2020年04月05日

ジョン・F・ドノヴァンの死と生/THE DEATH AND LIFE OF JOHN F. DONOVAN

 グザヴィエ・ドラン最新作。 大作映画がどんどん公開延期になる中、予定通り公開されるのはうれしいんだが・・・微妙な気持ち。 実際、あたしが観に行った回は観客5人くらいでした。 レイトショー設定がなくなって、映画を観る時間を確保するのがむずかしい(実際に観たのは3月中旬)。

  ジョンFドノヴァンの死と生P1.jpg 僕を知るのは、世界でただ一人。君だけ――

 2006年のニューヨーク、11歳のルパート・ターナー(ジェイコブ・トレンブイ)は母サム(ナタリー・ポートマン)と朝のカフェで口げんかになった。 そんなとき、人気俳優のジョン・F・ドノヴァン(キット・ハリントン)が29歳で死去したというニュースが入る。
 2017年、政治ジャーナリストのオードリー(タンディ・ニュートン)は若い俳優が出した本について畑違いのインタビューをしろと言われる。 ルパート(ベン・シュネッツァー)は憧れの俳優ジョン・F・ドノヴァンとの関わりについて語り出す・・・という話。

  ジョンFドノヴァンの死と生1.jpg ジェイコブ・トレンブレイはいくつなんだ!
 かつてフレディ・ハイモアと神木隆之介がほぼ同世代で天才子役と呼ばれていたが(実際、フレディ・ハイモアの吹替を神木くんがしていた)、彼はそれと同じくらいのインパクトで成長してる。 日本では寺田心に当たるのだろうか。 とにかくかわいいんだけど、見捨てられたような、深く傷ついた心を目で表現される感じ、ぐうの音も出ない。
 彼が成長した姿がこの人なのか・・・と最初ちょっとがっかりしたが、話が進んでいくごとにがっかり度は薄まる。
 前作『たかが世界の終わり』と同様の豪華キャスティング、ジョンのマネージャーがキャシー・ベイツですよ! ドラン映画に出たがってる人は多いのか。 そして音楽、選曲のツボもはまった。 オープニングがアデルの“Rolling in the Deep”、エンディングはザ・ヴァーヴですよ、どんだけイギリス音楽が好きなのかな、と思っちゃう。

  ジョンFドノヴァンの死と生2.jpg 見たことある人だなぁ、と思ってたら、ジョン・スノウ(『ゲーム・オブ・スローンズ』)じゃないか。
 テレビドラマで一躍人気者となるジョン・F・ドノヴァン。 彼の人物像系は今となっては少し類型的にも思えるけど・・・それをキット・ハリントンは一人の人間として存在感を持って演じきった。 これからもいい役を演じ続けてくれるに違いない、確信するのに十分なほど。 またジョンの兄ジミーの存在がすごくいいんだよ! この兄弟の絆はすごくよくて、胸打たれました。
 ジョンもルパートもグザヴィエ・ドラン監督の一部なんだろうけど、自分の映画がすべて自伝的なものとして受け取られることに反発するかのようなセリフがあって、ちょっと笑ってしまった。 ベースは自分の経験でも、全部が実話なわけないじゃん。

  ジョンFドノヴァンの死と生3.jpg 描かれるのはまたしても<母>。
 ドラン作品において「母と息子の関係(愛憎)」は欠かせないものだけど・・・今回は母親が二人とも美しすぎる。 そして和解もわかりやすすぎる。 そんなにうまくいくはずないだろ、なんだけど、初めての英語作品で世界マーケットとなるとそうなってしまうのかしら(明らかに説明台詞もあったからな・・・)。
 とはいえ、実はミステリ仕立てのつくりであったことは予想外のヨロコビだった(ある意味、信頼できない語り手問題もはらむ)。 序盤からきっちり伏線は張られているけど、ラストでどんでん返しをする意図はなかったのかな? 途中、ジョンと家族の問題が濃すぎて。

  ジョンFドノヴァンの死と生4.jpg もうひとりの<母>。
 ジョンの母グレース(スーザン・サランドン)の強烈さが、苦しいほど。 『たかが世界の終わり』では空回りしちゃった部分がここに凝縮された感じ(やり直したのか?)。 個人の生きづらさの問題は世界の大きな出来事の前では取るに足らないものだと思われがちだが、比較対象にはならないのだという主張。 世界が大混乱に見舞われている時だからこそ、強く感じなければ。 だからって、感染拡大の危険より行動の自由を叫ぶのとは種類が違うよ。 感染した人を責めるのも違いますよ。
 オーバードーズでなくなるスターは悲しいことに多くいて、観る観客それぞれに自分のジョン・F・ドノヴァンをみてしまうけど(あたしは特にリバー・フェニックスとブラッド・レンフロ)、だからこそルパートに感情移入してしまい、エンディングに幸福をおぼえるのかも。
 そう、とても多幸感に包まれて、つい笑みが浮かんでしまう。

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2020年03月26日

ダンサー そして私たちは踊った/AND THEN WE DANCED

 今回のアカデミー賞国際長編映画賞スウェーデン代表、でも舞台はジョージア。 ここ数年聞くようになった国名“ジョージア”だけど今ひとつピンとこないあたし・・・“グルジア”の読み方が変わっただけだとわかっているのに、ジョージア州のほうが先に浮かんでしまう・・・。

  ダンサーそしてP.jpg <彼>と出会い、青年は羽ばたく――
 ジョージア国立舞踏団のトップダンサーを目指す青年の<運命を変えた恋>と青春の物語

 ジョージア王立舞踏団に所属するメラブ(レヴァン・ゲルバヒアニ)は日々ハードな練習に参加しながら、夜はレストランでアルバイトをして家計を支えている。 兄も同じ舞踏団にいるが真面目に練習に出てこない日も。 離婚して父親は家を出ており、年老いた祖母と何もしない母親がいるため、メラブは自分が大黒柱であることを自覚している。 ダンスパートナーのマリ(アナ・ジャヴァヒシュヴィリ)とは10歳からのつきあいだ
 ある日、舞踏団に新しいダンサー、イラクリ(バチ・ヴァリシュヴィリ)がやってきた。 空気を読まないイラクリの言動に驚くメラブだが、彼の踊りに目を見張る。 その後、世界を回るメイン団メンバーに男性ダンサーの欠員が出て、オーディションのためにメラブたちは更なる練習に身を入れるが・・・という話。
 ドキュメンタリータッチというか、「日常を切り取った」的な映像。 わかりやすい説明もなく(主人公の名前もしばらくわからない)、淡々と進んでしまう。 でもメラブの目が、表情が、肉体の動きが何かを言いたげで、ついずっと追いかけてしまう。

  ダンサーそして3.jpg しなやかな筋肉、ダンサーとして完璧っぽいカラダがすごい! ご本人はプロのコンテンポラリーダンサーで映画初出演だそうです。 でもこういう感じの俳優さん、いると思う。
 昼間寝てばっかりの母親、昔のイメージをずっと引きずったままの祖母がなかなかひどい・・・がんばろうとする・がんばっているメラブが痛々しくて健気で泣けてくる。 貧しい家、ダメな親、家計のことも考えてしまう弟、目先の方に転んでしまう兄・・・、ジョージアでも家族をめぐる悩みは同じか・・・。

  ダンサーそして1.jpg マリもいい人。
 気づけばジョージアの“旧共産圏らしき素朴さ”に目を奪われる。 設定は現在ですよね? なのにレッスン終わりに大きなプレッツェルみたいなやつを一つ買って仲間みんなでパリパリと割って分け合うとか、一昔前の部活帰りの高校生みたいなんだもの。 ほのぼのするわ〜。
 ただ踊ることは知っていても、それ以外の自己表現の仕方を知らない若者たち。 伝統舞踊だから踊りにも型があるのだろう、その型から飛び出す踊りをしたいのにできない苦悩は、昔ながらの価値観・固定された常識を押し付けられる苦しさと同じ。 でも気づかない人は気づかないから、気づいた人は余計苦しい。

  ダンサーそして2.jpg 微妙な三角関係(?)もあり。
 家族・ダンス・恋愛という、それぞれ一つで物語の題材に十分になるものを結構なウェイトで入れているので、なんかもう視線をずらす余裕がないほど。 マリの友だちのバースデイパーティーとか、貧富の差もまたせつなくて、でもそれ故に青春の輝きは増す的な。 ただ空気感はいかにもヨーロッパ映画なので、慣れていない人はつらいかも・・・(かなり早い段階で寝てしまっている人がいました)。
 とにかくメラブがなんとも魅力的。 ちょっと情緒不安定そうな表情、いたいけな瞳、バレエダンサーのような隅々まで神経がいきわたったような筋肉。 自分が世界を背負っているぐらいの構え方と、自分を含めて誰も信じていないという矛盾を無理なく抱える佇まい。
 胸がきゅんとしますよ。

  ダンサーそしてP2.jpg 成長は痛みを伴う。
 だからって、その痛みに耐えなきゃいけないのはつらい。 通り過ぎたからいえる言葉。
 映画は希望を感じさせる終わり方で、それも青春だとしみじみ。
 なんだか心が洗われた。

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2020年03月20日

エスケープ・ルーム/ESCAPE ROOM

 「おっ、なんか『CUBE』っぽい感じ? ちょっと『SAW』の雰囲気もあり?」とポスターと予告を観て思う。 となると気になるのが人情じゃないですか。

  エスケープ・ルームP.jpg この部屋から、生き残れ。
  全米スマッシュ・ヒット!ハイコンセプト・脱出・スリラー

 アメリカの大都市シカゴのある巨大なオフィスビルに、賞金のかかった脱出ゲームの招待状を得た6人の男女が集まる。 才能ある理系女子大生だが引っ込み思案のゾーイ(テイラー・ラッセル)、表に出られないフリーターのベン(ローガン・ミラー)、イラク帰りの陸軍兵アマンダ(デボラ・アン・ウォール)、投資家として成功しているジェイソン(ジェイ・エリス)、甥にゲームを勧められたトラック運転手のマイク(タイラー・ラビーン)、脱出ゲームマニアのダニー(ニック・ドダーニ)。 お互い自己紹介し、面接を待っていたらすでにゲームは始まっており、部屋に散りばめられたヒントを集めて脱出しなければ命の危機が・・・という話。

  エスケープ・ルーム5.jpg ほら、部屋がオーブンレンジになっていく。
 わー、仕掛けがでかいなぁ、と口あんぐりになりそうになる。 ちょっとずつ彼らの過去や心の傷がわかる流れは親切設計だが、大ネタへのヒントにもなっているのでラストの意外性がそがれる。 むしろ人数を少なくして個人を掘り下げようとした努力を買いたいのだが・・・いかんせんこういうジャンルはスピード感が命でもあるので、そのせいでサバイバルスリラーとしての構成が微妙なことになってないだろうか。

  エスケープ・ルーム4.jpg 引っ込み思案の天才少女がカギを握るだろうことは冒頭から感じられるのですが、彼女の内気振りがどれくらいなのかよくわからず(同じく内気で人見知りなあたしから見て「えっ、そこでいきなりそんなことする?」と感じられたところあり)、若干の違和感。 ゲームの進行につれて参加者たちと慣れてきて言えるようになるならわかるんだけど(だから中盤以降は違和感はなかった)。
 マイク役は『ニュー・アムステルダム 医師たちのカルテ』の精神科医の人だし、キャストは映画的には無名でも実力のある人たちなので成立している部分もあり・・・またこのコンセプトでいくらでも続編とかつくれそうなところがなんとも。

  エスケープ・ルーム3.jpg 灼熱の次は極寒
 いったいこのビルの中はどうなっているのよ、と言いたくなるのをぐっとこらえる。 辻褄を考えてたら置いてけぼりになってしまう、流れに身をまかせるしかないのよ!
 リアル脱出ゲームにあたしは参加したことはないのだけれど、参加したことがあればまた印象が変わるのだろうか。
 とりあえず『CUBE』とは方向性が全然違った。 人形(マネキン?)が『SAW』っぽかったけど、それだけ。

