2020年02月19日

ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密/KNIVES OUT

 「ネタバレ厳禁」といわれたら、どんでん返しがあるのだろうと否応なく期待してしまう。 ミステリとして正しい、きちんと手順を踏んでくれるやつであろうと期待する。 でもその期待って一歩間違うと予断になるのよね! むずかしい、すごくむずかしい!

  ナイブズアウトP.jfif 殺したのは誰だ!?この騙し合いに世界が熱狂!!
  空前絶後のハイテンション・ノンストップ・ミステリー誕生

 ニューヨーク郊外の古風な館で、巨大な出版社の創設者にて世界的ベストセラーミステリー作家のハーラン・スロンビー(クリストファー・プラマー)の85歳の誕生日パーティーが開かれた。 しかし翌朝、スロンビーは遺体となって発見された。 高名な名探偵ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)は匿名の人物からこの事件の調査を依頼され、館にやってきて・・・という話。
 パーティーに参加していたのはスロンビーの娘一家(ジェイミー・リー・カーティス、ドン・ジョンソン、クリス・エヴァンス)、息子(マイケル・シャノン)ら家族たちや雇われている看護師(アナ・デ・アルマス)に家政婦(エディ・パターソン)ら、その日館にいた全員が容疑者だった。

  ナイブズアウト3.jpg 名探偵と警部補(キース・スタンフィールド)と巡査(ノア・セガン)のやりとりが楽しい。
 明らかにアガサ・クリスティー世界へのオマージュなのに、舞台がイギリスではないことに違和感(しかもニューヨーク郊外)。 名探偵ブノア・ブランって名前はフランス風なのに喋り方はアメリカ南部訛り(訛りだとは気づかず、「ダニエル・クレイグ、これまで聞いたことない喋り方だよ!、どうしたの?」っておののいた)。 名探偵が視界に入るたびにちょっと笑いが込み上げそうになって、事件ものなのにシリアスな空気が薄い。 だから館の仕掛けがどれほど大袈裟で無茶であろうとも、そう感じさせない雰囲気がある。

  ナイブズアウト1.jpg 肩から腕の筋肉がつきすぎだよ!
 白いニット着てると、特にそう見える・・・孫息子は定職も持たずにふらふらして遊んでばかり、というわりにカラダが出来上がりすぎ! クリス・エヴァンスはキャプテン・アメリカのすぐあとの撮影だったのかな、とかつい考えちゃう(ダニエル・クレイグが007体型ではなかったので余計に)。
 オールスターキャスト映画って、ほんのわずかな描写でも何か意味がありそうに映るから本格ミステリにはふさわしいのだけれど、場合によってはキャスティングでバレるのよね・・・特に原作がある場合。 完全オリジナル脚本でロジック的にも正しいミステリ、豪華キャストというのは大正解だった。 またみなさんそれぞれにあやしさ全開で、楽しませていただきました。
 しかしあたしはあまりにも穿ちすぎ、説明されていないと感じたあるひとつのことに振り回されてしまい、もっとひどい結末を想像してしまっていたのだった。 自分で勝手にレッドへリングを作ってしまったようだ・・・。

  ナイブズアウト2.jfif 名探偵、全員集めてさてと言い。
 驚いたのは、人間の本質として持ちうる“善”を全肯定しているところ・・・。
 なんていい人なんだ、ブラン。 勿論、犯罪は肯定されず、摘発される。
 映画としてもラストシーンでプロローグからの伏線がきっちりとまとまり、美しい着地。 そうか、これはゴシックミステリでもあったのか、と納得。
 でもあたしはもっとひどいことを想像していたので・・・きれいにおさまりすぎてちょっと不満。

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2020年02月08日

ジョジョ・ラビット/JOJO RABBIT

 映画館の予告で少し前から見ていたけれど、世間的には全然宣伝されてなくない?、と思ってました。 上映一週目は一日5回だったのが、二週目から3回に減っていたし、アカデミー賞作品賞ノミネートとはいえ急がねば終わる!、と焦った(できれば授賞式の結果が出る前に観ておきたい)。
 しかし地域によっては満席札止めになっていたということをあとから知る。 あたしが話題になっていることに気づかなかっただけなのか?

  ジョジョ・ラビットP.jfif 愛は最強。

 第二次大戦下のドイツ。 ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイビス)は10歳、これからヒトラーユーゲントの合宿に参加する。 うまくやれるのか全く自信はないが、“親友”のアドルフ(タイカ・ワイティティ)にはげまされて前向きになるが、クレンツェンドルフ大尉・別名キャプテンK(サム・ロックウェル)や教官のミス・ラーム(レベル・ウィルソン)といった人々の指導によるなかなかにキツい日々が待っていて・・・という話。

  ジョジョ・ラビット4.jpg アドルフはジョジョにしか見えない設定。
 ドイツが舞台なのに台詞が全部英語なのには違和感バリバリだが(「ドイツ語喋れないのか? :Can you speak Germany?」とか、ドイツ語喋ってないじゃん・・・)、英語圏の人たちが作っているから仕方ない。 アドルフもナチ崇拝しているジョジョが勝手に理想化した姿なのでアドルフ・ヒトラーに似て非なる加減が絶妙。 ポップなつくりは歴史ものというよりはファンタジーの趣きでノリノリだ。
 こういう感じなのかなぁ、と油断していたら、後半ガツンと容赦ない描写になって呆然とする。

  ジョジョ・ラビット1.jpg 登場人物も濃い。
 ジョジョの母親ロージー(スカーレット・ヨハンソン)のパンクっぷりもすごいが、キャプテンKのダメ具合もすごい。 サム・ロックウェルったら、またこういう役ばかり・・・。 ジョジョのおさななじみヨーキー(アーチー・イェーツ)がまたすごくいいヤツで、心が洗われるよね!
 なんというか、映画文法を身につけるためのお手本みたいな映画ですよ。 台詞ではなく映像で語るとか、チラ見せしたモチーフを忘れさせないうちに回収するとか、俳優の見せ場をちゃんと作るとか、勿論物語でしっかり引っ張るとか。
 「映画って何をどう見たらいいかよくわからない(ぼやっと観てたからそんな場面あったの覚えてない)」みたいな感じの人たちや若い人たちに是非観てもらいたい!

  ジョジョ・ラビット3.jpg エルサ(トーマシン・マッケンジー)もカギを握る人物。
 寓話的な明るいノリなのは、記憶としては古いけど歴史としてはちょっと浅い時期のことは物語として語り直すことで若い世代や外国の人に伝わりやすくなるのかも・・・。
 実は二席おいた同じ列の人がかなり早い段階から号泣していたので、あたしはちょっと引き気味になってしまっていたのに、キャプテンKに泣かされそうになり・・・こらえたのにエンディングのデヴィッド・ボウイで目がうるうるになり。
 そこで気づく。 オープニングのビートルズも歌詞はドイツ語だった。 あえて台詞を全部英語にすることで、どこかに帰属する感じを出したくなかったのか。 歴史をフィクションというフィルターを通すことで改めて現実が見られるように。
 ストーリーに触れないでいるのがむずかしい。 事前知識なしで観たほうが絶対いい。 あたしがみた予告編のつくり、最小限の情報だったんだな。 それ以上知らないままこの映画を観て、よかった。

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2020年02月07日

フィッシャーマンズ・ソング コンウォールから愛をこめて/FISHERMAN'S FRIENDS

 予告を観たときに「おおっ、これは!」と思った(なんか前にも書いたか、これ)。
 イギリスの地方が舞台の実話ベース。 これって、『ブラス!』・『フル・モンティ』・『カレンダーガール』なんかの流れをくむ感じですよね!

  フィッシャーマンズ・ソングP.jpg 人生には歌とビールとちょっぴりのユーモアが欠かせない
  漁師バンドがイギリス中を席巻する奇跡の実話!コーンウォールの美しい港町を舞台に送る感動のサクセスストーリー!

 イギリス南西部、コーンウォール地方の港町ポート・アイザック。 地元の漁師であるジム(ジェームズ・ピュアフォイ)、ジェイゴ(デヴィッド・ヘイマン)、リードヴィル(デイヴ・ジョーンズ)、ローワン(サム・スウェインズベリー)らは古くから伝わる漁師歌(舟歌)を船の上だけでなく、人前で歌うようになって定期的にライヴ演奏をしている。 たまたま休暇に来ていた音楽プロディーサーのダニー(ダニエル・メイズ)は仲間内の賭けにより、“漁師バンド”との契約をとるように言われ・・・という話。

  フィッシャーマンズ・ソング1.jpg 海辺の発表会。
 リードヴォーカルは交代制、何を歌うかはその場の雰囲気、いつでも本業(漁と海のレスキュー)を優先。 プロ意識とアーティスティックなこだわりの不思議な融合で、働き、歌うおじさんたちはかっこいい! 味のあるおじさんがいっぱいいる映画ってなんか楽しい。
 ジェームズ・ピュアフォイは『ザ・フォロイング』でブレイクするかと思ったんだけど・・・思ったほどではなかったよな(ヒュー・ジャックマンとジェラルド・バトラーの間ぐらいにイメージがかぶるから?)、ということを思い出しつつ英国の俳優の層の厚さをあらためて実感。 それは制作側にも言えるのかも、日本に置き換えればいわゆるご当地映画になるだろうに、完成度が全然違うのよねぇ。

  フィッシャーマンズ・ソング6.jpg コーンウォール地方の風景もばっちり。
 確かクリームティーも有名な地域だが、主な舞台の一つがパブのためお酒の登場が多かった(ダニーがデヴォン地方出身者だったらネタになったかも)。 ワーキングタイトルのラブコメ(『ラヴ・アクチュアリー』や『ノッティングヒルの恋人』など)っぽく感じる場面もあり。 イギリスの地方の風景や空気感には、緯度が近いからか北東北人としての懐かしさを呼び起こされるし。

  フィッシャーマンズ・ソング5.jpg 漁師のお仕事がいちばん。
 個人個人のバックボーンはあまり多く語られないのだが・・・リードヴォーカルをとる歌の歌詞が人生の断片の一部を示していたりして、実力派俳優のみなさんの佇まいで表現しちゃってる。 あえてキャラの深掘りをしないことで、観客の想像(もしくは自分の知っている人に似ているところなど)にまかせてるのかな。 場合によっては「類型的すぎる!」と言われちゃいそうなのに・・・それを感じさせないのは実話ベースで、モデルになった人々へのリスペクトが溢れているからなのか。

  フィッシャーマンズ・ソング2.jpgフィッシャーマンズ・ソング3.jpg 
 字幕では「タランティーノの映画かよ」となっていたけど、「レザボア・シー・ドッグス気取りか?」と言われちゃった揃いのピーコート姿(おまけに最初はサングラス)、かっこいい! 揃いの服だとすごく“グループ感”が出ますね!
 ローワンがリードをとる未亡人の歌はすごく声がいい!、と感じたけど、正直漁師のみなさんの歌は普通〜ちょっといいぐらいかな?、だったんだけど・・・エンドロールで流れる本物の“FISHERMAN'S FRIENDS”の歌には度肝を抜かれた。 この厚みと響き、すごいんですけど!
 全編このエンディングを引き立てるためのものだったのか・・・。

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2020年02月02日

フォードVSフェラーリ/FORD V FERRARI

 結構前に予告を観たときに「おおっ、これは!」と思った。
 しかしマット・デイモンの、クリスチャン・ベイルのファンでもないのだが(勿論、キライじゃない)。 おじさん多めだからかしら。 いや、あたしはカーレースが好きなのだ。

  フォードvsフェラーリP.jpg 絶対王者に挑んだ男たちの奇跡の実話。

 1960年代後半、フォード・モーター社は経営困難の憂き目にあっていた。 ここでイメージを刷新するため、ヘンリー・フォード二世(トレイシー・レッツ)は常勝フェラーリにル・マンで勝つことにし、アメリカ人初のル・マン優勝者で、現在はレーサーを引退しエンジニアに転身したキャロル・シェルビー(マット・デイモン)に白羽の矢が立つ。 シェルビーは勝つためには唯一無二のレーサーが必要だとイギリス人のケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)を口説き落とす。 しかしマイルズの歯に衣着せぬ物言いは、フォード副社長レオ・ビーブ(ジョシュ・ルーカス)の反感を買い・・・という話。
 序盤のカーレースシーンは車窓の風景がいかにもCGっぽく、「やっちまったかな」と思ったのだが・・・徐々に気にならなくなり、後半の1966年ル・マン24時間耐久レースに至ってはのめり込んでしまった。 音も臨場感あり、カーレースの迫力、ものすごい!(あたしは「モータースポーツ」という言い方がピンとこない。 スポーツじゃない、命がけだもん)

  フォードvsフェラーリ1.jpg サングラスかけてるとガラ悪い。
 60年代という時代のせいもあるのだろうが、現場の人間対背広組の対立があまりにもあからさま・・・フォード上層部がマジむかつくのだ。 現在ではもっと複雑になっているのだろうから、この単純さが爽快といえば爽快だが。 ジョシュ・ルーカス、一時期は主役を張ったこともあるけど脇で落ち着いたのかな。 金髪碧眼の美丈夫はすっかり悪役が定着した。
 背広組の中で唯一話の通じるリー・アイアコッカ(ジョン・バーンサル)、なんか見たことあるなぁと思ってたんだけど・・・『ウォーキング・デッド』最初の頃のシェーン(リックの親友の保安官仲間)の人じゃないか! 悪そうなところがひとかけらもなくて、全く気づかなかったよ! そんな感じで、見たことある人たちが沢山出ていたのも楽しかった。

  フォードVSフェラーリ2.jpg ピーター、かわいい!
 マイルズの息子ピーター役のノア・ジュープは『wonder 君は太陽』の最初の友だち、『クワイエット・プレイス』の長男など“なにかにじっと耐えているような困り顔”が印象深い子役だけどそのまま成長してくれているなぁ、とうれしい。 このままいい役者になってほしい。 父親としてはまったく落ち着きのないケン・マイルズだけど、ピーターは大好きだったんだろうなと感じる(エンドロールで、ピーター・マイルズご本人がこの映画に協力していることを知る)。
 ケンの奥さんは地味顔美人?、と思っていたら『アウトランダー』の主役の人だった。

  フォードVSフェラーリ3.jpg ケン・マイルズ飛ばす。
 登場人物が出揃い、状況が説明されるまでちょっと長く感じたけど、いざル・マン目指します!、となったら早い早い。 爆走するクルマの合間にシェルビーとマイルズの信頼と友情が積み重なり、「あぁ、この二人は少年のまま大人になったある種の理想像か!」としみじみ。 勿論、“ある種の理想像”なので完璧ではないんだけど(特にシェルビー、ひどい)。 でもこの映画の語り口自体も“古き良きアメリカ”的な理想像なのかもしれない、フォード上層部のやり方は汚いが、個人の存在を否定するレベルの昨今のパワハラ問題に比べればましかも。
 終盤、ある選択をするマイルズに、あたしは悔し涙があふれてしまった。 それが気遣いか? 丸くなることなのか? ・・・あたしは全然成長してないらしい。
 シェルビーとマイルズ、マット・デイモンとクリスチャン・ベイル以外じゃ無理、というほどはまってる。 この二人あっての企画かなぁ。
 153分もあったことを知り、驚く。 後半の体感は5000回転以上のスピードだった。

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2020年01月31日

残された者 −北の極地−/ARCTIC

 そういえば、なんか観たいやつあるんじゃなかったっけ、とふと思い出し、新開地のCinemaKobeのホームページを見る。 お、マッツ・ミケルセンほぼ一人芝居という噂の『残された者』が神戸初公開だ! 一週間しか上映しないからなんとか間に合わせなければ!、とがんばって新開地に向かう。 18:30スタートに余裕で間に合ったので、映画館近くの大和家ベーカリーでカレーフライ(揚げたカレーパン)を買ってGO! 神戸初公開のせいか、平日夜だけど結構お客もいたのである。

注:CinemaKobeは二番館で、飲食物持ち込みOKである(飲み物の自販機しかないのでむしろ持ち込み推奨)。 入替制でもないので好きなだけいられるが、中途外出は不可。

  残された者P.jpg 男は歩き始めた。ひとりの女性を救うために。明日を生きるために。

 北極圏、小型飛行機が事故に遭ったのか不時着したパイロットのオボァガード(マッツ・ミケルセン)。 もう何日たったのかもわからない。 大きなケガがなかったらしい彼は閉ざされた氷と岩の世界で様々な作業をルーティン化し、救難信号を出している。
 あるとき、救難信号に応答がある。 間もなくヘリが現れたが、突然の天候悪化によりヘリは強風にあおられ墜落してしまう・・・という話。
 冒頭、男がざりざりと一心不乱に氷を削っている。 地面を露出させ、白い石が出てきたら掘り出して放る。 その繰り返しの果てに、彼がつくっていたものが俯瞰でSOSだとわかってはっとなる。 彼は遭難しているのだ、巨大なSOSを掘り出せるほどの間。 一切台詞なしで、男の動きと表情、そしてタイトルの“ARCTIC”でここが北極圏だと伝えるだけで、説明は何もない。 でもどういう状態なのか、わかる。

  残された者3.jpg 氷の下が海のところで仕掛けで魚を釣る。
 飛行機にあるもの、壊れた部品など何でも使って彼はどうにかこの生活に適応している。 いや、適応せざるを得ない。 ちょっと油断をすればすぐ命を落とすこの状況で、彼は決してあきらめていない。 何時間かおきに腕時計のアラームが鳴り、それをきっかけに作業を切り替える。 自分を見失いそうになったり、絶望に押しつぶされそうになりながら、アラームでどうにか切り抜ける。 この人がどんな人かの説明も全くないが、厳しく自分を律することができるタイプなんだろうな(生存のための知識もあるわけだから探検家とか? 一人で飛行機を飛ばして北極圏に来るぐらいだからなぁ)、などと想像できる。
 勿論、台詞はほとんどない。 都合よく全部独り言ですますこともなく、「〇日後」みたいなテロップも出ない。 坦々としているように見えつつも否応なく立ち上る焦燥感に、観客も巻き込まれる。

  残された者1.jpg ある意味、『北極圏ひとりぼっち』。
 この映画の存在を知ったとき、「なんでマッツ・ミケルセンをサバイバル映画につかう?」と思ったのだが・・・(演技合戦というか、台詞の応酬を観たい俳優だから)、わかるわ。 佇まいで多くを語れる役者じゃないと引っ張っていけない。 繰り返されるルーティン(墜落した飛行機を拠点に周囲を歩いて地図を描き、同じ場所で石を積み、など何もしない時間を作らない)を観客に飽きさせず、むしろ引き込む存在じゃないと。 ヒゲのびてるし顔も洗えない、そもそもいっぱい着込んでるから表現できる機会が限られるけど、たとえば靴下を脱いで足を広げようとする場面で「はっ!」とさせられたり。
 そこにある肉体、という説得力。 やっぱすごいな、マッツ・ミケルセン!

  残された者4.jpg 見渡す限り何もない。
 生存すれすれの凍える寒さをリアルに感じる。 暑いのもつらいけど、寒さはほんとにヤバい(あたしは雪国出身なので寒さに対応する方法を知っているというだけで、寒さに強いわけではない)。 雪と氷の世界を見るのは好きだが行きたいわけではない・・・。 冬ってちょっとした切り傷もなかなか治らないよね、とか共感ポイントもあり。
 男はとても用意周到で堅実な人物で、サスペンスやホラーにありがちな「なんでそんなうっかりしたことを!」とツッコミたくなるようなことは一切ない。 そんな彼でも恐るべき目に遭ってしまう理不尽の連鎖、大自然の前では人間はほんとに非力な存在だと背筋がぞっとする。 下手なホラー映画より怖いし、雪山映画より描写がちゃんとしてるのでリアリティ半端ない。 これ、実話じゃないよね・・・いったいどこでロケしたの。
 エンドロールによれば撮影はアイスランドのようである・・・本物か。
 最後まで緊張が緩まず、ぐっと肩に力が入りっぱなし。 ラストシーンも放り出されたように終わり、全然気が休まらない。
 字幕なしでも理解できる、体感にぶち込まれる映画。 すごくつかれた・・・。
 予告の間にカレーフライを食べ終わっててよかった。 見た目懐かしい感じだけど生地が軽くてカレーも辛さはほどほどでコクがありおいしかった。 映画が始まってからは彼に申し訳なくて食べられなかったよ(というか、自分がおなかいっぱいなことに罪悪感)。

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2020年01月29日

映画すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ

 ようやっと観に行けた・・・まだ公開していて、時間が合うのが109シネマズHATしかなかったのでそこまで遠征。 しかし公開から結構時間がたち、「涙腺決壊してしまう、いい映画」という評価が固まってきた・・・そうなるとあとから参戦組はハードルが高くなるよねぇ。

  すみっコ映画P.jpg きみも、すみっコ?

 寒がりで北極から出てきた“しろくま”、自分がペンギンであることに自信がない“ぺんぎん?”、はしっこだから残される“とんかつ”と“エビフライのしっぽ”、恐竜の生き残りだけどそれを表に出したくない“とかげ”、人見知りの“ねこ”など、すみっコキャラ大集合。 全員で、おなかがすいたとカフェ<喫茶すみっコ>に向かうが、カフェで働くきれい好きの“ゆうれい”がそうじの最中に古い絵本を見つけ出して・・・という話。
 飛び出す絵本の世界に、すみっコたちが入り込んでしまう(巻き込まれてしまう)系の話です。 そっちの世界で出会った“ひよこ?”のために、居場所を一緒に探そうとする。

  すみっコ映画3.jpg <マッチ売りの少女>に何故そりが?
 それは<雪の女王>じゃないのか。 混じってもいいけどそこの説明は厳密に(もしくは説明しないとか)。
 いわゆる<おとぎばなし>でもメジャー級ばかり投入するのは子供向け映画という配慮からだろう。 だったら話を混ぜないで、独立した話として紹介すればいいじゃないか(『雪の女王』は『アナと雪の女王』の元ネタだから知名度はあるのでは)。 と、細かいことが気になってしまうのは、観る前からハードルが高くなっている証拠。

  すみっコ映画2.jpg <アラビアンナイト>、世界を飛ぶ自分探し中のお二人。
 ぺんぎん?ってこんなに楽天家で行動派なところがあったのか。 しろくまは意外に世話好きだな、などと、キャラメモ帳(何年も前から使っている)から受ける印象以上のキャラ付け、ぼてぼてしたキュートな動き、これこそアニメにして盛り上がる部分。 観客には子供も何人かいて、彼女らのリアクションを耳にして、「あ、(はしゃぐポイントは)そこなんだ!」と気づくところ多々。 あたしはもう心がすさんでいる・・・。

  すみっコ映画1.jpg 全員集合、家の中じゃなくても落ち着くのはすみっコ。
 急転直下的な終盤、・・・なんてひどい話だろう。 怒りと悲しみであたしは涙が止まらない。
 子供に自己犠牲を強いるのか。
 上から下には行けても下から上には行けないとか、階級社会の不条理を子供に刷り込む気か! 多様性をうたいながら「それでも乗り越えられないことがある」という事実を突きつけるのか。 現実がそうだから、すみっコにまで現実の残酷さを見せられて胸がえぐられそうだ。
 が、古今東西童話とは残酷なものである、残酷だからこそ心に残る、という基本に忠実なだけなのかもしれないけど・・・。
 エンディングでは子供たちが「あんなこと言ってる!」ときゃあきゃあはしゃいでいる。 あたしの怒りは彼女たちには伝わっていない、よかった。
 ただあたしはつらさをひきずったまま、泣き腫れているであろう目を前髪で隠しながら帰途を辿ることになった。

  すみっコ映画P2.jpg 最初のポスター、これよかった・・・。
 あくまでほのぼの路線な世界観だもの。
 これはもう、生い立ちというか人生のいろいろ局面での挫折とか、個別の経験がダイレクトにヒットする・・・多分刺さらない人には一ミリも刺さらない。 絵本という個人的な存在に限りなく近づこうとした映画なのかも。
 しかしあたしの感想は、「なんてひどい話なの!」ですが。

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2020年01月19日

パラサイト 半地下の家族/PARASITE

 15年以上前、『殺人の追憶』に衝撃を受けて以来、ソン・ガンホとポン・ジュノ監督は要チェック。 個人的には韓国映画のテンションがあまり得意ではないが、ソン・ガンホが出ているだけで違うし、ポン・ジュノ監督に至っては空気感から違う。 またこの二人で映画を撮ったと聞き、それは観たいなと思っていたが・・・まさかパルムドールを獲り、アカデミー賞にも多くノミネートされるとは。
 映画館に行ったのはアカデミー賞のノミネートが発表された後だったせいか・・・とても込んでいた。 やはり話題になっているのか、いつものシネリーブルサービスデイとはちょっと違う雰囲気で。

  パラサイト半地下の家族P2.jpeg 幸せ 少し いただきます
  全員失業中の一家が目指す、高台の豪邸。最高の就職先には、誰も知らない秘密があった――。

 キム一家は現在全員失業中で、半地下の住宅に住んでいる。 ある日、長男のギウ(チェ・ウシク)の幼馴染の大学生がやってきて、アメリカに留学するから女子高校生の家庭教師を譲りたいという。 面接に訪れたのはIT企業のCEOパク氏(イ・ソンギュン)の大豪邸。 生徒だけでなく奥様(チョ・ヨジョン)にも気に入られたギウは、もう一人の子供に絵画の先生が必要だと知り、妹ギジョン(パク・ソダム)を「アメリカ帰りの優秀な人を知っている」と売り込み・・・という話。
 あらすじはあまり話せない。 事前情報がないほうが楽しめるし、絶対そのほうがいい。

  パラサイト半地下の家族1.jpeg 父親役のソン・ガンホが最高!
 序盤は一家の貧乏話というか、貧乏な状況をいかに楽しみながら(?)次につなげるているかが語られ・・・それがめっぽう面白い。 『万引き家族』っぽいところもあるかな、と思った途端違う話になるなど、観客の予想を継ぐから次へと裏切っていこうという意欲に満ちている。
 後味がよくない話なんだろうな、というのはわかっていたので始まるとき気持ちはいささか怯んでいたのだが、あっという間に流れに乗せられてしまった。 この四人家族にまったく感情移入はできないのだが、見入ってしまう。

  パラサイト半地下の家族2.jpeg 娘と息子もすごい。
 ヘンに純粋というかまっすぐすぎる兄と、はすっぱっぽく見えながらこの家族の歪みを一身に引き受けたような妹。 全く説明されないのであるが、“佇まいから感じられる何か”がこの映画では非常に多くて重要。

  パラサイト半地下の家族4.jpg 大富豪の奥様のおバカさ加減も絶妙。
 大富豪のちょっといい声(喋り方も独特)でも笑わせてもらう。 奥様も勿論ただのおバカではない。 登場人物が出揃い、テンポよく笑いもちりばめられていくのだが(足の裏だけで笑いをとれるのもソン・ガンホだけ)、ホラー要素もどんどん注ぎ込まれていくので面白くなれば面白くなるほどじわじわとおそろしい。
 過去の映画作品に通じる構図やカットなどもあり、ポン・ジュノ監督もタランティーノばりの映画マニアなのでは。

  パラサイト半地下の家族5.jpg 生活感のかけらもない豪邸。
 後半、話が見えてきたことで恐怖は急激に薄まるが、その分「おぞましさ」が頭をもたげる。 それは人間という生き物、存在に対してのもので、登場人物の誰に対しても感情移入はできないのだがそこは自分も共通点なのだ・・・。
 「血縁家族バンザイ」な感じはアメリカでも受けるところだろうが、そこに疑問を挟みたいのが“いま”の視点。 疑問を持てなかった子供たちは犠牲者であるという見方もできるのかもしれない。
 格差・階級社会を描く社会派な部分もあるが(繰り返される階段の描写でも、降りるのはキム一家だけ)、あくまでエンターテイメント。 湿度低めな映像、描きこまれるディテールなど、これが世界水準か!、と。 日本映画の道は遠いわ・・・。

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2020年01月12日

リチャード・ジュエル/RICHARD JEWELL

 試写会に当たったので行ってきました!
 神戸市内で試写会って初めてだ〜。 しかし当選ハガキを当日、映画館カウンターで座席券に引き換えなければならず、場合によっては満席でお断りすることもあるという! ダッシュで仕事場を去り、可能な限り早く行ったのだが、「もうお席が少なくなっておりまして〜」と言われてしまう。 結構多めに出しているのか。 でも席が取れてよかったです。

  リチャード・ジュエルP.jpg 1996年、アトランタ爆破事件の実話
   その日、全国民が敵になった――

 1996年、アトランタ。 オリンピックが開催中のこの都市で、爆破テロ事件が発生した。 記念公園で警備員としてその場に居合わせたリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)はベンチの下に置き忘れていたリュックを見つけ、その存在を周囲の警官に知らせ、爆弾処理班を呼んでもらう。 その間に何か起こったら困ると、野外コンサートでノリノリの観客たちを少しずつベンチから離れてもらう。 結果、被害者は出たが爆弾の威力から考えたら奇跡的に少なかった。 一夜にして<アメリカの英雄>となってしまったリチャード。
 しかしFBIは<孤独な爆弾魔>のプロファイルにリチャードが当てはまると、特にショウ捜査官(ジョン・ハム)はリチャードの犯行を疑わず、懇意の新聞記者キャシー・スクラッグス(オリヴィア・ワイルド)に情報をリーク。 地元紙は一面でリチャードが犯人に違いないと書き立てる。 リチャードと、母親のボビ(キャシー・ベイツ)の生活は24時間ずっとマスコミに囲まれるものになってしまった・・・という話。

  リチャード・ジュエル1.jpg リチャードはとにかく法と秩序を重んじる、すべての人のために役に立ちたいと考えているタイプ。 それ故にちょっと周囲と話がかみ合わなかったり、空気が読めない人に見える。
 リチャードが備品係として働き、弁護士ワトソン・ブライアント(サム・ロックウェル)と知り合いになった十年前のエピソードからじわっと始まるので、映画はかなり静かなペース。 リチャードの言動を部分的に見ていくことで、彼がどういう人なのかわかってくるが・・・観客ひとりひとり感じ方が違っていくかも(イメージを決めるような言葉が一切出てこないから)。 あたしは「この人、なんかずれてないかな?」といぶかしく思い、彼の不用意な言葉に「ほんとにこの人、犯人ではないんだよね?」と動揺してしまう。
 実際に爆弾が置かれ、911に予告の電話があり、爆発した状況を考えると犯人は別にいるのだが・・・疑われる・疑いを深めかねないリチャードの言動をあえて残しているのがイーストウッドの意図したところなんだろうけど、現実はドラマのように証拠映像はないし、「立証の難しさ」について改めて考えることになった。

  リチャード・ジュエル2.jpg どんな手も使いそうなショウ捜査官(ジョン・ハム)。
 ショウ捜査官は自分の地元に爆弾を持ち込まれたことで怒ってる、どうしても犯人を捕まえたいという気持ちはわかるが、何故あんな結果ありきの行動をするのか。 また毒花のような新聞記者の見た目があまりにステロタイプでげんなりするが、オリヴィア・ワイルドの無駄遣いではないことがありがたい。 誰が出ているか事前に調べていなかったので、キャシー・ベイツ登場にはびっくり! このお母さん、素晴らしい。 ワトソンの秘書ナディア(ニナ・アリアンダ)もすごくいい人! ダメな人がたくさん登場するので、この二人が清涼剤。

  リチャード・ジュエル4.jpg リチャードとワトソン、いつしか二人の友情が。
 以前の彼を知っていて、そんなことをするやつではないと言い切るワトソン、さりげなくもカッコいい。 こんなにカッコいいサム・ロックウェルがいただろうか! 「なんで大切なことを事前に話さないんだ!」とぶちぎれる姿もいい。
 マスコミの無責任さは今も変わっていないが、ネット社会である現在ならばリチャードはどんなことになったのか。 いやいや、疑わしいという印象で決めつけられて一気に情報が流通してしまう例をいくつも見てきているではないか。 あたしだってリチャードに対して「そんな感じでは疑われても仕方ないのでは」と思ってしまったし。 空気読めないとか、ズレた受け答えをするからといって犯人だと決めつけられていいわけではないのだ。
 それ故に、終盤で示されるリチャードの“尊厳”に、胸が熱くなるのだろう。
 二人の友情にも。
 FBIもマスコミも責任を取らないためすっきりしない感は残るが、リチャードとワトソンの関係性であたたかい気持ちになる。 「あとはそれぞれ考えて」も押しつけがましくなく、イーストウッドの職人芸を堪能。 89歳でも一年映画一本ペースで作り続けているパワーに脱帽する。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月02日

2019年に観た映画 マイベスト

 2020年でございます。 そこで去年観た映画を振り返りたいのですが・・・なんか「これだ!」というものがない気がする・・・やはり4月まで『ボヘミアン・ラプソディ』応援上映に行っていたからだろうか。 ううむ、と手帳をめくり、過去記事もざざっと見て、よかったと思った映画を思い出す。

  僕たちは希望という名の列車に乗ったP.jpg 僕たちは希望という名の列車に乗った
 この映画がベストワンではないんだけど、「ベストテンには入るかも」という気持ちは覆らなかった。 役を演じているというより、自分の人生であるかのような彼らの姿に胸打たれました。
 実話系に弱いんだけど、実話の映画化が増えてきた分、いろいろ見る目が厳しくなるんだけど・・・映画としての完成度よりも心に突き刺さるなにかのほうが印象に残ります。
 あと大きな賞をとったやつ(『グリーンブック』とか)、とりそうなやつ(『ジョーカー』とか)はあえて省きます。
 個人的にすごく好きなのは、
シンク・オア・スイム
  シンク・オア・スイムP.jpgシンプル・フェイバーP.jpg シンプル・フェイバー
 シュール系・ソリッドパンクとコメディ映画としては対極なのだけれど、どっちも面白い。 脚本・演出・演技とどれもバランスよかったなぁ。 役者のすごさを堪能したい、というのもあたしの願いなのだ。

  アメリカン・アニマルズP.jpg アメリカン・アニマルズ
 そういえばこれも実話だ。 ドラマ部分中心、ドキュメンタリーとのハイブリット感がよかったです。
 ひどい事件の実話としては、
ウトヤ島、7月22日 と
  ウトヤ島、7月22日P2.jpgホテル・ムンバイP.jpg ホテル・ムンバイ
 が痛くて苦しかった。 腹立たしくてやりきれない理不尽さを前にしてこそ、考えられることもある。 観終わって「あぁ、よかった」と思える映画も必要だし大切なんだけど、「起こってはいけないのに起こってしまったことを、もう二度と起こさないようにするには」と考える映画も必要である。

  ブラック・クランズマンP.jpg存在のない子供たちP.jpg ブラック・クランズマン 存在のない子供たち
 完全に実話とは言えないが(『ブラック・クランズマン』は原作と全然違うみたいだが)、現実と虚構の境目だからこそ描けるものがある。

  ピータールーP.jpg ピータールー マンチェスターの悲劇
 これはいろんな意味で・・・大変な映画をつくる情熱にいろいろ感慨が。

  イエスタデイP.jpg イエスタデイ
 あとやっぱり音楽のよさと、音楽に惹かれてしまう人の気持ちを描かれるときゅんとする。
 天国でまた会おう もよかった。 おとぎ話に救われる、という、物語を必要とする人間の本質があった。
  天国でまた会おうP.jpgワイルドライフP.jpg ワイルドライフ
 これは昨年いちばん静かな映画かも。

 サスペンス・ミステリーからはこの一本。
  ギルティP.jpg ギルティ
 ワンシチュエーションって難しいけど、うまくいけばすごいものになるのよねぇ。 虚構ならではのドキドキ感、堪能しました。

 アクション映画からは、ハンターキラー と
  ハンターキラーP.jpgスノーロワイヤルP.jpg スノー・ロワイヤル
 中心はアクションであっても、うまい役者がいないと話は成立しないことを実感。
 なんだかんだいっていい映画はそれなりにあるではないか。 自分の記憶力が低下しているだけかもしれない・・・。
 まだ咳がおさまっていないので映画に行けておりませんが、今年もいい映画を観たいと思います。

posted by かしこん at 19:25| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月14日

マリッジ・ストーリー/MARRIAGE STORY

 ネットフリックス映画は期間限定上映で困る。 いや、劇場公開してくれるだけありがたいのだが、今後もっと増えていきそうな気配。

  マリッジ・ストーリーP.jpg 

 仲睦まじい家族であったニコール(スカーレット・ヨハンソン)とチャーリー(アダム・ドライヴァー)と息子ヘンリー(アジー・ロバートソン)。 ニコールはかつて映画スターになるチャンスよりも結婚とチャーリーの劇団の女優になる道を選んだが、最近は自分のキャリアに悩んでいた。 離婚を切り出されたことで無意識にニコールに負い目を感じていたことに気づいたチャーリーだが、お互い負けず嫌いな性格が災いして離婚弁護士を雇ってしまい・・・という話。
 冒頭、お互いのいいところを朗読、素敵な思い出シーンが流れるところは多幸感にあふれていて、「なんでこの二人が離婚しなきゃいけないの?」と不思議で仕方ないのだが・・・それを理解するための136分。

  マリッジ・ストーリー1.jpg お互いキライになったわけではないのだ。
 すれ違いの果てに離れていく心。
 多分、それぞれが我慢すれば続いていく生活で、実際に我慢して続けている人たちも多いはず。 それを言われないように、ニコールとチャーリーはそれぞれ表現者というポジションなのではないか、という気がした(これはアジア的な考え方かもしれないけど、片方が片方を支えればいいじゃないかと感じてしまいそうで)。 でも実際は職業に関係なく、自分らしくいられないから結婚をやめる人たちもいるわけで。
 一緒にいることで気づかないうちに相手を傷つけ、自分も傷つく。 それが一過性のことでなくずっとなら、お互いのために離れたほうが。 きっかけは些細なことだったかもしれないけれど、取り戻すにはもう遅すぎる。
 結婚ってなんてドラマチックなんだ! 崩壊しそうになってそれに気づくとか。

 『イカとクジラ』のノア・バームバック監督らしい、会話劇。
 アダム・ドライヴァーのよさって『パターソン』とかこういう映画でこそ輝く気がする(新しい『スター・ウォーズ』のカイロ・レンを否定する気はないが)。 気が強くて賢いけどずぼらなスカーレット・ヨハンソンもすごくいい。 あたしがこういう舞台劇っぽい感じが好きだからかもしれないが。
 『イカとクジラ』では子供目線だったのに、本作ではすっかり大人目線なところにノア・バームバックの成長を感じるけれど、逆にヘンリーの気持ちはどうなるの・・・とハラハラ(この時点では彼は事態がよくわかっていないにせよ)。 でもニコールとチャーリーの気持ちはすごいわかるわー、とときどき泣きそうになる。 特にチャーリーが自分の間違いや至らなさに気づいたりするところ、それが男の人のダメでキュートなところだなぁ、としみじみしたり(ちょっといとおしいと思えたりするのは、直接自分と関係ないからだったりするのだが)。
 自分にも起こりうる話だからこそ、でも自分ではないからこそ、共感し理解できることもある。
 『クレーマー・クレーマー』は出だしでおとうさんがフレンチトーストに失敗してフライパンを投げつけ(落とし?)、怒鳴る場面がトラウマでその先を見れないまま大人になってしまったのだが、もしかしたら今ならば違う視点で見られるかもしれない。

posted by かしこん at 19:42| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする