2019年09月12日

船に乗れ! T・U・V/藤谷治

 『蜜蜂と遠雷』の流れで、音楽小説を。
 これも何年も積みっぱなしにしていたような気が・・・でも奥付を見たら3年ほどだったので逆に驚く。 とはいえこれは再文庫化されたもので、最初に本が出たのは2009年、本屋大賞ノミネートは2010年である。 約十年、と言われればそんな感じもするし、「えっ、そんなに前なの?」という気もするし。 あぁ、時の流れって。

  船に乗れ1.jpg船に乗れ2.jpg船に乗れ3.jpg 音楽大学付属高校での3年間。
 “僕”、津島サトルはチェロ専攻で芸術大学付属高校を受験するも、あえなく失敗し、祖父が創始者である新生音楽大学の付属高校に入学する。 受験の失敗は筆記試験のせいで、チェロ奏者としては才能ある、自分は特別な存在だと考えている“僕”にとって三流の音楽高校に進むことは屈辱だったが、そこで様々な人と出会い・・・という話。

 ピアノではなく、こっちは弦楽器とオーケストラの話。
 しかも天才ばかり出て来た『蜜蜂と遠雷』と違って、まず楽譜通りに演奏することもできない人たちが大半。 それ故に音楽と格闘し、じたばたする様が素人の読者にわかりやすく共感しやすい部分多し。 「音楽を文章で表現する」難しさはあれど、日常生活の描写が多いのでむしお音楽が少ないぐらいじゃない?、と感じてしまう。
 というか、これは音楽小説なのだろうかとすら思う。 勿論、彼らの生活において音楽は重要で大半を占めてはいるが・・・あくまで音楽は素材にすぎず、本質はビターな青春小説。
 何故か、あたしはずっと村上春樹の『ノルウェイの森』を連想・・・いい年になってから若きを回想する、という形式だからかしら。 語り手である“僕”がほんとにダメなやつだからかしら(また自分はちっともダメだとは思っていないところも)。
 サトルくん、自分は精神的に“高貴な存在”で、芸術を愛し哲学を理解し、まわりの他の人とは全然違うと思っているのは自意識過剰系の男子としてよくあるパターンだが、同級生のヴァイオリンを弾く女子に「美人だから」という理由で一目惚れしてしまうこともまた男子としてよくあるパターンだと自覚できないのがダメなんだよ・・・そのくせ南さん(恋に落ちた相手)がコバルト文庫とか読むみたいだとがっかりしたりして・・・コバルト読む女子だってシェイクスピアも読めばコクトーも読んだりするんですよ! 自分だってニーチェが好きとか言いながら隠れてエロ本見てるじゃないの!、とガンガンつっこみながら読んでしまいました。
 時代設定的にサトルくんはあたしよりも10歳ぐらい上かな、と感じたせいもあり(主人公の名字が津島なのはあまりにもベタではずかしい!)。 カタカナ表記が違うのがあるのは、あの時代はそう言っていたのだろうか?、それとも校正のチェックミス?、それともサトルくんがそう誤解していた?(自分はすごいとうぬぼれているが、実は知識も大したことなかったことのあらわれ?)、どれですか! 気になる!
 そんな“僕”の苦い成長となった三年間だけど、終わりはいささか駆け足だったかな。 最終楽章にはもっと余韻が欲しい。
 いまいち満たされない気持ちになったのは、あの友情は大事なものだったと回想している割に共に過ごした人たちへの描写が少ない。 鮎川さんと伊藤くんは別格だとしても、他の人たちへの表現が急なんだよな・・・そこもまた男子と女子の違いなのかもしれないけど。
 とはいえ、三冊ほぼ一気読みではありました。 ただこれを<三部作>と呼ぶのは違う気がする。

ラベル:国内文学
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2019年09月04日

蜜蜂と遠雷/恩田陸

 文庫発売と同時に買っていたのですが、恩田陸だからすぐ読めるだろ、と思ってちょっと放っておいたら・・・先日、映画の予告編を観てしまい・・・「やばい、もう公開しちゃうじゃないか!」とあわてて、読むことに。 あたしはいろいろ、遅い。

  蜜蜂と遠雷1文庫.jpg蜜蜂と遠雷2文庫.jpg なんか、『はちみつとえんらい』だと思い込んでた・・・ハチミツ好きだから。
 最近、注目の芳ヶ江国際ピアノコンクールにて、書類審査・オーディションを経て第一次予選の出場者が決まる。
 その中には、かつて天才少女ピアニストとして名を馳せながら母親の死とともに業界から姿を消した20歳の栄伝亜夜、サラリーマンとして勤めながらもピアニストをあきらめきれない28歳高島明石、名門音楽学校に在籍中で完璧な才能とスター性を併せ持つ19歳マサル・カルロス・レヴィ・アナトール、そして養蜂職の父親とともに世界中を渡り歩くが故に自分のピアノを持たない(けれどすごい実力者がバックアップしてた)16歳の風間塵がいる。 そしてコンクールは始まる・・・という話。

 音楽を言葉に起こすのはすごく大変だっただろうと思うのだけど、読む分にはぐんぐん進みます。
 ただ、恩田陸ってこんな文章だったっけ?、と首をひねること多々。 たとえば同じ表現が近い範囲で何度も出てきたり、「図抜ける」という表現の1ページ後ぐらいに「ずば抜ける」が出てきたり・・・わざと、なのか?
 あまりに長編は直木賞を獲れない傾向がかつてはあったけど、今は獲れるんだなぁ、時代は変わったなぁ、としみじみする(『永遠の仔』や佐藤賢一『双頭の鷲』が獲れなかったのは何故か今もわからん)。 昔と比べてレベルが、と言うような自分になってしまっていることにもショックを覚え。 恩田陸らしさは少なめなんだけど、それで直木賞を獲ってよかったのかなぁ、『夜のピクニック』のほうがらしかったよね。
 とはいえ浜松国際ピアノコンクールのことを知れたのはよかった。 これを読む前にEテレのコンクールのドキュメンタリーを見たのだけれど、牛田智大くんを一目見て「かわいい!」と思ってしまった。 浦井健司にちょっと似ててさ。
 個人的にラフマニノフの協奏曲は3番より2番の方が好きだしピアニストのセンスが出やすいと思ってるけど、作中で3番を「ピアニストの自意識ダダ漏れ」とか表現されちゃうと、聴いたことのない人に先入観を植え付けるのではないか、とドキドキ。 もし3番が好きだったら、不愉快になってたかもしれん(3番を選ぶ演奏者もいるのだから)。
 あと、放浪の天才ピアニスト、風間塵が16歳という設定なのですが・・・読んでいて浮かんでくる姿は6歳・・・。
 コンテスタント(出場者)だけでなく師匠やら審査員やらにも天才が多すぎる。 だから天才ではない明石くん視点は興味深く面白い。 エピローグのとってつけた加減がすごい。 二次審査から三次審査あたりがすごく面白かったのは、あたしがあまりコンクールに興味がないせいだろうか。 でもドキュメンタリーでは本選もドキドキだった。
 本文に出てきたピアノコンチェルト、どんどん聴きたくなってしまいYouTubeをあさることに。 弾き手やオケによって同じ曲でも全然違うように聴こえるんだ!、ということにあらためて驚かされる。
 まったくもって、音楽は素晴らしい。 それを伝えてくれる物語。
 でも、読む前にドキュメンタリーで牛田くんが浜松駅の施設にある誰でも弾いていいピアノでぎりぎりまで練習する姿を見てしまったから・・・それを超える印象深いシーンはこの物語に中にはなかったかな〜。
 虚構だからこそ現実を鋭く抉り出すことができるんだけど、現実はいつでも虚構を軽々と乗り越えてしまうのだ。

ラベル:国内文学
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2019年09月01日

拳銃使いの娘/ジョーダン・ハーパー

 お久し振りのポケミス。
 装丁のインパクトと、思いのほかの薄さに「すぐ読めそうだ!」と手を伸ばした。 二段組、255ページ。 短くて畳みかける文章、あっさり読み終えた。

  拳銃使いの娘 ポケミス.jpg 原題“She Rides Shotgun”とは「助手席に乗る」というスラングらしい。 普通に「彼女はショットガンがうまい」という意味かと思ってた・・・。
 クマのぬいぐるみがいちばんの親友である11歳のポリーに突然会いに来たのはずっと会っていなかった実の父親のネイト。 ネイトは刑務所にいたのだが、そこで巨大な裏組織を敵に回してしまい、ネイトだけでなく妻と娘にも処刑命令が下ったのだ。 到着したときはポリーの母(ネイトとは離婚し、別の人物と再婚)はすでに殺されていて、あとはポリーを救うしかない。 父と娘は命がけの旅に出る・・・という話。

 視点人物が次々入れ替わるが、ポリーのための物語だった。
 「コーマック・マッカーシー文体を意識した『子連れ狼』」と言われたらその通り。
 アメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞はともかく、アレックス賞受賞作としては思いのほか血なまぐさかったけど・・・短いからよかったのか。 かなり省略している部分も多かったので寓話的な空気が出てるから?
 とはいえ、やられる前にやれ的な世界と臆病な少女の取り合わせは・・・つらい。 ポリーが“覚醒”していく様は高揚感を伴う読みどころではあるが、「そうならなくても生きていける世界はないのか」とも思ってしまい・・・力にものを言わせる人々や組織の話を自分が受け付けなくなってきたことに気づかされる。 これもトシのせいなのだろうか。
 しかしクマ! クマのけなげさが胸に刺さる。 ここは年齢は関係ないらしい。

ラベル:海外ミステリ
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2019年08月27日

鉄の花を挿す者/森雅裕

 というわけで、引き続き森雅裕の日本刀がらみの話。
 これは1995年発表。 この時期はあたしが単行本を買えなくて・・・文庫化を待っていたのだけれど結局文庫にならず、図書館で借りるだけ。 ある時期から「とりあえず買っておこう」と実行するようになったのは、こういう失敗を繰り返してきたからだ・・・お菓子などの新製品はワンシーズンでなくなることもあることはわかっていたが、本ですら手に入らないことがあると実感したのはだいぶあとになってからなので(それに、わかっていても経済的な問題などで全部を買うことができないしね・・・)。
 だから図書館は助かるんだけど、収納スペースの問題・本そのものの物理的な消耗などで毎年一定数廃棄されるという・・・。
 利用実績がないと廃棄されるのではないか、と心配になるじゃないですか(『マンハッタン英雄未満』、今は登録されていないんだよ!)。

  鉄の花を挿す者 図書館書庫本.JPG こっちは書庫にいっている・・・郷土資料にしてくれないの・・・。
 新進気鋭の刀鍛冶、角松一誠は腕は確かだが人付き合いに労力を割けない頑固者。 だから師匠逝去の知らせも遅れて耳に入る。 あわてて師匠の自宅兼仕事場に駆け付けると、師匠最後の仕事に疑念が生まれ・・・という話。
 角松さんは『平成兜割り』の六鹿さんを更に頑なにして、職業を刀鍛冶にした感じ。 あっちが一人称だったのに対してこっちは三人称なので、青くさい厄介な態度もちょっと我慢できるかなぁ。 この感じじゃ生きづらいよな・・・と今どうしているのかよくわからない著者のことを考えずにはいられない。 刀鍛冶に弟子入りしたとか、鍔をつくっているとか噂は聞いたけど、ほんとかどうかわからないし。
 殺人事件も起こり、ミステリとしての仕立ても強まっているが、日本刀への知識や情報もより深まっている。 日本の剣刀業界は今でもこんな感じなんですか・・・と思っちゃうくらいヤバいことも書かれている。 勿論、フィクションですよね、はい。
 以前読んだときは、「恋愛小説としての比重をちょっと高めたか」と思ったのだけど・・・改めて読んでみるとそれが効果的なのかどうかはっきりしない。 ヒロインたる今日子さんの芯の強さがいまいちわかりにくいからか(いや、強い人ではあるんだけど、他の作品の女性主要登場人物に比べてわかりにくいのだ)。 運命の出会いを描いていたと思っていたけど、結局美人に弱いのかしら。
 刀鍛冶として、というか自分が願う美に生涯を捧げると決意した者の生き様を描いている、という意味でなんだかんだ言いながら忘れがたい。 すみません、あたしにはそんな覚悟はないです。

ラベル:国内ミステリ
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2019年08月24日

平成兜割り/森雅裕

 京極夏彦の『今昔百鬼拾遺 鬼』に刀の話が出てきたときに思い出した本、また読んでみた。
 著者の本で以前は神戸市立図書館にあったのに今はないものもあるから(紛失なのか処分なのかは違う理由かは謎)、処分されないように貸出実績を増やそうと思って何年かごとに借りていたのだが・・・ここしばらく借りてなかったなぁと(いつの間にか郷土資料扱いになっているよ・・・森雅裕は神戸市出身、だったら他の著作もみんなそうしてほしい)。 借り出していたあとに『鬼』を読んだので、シンクロニシティに驚いたのです。

  平成兜割り 森雅裕.JPG 刀を主に扱う古物商・六鹿(むじか)が語り手の連作短編集。
 『虎徹という名の剣』・『はてなの兼定』・『彼女と妖刀』・『現代刀工物語』・『平成兜割り』収録。
 三十代半ば?ぐらい、頑固で偏屈、自分の美意識やこだわりに忠実すぎる六鹿さんは周囲とよく衝突するけど、それを変える気がない人物。 彼の青くさい頑な具合もまた読みどころではあるものの・・・あたしも年を取って丸くなってきたのかしら、ちょっと「大人げないわ」と感じるようになってきちゃった。
 若い女の子に対する憎悪に近い偏見と、それを覆す存在にはすぐ降参するわかりやすさ(礼儀と常識をわきまえる美人に弱い)にも、今だと底の浅さが見えるようだし、『彼女と妖刀』に至っては同時代を生きた者にはモデルがあからさま・・・(逆に言えば、知らない人には全くわからないということなのでそれはそれで)。 引きこもりの人物像もあまりにステロタイプなんだけど、1991年発売の作品なので2019年の目から見たらそれは仕方のないことかと。
 でも日本刀に関する部分は十分興味深い(何回も読んでるのに毎回新鮮ってそれはそれでどうよ)。 そうだ、これを読んでから博物館にある日本刀の見方が変わったんだった・・・刃文を見るようになったよねぇ、と思い出す。
 兜割りに向かう女子大学生の清々しさは、いつ読んでも変わらない。

ラベル:国内ミステリ
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2019年08月18日

邪魅の雫/京極夏彦

 先日、図書館に呼び出された折、ふと気づいて開架を見たら・・・あったのだ。
 手に取って・・・表紙に見覚えがあるし、開いて最初の絵の説明も見たことがある気がする。 多分読んでるよな・・・でも内容は全然出てこない。 奥付をみると2006年である、10年以上前か・・・忘れているのであろうか。
 とりあえずちょっと読んでみるか、そうすれば思い出せるかも。
 それが二段組800ページ越えの長旅になってしまった(結局、全部読んだ)。

  邪魅の雫 ノベルズ版.jpg 初回同様、今回もノベルズ版を読了。
 昭和28年、夏。 謎の毒殺事件がまったく別々の場所で次々と起こる。 これは連続殺人なのか?
 <百鬼夜行シリーズ>は一応頭の中でタイトルと概要が結びついているのだが、これだけほとんど覚えていないのは事件自体が漠然としていて、「こういう事件」とまとめて言いづらいからかもしれない(いや、他の事件も一言で表現はしづらいんだけど)。 ページをめくっていたら「読んだよね・・・うん、読んだ」と確信は深まれど、その先がどうなるか思い出せない。 この人、死ぬんじゃなかったっけ、ぐらいしか浮かばなかった。 故に最後まで読んでしまった。
 青木くんの出番が多い〜。 益田くんは更に多い。 前作『陰摩羅鬼の瑕』でひどい目に遭った山下さんが心を入れ替えているのが楽しく、またその影響で関口君がちょっとまとも(?)になっているのもうれしい。 というかこういう感想、一回目に読んだときも思ったんだけど。 つまり再読でありながら、初読とほぼ同じ状態だったわけで。
 でも、「これって、今だったら批判されてしまう手だな」とか十数年の差を確実に感じる。 そのかわり江藤や大鷹といったキャラのタイプはより“いま”に通じる気がする。 キャラクターが増えれば増えるほど「え、この人、誰だっけ?」になるけど、自分や近い人に似たものを見出せるようになるような。

  邪魅の雫 文庫版.jpg 一冊にまとまった文庫本の装丁は、今はこんな感じ(あたしが買ってた時と違う)。
 ということは・・・シリーズはじめの頃って二十年近く前なのか・・・(汗)。
 もう一回読んでみるのも悪くないかも。
 あぁ、あの三連作でこっちに引き寄せられてしまった! この夏休みはそんなつもりじゃなかったのに!

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2019年08月15日

ケイトが恐れるすべて/ピーター・スワンソン

 夏休み中の一気読み本、次の。
 あの『そしてミランダを殺す』の著者の次、と言われるとそれだけで期待しちゃうんだけど。 でもそれって「『君の名は。』のあとの『天気の子』」みたいに、観客(読者)の勝手な期待が上乗せされてるってことなのよね・・・わかってはいるのだけれど、やはり何かを望んでしまうわけで。

  ケイトが恐れるすべて ピーター・スワンソン.jpg これはロンドンのフラットかな?
 ロンドンの小さなフラットに住むケイトは、ボストン在住の又従兄コービンが仕事でロンドンにやってくるので、半年間住まいを交換することにした。 ボストンに到着したケイトを待っていたのは、ドアマンもいる豪華なアパートメント。 環境の違いと時差ボケでぼんやりしていたケイトは翌日、隣室で女性の死体が発見されたと聞かされる・・・という話。

 『ミランダ』がパトリシア・ハイスミス的なら、本作はウィリアム・アイリッシュ的というか。 ヒッチコック的なところもあり、登場人物たちが目に・手にする本の具体的なタイトルがバンバン出てくるのにもにやり。 437ページと一気読みに程よい分量なのもGood。
 というか、ケイトじゃない人の過去が語られるあたりから加速度がつき、確かに一気読み必至。
 とはいえ、『ミランダ』ほどには盛り上がらないというか・・・「こんなヤバい人に魅力を感じてしまう自分もヤバい」という感覚が面白かったのですが、今回そういう人はいなかった(いや、いたらいたで同じ話になってしまう)。 というか、「現代人は多かれ少なかれ、程度の違いはあれどみんなサイコである」って話ではないのか!、と気づく。 ハイスミスやアイリッシュの時代より、“普通”の基準が明らかに変わっているってことだわ。
 しかも「えっ、こんないい感じで終わるとは!」と、エピローグ的後日談に「ここ、いる? もっと手前で終わったほうがよかったんじゃないの?」と思ってしまった自分にびっくりですよ。 長い目で見たら読後感がいいもののほうがいいのに、後味が悪いもののほうを求めている今の自分!(それでも、結局「みんなどこかヤバい人ですよね」ということになるのだが)
 映像化しづらい(残酷すぎる描写あり、普通に映像化すると安っぽくなりそう、など)ところもまた、小説としての存在価値あり。
 でもなんか微妙に物足りないわ・・・。

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2019年08月10日

今昔百鬼拾遺 鬼・河童・天狗/京極夏彦

 最初、本屋さんで『鬼』を見かけたときは、「おお、ついに京極夏彦がラノベのレーベルから出る!」と衝撃を受けました。
 それが四月下旬ぐらいのことでしたかね・・・気づけば違う出版社から三か月連続三作刊行、主な視点人物は中禅寺敦子さんだという! えっ、百鬼夜行シリーズなんですか?! じゃあ読まなきゃ!
 扱いとしてはスピンオフのようですが・・・帯には<百鬼夜行シリーズ>と書いてます。 『姑獲鳥の夏』以降数作ぐらいのときは<京極堂シリーズ>と読者に言われ、作者が「その呼び名は好きではない」的なことを言ったとかで<妖怪シリーズ>と言われたこともありましたが、いつの間にやら<百鬼夜行シリーズ>という名前で固定化されたようです。 というか、今のところシリーズ本伝の最後って『邪魅の雫』よね・・・もう何年も前ですよね、微妙に忘れてるんですけど・・・。

  今昔百鬼拾遺1 鬼.jpg 鬼/京極夏彦
 昭和29年3月、連続通り魔事件・<昭和の辻斬り事件>が発生。 級友が被害者となってしまった呉美由紀は中禅寺敦子に相談する・・・という話。
 章のはじまりが同じ言葉(いう人が違うけど)で始まるとか・・・民話っぽくもあり落語っぽさもあるかな、と(それはこの三作全部に共通)。
 でもこんなに文章は短かったっけ? こんなに改行が多かったっけ? そこはやはり若い読者向けにしているのかな、と。
 呉美由紀さんは『絡新婦の理』に出てきた女子高生。 京極堂やらメインキャラクターはあえて登場しませんが、噂話として存在は感じられ、過去の事件の話についても言及があるので「あぁ、あれはあの話か・・・」と記憶が掘り起こされるのがうれしい。 サブキャラの中ではあたしは青木さんが好きなんだよなぁ、とか思い出したりして。
 とか思っているうちにあっという間に終わる・・・270ページくらいで700円以上とるなんて、ひどいわ!
 日本刀の話が出てきますが、あたしは森雅裕の『平成兜割り』や『鉄の花を挿す者』を思い出しちゃいました・・・。

  今昔百鬼拾遺2 河童.jpg 河童/京極夏彦
 2冊目の舞台は昭和29年の夏。 蛇行する川に浮かんだ奇妙な水死体その他の話。
 死体の第一発見者は妖怪研究家の多々良勝五郎らご一行で、何故かその場に呉美由紀ちゃんも居合わせるという関口君ばりの運の悪さである。 引き続き中禅寺敦子さん視点で話は進みますが・・・薔薇十字探偵社の益田さんが都合よく情報提供をしてくれるという。
 それにしても・・・敦子さんの考え方は完全に平成後半〜令和の時代の人間のもので、昭和29年のものではないよなぁ、ということがすごく気になった。 前からそういうところはなくもなかったけど、お兄さんが相手だとあまり目立たなかったのかもしれない。 そのあたりも今風を意識? 美由紀ちゃんが清々しいほどに元気なのがうれしい。
 さすがに100ページほど増え、やっとそれらしい分量になりました。
 その中で、京極堂さんたちは東北にいるという会話が! これまで東北を舞台にした話はないはず。 それって新作予告?

  今昔百鬼拾遺3 天狗.jpg 天狗/京極夏彦
 三作目は昭和29年の夏以降。 またしても美由紀さんは薔薇十字探偵社を訪れたことで篠村美弥子と知り合いになり、彼女が抱えていた謎の事件に巻き込まれる。 美弥子の友人が高尾山中で消息を絶ったのだが、その約二か月後、彼女の服を着た別の女性の腐乱遺体が群馬県迦葉山が発見されたのだ。 これは一体どういうことか・・・という話。
 前半はほぼ美由紀さんと美弥子さんのお喋り。 後半になってやっと青木くんが登場する! 久し振り!
 ・・・しかし事件は、ただひたすら後味が悪い。
 この三連作の主役は美由紀ちゃんだな、と思うことが唯一のなぐさめ。

 4月から配置換えになり、仕事場でいろんな人と知り合っている(前から知っている人もいるけど)。
 で、文学部卒業で子育てで大変だった時期以外は常に本を読んでいる、という人とちょっと仲良くなりました。 でも部署は違うからそんなにつっこんだ話はできてないんだけど。
 「かしこんさんは夏休み、何を一気読みですか?」と聞かれて・・・「夏休みに一気読みしよう、と本を寄せてたらどんどんたまってきてしまって、間に合わないかも・・・」と答えていたのに、それからまたこれで3冊追加になったという。 でもこれらは一日で読み終わったから、まぁよしとしよう。

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2019年08月03日

スノーマン/ジョー・ネスボ

 奥付を見ましたら、<2013年10月25日 第1刷>とあった。
 6年ぐらいほったらかしにしてしまいました・・・でもそれは、シリーズものなのに7作目から出してくるから!(3作目『コマドリの賭け』だけは別の出版社から出ていたけど、その時点で絶版)。 その6年の間に1作目から、出版の順番は違えども8作目まで出た、というのはめでたいことです(2作目だけはどうしても訳してもらえないけど)。
 『沈黙の少女』のあと、「やはり雪と氷が舞台の国の話はいい!」と、ついにこれを引っ張り出した。 最近、8作目の『レパード』を買ったばかりだし、続きがあるとなると読みたい気持ちが強くなる。 やはり暑い夏は北欧の冬だ!

  スノーマン1.jpgスノーマン2.jpg 事件は冬の始まりから。
 2004年、オスロに初雪が降った日に一人の女性が失踪し、彼女のスカーフを巻いた雪だるまが残されていた。 ハリー・ホーレ警部は女性の失踪事件の未解決事案がここ10年で明らかに多すぎることに気づき、以前自分に送られてきた謎の手紙のことを思い出す。 連続殺人事件を示唆したその手紙の署名は、<雪だるま:スノーマン>となっていた・・・という話。

 出てくる人がみんなあやしい!、と思えてしまう筆致と展開にはハラハラドキドキ。
 でも戸田さんが初めて訳したハリー・ホーレもの、ということで・・・シリーズのレギュラーキャラクターや過去の事件に言及されるところなど、ちょっとよそよそしさが漂うというか・・・「この人のこと、わかってますよね! あの出来事、覚えてますよね!」という共通認識が存在していないからか、微妙に物足りなさがある。 でも過去作を読まずにこれから入っていればシリーズキャラクターたちともここで初めて会うわけで・・・シリーズ物を途中から訳す・読む難しさを実感。 単独作と割り切るならそれでいいのでしょうが、アルコール依存症と戦いながら様々な苦悩を背負うハリーに思いをはせられるのは、一作目『ザ・バット』と<オスロ三部作>(『コマドリの賭け』・『ネメシス』・『悪魔の星』)を読んできたからだろうし、それがシリーズ物の醍醐味だと思うし。 でも巻を重ねているシリーズ物って、新しく入る人にはハードル高いよね・・・ハマれば、「まだまだ続きが読める!」というヨロコビに変わるけど。
 あぁ、犯人きっとこいつだなぁ、と出てきた瞬間にわかりますが、それは「もしそうならハリーにとって最悪」だからと感じたからで、「犯人は誰」だけがこの本の読みどころではないから。
 それにしてもハリー、てっきりあの段階であることがわかったのかと思いきや、しばらくしてから「あれはそうだったのか!」と気づいたりとか・・・相変わらずうっかりなところが。 でもダメ感はちょっと薄れてる・・・<ファビアン・リスク>のダメっぷりに比べればハリー・ホーレのほうがまだまし、と感じたのかしら。
 見覚えのある名前が出てくるのはやはりうれしいもの。 『スターシップ・トゥルーパーズ』を「ただのマッチョ映画」とこき下ろすラケルに腹が立ち、つい貧乏くじを引きがちな鑑識員ビョルン・ホルムにニヤニヤし、子育て中のベアーテ・レンの存在にホッとする。 勿論新キャラクターもいて、今後の作品にも出てくるのかな、と期待しちゃう。
 雪と氷の描写にも、寒くは感じないけど、読んでいる間は身の回りの暑さを遠ざけられたような気がする(それなりにエアコンが効いている場所で読んでますが)。 やはり夏には冬が舞台のミステリがふさわしい!

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2019年08月01日

沈黙の少女/ゾラン・ドヴェンカー

 暑いので、涼を求めてなのか、冬が舞台のものが読みたくなる。 できれば北欧、ヨーロッパの北のほう、がんがん雪が降って気温がマイナスになるところ希望! というわけで『沈黙の少女』をセレクト。 舞台は冬のベルリン、500ページ弱という厚さも程よくその世界に入り込めそうだし。

  沈黙の少女.jpg 冬。ベルリン。闇に消えた子供たち。ただ一人生還した少女・・・このラスト、予測不能。
  凍てつく魂の闇を往く父親の彷徨。「時制」と「人称」の迷宮の果てに待ち受ける驚天動地の真相とは!(←帯より)

 帯の文句だけで十分なのですが・・・ある日、13歳のルチアは弟とともに家から誘拐された。 2週間後に雪の路上でさまよっているところをひとり発見されたルチアだが、いったい何があったのか・弟はどうしたのかも含めて一切何も語らないまま6年間が過ぎた。
 そして“わたし”はミカと名乗り、あるパブに集う4人組に接触を試みる・・・行方不明になった娘のために。
 <彼ら>・<きみ>・<わたし>の視点で進行する物語は、<きみ>を“わたし”が語る構造になっているけど、<彼ら>は・・・。 そして現在と過去と追憶が縦横無尽に混ざり合うのが、「時制と人称の迷宮の果て」ということなんでしょうが、難しさはない。 むしろ、<わたし>視点で読んでしまうことになる。 

 連れ去られたまま行方不明の少年少女たち、そして連れ去った側の大人グループの存在・・・となれば、『クリミナル・マインド』などでおなじみの人身売買関係かペドフィリア系の話かと思っちゃいますよ、というかついあたしは思ってしまいました。 娘が行方不明になった父親が、その復讐を果たすのだと。
 衝撃の展開だとは聞いていたけど、ほんとに思いもよらない方向に出た・・・あぁ、ヨーロッパという土地と歴史が持つ闇なのか、これも。
 そしてこれもまた語りと騙りの物語であった。
 読んでいたものが、実は「読まされていた」、ラストになってそれまで見てきたものがまるっきり違う景色を見せるという戦慄。 これもまたミステリという美しさ。
 深い森と古びた小屋、湖を凍てつかせる寒さ、そして降り積もる雪。 表紙の写真の空は明るすぎるが、湖面が凍った湖や森の木々を白く埋めていく吹雪など、頭の中に映像がしっかり浮かぶ。
 一面の白は惨劇に似合うのであろうか、それとも行き過ぎた寒さは人の理性をも凍らせるのであろうか。 おぞましい未解決の事件として始まったこの物語は、いつしか寓話的なものになる。 だから恐ろしいラストシーンが奇妙なほどの爽快感を生むのだが・・・「これに爽快感を抱いてしまっていいのだろうか」という疑念も生まれるのだ。
 やはり人は、復讐という感情から逃れられないのだろうか。
 理性や倫理をどれだけ持ち出せば、「やられたらやり返す」を考えなくてすむのだろう。
 人間の<業>について、じっくり考えさせられました。

ラベル:海外ミステリ
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