  エスケープ・ルーム1.jpg こんな部屋もあるのよ。
 普通に2Dで観ましたが、これを4DXで公開されても・・・どうなんだろ、逆に集中できなさそう。 4DXの施設側のレベルを上げないとダメなんじゃないかな(しかしそうなると映画館ではなく、アトラクションになるのだろう)。
 うーん、面白くないわけじゃないんだけど・・・人が死んでも描写がさらっとしているので観る人を選ばないと思うし(なんとGグレード、年齢制限なし! それでも苦手な人は苦手なんだろうけど)、派手だし勢いで持っていくので最後まで見れちゃうんですよ。 でもそれだけというか・・・「ですよねー」で終わってしまうというか、藤原竜也主演のある映画のことをストレートに連想してしまうというかね〜、とにかくそれですよ。

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2020年03月15日

黒い司法 0%からの奇跡/JUST MERCY

 もうタイトルから内容は大体わかってしまったようなものだが・・・マイケル・B・ジョーダンとジェイミー・フォックス共演につられて。 『フルートベール駅で』の彼がこんなスターになっちゃうとは思ってなかった。 それに、日本よりアメリカの法廷もののほうがわかるような気持ちになってしまっているので・・・。

  黒い司法P1.jpg 今こそ、【真の正義】を問う
  1980年代アラバマ州。立証不可能な冤罪に挑んだ男の、心揺さぶる“奇跡の実話”

 1980年代のアラバマ、仕事帰りのウォルター(ジェイミー・フォックス)はまったく身に覚えのない罪で逮捕・拘留され、ろくに捜査もなされないまま死刑を宣告されてしまう。 一方、ハーバードロースクールの学生研修として死刑囚の聞き取り調査に訪れたブライアン(マイケル・B・ジョーダン)は、多くの黒人が不十分な捜査で起訴され、個人の権利についても伝えられないままであることを知る。 時がたち、弁護士資格を得たブライアンはアラバマ州で死刑囚を支援する団体に就職し、ウォルターの存在を知る・・・という話。
 80年代でも「黒人だから」というだけで犯人と決めつけられている・・・ということに改めて衝撃。 50年・60年代ならまだしもと感じるけれど、それが南部だからということなのか。 『アラバマ物語』を“アメリカの正義”と称える割に、それを現実とつなげない人が多すぎる。

  黒い司法2.jpg エバ(ブリー・ラーソン)は法律事務所の事務方担当、思いのほか出番は少ない。
 ブライアンとエバは仕事上の同志、不当な待遇にある・得られるはずの援助のない人たちを助けたいという気持ちの上で一致している。 まったく恋愛が絡まないのが清々しい。 ウォルターだけじゃない死刑囚たちのことも描かれているため、上映時間は少々長め(137分)・・・でもそれがドキュメンタリータッチというか、<based on a true story>の重みになっているように思う。 劇的な脚色はあまりしてなそうな感じ。

  黒い司法3.jpg ウォルターの実家で歓待されるブライアン。
 ウォルターのお母さんがいかにも肝っ玉母さん系で・・・このファミリー感、特に家の外見などが『評決のとき』のサミュエル・L・ジャクソンの役柄とすごくかぶる。 あれも南部だったから似たような感じというか、それが当時の普通だったのか。 電気椅子での死刑執行シーンは『グリーンマイル』を思い出し、「頭、ちゃんと濡らしてよ!」とドキドキする。 死刑も減り、薬物注射による執行に変わってきた昨今、電気椅子での処刑のディテールを描くことは今日的に意味のあることかもしれない。

  黒い司法4.jpg 冒頭以降、満を持しての登場のジェイミー・フォックス、オーラ消しまくり。
 なんでこんなことになったのか全く分からない中、あきらめと絶望に沈み、けれども「それでもおれはやってない」の心を燻ぶらせているウォルターの屈折加減が大変いい感じでした。 ブライアンに対しても「黒人だから」と心を開かないし。 ブライアンはブライアンで、弁護士なのに死刑囚官房の看守に屈辱的な目に遭わされたり(彼は南部の出身ではないのでそこまでの理不尽すぎる黒人差別にはあったことがなかったようだ)、「ろくに取り合ってもらえない」囚人たち(これがすべて黒人というわけではない)への共感を学ぶ。
 ジェイミー・フォックスが地味めな分だけ、マイケル・B・ジョーダンの輝きが引き立つ。 青くさい理想を抱えて現実を知り、それでも誰しもの上に平等であるべき法と正義のために立ち上がる。 検察や裁判所は既得権益を守るほうに寄るが、『60ミニッツ』に取り上げてもらい世論を盛り上げ、とマスコミを有効に使うところが時代であり、いろいろ問題はあってもアメリカが信じる自由は有効であるということ。

  黒い司法1.jpg ウォルターの静かな激情が終盤を引っ張る。
 最重要証人を演じるティム・ブレイク・ネルソン、「なんか口元がゆがんでる?」と思ってたらモデルになっている人物に似せているのだった。 今回のキャストの中でいちばん激似。
 こういう作品があるから「弁護士は正義の味方」みたいなイメージができてしまうのだろうが、ブライアンのモデルであるブライアン・スティーブンソンはまさにそのタイプ。 またそういう人が少ないから脚光を浴びるんだろうな、と・・・。 また、冤罪を晴らすことが目的になってしまうことが大半の中、ウォルターが犯人とされた殺人事件の真犯人に迫ったことまで言及するのはこの映画の良心だと思う。
 地味だけど、描くべきことはちゃんと描いている。 まさに良心的。

posted by かしこん at 17:52| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月11日

Fukushima 50(フクシマフィフティ)

 これは観ないといけないよね、の映画。 勿論、ドキュメンタリーじゃない、劇映画。 エンタテイメントの範疇で、いかにあの事故を描くのか、見届けないといけないのです。 COVID-19のため映画も行きにくい状況ではありますが、あえて初日に行った! チケット買ったとき、あたしは5番目。 しかし上映終了後に立ち上がって振り返ると観客は30人ぐらいいた。 意外に、多い! これは観なければいけない映画だと思う人が多いのだとすればうれしいことだが。

  フクシマフィフティP.jpg 奇跡は起きると、信じたからこそ――
  福島第一原発に残り続けた名もなき人たちを、海外メディアは“Fukushima 50”と呼んだ。

 2011年3月11日、三陸沖の海底を震源としたM9.0、最大震度7という巨大地震が発生。 更に10mをはるかに超える大津波が福島第一原子力発電所(イチエフ)を襲った。 非常用電源が津波の水をかぶり、イチエフは全電源を喪失。 冷却水が動かせなくなり、原子炉の温度はぐんぐん上昇し制御不能に陥る。 手動でバルブを開く、手作業で車のバッテリーを集めてつなぐなど現場の人間はできる限りのことをし、なんとかメルトダウンを回避し原子炉を制御しようと奔走する。 耐震棟で緊急対策本部長として全体の指揮を執るのは吉田所長(渡辺謙)、1・2号機の中央制御室(中操)のそのときの当直長は伊崎利夫(佐藤浩市)、くしくも二人は同期だった。 この二人を中心に、未曽有の大事故に立ち向かわざるを得なかった人々の姿を描く。

  フクシマフィフティ3.jpg やってくる津波を見た二人。
 東日本大震災ではなく、福島第一原発事故だけに特化したのがやはりよかったと思う。 強引に122分に収めた感はあるけど・・・。
 地震が発生したときの、断層のずれや海底の地割れ、そのエネルギーが津波を生み出す様子が「これ、世界に通用するのでは!」的なCGで、日本映画もやればできるじゃないか・・・と思う。 お金かけてる! でもこの題材でお金かけなくてどうするよ!、というのもある。
 しかし緊急地震速報はあのとき間に合ったんだっけ?、と我に返る自分もいるけど、東北にいなかったあたしにはわからないことだった。

  フクシマフィフティ1.jpg 中操にて。
 あの日を、その後のニュースなどで覚えている人は内容わかると思うけど・・・結構用語とか説明なしに使っているので(観ているうちに何を言っているのかわかってくるが)、予備知識ゼロだと面食らうかも。 でも若い人にこそ知ってほしいことでもあるのだが。
 現場の人たちが地震そのものには驚いても冷静に対処しているあたり、普段から訓練とかちゃんとしてるんだろうなと感じたり。 だからこそ全電源喪失という事態の恐ろしさです。 想定していないことが起こってしまったときの絶望。 今から思えば「そんなのが想定外なんて」って思っちゃうけど、このときイチエフにいた人たちは事態の全貌がまったくつかめていなかったのだ。 それでもやるしかないと、仕事人ならば思うのではないだろうか。
 防護マスクに防護服を身に着けての演技は役者泣かせというか、アップになってやっと目のまわりだけ映るので、下手すれば誰が誰だかわからないのだ(ヘルメットや防護服にガムテープ貼って名前は書いてある)。 それでもだいたい誰だかわかるのだから、役者って素晴らしい。 あたしはもう、自衛隊の辺見曹長(前川泰之)のカッコよさにしびれたよ!
 防護服姿で懸命に動き回る人たちの構図が、妙にリアルに感じられてしまう今日此頃。 9年前を描きながら今日的であることの驚きと悲しみ。 地方に原発がある、という構図もまた、いつか見たもの。 進んで原発を建ててほしかったわけじゃない、でもそれがあることでもう出稼ぎに行かなくてもいい、という現実。 北東北出身のあたしにとってそれもまたまぎれもないリアル。
 原子力ってすごいんですよ、原発はクリーンでほんとに安全なんです、と折に触れ聞かされて思考停止してしまった自分のこと。
 申し訳ありません、役に立てなくてすみません、と泣いて詫びる若き作業員に、一体何の言葉を返せるというのだろう。

  フクシマフィフティ2.jpg 耐震棟では。
 地味系脇役俳優さんをごっそり集めてきたみたいなその豪華さは、あたしには『シン・ゴジラ』に匹敵!
 現場の人たちは名前があるが(確か吉田所長以外は仮名)、政府や東電本店側の人たちはそもそも名前が出ないようになっている、固有名詞ではなく肩書で呼ばれるところにこの映画の「ドキュメンタリーではない」姿勢が出ている。 ぱにくって頭に血がのぼっている内閣総理大臣は佐野史郎だが、実際が菅直人であったことをおくびにも出さない。 むしろ似ていない方向で、とにかくぶちぎれている人を好演。 「うわー、困ったやつ」とはじめは失笑を買うも、頭に血はのぼっているが最終的には筋が通ったことを言うやつになっている。 佐野史郎に助演男優賞を!
 官房長官が金田明夫、経済産業大臣が阿南健治など、政府側はコメディリリーフ的な佇まいでついニヤリとしてしまうキャスティング、いい! 東電トップ側の段田安則さん、その髪型・・・ヘン。
 より深く原発で働く人たちは福島第一原発を愛している。 地震や津波は憎んでもしょうがないというのは東北人のDNAに組み込まれていると思う。 だから政府や東電本店(本社ではなく本店と書いてしまうこともフィクションである示唆)が悪役のような割り振りをされているのだが、よく見れば単なる悪役ではないことがわかる。 仕事をするものとして“現場”対“非現場(会議室)”という対立はあるし、会議室の脇では仕事を投げているやつもいるが、本店側の本部長(篠井英介)は現場に無理難題を言っているだけのように見えつつ、篠井英介の目のまわりはどんどん赤くなり、彼もまた決死の覚悟で悪役を買って出ている。
 そういう形でしか組織を回せないことがおかしいのだ。 日本のこれまでのやり方はいろいろ間違ってるのがある!、と考えるきっかけにもなるんじゃないか。 そうなってほしいけど。 最悪の事態を想像としてもはっきり映像化したことも意味がある。

  フクシマフィフティ4.jpg 現場では怒鳴ったり叫んだりする自由はある。
 吉田と伊崎がたまたま一緒にタバコを一服する場面、この映画で一番ほっとできる瞬間になっているが、いちばん重要な問いかけがなされる場面でもある。 カメラのピントが渡辺謙に合っている間、ぶれる佐藤浩市の全身から余裕や色気のようなものが一瞬漂ってハッとする。
 後半、特に描かれていないことが多くある。 この映画は入り口で更にもっと調べて知ってほしいということなのか。
 そして2014年、春。 まるですべてが無事終わったかのような錯覚に陥るけれど、積まれた土嚢、道路脇には運転席から見えるように放射線量測定器があることが映される。 ほんのわずかな時間、これに観客はみな気づいてくれるだろうか。 なにも終わってない、まだまだ終わってない。 涙があふれる。 東京オリンピックが復興五輪と位置付けられている、聖火ランナーは福島からスタート、とテロップが出ても、今の状況では何の慰めにもならない(そもそもオリンピックの開催も危ぶまれているのだから)。
 この映画が事実に反している、プロパガンダだ、ということは簡単。 これを観てどう考えるのかのほうが大切なんだ。

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2020年03月09日

スキャンダル/BOMBSHELL

 『スキャンダル』というありがちな邦題、なんとかならなかったのかなぁ、インパクトがないよ。
 原題“BOMBSHELL”は小さな爆弾・爆発的な情報伝播・衝撃的な出来事・・・という意味合いではあるが・・・それを日本語の単語に置き換えてしまうと「スキャンダル」になってしまうのか。
 『マネーショート』の脚本家ということで目まぐるしさは覚悟していたけれど、予備知識がないと面白さが全部つかめないと思わされたのも久し振り・・・。

  スキャンダルP2.jpg ニュースをお伝えします

 2016年、ドナルド・トランプが候補者として存在感を増してきた大統領予備選時期、アメリカのニュース業界では視聴率トップの<FOXニュース>看板キャスターのメーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)は、トランプの繰り出すセクハラに公然と抗議を続けることでトランプ支持者からいやがらせを受けている。
 そんな中、元人気キャスターで今は視聴率の低い時間帯のメインキャスターをしているグレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)はひそかにFOXニュースのCEO、ロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴー)をセクハラで訴える準備を進めている。 新人としてFOXニュースに入ってきたばかりのケイラ・ポスピシル(マーゴット・ロビー)は、なんとかいいポジションに抜擢してもらおうとロジャーに面会を試みるが・・・。 そしてグレッチェンはある日、理由なく解雇を言い渡され、セクハラを理由にロジャーを提訴した。

  スキャンダル1.jpg シャーリーズ・セロン、角度によっては全然顔がわからない!
 アメリカ在住の人たちにとってはメーガン・ケリーはとてもよく知っている人なのだろうけれど、日本人のあたしからしたら似ているのかどうかよくわからない・・・でも「激似!」と言われていたのできっと似ているのでしょう。 たかだか3年前の出来事を当事者に似せて(ニコール・キッドマンもかなり顔を変えている)映画にするんだから、アメリカではさぞ盛り上がったことでしょう。
 大統領選への内幕からスタートするので、そのへんも日本人にはピンとこない(観ていると流れがわかってくるし、重要なのはそこではないこともわかってきますが)。 が、討論会で、ツイッターで、メーガン・ケリーが間違ったマチズモに攻撃され続ける場面は物語的に必要だった。
 が、あたしが最も衝撃を受けたのは、わりと最初のほうで、緊張のあまりはきそうになるメーガン・ケリーに気づいたまわりの女性たちが「ちょっと彼女を休ませたほうが」と言うと、男性プロデューサーが「なんだお前たち、フェミニストか?!」とあきれたように聞く。 彼女たちは「違います!」と瞬時に強く否定して、「人としての配慮です」と小声で呟くというワンシーン。
 フェミニストという言葉が「不当に女性としての権利を求めるやつ」というニュアンスで使われている(使うのは主として男性)、そして女性たちは「私たちはそんな女性ではありません」と公言しなければ働けないという環境。
 アメリカ保守のおぞましい本質を見た・・・と思った。

  スキャンダル2.jpg 段ボール箱にではなく、ブランドバッグに荷物を詰めてFOXニュースを去る姿にグレッチェン・カールソンの誇り高さを見る。
 冒頭に「一部ニュース映像以外は俳優が演じている」的な文言が流れる。 実際に起きた出来事を基にしてはいるが、秘密保持契約にサインしているが故に詳細は出せないということなのだろう。 なので他の被害者たちからの証言をもとにして構成したものと思われる。
 グレッチェンが訴え出て、自分以外にも声を上げる人がいるだろうと期待するけれど、なかなか声が上がらない日々(その間、グレッチェンは「盛りを過ぎた女が身の程知らずに」などと公に非難される)の焦燥感がつらい。
 物語を掘り下げるには一本の映画では明らかに時間が足りていないけれど、映画で、この豪華キャスティングで、ということに意味があるんだろうことをしみじみ感じる。

  スキャンダル3.jpg ケイラ・ポスピシルと同僚のジェス(ケイト・マッキノン)は架空の人物(取材をして得られた何人かの証言をまとめたキャラ)とのこと。 他にも実名の人・架空の人が入り乱れている。
 ケイラは野心家というか、キャリア志向で自己主張が強いアメリカなら多分これくらい普通。 むしろ陰で「失敗した、どうしよう、もう私ダメかも」とパニくるあたり、本心は臆病なところがあるのに「頑張らなきゃ! 望む私にならなきゃ!」と無理しすぎる長女キャラが痛々しい。 だからロジャーに会って、「忠誠心を見せろ」と言われたときに・・・何が起こっているのか・どうしたらいいのかよくわからない彼女の姿もまた、ひどく痛々しい。
 フェミニストで何が悪いんだよ! 忠誠心って、仮に持つとしてもFOXニュースに対してであって、ロジャー本人にではないんじゃないの! あたしにはひたひたと怒りがこみ上げる。

  スキャンダル4.jpg こんなロジャー・エイルズをジョン・リスゴーがやたら憎々しげに体現。
 セクハラ・パワハラ男にありがちの、「そんなつもりはない、みんなだって楽しんでるだろ、そんな目くじら立てることない」の発想、一ミリも自分が悪いと思ってない。 その権力はその役職の座にあるのであってお前個人にあるものではないんだぞ!、と怒り心頭。 しかしこんな奴はロジャーだけではない、世界中にいっぱいいる・・・(この映画の中にも、ロジャーのように勘違いしている人が他にも何人か出てくる)。 が、男対女という映画にはなっていない。 ロジャーを支援する女性たちもいるし、訴える側をサポートする男性たちもいる。
 むしろロジャーの妻ベス(コニー・ブリットン)の描かれ方がすごい。 ベスもまた自分の立場を利用して周囲の人間に圧力をかけ、差別的な発想を“美意識”として発信しているという、まさにロジャーとお似合いの感じ・・・。 だからマルケッサのデザイナー、ジョージーナ・チャップマンはハーヴェイ・ワインスタインとさっさと離婚したんだろうか、自分も同類だと見られたくなくて、とかつい考えてしまった。 一方でロジャーの弁護士スーザン・エストリッチ(アリソン・ジャネイだよ!)は本来セクハラ被害を訴える人の弁護をする立場だけど、いろいろなつながりからロジャーの弁護を断り切れずに引き受けてしまった苦悩がずっと、後半はより強くにじみ出ていて、好きなキャラクターでした(弁護士としての務めはちゃんと果たします)。
 「(セクハラの)戦いはまだ終わらない」というエンディングの文字に、涙がこみあげてきてしまった。
 ハラスメントは「男対女」ではない、「権力を持つ者対持たない者」の間に起こることで性別は関係ない。 だから女の問題じゃないのだ。
 それにしても、男社会で頂点に立った女性たちが直接共闘できない哀しさとはなんなのか・・・。
 このあとMe,too運動につながり、声を上げやすくなった気はするけど、それを「でたらめだ」と声を荒げたりネットで誹謗中傷する人も減らない。 戦いは、まだ終わらない。

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2020年03月04日

ミッドサマー/MIDSOMMAR

 あの『へレディタリー/継承』のアリ・アスター監督最新作!、と聞けば気になります。 おまけに舞台はスウェーデン、しかも夏至。 なんかある、絶対なんかある、と思いますよね・・・期待しちゃいますよね。

  ミッドサマーP3.jfif 祝祭がはじまる
  5人の学生が招かれたのは、白夜に照らされた狂気の祭だった――
  恐怖の歴史を覆す“フェスティバル・スリラー”

 大学生のダニー(フローレンス・ピュー)は家族の問題を抱え精神的に不安定。 彼氏のクリスチャン(ジャック・レイナー)に頼ってばかりで、重い女になっててダメだと反省する。 一方クリスチャンは友人マーク(ウィル・ポーター)から「そんなメンヘラ女で大丈夫なのか」的なこと言われダニーとの付き合いを悩む。 そんなときにダニーに悲劇が襲い、クリスチャンは別れ話ができなくなってしまう。
 文化人類学専攻のクリスチャンは同級の留学生ペレ(ヴィルヘルム・ブロムグレン)の話を聞き、スウェーデンの夏至祭に興味を持つ。 ペレの故郷は人里離れた土地で独自のコミュニティを形成していて、今年は90年に一度の祝祭だというので。 クリスチャンはダニーが「行かない」というと思ってスウェーデン行きを誘うと、反してダニーは行くという。 同じく文化人類学専攻の学生を含め5人でその村へ行くと、色とりどりの花が咲き誇り、夜も太陽が沈まない。 村の人たちはみな親切で、ダニーは心洗われつつ、そんな自分に罪悪感を抱くのだった・・・という話。

  ミッドサマー2.jpg クリスチャン役の人・・・どこかで見たことがあると思ったら『シング・ストリート』のおにいちゃん! 役者魂を感じさせる役柄でした。 あと、ウィル・ポーターくんが『リトル・ランボーズ』の頃から顔はそんなに変わっていないのに体型・体格がすっかり“青年”になっていることにおののいた!
 物語の枠組みは基本的には『ヘレデタリー/継承』と同じ、ということにも驚いた・・・監督にとって語りつづけたい、描く意味のある内容なんだろうなぁ、と。 しかし前作よりも表現は洗練され音やショックシーンで驚かす場面は減ったような気がする(ショックシーンはもちろんあるのだが、効果音でより前振りをしなくなってる。 だから余計観る側は怖いんだけど)。
 また、村のつくり込みがなかなかです!

  ミッドサマー3.jpg 夏至祭のユニフォーム?
 太陽はずっと出ているけれど光は弱い。 だからソフトフォーカスかけたみたいな、白系の服の反射でよく見えないとか、明るいんだけど全体にぼわっとしてて細部が見えない、みな似たような恰好をしているので誰が誰だかわかりにくい、集団行動が基本だから個人行動がしづらいなど、最初はよくても旅行者たちは地味にフラストレーションがたまり・・・その頂点に近づくあたりで一気に話が動き出す。
 ペールトーンのカラーが中心の中、ある儀式用の小屋に貼られた黄色のキャンバス? ボード?がビビットで印象に残っている。

  ミッドサマー1.jpg 『ヘレデタリー』でのトニ・コレットばりに、顔面が崩壊(?)するフローレンス・ピューの顔芸(?)がすごくて、「こっちでアカデミー賞ノミネートでもよかったのでは・・・」と感じるほどの熱演。
 いろいろ触れるとネタバレになってしまいそうなので・・・あたかも植物が意志を持っているかのように動く場面はLSDやったらこうなのかな?、という疑似体験ができて大変コワかった。 村に昔から伝わるタペストリーや壁画の絵も絶妙なヘタウマ加減だし。
 あたしはダニーにいささか同情しましたが・・・おかげでクリスチャンの言動にイエローカードを出したくなりました・・・恋愛がこじれたり冷めてきた時期のリアルもあります! いたたまれません。
 でも、ダニーにとっては「自分はイカレてる」という不安と恐れがいつもあって、そんなときに自分よりイカレているかもしれない人の存在が救いになっているんじゃないのか(クリスチャンは理解してくれないし)・・・と、もの悲しくなってしまったですよ。 シュールなコメディみたいな感じにもなってるけど。
 だから彼女にとっては、ハッピーエンディングだったんじゃないかと・・・この先のことは、わかりませんが。
 エンドロールで、その村の長老みたいな男性の名前がビョルン・アンドレセンって読めちゃったんですが・・・まさか『ベニスに死す』のあの美少年ですか?!

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2020年03月03日

1917 命をかけた伝令/1917

 「全編ワンカット」というCM文句が独り歩きし、ほんとに全編がワンカットだと思っている人がいた・・・だけど観れば、全編ワンカットが無理な理由がわかる! 実際は平均4分〜8分のワンショット映像をデジタル技術でつないでいるらしい。
 でも、序盤は普通に始まるので一瞬ワンカット撮影方式だということを忘れたのだが・・・えっ、長いよ!、ほんとにこれ全部ワンカット?、つなぎ目がわからないよ! 違うとしたら塹壕のセットこんなに作ったの?!
 と、世界規模の映画の底力というか、レベル基準の高さを思い知る・・・。

  1917P1.jpg 走れ。

 第一次大戦中、1917年4月のフランス。 西部戦線で対峙する連合軍とドイツ軍。 ある日、地図の読めるイギリス兵ブレイク(ディーン=チャールズ・チャップマン)に極秘情報の伝令となるように命令が。 一昼夜でドイツ軍を追撃している部隊のトップであるマッケンジー大佐に前線突入という作戦中止を知らせること、間に合わなければブレイクの兄もいる何千人もの兵がドイツ軍に罠にかかり全滅する可能性がある、という。 一人では危険すぎるため、ブレイクが同行者として見込んだのが同じイギリス兵のスコフィールド(ジョージ・マッケイ)。 二人はバックアップなしに戦地を進み・・・という話。

  1917−3.jpg 簡易鉄条網、打ち棄てられた戦場のリアル。
 くすんだ空、泥地になった戦場跡には泥水の中に馬や兵士の死体が積み重なっている。 鉄線の棘に手をひっかけたスコフィールドの流れる血、傷ついた手を泥水に突っ込んでしまうけどそれどころではないパニック状態。 あぁ、破傷風にならないか、とドキドキする。 遺体にたかる蠅、走り去る大きな鼠。 こんな荒涼とした地にも鼠はいるのかと感心してしまうが・・・戦闘のあとの戦場とはこんな感じなのだろうな・・・とあきらめとともに受け入れる。 ブレイクとマッケンジーのように、あたしも二人と一緒に「来たことのない場所に来た」とおののくことに。

  1917−2.jpg 破壊され水没しかけている橋を渡る。
 全体的に沈んだ色調がメインであるため、時折トーンが明るくなるといいことが起こりそうな気がするが、それも長くは続かない。 ここはやはり、戦場だから。 いいことも悪いことも起こるけど、そもそも悪いところからのスタートだから本来ならば普通の出来事ですら、いいことに感じてしまう。

  1917−5.jpg マーク・ストロング!
 伝令はどんどん移動していくため、出会う人々もいろいろだ。 その中には「おおっ!」という豪華キャストもいてちょっとうれしい(でもすぐに気づけなくて、しばらくして「もしや」と思う。 最初に伝令となるように命令するのはコリン・ファースだが、エンドロールで名前を見るまで自信がなかった)。 みなさん暗がりだったり、薄汚れていたり、オーラ消し気味での登場。

  1917−4.jpg ベネディクト・カンバーバッチも喋り方が軍人っぽくて、他のと全然違った。
 中盤以降は暗転が入るなどして「ワンカットではない」ことが明らかにわかりやすくなりますが、観ている側はワンカットであるかどうかはどうでもよくなっていて、伝令は伝わるのか・仮に伝わったとしても作戦は中止されるのかが気がかりで。
 個人の無力さ加減がただごとでない。
 え、ラストそんななの!、と唖然とするが、なんだかこみあげてくるものが・・・。
 結局「戦争はやはりよくない」とかありきたりのことしか言えなくなるのだけれど・・・第一次大戦を生き残ってもこのあとに第二次があるんだよなとか考えるとつらくてたまらない。
 物語的には特に新しいことは何もないのだが、そのリアルタイムに立ち会った感。 観客にいかに<体験>をさせるか、というのが映画館で観る映画のひとつの目指す先なのかもしれないな。

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2020年02月29日

グッドライアー 偽りのゲーム/THE GOOD LIAR

 ヘレン・ミレンとイアン・マッケラン共演、監督ビル・コンドンという布陣。 もうそれだけで職人芸とか名人芸とか言葉が浮かぶ。 さぞ、いい感じのものを魅せてくれるんだろう、という暗黙の期待に、あたしは事前情報をなにも入れずに(最初の予告編だけは観ちゃったけど)、ただ映画館へ。

  グッドライアーP1.png 冷酷な詐欺師 夫を亡くした資産家

 出会い系サイトで会う約束をした二人、ロイ(イアン・マッケラン)とベティ(ヘレン・ミレン)は、レストランで楽しい時間を過ごしたあと、お互いサイト内では名前を偽っていたことを謝罪する。 そのうえでまた会う約束をして、美術館や映画館を訪ねる日々が続く。 だが、ロイはベテランの詐欺師で、資産家の夫の遺産を持っているベティに近づいたのだ。 ベティの孫スティーヴン(ラッセル・トヴェイ)の心配をよそに、ベティはロイに親しみを感じていく・・・という話。

  グッドライアー1.jpg お互い嘘つきであると最初から示される、だから“GOOD LIAR”。
 もうこの二人の共演というだけで、ニヤニヤ笑いが止まらない。 ベティはほんとに気のいい(いささかお節介気味の善意の持ち主で)、ロイときたらやたらチャーミング。 勿論、ロイの裏の顔は徐々に見えてくるものの、中盤過ぎまで「詐欺師」という言葉自体出てこない(ロイを詐欺師と呼ぶ人もいないし自分でそう言ったりもしない)。 彼が仲間とやっているひどいことがただベティの知らないところで展開していくだけ。 あぁ、無駄のない脚本ってこういうのか、とほれぼれ。
 ほんとにロイはひどいやつなのだ。 なのにやっぱりチャーミングでどこかにくめない。 イアン・マッケランだから? それがロイの詐欺師としての才能ならば、天職ということになるのか。

  グッドライアー4.jpg 心配するスティーヴンの気持ちもわかる。
 ベティ、いい人過ぎる! 過去の苦労などを全く感じさせないベティのどこか浮世離れしたお嬢様的な気質がかわいらしくて。 スティーヴンもベティが大好きだからいろいろするし、いいところも見せたいし、でもベティに嫌われたくないし・・・という葛藤もいい具合。 主な登場人物が多くないので脇役もしっかり描かれる感じ、大変あたしの好みです。

  グッドライアー3.jpg ジム・カーター、現代劇でも見慣れてきた。
 要所要所で演劇的手法がとられるのもニヤリ。 そう思うとキャスティングも舞台劇っぽい。 散りばめられる謎と生まれる推測、じわじわと提示される事実。 ミステリとしては完全なるフェアではないんだけど、「そっちへ行くか! でも手掛かりは確かにあった!」の繰り返しに(多少予測はできるけど)気持ちが翻弄されてしまい、ひどい話だというのに明らかになる謎に奇妙な爽快感が。
 あぁ、これぞミステリの本領!
 この語り口、この騙し方、好きです! 『ナイブス・アウト』よりも好みだ。
 それでもやはりロイはチャーミングで、あっけにとられるほど。 老醜を晒すイアン・マッケランに役者魂を見る。
 あぁ、やはり名人芸だった。 ビル・コンドン作品としては『ゴッド・アンド・モンスター』に匹敵する出来栄えだよ。

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2020年02月22日

AI崩壊

 去年の秋ぐらいから映画館にポスターとチラシ(載っている情報は少ない)があった。 入江悠監督の新作がやたら大作の気配、しかも原作なしの監督オリジナル脚本で。 これは成功してもらわないと困る、でも微妙にダメ感があるな、と思っていた。
 別に日本映画の未来を考えて、とかではなくて、入江悠監督結構好きだからなんだけれど、いざ公開され二週連続一位という結果はよろこばしかったが、韓国映画『パラサイト』がアカデミー賞作品賞を獲ったために「日本映画の今後」を観客も思わないといけない感じになり・・・このタイミング、よかったのかそうじゃないのか。

  AI崩壊P2.jpg その日、AIが命の選別を始めた。

 AIを専門とする科学者の桐生(大沢たかお)は人類を救う目的で医療AI<のぞみ>を開発したが、国の審査に落ちる。 <のぞみ>の運営を義弟の西村(賀来賢人)にまかせて娘とともに国を出た桐生だが、7年後の2030年、日本は<のぞみ>を国家インフラのひとつとして利用するまでになり、桐生に総理大臣賞が贈られることになり、桐生は久し振りに帰国するが・・・という話。

  AI崩壊6.jpg まずは<のぞみ>の新設された千葉のデータセンターへ。
 10年後の日本の“リアル”を描こうとした序盤(地方との格差拡大、AIに職を奪われた人々のデモなど)に寂しい気持ちになるが、人手不足や移民問題はスルーされているようだ。 脇役のキャスティングについニヤリとしてしまうバイプレイヤー好き(野間口さんにマギーとか、お約束すぎだが)。 ただ桐生の娘・こころの描かれ方が「死んだ母親を慕う娘」という記号でしかないのが大変不満。

  AI崩壊1.jpg 桐生さん、そのスーツどこから。
 『22年目の告白』ほどではないにしろ、ミステリ的謎解きのための描写は押さえてある(むしろ親切すぎるほどに)。 その分、それ以外の説明は結構飛ばされていて・・・「えっ、そこに行くまでは!?」と何回か絶句する。 え、えーっと、それでいいんですか?

  AI崩壊5.jpg それから大沢たかお版『逃亡者』に。
 うわぁ、撮影するの大変だっただろうな、とすごく感じてしまうのですが・・・物語的にはのめり込めないまま。 あたし自身が「AI(機械)は暴走しない(するとしてもそれもまた人間の仕業)」と昔から思っているせいもあるんだけど、“AI崩壊”をすぐそこにある危機として感じることはできませんでした。
 いや、むしろ“AI”という実現していないものについて描くことで、その手前のもの(監視社会や社会的・個人的ネット依存など)によりリアルな警鐘を鳴らしているのではないか、便利なものに頼り切り自分で判断することを放棄している人間の姿だよ・・・と考えることでガッカリ感を払拭する。 <のぞみ>のビジュアルは『ハーモニー』(Project Itohの映画版)を思い出し、そういうものの描き方はアニメのほうが先行しているのかもしれないと思う。 スズメバチのようなドローンは不気味でよかったです。 <のぞみ>の外部探知センサーがだんだん『2001年宇宙の旅』のHALみたいに見えてきたし。

  AI崩壊3.jpg 三浦友和は叩き上げ刑事として安定の存在感。
 結構な豪華キャスト揃いなのですが、豪華すぎて出番の少ない人も・・・特に芦名星や高嶋政宏もったいない。 でもキャラクターを深く描く余裕がないので、俳優陣のイメージを利用するしかないのか(勿論それがミスリードにもなっているのだが)。
 だけど今時「犯人はお前だ」的名指し・・・堂々と古くてドキドキするわ。
 入江監督、こんなんでいいのか・・・ともやもやして席を立つが、若いカップルが「すっごく面白かったね!」とはしゃいでいる。 大きなマーケットを相手にしようとすればこうしなければならないものなのか・・・と納得しそうになる。 いやいや、しかし。 最近の日本映画としては破格のスケールと予算でしょう、それが実現したのはすごいことですよ(それも東宝ではなくワーナー・ブラザーズ)。 だからこそもうちょっとなんとかならなかったのか、と思ってしまいましたわ。

  AI崩壊P1.jpg 最初のチラシ。
 大沢たかお、ほぼ出ずっぱりなんだからこのビジュアルでずっと押してもよかったのにな・・・まぁ、これだと完全に『逃亡者』か。
 実はあたしがすごく気になったのが、大沢たかおのショルダーバッグの肩ベルト。 調節金具のところを裏返しにかけてて・・・スタッフ誰か気づいて!、と思えども何度もあるので、「いや、むしろカバンをいつも裏返しにかけちゃう人なのか! 天才的科学者だからこそ身支度は気にしない、みたいな!」と納得しかけたが、ある場面でカットが切り替わった瞬間ベルトが正しい方向に(カバンの位置を直すなどの描写は一切なし)。 別に意図はなかったのか! がっかりだ!
 すみません、細かいことが気になりました。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする