2021年04月16日

津波の霊たち 3.11死と再生の物語/リチャード・ロイド・バリー

 今年の一月に文庫出てすぐ買ったはいいが、読むのが少し怖かったのか・・・しばし積む。 その間、何度か手に取りつつも、また戻し。
 今回もまた戻すことになるかなぁって感じつつ手に取ったのだが、ちょっと読み始めてしまい、なんか書かれている東北のイメージにおののいているうちにいろいろ思い出し、気づけば読むことがやめられなくなった。
 電車の中でも急に泣きそうになる。 ずっとマスクしてるからそういうときすごく困る!

  津波の霊たち リチャードロイドバリー.jpg Ghost of the Tsunami:Death and Life in Japan
 二十年以上日本在住の英国人ジャーナリストである著者は東日本大震災直後から被災地に通い続けた。 石巻市立大川小学校の遺族と出会い、何故あれほどの被害が出たのか裁判も追う。 また被災地で続く幽霊の目撃談に興味を持った著者は被災者のケアを続ける僧侶と巡り会い・・・。

 英語で書かれてから日本語に訳されたものなので・・・その距離感がむしろグサグサ刺さる。 普段翻訳ものを多く読んでいるせいか、冷静に読もうと思っているせいか、読み手として前のめりになるところと引き気味になるところにちょうどぶつかってしまう感じ。
 津波被害の生々しさは、今まで読んだ中でトップクラス。 読みながら「そこ、頭の中で映像化しちゃダメだ!」と何度も頭を振った。 それでもずっとこのイメージを引きずっていくんだろうなと感じた。 体験したわけでもないのにね。
 ほんと東北のイメージひどいんです。 ちょっと心当たりもあるんだけど、そこまでか!、な感じ。 でもあとあと出てくる保守的な人々の古さがありえなさ過ぎて、この状態が放置されているのならこのひどさも仕方がないと思うくらい(勿論、別々の問題なので一緒にしてはいかんのだが)。 あー、日本人作家の小説を読むことが減ってきたのは、こういうのを避けているからだろうか。
 本書では筆者が東北人に、日本人に怒っている。 そんなに我慢しなくていいだろ、と。 そうなんだよね、でも我慢してるというか、あきらめているのかも。 とりあえずの静けさを求めていて、異を唱える人たちに圧力をかけて黙らせようとしてるんだよね、その先のことを考えていないから。 組織を守ろうとする思いは全国各地どこにでもあり、このコロナ禍でついに限界まで来ている、その重要な段階が描かれている気がする。
 組織に巻かれない、自分で判断して声を上げる。 とにかくそれしかないのだと。
 自分が死ぬタイミングはわからないけど、いつか必ず死ぬわけで。 だからってあとのことは考えなくていい、はおかしい。
 想定外って言葉もおかしいんだよな、人間は万能ではないのだから思いもかけないことが起こるという前提で仕組みを作らなきゃいけないのに、思いつかないことが起こったらしょうがないという言い訳になってる。
 とにかくつらい内容なのですが、現実社会は全部つながってて他人事ではない、ということがよくわかる書物。 必読!、と言いたい。

posted by かしこん at 23:59| 兵庫 ☁| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月12日

眠れる美女たち/スティーヴン・キング&オーウェン・キング

 やっと読了!
 たまたま、3月前半ぐらいに図書館の<新しく入ってきた本>コーナーで見かけたのである。 予約しなきゃダメかなぁ、と思っていたところだったので即借りて、でも3/25ぐらいに『アウトサイダー』発売予定だとわかっていたので、それまでに読めるだろうかと考えていて(この段階では『アウトサイダー』を買うかどうかははっきり決めていなかった)。
 で、上巻から大変面白かったので『アウトサイダー』買おう!、と思ったのだが、『アウトサイダー』発売までには読み終われないことがわかったので下巻のはじめぐらいで小休止。 で、『アウトサイダー』を読み始めて「おお!」となっていたのだが・・・『眠れる美女たち』下巻に図書館から「予約が入ったので返却日守れ(延長はできません)」という合図があったため、慌ててこっちに戻った、というわけ。
 まぁ『アウトサイダー』も下巻のはじめでちょっと止まり、別の本を読んでいたりもしたので、久し振りにあわあわと追われた感あり。

  眠れる美女たち1.jpg眠れる美女たち2帯なし.jpg “Sleeping Beauties”
 アメリカ、女子刑務所のある小さな町ドゥーリングにて。 山間の麻薬密売所に謎の女が現れ、人を殺したあとに建物を燃やした。 駆け付けた警察署長ライラに逮捕された女はイーヴィと名乗り、拘置されるため女子刑務所に移送される。
 その頃、世界中を奇妙な疫病が襲い始めた。 眠りにつくと、目覚めない。 眠りにつくと、その身体は奇妙な物質に包まれる、あたかも繭のような。 そして目覚めないのは女性だけ。 繭状のものを男性が破ったりすると、眠っている女は凶暴化し、誰であろうと襲うことがわかる。 だがイーヴィだけが、女性なのに眠っても目を覚ます。 ライラの夫で女子刑務所の精神科医クリントは、この疫病とイーヴィにはつながりがあるのかと考える。 眠ってしまった女たち、眠りにあらがおうとする女たち、女を失ったと絶望する男たち、繭をそのままにして老いたらどうなるかわからない、燃やそうとする男たち、など、この町を不安とパニックが覆っていく・・・という話。

 書かれたのは2017年。 「謎の疫病が世界を襲う」というモチーフはもともと人気があり、魅力もあるものだが、SARS以降より現実味のある設定として多用されている感がある。 キングの場合、『ザ・スタンド』で人工ウイルスを使って一度世界を滅ぼしているので、今回はウイルス感染のディテールなどは捨てて、なんだかわからないもの・男女で差がついてしまうものとして描いている(眠くなっても、なんとか起きてさえいれば繭にくるまれることなくいられるのだ、これを感染と呼んでいいものだろうか。 むしろ魔法だよね)。
 だから、描かれるのは謎の病ではなく、男女間の分断、「男はいかに女のようには考えないか」の可視化。
 繭にくるまれた女たちは、違う次元の世界で目を覚ます。 同じドゥーリングの町だけど、男のいない世界、これまでとは時間の流れが違う世界。 女だけの世界で、いかに夫という存在が自分と違うものなのかを個人差はあれ女たちは感じていく・・・このあたりは自分がDV被害者であると気づいてなかった人が気づく過程にも似てた。
 かといって男対女の二元論には決してなってない。 ミソジニー(女性蔑視・女性嫌悪)を炙り出す視点はこれまでのキング作品のどれよりも強いが、ミサンドリー(男性蔑視・男性嫌悪)のことも書いてるし、そのあたりの今っぽさは40代の息子(オーウェン・キングはスティーヴン・キングの次男でジョー・ヒルの弟)の感覚がより反映されていると考えてもいいのかもしれない(70代でこういう話を息子とできるってなんて健全なのか!)。
 違う世界をつなげる大樹、大樹を守るかのような虎の存在、使者としての蛾、世界を行き来する狐、など、動物が出てくるシーンは幻想味が強くて、全編ファンタジーといってもいいくらい。 だから従来のキング的な怒涛の展開を期待すると、少々ラストが消化不良に感じるかも。 敬虔なクリスチャンであるスティーヴン・キングらしき決着のつけ方であるような。 でももともと寓話として書かれたのかもしれないような気もするし・・・。 女性への賛歌として描かれたんでしょうかね。
 ただ、これを読んで「男としてもっといろいろ考えて気をつけねば」となる人は全然いいほうで、生き方を入れ換えてくれと言いたいような人はこれを読まないんだろうなぁ。 自分の支配欲のために女を虐待する人間の屑ドン・ピーターズがひどい目に遭うことで、読者としては因果応報を感じて引き下がるくらいしかないんでしょうかね。

 さて、『アウトサイダー』に戻りますかね。 でも他にも何冊かヤバいやつに手をつけちゃったんで、仕事がいそがしくなったのも含めて本を読む時間が減っている。 どうしよう、新規陽性者も増えてるし、在宅勤務に切り替えようかな・・・でも現場でないとできないこともあるからな・・・在宅勤務にするならば全体的にやらないとしわよせがでるのよ〜。
 あぁ、東京オリンピックは無理だよ。 やめよう。 東京2020が新たなパンデミックの波の引き金とか記されるのは世界に大迷惑をかけてしまうってことだぜ。

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2021年04月04日

十日間の不思議【新訳版】/エラリイ・クイーン

 やっと読み終わり。
 というか前半でしばらく中断していた。 図書館から来た本を先に読まねばならず、キングの『アウトサイダー』も入り・・・でも『アウトサイダー』は持ち歩くのはちょっとでかいので、文庫サイズに戻しました。 そしたらこれがものすごく面白くなってきて、やめられなくなってきたのである。

  エラリイ・クイーン十日間の不思議【新訳版】.jpg “THE TENDAYS' WONDER”
 何度も記憶喪失に襲われ、その間自分が何をしているか全くわからずおびえるハワードは、戦争前にパリで出会ったことのあるエラリイ・クイーンに助けを求める。 久し振りの再会を喜んだエラリイだが、ハワードの抱える事情や彼の地元がライツヴィルだと知り、精神科に相談した方がいいのではと思いつつもハワードの要請に従い、三度目のライツヴィル訪問に向かう・・・。

 二十数年前に一度読んでいまして、ラストの後味の悪さは鮮明に覚えていて(だから古畑任三郎の『すべて閣下の仕業』を見たときは「エラリイだ!」と思いました)、今回新訳版を読んでみて・・・ラストの印象しか覚えていないことに気づきました。 おかげで初めて読むかのようにハラハラドキドキ。
 いやいや、「自分が何するかわからなくて焦っている人」って『フォックス家の殺人』にも出てきたじゃん! アガサ・クリスティ作品にもそういう人は結構出てくるし。 世界大戦後という時代のせいもあるんですが、「読んだような気もするけれど、違うやつだったかな?」みたいな感覚につきまとわれてた部分もあり。 初読のつもりで没頭したほうがより楽しめると。
 やはり新訳なのですごく読みやすい。 シリーズ物としての流れも踏まえているし、ミステリとしてフェアなことも織り込まれているし、読んでて気持ちいい! 「エラリイ、そんな!」と言いたい場面がいっぱい・・・内容的には時代を感じる部分もありますが、それは当然(原本が出版されたのは1948年)。
 ラストの展開がよりひどく感じるのは、エラリイが痛手をこうむることを知っているからかしら。

ラベル:海外ミステリ
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2021年03月28日

ザリガニの鳴くところ/ディーリア・オーエンズ

 あー、よさげだなぁ、でも文庫じゃないから自分で買うのは・・・でも評判よいなぁ、どうしようかなぁ、とずーっと悩んでいるうちに、ついに図書館から予約の順番が来ましたよというお知らせが。 ソフトカバーの単行本なら文庫になったとしても値段は数百円ぐらいしか違わないのだから買ったらいいじゃないかとも思うのですが、文庫サイズを基本にした収納状態なので、置くところに困るんですよ・・・。 なのでありがとう、図書館。 しかしあたしのあとにも予約は詰まっているので、スティーヴン・キングの『アウトサイダー』を中断(これまた上巻中盤で盛り上がってるところ)。
 プロローグの、

 湿地は、沼地とは違う。湿地には光が溢れ、水が草を育み、水蒸気が空に立ち昇っていく。

 で始まる一段落を読み、その世界に吸い込まれてしまった。 風景が立ちのぼった。 没頭するように一気読み。

  ザリガニの鳴くところ.jpg “Where the Crawdads Sing”
 1969年10月、ノース・カロライナ。 湿地で男の遺体が子供たちに発見された。 地元の人々は“湿地の少女”と呼ばれている人物に疑惑の目を向ける。
 1952年、父親の暴力に耐えかねて母親が出ていき、その後兄たちもいなくなり、ひとりで生きていかねばならなくなった6歳のカイア。 兄ジョディの幼馴染のテイトに読み書きを教わり、湿地と向き合うことで孤独を生めようとしていた。 小さな燃料店のジャンピンとメイベル夫妻に支えられるが、村の人々は彼女を“湿地の少女”と呼んでさげすんでいた──。

 2節目(32ページ)でもう泣きそうになっている。
 ミステリでありつつ少女の年代記という、ある意味佐々木丸美『雪の断章』と同じくくりに入るやつじゃないですか!
 「リアリティない」とか「YAかよ」みたいなツッコミを入れる人もいそうだが、そんなの野暮である。
 これが文学じゃないなら文学ってなんだよ!
 湿地に来る様々な種類の鳥、昆虫などの関わり具合がいいんだよ〜。 作者は動物学者で湿地の保全活動も行っているらしく、ディテールに神宿る感。 自然のそばに身を寄せながら書物から自然科学を学んでいくカイアの成長ぶりに引き込まれるんだけど、感情移入させ過ぎないバランスがすごい。 ジャンピンとメイベルもカイアをもっと保護しようと思えばできるんだけど、彼女の気持ちを強制しないように程よい距離感を保っていたり、村の人々のカイアへの偏見なども描いているけど激しくないところに踏みとどまっていて、悪者という概念は避けられている。 自然界の中では善悪の定義など机上の空論だし、ただ生命の営みがあるだけなので。
 となると青年チェイス・アンドルーズの死の所在も追求しなくていいような気にもなるんだけど・・・謎は明かされます。 でもそれが答えだと思わなくていい感じもする。
 登場人物たちには読者に好かれようという行動が何一つないので最初は遠くに感じるのだけれど、読み進めるうちにわからなくても彼らの存在は近くにあって(特にジャンピンのいい人さときたら)。 あぁ、よさげだと思った自分の勘に間違いはなかった。 自分を信じよう。

posted by かしこん at 19:22| 兵庫 | Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月23日

オクトーバー・リスト/ジェフリー・ディーヴァー

 『瞳の奥に』を読んでいて「だまされない・違和感を見逃さない」態勢になっているので、この勢いで『オクトーバー・リスト』を読んだらだまされないかも、と見越して、次に読むことにする。 いえ、個人的にはきれいにだまされたいんですよ。 でもきれいにだまされるためには、違和感のあるポイントに気づいてないといけないから!

  オクトーバーリスト ジェフリー・ディーヴァー2103.jpg “THE OCTOBER LIST”
 この本は、最終章である第36章からスタートし、次は第35章と時間を遡り、第1章まで続く。 目次すらもそのあと。 章の中は時間軸通り、頭にその章の内容をイメージさせる写真が挿入されている。

 第36章は、6歳の娘サラを誘拐されたガブリエラが、要求された<オクトーバー・リスト>を手に誘拐犯との交渉に向かった人物を待っているところから。 あらすじをこれ以上言うとネタバレになってしまうので、あとは印象を。
 映像ではないので<逆行>を文章からイメージするのはちょっと難しい。 登場人物一覧表もないので、「これ、誰?」となっても前のページを探すしかない。 読み進めばわかることが増えるので慣れてくるのだが、最初の10章くらいがのみこめないまま読むのでつらい(1章のページ数が少ないので、つらさも長くはかからないのだが、このへんは一気に読んだほうがすんなり世界に入れると思う)。 あたしはその間にちょっとインターバル置いてしまった・・・その反省から、再開してからはほぼ一気読みしたので、“違和感”にいろいろ気づけたかなぁと。
 なので、読むならば一気読みを推奨! 400ページぐらいですので。
 で、内容ですが・・・第1章で話を終わらせるためにはこの方法しかないんだろうなって思うんだけど、第37章も読みたいわ。
 最後まで読ませる、引っ張る力は確かに強いし面白いんだけど・・・でもこの話、あたしは好きかと聞かれたら「それはちょっと・・・」と答えるかな。 だってひどい話なんだもん! 後日談がないと読後感が回復できないタイプの話よ! でも、そういう後味の悪さも狙いなんでしょうけど。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 04:39| 兵庫 ☔| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月19日

瞳の奥に/サラ・ピンバラ

 「NETFLIXでミニドラマシリーズ(全6話)、配信スタート!」とか、「スティーヴン・キング、イアン・ランキン絶賛!」とか(まぁ、キングは褒めすぎ大王なんだけど)、「結末は、決して誰にも明かさないでください。」とか、発売前からなにかと話題のこちら。 そうか、そんなに意外なラストなのか、と早めに読んでしまうことに。

  瞳の奥に サラ・ピンバラ.jpg “BEHIND HER EYES”
 ロンドン、シングルマザーのルイーズは職場で新しい上司を見て愕然とする。 彼、精神科医のデヴィッドは前日にバーで出会っていい雰囲気になった相手だったのだ。 しかも彼には美しい妻アデルがいて、これ以上踏み込んだ関係になってはいけないと感じるルイーズだが、アデルとはまた違う場所で知り合い、友情を築いてしまうことになり・・・という話。
 そこだけだとまるで『グレイズ・アナトミー』の初期みたいなんだけど、全然違う。 でもこれ以上は話せない。

 あぁ、そうきたか!
 そういう風な感じだとは思っていたけど・・・見せ方というか、示し方がうまいな!
 前半はありがち話っぽいけど、「どんでん返しがある」という前提故にものすごく不穏。 こっちは意気込んで「ヒントをひとつたりとも見落としてなるものか」と読んでいるので、あやしげなもの全部に引っかかる・・・勿論そこまで重要ではないものもあるのに。 だから、「あぁ、そっちか!」、「これは違うのか!」と後半進めば進むほど答え合わせに盛り上がる。
 「なんだこの結末?!」ってなるの、わかるなぁ。
 あたしは「やられた!!」とはならなかったけど・・・楽しみました。 パトリシア・ハイスミスっぽいところにニヤニヤ。
 ものすごく、今の時代にフィットした謎解きで、あぁ、こういうのが広く受け入れられる時代になったのかと感慨深いです。
 あー、ドラマ、観てみたいな・・・ついにNETFLIXに入らねばならないか・・・。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 00:45| 兵庫 ☁| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月10日

闇よ、我が手を取りたまえ/デニス・レヘイン

 引き続き<パトリック&アンジー>シリーズ2作目読了。
 あ、結局ネットの古本屋さんで買いました・・・。
 サウス・ボストンの闇が深まる・・・。

  パトリックアンジー2闇よ、我が手を取りたまえ.jpg “Darkness, Take My Hand
 私立探偵パトリックとアンジーの事務所に依頼があった。 精神科医ディアンドラに脅迫状らしきものが届いた、ケンジーと名乗った若い女性とセッションをした後で。 ディアドラの息子も標的かもしれない、マフィアが絡んでいるのかもしれない。 パトリックは厄介なことになりそうだと気が進まない。 そんな矢先、パトリックたちが昔から知ってる若い女性が磔の惨殺遺体となって発見される。 同じ町で約20年前に同じ手口の殺人があったことがわかる。 この町にシリアルキラーがいるのか?、それもかなり昔から?
 パトリックの周囲に、ジワリと何かが迫ってくる。 ドーチェスターというこの町で同じような時期を共に育った仲間たちにも、犯人は迫っているようだ。

 ボストンは大きな都市だが、ドーチェスターという小さな地域では大都市独特の人間関係の薄さ・入れ替わりの速さと無縁らしい。 なにしろパトリックとアンジー、アンジーの夫フィル、ブッパは幼馴染という言葉以上に強い絆がある(親がひどいから余計に連帯感が強いのか)。 パトリックの前妻(結婚生活はすぐに破綻)はアンジーの姉だというのだから、人間関係の狭さ・濃厚さは想像するに余りある。
 そういう中で生きていて、知っていると思ってた人の意外な一面を知ることは・・・覚悟してても無意識レベルで傷つく。 肉体的にも深い痛手を負い、もう立ち直れないくらいひどい目に遭って、彼らはこれからどうするのだろう。
 1990年代をそのまま映し出す強引さ(2020年以降ではもう無理)。
 90年代を血みどろで深手を負って、それでも走り続けるパトリックとアンジーが満身創痍になる物語が、このシリーズだ。
 パトリック、めっちゃいい女と付き合っていたのに・・・別れなきゃいけなくなったのは、彼が探偵家業に対して手を抜けないと言えば聞こえはいいが、血みどろ展開も含みつつ楽しんでいるから。 彼はハンターだから。
 あぁ、四作目『愛しき者はすべて去りゆく』を再読するのが楽しみになってきた。 やっぱりそれがシリーズものの醍醐味。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 04:26| 兵庫 ☁| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月07日

災厄の町【新訳版】/エラリイ・クイーン

 エラリイの、ライツヴィルもの第一作。
 本来ならば『フォックス家の殺人』の前に読むべきでしたが・・・発掘に時間がかかって。 それに以前読んでるし、と思っていたのですが、『フォックス家の殺人』がさっぱり記憶に残っていなかったので(読み進んでいくうちに「あぁ!」となりましたけど)、やはりこっちも再読すべきだ!、と。 それで万全の態勢で、『十日間の不思議』を読むのだ!

  災厄の町新版.jpeg “CALAMITY TOWN”
 ニューヨークでの有名人の日々に疲れてしまったエラリイ・クイーンは、喧騒を逃れるために田舎町ライツヴィルで数か月過ごし本を書きあげようと考えた。 ライツヴィルにはホテルがなく、空き家を貸してもらうことにするも、その家にはいわくがあり・・・三年前、結婚直前のカップルが住むはずだった家で、しかし新郎が突如失踪してしまったというのだ。
 エラリイが町の人間関係を知る頃、疾走していたジムが突然戻ってきて、ずっと待っていたノーラと再会、二人は無事に結婚式を挙げる。 家を二人に明け渡したエラリイだが・・・。

 「あぁ、こんな話だったなぁ」と思い出す。 記憶の中で『中途の家』が混ざってました。
 エラリイの言動に「あぁ、キザ! カッコつけてる!」と感じてしまう部分あり・・・このへんが<国名シリーズ>あたりのエラリイっぽさなんだよなぁ、と。 『フォックス家の殺人』ではそんなに気にならなかった、ここが境目ということなんだろう。
 ある人物が毒殺され、その真相を追う話なれど、そこに至るまでの人間関係と感情のねじれこそが読みどころ。
 噂がすぐに広まる小さな町ライツヴィル。 そこに住む人々が町の空気を形成する、同調圧力とかそういうのの怖さも勿論。
 自明なことでも論理的に説明されなければ説明されたことにはならない、という大前提で成立している世界観が大変心地いいと気づく。 後味悪い事件を語っているにもかかわらず。 現実はこんなにすっきり明確にはならないもんね。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 17:48| 兵庫 ☔| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月28日

デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場/河野啓

 この本が出ていることに気づいた。
 「あぁ、ついに出たか・・・彼を語るルポルタージュが」
 山モノが好きなあたしだが、彼の存在は「どうもあやしい」と思っていて・・・追いかける気にはなれなかった(“無酸素・単独”ってなんだよ、七大陸最高峰登頂でエベレスト以外に酸素を必要とするところはないのに)。 それでも漠然と入ってくる情報から、「この人、このままならいつか死ぬな」とは感じていた。 で、実際、その通りになった。
 だから後味が悪いというか・・・個人の意見をネットに書き込んだとして何が変わるわけでもないだろとあたしは放置していたわけで、異を唱えなければそれは黙認したことになる感じになってしまったというか、まぁ、引っかかった棘みたいな感じになっていたというか。
 だから、こういうのが出たならば読んだほうがいいのではないかと思っていたわけです。

  デスゾーンエベレスト劇場.jpg 「2020年 第18回 開高健ノンフィクション賞受賞作」とのこと。
 著者は北海道放送のディレクターで、2008年5月頃に栗城史多氏に取材を申し込んで知り合った。 密着取材をし、一時期近くにいたものの立場から彼の人生を振り返る。 彼はなぜエベレストに挑み続けたのか?

 伝手を頼って取材、テレビ番組にはならないとわかっていても自分のために調べていかねばならん感は、栗城氏のルポルタージュではあるけど筆者のエッセイのような部分もあり。 自分が興味を抱いた彼にいつしか危惧を覚え(実際、筆者は2010年2月を最後に取材をやめ彼と距離を置いている)、その後の彼を探す旅でもある。 彼がなくなったのは2018年5月、35歳で。 やはりまだ近すぎるのか、彼に近しい人たちはほぼ取材に応じてくれていないので・・・もう少し時間がたったら、また別の人が何かを書くのかもしれない。
 著者は1963年生まれ。 いかにもテレビ屋的な感覚と、それ故に彼を止めなかったことへの悔恨が見える。
 登山に同時配信を持ち込むやり方はいかにもテレビ的だし、彼のパフォーマンスはそういうのに向いている。 でもエベレスト行きには桁違いのカネがかかる、地方のテレビ局では無理な話。
 この本の中の彼の言動を見ていると・・・「うわーっ、なんかニシノっぽいんだけど」とつい感じてしまった。 実際、コンサルタントや起業家などが絡んで講演会で資金集めとか、やたら声高に「夢」を語り出したり、応援する人たちだけで周りを囲み批判するものは排除する・遠ざかる流れとか同じように見えちゃうのだ。
 あの人も彼も、コンテンツとして消費されてしまう点では同じ。 虚構の自分と自分自身を切り離せない人はそこに死に場所を見つけるしかないのか。 彼に「いい夢を見させてもらったよ」などという人は次なる誰かを夢の具現者として担ぎ上げ、喰いつくし、また次に行くのだろう。 自分が彼を殺した要因の一つになったなどと考えもしないで。 勿論、あたしもコンテンツ消費者の一人で、だから触れるジャンルには愛情がないといけない、責任の取れない言動はいかん、と身を引き締めます。

 太宰治の『人間失格』の連載を読んでいた人は玉川入水を知ってこういう気持ちになったのかな・・・と感じると、そこには「文学」がある気がする。

posted by かしこん at 17:55| 兵庫 ☁| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月25日

赤と白とロイヤルブルー/ケイシー・マクイストン

 ブームになってきている『赤と白とロイヤルブルー』読了!
 最初は、独特の文章のテンポにうまくついていけず、?・??・???、となってたけど、「三人称で、現在形、間接表現多し」という基本姿勢を理解したらさくさく読み進めた。 いや、これはできるだけ時間を置かずに、可能ならば一気読み推奨。 恋に落ちた彼らの体感速度を読者も追いかけたほうが絶対楽しい。

  赤と白とロイヤルブルー0212.jpg “RED,WHITE & ROYAL BLUE” RED,WHITE & BLUEはアメリカ星条旗を示す言葉。 これがROYALBLUEになることで、アメリカ国旗と大英帝国国旗を両方表したことになる。 
 「2019年 goodreads ベスト・ロマンス賞第1位、王子との恋を描く全米ベストセラー!」

 アメリカ合衆国初の女性大統領エレン・クレアモント=ディアスの長男アレックスは21歳の大学生。 姉のジューンと副大統領の孫ノーラとは同世代で仲がよく、マスコミから「ホワイトハウスの三人組」と呼ばれている。 ハンサムでユーモアのセンスあふれるアレックスは国中の人気者で、のちのち本人も上院議員選に打って出ようと思っている。 そんなアレックスにとって、数年前のリオデジャネイロオリンピックで初対面したイギリスの第二王子ヘンリーの印象は最悪で、それ以来アレックスはヘンリーに対して敵愾心に似たものを抱いている。
 ヘンリーの兄フィリップの結婚式に参列することになったアレックスはヘンリーとのちょっとした行き違いで二人そろってウエディングケーキに倒れ込んでしまい、大失態を写真に撮られる。 二人の不仲説を否定したい王宮・ホワイトハウス側の利害が一致し、二人は親友として振る舞うよう要請され、一緒にいるスケジュールが組まれる。 物理駅にも心理的にも距離が近くなり、二人はお互いをあらためて知りはじめ・・・いつしか恋に落ちるように。

 冒頭から、アレックスのヘンリーへの敵愾心は「それって、相手が気になってることですよね?」。 好きな子についきつく、冷たく当たってしまうかのような。 まぁ、アレックスも若いから・・・というか、この話、アレックスからの一人称で描いても何の問題もない気がするんだけど、あえてそうしてるのは(「プリンス・オブ・ウェールズ」の使い方の間違いも含めて)、「この物語はおとぎ話ですよ(もしくは、パラレルワールド設定ですよ)。 そして、この物語を自分の身近なものとして取り組んでください、それで、誰かの気持ちが楽になったり救われるのであれば」という作者の切実な思いを感じる。 こういう社会に変わることで個人の幸福度が上がるはずというメッセージ。
 あぁ、言いたいことはいっぱいあるのだが・・・なんだろう、あるシーンで「ぶわっ!」と厚い涙が目から浮き上がった。 晴れた日に、レインボーフラッグスを掲げてみんなでパレードしたくなるような幸福感、この先の未来を信じたくなるような、同じような夢を願っている人たちとの連帯感。 そしてヤマタツの『いつか晴れた日に』を口ずさみなりたくなる感じ。
 あぁ、これが「多幸感あふれる読後感」か・・・。
 まだちょっと整理できないのでまた書くかもしれません。 でもこれを広めていくのは、ガイブン読みの宿命!

ラベル:ロマンス
posted by かしこん at 03:16| 兵庫 ☀| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする