘニング・マンケル『苦悩する男』を読み終わりたくなくて間に挟んでしまったのだけれど、こっちはこっちで盛り上がってしまったのよ。 ブレーキをかけていたけど、450ページほどを2日かからず。

  その裁きは死 アンソニー・ホロヴィッツ.jpg “THE SENTENCE IS DEATH”:sentenceは「文の一節」と「宣告する」のダブルミーニング。
 自分が脚本を書いているドラマ『刑事フォイル』の撮影現場にいる“わたし”(アンソニー・ホロヴィッツ)のもとに、元刑事の私立探偵ホーンソーンが新たな事件を持ってやってきた。 前作『メインテーマは殺人』でひどい目に遭った“わたし”としては、もうホーンソーンと組むのはお断りだと思っていたのだが、実直さが評判の離婚専門弁護士が殺害された現場に連れていかれて不可解な状況を目にしてしまったら、“わたし”の好奇心に火がついた。 不親切で失礼極まるホーンソーンの態度に業を煮やしながらも、真相を求めて先に進む。

 “わたし”の日常の中に突然ホーンソーンが現れて事件に引っ張り込む、という導入部は一緒。 でも二作目なので“わたし”も読者もホーンソーンのことを知っているから、時間に引っ張り込まれる流れもスムーズ。 お互いすでにある程度知り合いだから、ホーンソーンとホロヴィッツとの会話も前より進みやすい。 ホロヴィッツのホーンソーンに対する気持ちというか、二人の間にうっすら<相棒意識>が、信頼関係がある。 だから二人の会話や流れが、一作目よりずっとテンポが上がっているのでぐんぐん読んでしまったのだ。 事件がどうでも、ホロヴィッツの語り口が魅力的でもっと読んでいたいと思う。
 しかし中身も前作同様、<本格推理>である。 今回、珍しくあたしは伏線や手掛かりに結構気づけて犯人を割と早い段階に特定できましたが、だからって面白くなかったことはまったくない。 こちらの予想を軽々と超える展開を用意してくれているので。
 さらに、ホロヴィッツが「ホーンソーンのことを知りたい」とあの手この手でがんばりつつも空回りしちゃうところがすごくいいんですよ! これもブロマンスですか?(→ 明らかに違うけど)。 シリーズが進むにつれ、ホーンソーンの何かがちょっとづつわかっていくのでしょうが、わからないうちはシリーズが続くということでもあるので、あまりすぐはっきりさせてほしくないなぁ。
 アルコールを全く飲まないホーンソーンが、訪ねてきたホロヴィッツにラム&コークを出すところ。 それを飲みながら「砂糖に砂糖を加えたようなもの」(ラムはサトウキビからつくられた蒸留酒、コークは本物なので糖分いっぱい入ってる)と甘さにげんなりするホロヴィッツの姿に、「この二人がわかり合えることはまだ先だ」と感じてしまいました。

ラベル:海外ミステリ
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2020年09月09日

ガーンジー島の読書会/メアリー・アン・シェイファー&アニー・バロウズ

 去年公開の映画『ガーンジー島の読書会の秘密』で存在を知る。 映画は時間が合わなくて観に行けなかったんだけど、近々WOWOWにて放送予定なのでそれで観るつもり。 なので原作であるこちらを先に読むことに。 絶版(品切・重版未定)のため、図書館から借りました。

  ガーンジー島の読書会1.jpgガーンジー島の読書会2.jpg 中身はほぼ全編手紙のやりとり。
 筆名で第二次世界大戦中の出来事を面白おかしく書き記す記事を書いていたジュリエットだが、彼女が描きたいのは人間のリアルな感情の動き。 手に入れた本にあなたの住所と名前が書いてありました、とガーンジー島に住む人からジュリエットに届いた手紙がきっかけで、ジュリエットはガーンジー島の住人たちと文通を始める。 ガーンジー島は大戦中ナチスに支配されていて島民は不自由な生活を強いられていたのだが、“読書とポテトピールのパイの会”の存在が島民の心を支えていたという。 ジュリエットはその会のきっかけを作ったエリザベスという女性に会いたくてたまらないが、エリザベスはナチスの収容所に連れていかれて行方不明だという・・・。

 往復書簡で成り立つ物語といえば『あしながおじさん』だけど、本作はジュリエットを中心に様々な人が書く手紙(ときどき電報)が入り乱れる(宛先がジュリエットばかりではない)。 最初は人物関係がわからないけれど、手紙を読んでいくうちにわかってくる。 相手への好意とか、信頼とか、そしてそれを書く書き手の気持ちとか。 一通の手紙がそれほど長くはないので、短い章の積み重ねでタペストリーをつくるかのごとし。
 ガーンジー島の人々が経験した苦難、戦争の決して隠せない爪痕、終戦前に生まれた子供が今は元気に育っていく様子、ジュリエットの恋模様(フェミニズム仕様)、秘密の手紙などなど、多くの断片がほぼ等しい重さで語られる。 重苦しく悲しくなりすぎず、ハッピーでも浮つきすぎず、強く印象に残るのは希望を失わず自分の信条を偽らないで生きようとする人々の姿なのだ。
 読書会で、「本のことを誰かと話せるのがうれしい」と言った人がいた。 それだよね! 本が好きでもきらいでも、そういう話ができることがうれしいという気持ち。 <読書会>って憧れるけどいまいち正体がつかめない(どう実施したらいいのかわからない)あたしにとって、「それでいいんだ!」と気づかせていただきました。
 ただ、読書会自体の描写は少なくて・・・ジュリエットと島民たちの交流のほうにページ数は割かれている。 いや、それはそれでいいんだけど。

ラベル:海外文学
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2020年09月06日

インフルエンス/近藤史恵

 そういえば、近藤史恵で「これは読まねば!」というやつがなかったっけ、と思い出す。 もう何年か経つかも、そろそろ文庫が出てもいい時期かもしれない。 でも思い出してしまったので、図書館蔵書を確認したら予約を待たなくてもすぐに借りられる状態だった。 これはもう読むしかないのである。 発売は2017年11月のようです。

  近藤史恵 インフルエンスA.jpg近藤史恵 インフルエンスB.jpg ほんとは背表紙ともつながっているのだが。
 小説家の“わたし”のもとに、自分と友人ふたりの関係を基に小説を書いてくれないかという趣旨の手紙が届く。 一笑に付した“わたし”だが、いろいろと考え直して手紙の主に会ってみることにする。 友梨と名乗る女性は“わたし”と同年代、大阪の大規模な団地で育った子供時代からの話をはじめる・・・という話。

 “わたし”と作者をあえて同一視させる流れ、作者とあたしは大体同年代なので「こういうこと、あった」と感じさせられて(実際、子供の頃のことをいろいろ思い出してしまった)、すっかり物語に引き込まれてしまった。 一年ぐらいだろうか、あたしも団地のようなところに住んだことがあったから、余計に。
 学校に行く前から親しい幼馴染と学校で新たに生まれる友人関係との兼ね合いなど、忘れたふりをしているが今でもどこか引っ掛かりを持ち続けていることを突きつけられる。 昔、うまく構築できなかった人間関係を埋め合わせるように今はいい距離感をつくることに苦心してきたのかも。 それでもときどき失敗してしまうけど、それでも昔よりましになったと思う。 そう思えることは、しあわせなのだ。
 友梨と里子と真帆の関係は、その中に自分がいるようだ。
 中学生の時のエピソード、もっと読みたかった。 ソフトカバー300ページ以内なんかではなく、もっと長く読みたかった。
 「彼らの逸脱は、不良とかそういう言葉で言い表せない、狂気に近いものなのだ」と表現される中学校で露骨に荒れ始める人たちのことに戦慄する。 近くにはいなかったけど、同学年には確かにそういう人たちがいた。 多分すべての年代で、大なり小なり。
 あたしはこういう近藤史恵が好きなのだ。 だから中学生パートがもっと読みたかったのだろう。
 三人のその後の物語は、あまりに強引に思えるが必然だ。 金田一耕助が言っていた「一度殺人を犯してしまえば、別の機会にも容易にその手段を用いてしまう」そのままだもの。
 救いがない中の、わずかな救い。
 あぁ、なんだか、野沢尚の『深紅』を読んだときのような気持ちに。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 17:03| 兵庫 ☔| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月03日

カーテンコール!/加納朋子

 宮部みゆき、近藤史恵ときたら、次は加納朋子であろう。
 翻訳ものを中心に読んでいると、日本人作家、しかも前からずっと読んでいる人の文は読みやすくてしょうがないというか、がんがん読めてしまうんですよね。 だからちょっと物足りないというか、もっと読みたい気持ちになってしまうのだろうか。

  カーテンコール! 加納朋子.jpg アンコールではなく、カーテンコールであることがポイント。
 私立萌木女学園は歴史のある女子大学。 しかし学生減少により閉校が決まった。 最後の卒業生を出す年、このままでは卒業できない学生たちをどうにか卒業させようと半年間の特別補講合宿をすることに。 集められた十人ほどの学生は、みなそれぞれに問題を抱えたものばかり・・・という話。

 これまた連作短編形式。 単位を取れない学生たち一人一人の事情がそれぞれの視点で語られていくのだが・・・これが最近の悩みだよね〜、という。 いや、昔からあったことだけど、最近明確化されたこと。 ただ連作短編形式なので、一人一人のキャラに深まりがないというか・・・そもそもそんなに深みはないのかもしれないけど。 ひとつの悩みが大きすぎて、まずはそれだから。
 そんな成長物語なのかといえばそれだけではなく・・・いや、成長物語ではあるんだけど。
 これは宮部みゆきの『絶対零度』(『昨日がなければ明日もない』収録)でもそうだったんだけど、「気立てのよい女性が不条理なまでのひどい目に遭い、誰も助けられなくて、彼女の死でまわりの人間が何が起こっていたか気づく」っていうのつらすぎるんですけど! ・・・それが、時代的に女性という存在に割り振られていた役割による弊害だというのはわかっていますし、だからこそ現在から未来にはそんなことがあってはならないのだから語り継ぐことは必要だけれども・・・これ以外に方法はないのか、と。
 それを受け止めて立ち上がる学生たちだから未来を信じることができるし、「ただのいい話」で終わらせないためには必要だったのかなぁ。
 一気読みしたし、ほのぼのできる部分もあるんだけど・・・『絶対零度』と続いたのでやりきれなさが残るわ。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 02:43| 兵庫 ☔| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする