2019年05月23日

家蝿とカナリア/ヘレン・マクロイ

 図書館予約本が落ち着いたので、またヘレン・マクロイに戻ってみる。
 『幽霊の2/3』に並ぶ、もしくはそれ以上とも評判の高い、『家蠅とカナリア』。 これはちょっと厚めだし、あたしは『幽霊の2/3』に衝撃を受けてしまったクチなので、ずっと読むのをためらっていたのよね・・・でもそんなこと言ってたらいつまでも読めない! このタイミングで読んじゃえ!、と勢いがつきまして。

  家蠅とカナリア ヘレン・マクロイ.jpg “Cue for Murder”:<殺人の合図>?
 1942年。 ニューヨークのある劇場にて上演中に、舞台上の一人が殺されていることがわかる。 舞台初日に招かれていた精神分析学者でニューヨークの警察顧問も務めるベイジル・ウィリングは、犯行の前から劇場周辺で起こっていた奇妙な出来事が気にかかっていた。 衆人環視の中で起こった殺人にウィリングはどう挑むのか・・・という話。

 ベイジル・ウィリング博士モノ第二弾ということで・・・ウィリング博士のキャラクターがまだ硬いというか、一人一段高みにいる感が強くてあらためて驚く。 まだ恋人のギゼラも登場していないため、ある時期の少年探偵団ものの明智小五郎のように、完全無欠のスーパーヒーローなのだ。 真実がわかっているのにあえて口に出さない、みたいなところもあって。
 で、いつものように<人間の心理>に重きを置いた話ではあるのだが、演劇界を舞台にしているのが他の作品とはちょっと違うところ。 才能のあるなしにかかわらず、芸術というジャンルに身を置こうという人々はそうじゃない人たちとはちょっと違う。 キャロル・オコンネルの<キャシー・マロリーシリーズ>の『死のオブジェ』あたりをつい連想してしまい、登場人物のキャラの濃さが似ているのかな、と感じたりする。 でも割とステレオタイプな登場人物も多いような気もするのだが・・・なんだろう、この「読まされてしまう」感じは。 それが好きということかしら。
 時代も古いし、心理分析もいまと比べたらちょっと・・・というところもあるのに妙に納得もできてしまうのは、80年ぐらいでは人間の本質は変わらないということなのかも。 20年ぐらいだと文化的な古さが中途半端に強調されてしまうのかもしれないけれど、ある程度以上古い分にはまったく気にならない。
 しかも古典的な本格ミステリのように始まってそのまま続いていくのに、終盤サスペンススリラーに雰囲気がガラッと変わる鮮やかさ!
 勿論、犯人当てやトリックの解明は本格ミステリなのだけど。 このサスペンスの匙加減がロマンティックなのだよ!
 もしかしたら著者が女性というところもちょっと関係しているのかしら(読者のあたしも女性だから?)。 あまり作者の性別を意識することはないのだが・・・ファンだから、ということでしょうか。
 あぁ、残り作品が少なくなったなぁ! ちょっと間を置こうか。

ラベル:海外ミステリ
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2019年05月19日

監禁面接/ピエール・ルメートル

 「ピエール・ルメートル新作!」と言われましても、ハードカバーなのはちょっと・・・。
 そのうち文庫になるだろう、と思っているうちに、図書館の予約者数が減ってきたのでとりあえず申し込んでみたら・・・忘れてた頃にやってくるという。 まだ予約の人がいるから早く読まないと!、でもハードカバー抱えて通勤電車で読むのもちょっと重いんだよな・・・と危惧していたけれども、週末のうちに一気読み。

  監禁面接 ピエール・ルメートル.jpg 明らかに物騒な表紙&装丁だが、残酷描写は今回ほぼなし。
 人事畑一筋で歩いてきたアランは、リストラで職を失い、また同じような仕事に就けると再就職活動を頑張ってきたが、それももう4年目で、57歳になってしまった。 早朝の製品梱包のバイトなどをいくつか掛け持ちし、必要なお金を稼いでいる状態。 が、そんなある日、アランに一流企業の人事副部長職の応募のチャンスが! 何かの間違いだと感じつつも一時の筆記試験を受けたら、通ってしまった! これでやっとまともな仕事ができるのではと夢見るアランだったが、提示された最終選考は予想もしない恐ろしいものだった・・・という話。

 <ノンストップ再就職サスペンス!>とあるのですが・・・このコピー、合っているような合っていないような。
 確かにアランはかつて働いていたような状態に戻りたい、という強い一念で<常識外の最終試験>に取り組むのだけれど・・・その取り組み方が尋常ではないというか、明らかに常軌を逸している。
 第一部“そのまえ”はアランの一人称であるというのに、彼の苦境や苦悩がしっかり描かれているというのに、どうも彼に寄り添えない。 勿論、感情移入できないから面白くないということではなくて、アランのこのキャラは作者の計算なのではないか、とつい勘ぐってみたりして。
 第二部“そのとき”はページ数も少なく、また語り手も違う人になるのでアランのヤバい感じがより浮き立ち。
 第三部の“そのあと”で再びアランの語りに戻るわけですが、その流れで彼が相当壊れてきているのにあまりそれが目立たない効果になっており・・・どのようなとんでもない展開になろうがあっさり受け入れられる準備が整っておりましたよ。
 それなのに、描かれているテーマは意外と道徳的で、求めるものが違う男と女の悲劇・自分が価値を重く置くものを家族全員が同じように思うはずと思い込む悲しさとむなしさがより響く。
 「働く」とはいったい何だろうか、ということを改めて考えさせられる感じというか・・・アランは57歳だからもう変えられなかったのかな。

 帯で「最新作」と謳っておりますが、実際は『その女アレックス』の前に書かれたもの・・・ピエール・ルメートルの長編3作目。 なるほど、こういうのを書いていたのなら、のちに『天国でまた会おう』を書いたのも納得。

ラベル:海外ミステリ
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2019年05月12日

キングを探せ/法月綸太郎

 「あ、これ読んでなかったぞ」と今更ながらに気づく。
 <名探偵・法月綸太郎モノ>、長編第8弾であるにもかかわらず(しかも年末のミステリランキング上位に入っていたにもかかわらず)、いまひとつ個人的な盛り上がりに欠けたのは、彼があまり悩んでる感じがしなかったからだ。 <名探偵・法月綸太郎>は悩めば悩むほどキャラクターとして輝くような気があたしはしていて、とは言っても悩んでばかりでは事件は解決しないのでそのバランスが難しい。
 これもあたしの勝手な受け取りだが、『生首に聞いてみろ』で法月綸太郎の悩みの方向がちょっと変わった(開き直った?)ようで、それを成長と見るか変化と見るかどうしよう・・・のまま結論は出していなくて。 新装版『頼子のために』で悩んでいる彼をまた読んでしまったので、そのまま紛れてしまった。
 先日、出かける準備をしていたときに読みかけの本を入れるとカバンの中身に余裕がなさすぎる、と思って薄めの本から急遽選んだ。 それがこれだった。 読み始めると一気なんだけど。

  キングを探せ.jpg のりりん(作者のほう)は考えすぎているために寡作。
 前代未聞の<四重交換殺人>を実行に移すため、おかしなニックネームの4人の男たちがカラオケボックスの個室に集う。 トランプのカードを引くことで、殺す相手と順番を決めていく。
 一方、都内で起こった「一見単純そうなのに解決できない事件」に頭を悩ませる法月警視から事情を聴いた息子の綸太郎は、ある可能性を考える・・・という、倒叙もの&本格謎解きのミックス。

 四重交換殺人が最大の売り?
 犯人たち側の視点で描かれる分量が多いので(特に前半)、<法月綸太郎モノ>である必然性は薄い。 でも警視とのやり取りはクイーン父子ものを連想させ、ニヤニヤしちゃう。 ある時期のクイーンの雰囲気も当然踏襲。
 ただ320ページそこそこなので、ストーリー性を重視すると物足りない感じ。 ロジックに比重を置き、ミスディレクションの鮮やかさにニヤニヤしたいのならば十分満足できます。
 ほんの少しだけど、法月綸太郎の苦悩の一片も見られたし。
 あっさり読み終わると、続きというか他の作品がないのが困る・・・短編集をまだ残していたはず。 読みたくなって困るわ。

ラベル:国内ミステリ
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2019年05月08日

ヨーゼフ・メンゲレの逃亡/オリヴィエ・ゲーズ

 東京創元社の新刊案内でこの本のことを知ったとき、「おぉ、読みたい!」と思ったのだけれど・・・ハードカバーだったので文庫化を待つか、ということに。 でもしばらくして図書館で検索すると、「予約者の数は多少いるけど、ものすごい数ではないなぁ。 あたしも予約しようかなぁ」となってからしばらく、忘れた頃に連絡がやってくる。
 ヨーゼフ・メンゲレといえば、アドルフ・アイヒマンとよく対比されるナチ逃亡犯。 以前、『マイファーザー』という映画も観ましたが、あれは息子から見た父・ヨーゼフの話だった。 彼の逃亡中のことについては謎が多いイメージなので、物語を逆につくりやすいのかなぁ、とぼやっと感じていましたが、かなりドキュメンタリータッチの“ノンフィクション・ノベル”(カポーティの『冷血』のような)でした。

  ヨーゼフ・メンゲレの逃亡.jpg 右下に羅列された名前は、メンゲレが逃亡中に使っていた偽名。
 1945年、アウシュヴィッツ解放時のどさくさに紛れて研究資料を持ち出して逃げ出した、優生学を金科玉条にしている医師ヨーゼフ・メンゲレは、名前を変えてアルゼンチンへ渡る。 その後、南米を流転しながら潜伏し、追手から逃れたまま79年にブラジルで死亡する。 公開裁判にかけられたアイヒマンと違って、何故彼は逃げ通すことができたのか? その間、彼はどんな生活を送っていたのか?

 本編が250ページなく、章立ても81と各章が短いにもかかわらず、一文の情報量と書かれていない行間から感じられることに「おおっ!」となること多く、序盤は結構早めに読めたのだが、だんだんじっくり読み込まずにはいられなくなってきて、このページ数にしては時間がかかった。 訳文が読みにくいということはない、むしろわかりやすく短い文章でリズムよく畳みかけてくるような感じなのだが、それ故に読み逃すところがあってはならないとこちらが過剰に神経質になってしまって。
 メンゲレが見つからなかったのは、彼が特別な大きな力に守られていたからではなく、ただ追う側の状況が整ってなかっただけ、というのは・・・なんだか肩透かしですね。 それもまたアイヒマンとの対比になるわけだけど。
 アイヒマンは<凡庸な悪>と言われた。 ではメンゲレは?
 「自分は言われた通りのことをしていただけ。 悪いことだと思ってやっていない」というのはこの二人に共通の認識なのだが・・・メンゲレは自分の手でメスを持ったからね。 助手(というか部下?)によりひどいことをさせていたけど、双子を自分で選別し、どういう方法をとって調べるのか決めていたわけで・・・それってもう、「悪のマッド・サイエンティスト」そのままだよ。
 後半の読みどころは息子のロルフがブラジルの父のもとに会いに行くところ。 映画『マイファーザー』とは逆の視点で描かれるため、よりロルフの苦悩は強くなりつつも、彼の本心は見えづらい。 親と子だからって関係ないとは言い切れないからこそつらい・・・まして相手は遺伝がなにより重要という相手だもん。 家族であるからには見捨てるわけにはいかない、という常識に縛られてしまってて、ヨーゼフはそんな苦しみにも気づかずにつけこめるところに全部つけこむ。 それは相手が息子だけではなく、出会うすべての人たちに。
 裁判を受けずに寿命まで逃げ切った、と思われがちだけど、それが恵まれたものだとはいえないと感じられるのはあまりに<宿命>的でしょうか。
 勿論、これは事実そのものではない。 取材したりのちにわかったことをつなぎ合わせて、いかにも事実のように、できるだけ事実に近づけるようにまとめられたもの。 100%か0か、で決められるものではなくて、グレーな部分をどこまでと見るかだけど。
 ゴングール賞をとれなかった作品の中から選ばれるルノードー賞を受賞し、さらに賞の中の賞(プリ・デ・プリ)も受賞したというまさにフランス文学最前線。 歴史小説でもあるのだけれど、それが<広義のミステリ>というジャンルにくくれるのがうれしい。

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2019年04月29日

パワー/ナオミ・オルダーマン

 また図書館から予約が詰まっている本が!
 すぐ読んで返さねば!、と通勤電車でも読んでいたが、ソフトカバーなれど文庫の倍のサイズなのでやはり読みづらかった・・・おまけに少し前に話題になった本を「いかにも」という感じで読んでいるのもちょいと恥ずかしかった(ただの自意識過剰)。 だからこそ早く読めたというのもあるが、内容がそもそも面白かった。

  パワー ナオミ・オルダーマン.jpg パワー、それは女性が持つ物理的な力。

 ある日、14歳のロクシーは目の前で母親を殺され、その怒りが引き金になってパワーが目覚める。 手から強力な電流を発することができるようになったのだ。 が、それはロクシーの身にだけでなく、世界各地の女性たちの身に起こっていた。 力を得た女性たちはこれまでの社会構造に反発し、革命が各地で起こる。 男たちへの女たちの逆襲が始まる、<男女逆転のディストピア・エンタテインメント>。

 著者は『侍女の物語』の作者マーガレット・アトウッドの弟子(?)らしい。 SF設定を借りた“女が男を支配する世界”についての物語は、『侍女の物語』と表裏一体というか、実はテーマはほぼ同じといえる。 原著は2017年に大評判になっているのでここ最近に書かれたものという意味でもとても新しい。 完全にトランプ的なものへの挑戦状。
 いわば現行の、<男が支配する世界>から女性のパワーの目覚めによる<女が支配する世界への移行>が描かれているので、結構残酷な描写があっても「まぁ、それはこれまで女性がやられてきたことだからな」と思えてしまう恐ろしさ。 個人にはそんなこと関係ない悲劇なのに。
 だからといって、「女性が権力を握ればこの世界はもっと平和になる」という話ではなく・・・力・権力を持つ者は当然のようにそのパワーを使ってしまうという、そこ、結局男女は関係ないよねという話でもあり・・・自覚なく力を持っていることが悪いのか?
 どちらにせよ、片方の性別が力(権力の意味でも暴力の意味でも)を占有するとはどういう意味をもたらすのか、が、これ以上なくわかりやすく提示され、特に女性の自由が制限されている国・地域のひどさがより先鋭的に伝わるという。 逆に、ここまでやらないと伝わらないのだという悲しみもありで・・・男性が読んだらどう思うのかは非常に興味深いところ。 しかしこれを読んで考えを変えてほしいような人はきっと読まないんだろうな・・・。
 ただ『パワー』はメタ構造になっており、それがさらに皮肉を増大させているのだが、ストレートな衝撃もやわらげているような気もして・・・なんとなく、そこに<女性的な気遣い(攻撃を受けないためのさりげない防御)>めいたものを感じてしまうのは考えすぎかしら。
 とはいえ、自分の中に刷り込まれている社会的固定観念について知るには、格好の題材である。

ラベル:海外文学 SF
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2019年04月26日

殺す者と殺される者/ヘレン・マクロイ

 またしても、ヘレン・マクロイに戻る。
 これは<ベイジル・ウィリング博士もの>ではないが、ヘレン・マクロイの最高傑作だという人もいる。 自然とハードルが上がりがちだが、内容についてあたしには予備知識がほぼないので、ノンシリーズ物として読み始める。

  殺す者と殺される者 ヘレン・マクロイ.jpg 時代を感じるサスペンスだが、ウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)とは雰囲気が全然違う。

 大学で教えていたハリー(ヘンリー)・ディーンは、氷の上で昏倒し、意識不明で入院した。 おじからの遺産を相続し、不慮の事故からの回復をきっかけにして、ハリーは仕事を辞めて故郷クリアウォーターへ戻ることにした。
 新たな環境で新たに始まる生活。 初恋の人は結婚しているが、自分の中には彼女への想いが消えずに残っていることを知るハリー。 そして引き出しの中の運転免許証が消え、差出人不明の手紙が部屋にある、など、小さなが次々と起こる。 いったいこの町で何が起き、何が起ころうとしているのか・・・という話。

 ウィリング博士は出てこないけど、心理学的要素や用語がたくさん。 そのへんが「あぁ、ヘレン・マクロイだなぁ」と感じる所以。
 一人称である効果が絶大というか、こういうのがないと一人称を使ってはいけないのかな、ぐらいの気持ちにさせられる。
 途中で、ずっと前に読んだことのある『影をなくした男』のことを思い出す。 全然違う話なのだが、様々な兆候(それは予感にも通じる)にじわじわと不安を覚えていくハリーの感覚がそれに近いのかも。
 サスペンス的には先が読めてしまう部分もあるのだが・・・(それは書かれた時代的に仕方がない、後発作品をこちらが先に読んでいるせい)、ネタが割れたからといってそれで終わり、という話ではないので。 自分自身とは何か、という現代にも通じる根源的社会的な恐怖については今のところ古びる気配はない。
 単独作品だからこその面白さではあるけれど、もしウィリング博士が出てきて種明かしをしてくれたらいったいどういう展開になっただろう、と想像するのもまた楽し。 あっという間に読み終わってしまい、寂しい。

ラベル:海外ミステリ
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2019年04月21日

極夜行/角幡唯介

 あ、そういえばこれ、読んでなかったな、と図書館に予約を入れたのはいつだったか。 忘れた頃に(でも思ったより早く)やってきた。 しかし次の予約も待っているから早く読まなければ・・・と思ったけれど、意外とあっさり読み終えたのだった。
 ハードカバーって厚いのと薄いのと極端だよねぇ。 というか、本の平均って何ページくらいなの?

  極夜行2.jpg 極夜とは、一日中太陽が昇らない場所でのこと。

 ここしばらく、冬といえば北極エリアに出かけていた著者は、極夜を旅する準備を着々と進めていた。 しかし妻が妊娠したことで、出産を終えてから“極夜行”に出発することにする。
 衛星やドローンの発達により、未知の空間がこの世界からほぼなくなっていると考える著者は、太陽が昇らない・太陽を自分が見ることもできない数か月を過ごしたのち太陽を見たら自分の中で何か変わるかもしれないと考える。
 そして出発した2016年〜2017年の冬、著者はいくつもの予想外の困難に直面する・・・という話。

 『雪男は向こうからやってきた』・『アグルーカの行方』といった自分自身が題材ではないルポルタージュはすごく面白く読んできた。 でも『空白の5マイル』はいまひとつ入り込めず・・・その理由をはっきりさせたくて、これを読んでみた。
 それで確信した。
 題材となる誰かがいて、それに対して著者自身の体験やツッコミが絡んでいくのは面白い。 でも素材そのものが自分自身だと、「なんかちょっと・・・」という感じがしてしまう。 こんなにカッコ悪い自分をここまで、必要以上にさらけ出すのが逆にカッコいい?、的な空気を感じてしまうというか、やりすぎればやりすぎるほどスベる様子を見せられているような気がするというか・・・。
 自分が男であることに疑いを抱かない種類のマッチョ系人物像であるためか、一応女性であるあたしから見ると、「・・・男って、バカだなぁ」となってしまうというか、「・・・奥さん、すごいな」と感じてしまうわけです。 自分でも書いているけど、出産体験ができない男はここまでしないと世界とつながれた感覚が持てない、というのが、そもそもちょっと古い思考体系だし、それは筆者個人の資質なのか冒険家になるような人はそういう要素があるのかどちら寄りなのか?
 ふむ、違う題材の著者の本を読んでみるか、と図書館で検索し、また予約を入れた。

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2019年04月15日

ささやく真実/ヘレン・マクロイ

 というわけで、引き続きヘレン・マクロイを読んでしまう。
 まぁ、実は読んでいるほうが少ないので、もうちょっと楽しめるぞ、というのがわかったのもあり。
 すぐに出てきたヘレン・マクロイの未読本から(つまりすぐに出てこないところにあるのもあるということです・・・)、発表年が早めのやつから。 1941年、ベイジル・ウィリング博士もの3作目。

  ささやく真実.jpg “The Deadly Truth”

 クローディア・ベスーンは美貌の女性でかつ財産家。 だが彼女は慈善事業をするわけでもなく、周囲の人間を振り回す犯罪すれすれの悪趣味ないたずらを仕掛けては楽しんでいる。 生化学者のロジャー・スレーターが開発した、スコポラミンから有害な物質を取り除いたノボポラミン・仮称“真実の血清”(一種の鎮静剤だが自白剤の効果もある)をクローディアはこっそり盗み出すが、しらを切りとおしロジャーにも確かな証拠はないのでそれ以上詰め寄れなかった。
 ある日、ハイ・ハンプトンにあるベスーン邸でパーティーが開かれる。 招待客は“真実の血清”入りのカクテルを飲み、様々な感情がぶちまけられる。 しかしパーティーのあと、クローディアは殺害され、第一発見者はベイジル・ウィリング博士だった。 いったいパーティーで何が起こったのか・・・という話。

 毒々しいまでのクローディアのキャラクターが濃すぎて・・・被害者なのに同情がわかない(何故彼女がそんな風に変わったのか、ということも表現されているにもかかわらず)、それ故に<犯人捜し>に没頭できるという本格推理小説。
 登場人物たちとウィリング博士が均等に会話し、手掛かりはすべて明示され、読者もまた同様に謎解きに参加できる。
 心理学用語などには少し時代を感じるものの、内容自体は古くはなっておらず、「これ、約80年前なのか!」と考えるとなんだか焦る。
 最後は関係者全員を集めて謎解きを披露、という<古き良き探偵小説>の展開が懐かしいと同時に、スリラー・サスペンス寄りの最近のミステリばかり読んでいるとすごく新鮮! やはり本格(トリック重視ではなくロジック重視なほう)は面白いなぁ!、とドキドキだ。
 あたしの中ではウィリング博士のビジュアルが定まっていないので、読むたびに「あ、ウィリング博士ってこんなかっこよい感じだったっけ」とびっくりしがち・・・恋人、のちに夫人となるギゼラのイメージはあるんだけど。

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2019年04月13日

悪意の夜/ヘレン・マクロイ

 厚めの本が「あ、そろそろ読み終わるかも」というくらいになったときのために、あたしはいつも薄めの本にブックカバーをかけて何冊か積んで準備してある。 出かけるときにそこから一冊、さっとカバンに入れるためである(引き続き分厚い本では、荷物が重くなるから)。 先日、『許されざる者』が行き帰り途中で読み終わるかもと思ってつかんだのがこれだった。

  悪意の夜 ヘレン・マクロイ.jpg あ、ヘレン・マクロイ、久し振り!

 アリスはつい先日、夫を崖からの転落事故で突然失った。 呆然とした日々を送るアリスだが、生来の気質か夫の職業柄か、感情的にはなり切れないでいた。 遺品の整理をしていたら、夫の筆跡で「ミス・ラッシュ関連文書」と書かれた空っぽの封筒を見つける。 ミス・ラッシュとはいったい誰のこと? そこへ息子のマルコムが初めて見る美女とともに帰ってきた。 彼女の名はミス・ラッシュ・・・彼女と封筒に書かれた名は同一人物なのか? いったい夫は何を残したのか?

 <ウィリング博士もの最後の未訳長編>としての初邦訳ですが・・・シリーズを普通に読んじゃうレベルには特に不足はないのですが、「ラストが弱い」と言われれば確かに。 ウィリング博士ものとして最初に読むとしたら物足りないかも。
 しかし、ヒロインとして決して自分を見失わないアリスが、極まったストレスにより夢中歩行をしてしまう・・・というくだりには『暗い鏡の中に』を思い出してしまい、盛り上がる!
 しかも、封筒に書かれた“ミス・ラッシュの謎”について自分でこっそり調べるのかと思いきや、夫の同僚家族や息子、挙句はミス・ラッシュ本人にも話しちゃうのがびっくり!
 と、こちらの予想をぐっと越えるスピーディー展開、ウィリング博士の登場シーンも衝撃的かつスタイリッシュで、ニヤニヤしちゃう。
 でも270ページそこそこなのであっさり読み終わっちゃうのが物足りない・・・もっと読みたいなぁ、と。
 久し振りに読んだけど、「やはり、ヘレン・マクロイは面白い!」と思えた・・・作品数が少ないので一気読みがはばかられ、未読本はこそこそと隠してたけど・・・設定?、文体?、すごくドキドキして引き込まれる。
 もはや「好きだから」としか言いようがない状態かも。 あぁ、読んでない残りの作品を数えねば。

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2019年04月07日

許されざる者/レイフ・GW・ペーション

 <スウェーデンミステリの重鎮>と紹介されてからもう一年以上・・・「重鎮とか巨人とか何人いるんだろう」と思いながら、別作品の翻訳が出ないのかと待っていたのだが、出る気配がさっぱりないので読んでしまうことにした(そう、ずっと読みたかったのだが、読み終わるのがもったいないかも・・・と手を付けられずだったのである)。
 そしたらもう、566ページというそこそこの大作なのにもかかわらず読むのをやめられず。 読みかけの別の本に手を伸ばすこともなく、一気に走り抜けてしまった。

  許されざる者創元推理文庫.jpg 表紙の美しさも読後、より迫るね。

 かつての国家犯罪捜査局長官のラーシュ・マッティン・ヨハンソンは定年で引退後の生活を送っていた・・・が、ある日突然脳梗塞で倒れ病院に運ばれる。 右半身に麻痺は残ったものの、命は助かった。 ヨハンソンの経歴を知った主治医のウルリカから、牧師をしていた父親が聞いた告解が過去の未解決事件に関係しているのでは、と相談される。 25年前、9歳の少女ヤスミンが殺された事件だが、残念ながら時効が成立していた。 警察では捜査できないため、ヨハンソンはかつての同僚(彼も定年している)、介護士、かつての部下(今はスウェーデン警察や公安部などの上層部にいる)らの手を借りながら、アームチェア・ディテクティヴばりに調査を進める・・・という話。

 いやー、幼児・子供を対象とする性犯罪者ってこんなにも全世界的に憎まれているというか、死刑のない国でも「無残な死を迎えて当然」と多くの人に思われているんだな・・・ということを改めて感じさせる。 勿論ヨハンソンは法律を重んじているので、私刑を決して肯定しない。
 『コールドケース』的な物語を重厚で長大にしているのは、ヨハンソンの闘病・リハビリの描写もあるから。 もともとヨハンソンを主役にしたシリーズがあるようで、シリーズ最後の作品を先に読まされてしまったような微妙な気持ちもある。 脳に負荷のかかった患者が、これまでの性格とはまったく違うような言葉や言い方をする、というのはよく聞くけど、事前にヨハンソンのキャラを知っていればもっと驚くことになったのかもしれないな、と思ったり。
 犯人は後半の早い段階でわかるのだが・・・犯人当てがこの物語の趣旨ではない。 法で裁けない犯罪者に対してどうするべきか、について多く割かれるのが非常に今日的で、日本だったらここまでいくかな?、と考えさせられる。
 なるほど、ヘニング・マンケルでもなく、アンデシュ・ルースルンドとも違う、<スウェーデンミステリの重鎮>という呼び名にふさわしい。 “事件”にかかわってしまった基本的に善良な人々は、その後の人生にずっとその影を引きずり、もう元の世界には戻れないということがこんなにも伝わるとは!
 そして<つながり>は人知を超えたことろにある、とでもいうような運命的なもの(場合によっては紙の采配ともとれるような)。
 やはり北欧ミステリは面白い。 やばい、またはまりそう。

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