2020年10月21日

マティアス&マキシム/MATTHIAS ET MAXIME

 グザヴィエ・ドラン新作、上映最終週になってやっと観に行く。 なんだかタイミングが合わなかった。
 劇場版『鬼滅の刃』が公開になって映画館に人が増えたし、本格起動という感じがする。 これを観に行った神戸国際松竹では『鬼滅の刃』をやってませんが、週末は全席開放してるし、検温チェックが厳しくなって「絶対に映画館ではクラスターを出さない」という意気込みを感じました・・・。

  マティアス&マキシムP.jpg その瞬間、恋に変わった。

 カナダ・モントリオール周辺。 幼馴染でずっと仲の良いつきあいをしてきたグループの中で、エリート弁護士の道を歩むマティアス(ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス)とバーテンダーのマキシム(グザヴィエ・ドラン)は中でも親友だった。 ある日、リヴェット(ピア・リュック・ファンク)の妹エリカが「映画を撮る!」と言い、でも俳優役の友人たちがとんずらしてしまったので、その役回りが急遽マットとマックスにまわってきた。 断り切れず、キスシーンを撮ることになった。
 12日後、マックスは仕事を探しに(出稼ぎ?)、オーストラリアに行くことになっていた。 二人に芽生えてしまった感情はいったい何なのか・・・という話。
 男同士の恋愛、というよりも、ずっと昔から家族のような仲間だったのに、そんな相手を好きになってしまってまわりとの関係が壊れないかと悩む感じは誰にでも起こることだし、なんとももどかしい恋愛映画だったなぁ。

  マティアス&マキシム4.jpg マティアス=マット、マキシム=マックス。
 マックスには顔に赤あざがあるのですが、あたしも大きくないけど足に赤あざがあるので、彼の気持ちちょっとわかる! というか彼視点で見てしまいました。 まるで目から血の涙を流しているかのようで、複雑な家庭環境にいることがビシビシと伝わる! マックスの母親役が『Mommy/マミー』の母親役と同じアンヌ・ドルヴァルなので余計に、マックスのつらさが胸に迫るのです。

  マティアス&マキシム2.jpg 幼馴染グループの関係性がいい!
 最初は・・・というか、みんなでわちゃわちゃと喋ってるシーンはだらだらしていて全然意味がないんだけど、おバカな空気感がじわじわと沁みてくる。 マックスのあざのこともみんな当たり前に受け入れていて、全員が存在そのものも受け入れている。 お笑い担当と思わされたリヴェットも実はすごくいいヤツで、あることで深く傷ついたマックスの手をぎゅっと握る仕草がものすごく自然だったし、みんな見直したよ!
 と、仲間たちのよさが伝わってくるにつれ、マットの不可解さに困惑する。 マットはマックスが好きなことを受け入れられずにじたばたしていることもみんなは受け入れているようなのに・・・マットのやってることはひどくないか?、と。 それもまた恋の理不尽さ故なんだけど、マックスの気持ちになったら「ちょっと待て! それはどういうことだ!」って言いたくなるんですよ。 感情が爆発する水の表現はとても美しいんですけどね。

  マティアス&マキシム6.jpg 赤あざって体温や血流によって色の濃さが変わる。
 だからものすごくマックスの感情が高揚したときにあざの色が濃くなるシーンは印象的で、よくわかる! 仲間内ではあざのことは気にしないけど、バス停など第三者から視線を感じてしまうとか・・・無遠慮な世間の目が集約されているのね。
 相変わらず音楽の使い方がツボ。 おもにフランス語だけどときどき英語が混ざってきてもすぐ英語だと気づかないネイティブ感(同じカナダ人でもフランス語と英語を話す人たちの間に深い川がある的な)、明らかに顔の売れたスター俳優がいないためのリアル感で、マットとマックスが実在するような気持ちになってた。 マックス、幸せになって!、と思わずにはいられない。

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2020年10月10日

ミッドナイトスワン/MIDNIGHT SWAN

 『007』新作が公開延期になってしまった(日本先行公開にならないかな、と期待していたのだが、甘かった)。 マジで映画界、ヤバいな〜。 だからこそ観に行けるものは行っておけと改めて思うのである。
 この映画については「草gくんがトランスジェンダー役らしい」という事前情報しかない状態だった。

  ミッドナイトスワンP.jpg 最期の冬、母になりたいと思った。
 新宿の夜の街。 ステージで“白鳥の湖”を踊り、ホステスとして働くナギサ(草g剛)は性転換手術のために貯金をしているが目標はまだ遠い。 ある日、地元広島の母親から電話があり、いとこのサオリ(水川あさみ)が育児放棄で警察沙汰になりそうだから、娘のイチカ(服部樹咲)をしばらく東京で預かってほしい、中学校の天候手続きも済ませ、本人も東京に向かっているところだという。 困惑するナギサだが、同居を余儀なくさせられ・・・という話。
 ナギサ側の話とイチカ側の話が別々に語られ、それが次第に混ざっていくのだが、見知らぬ二人が心を通わせるまでの過程には時間がかかるんだよ! 端折りすぎだよ!、と中盤あたりまでハラハラしっぱなし。 説明しようとしない、不親切ともいえる編集のため、いろいろ誤解を招きそうだから。

  ミッドナイトスワン6.jpg トモロヲさんのママ、最高!
 山口小夜子風の髪型と見事なつけまつげで喋り出すまで田口トモロヲだとわからず(声はそのままだからすぐわかるんだけど)。 ナギサの仕事仲間たちにもそれぞれ事情が・・・でもそれを描く時間はない。 通りすがりの酔っぱらいなど、類型的描写も多々あり・・・「えっ、多様性を描く映画においてもステレオタイプに描かれるキャラはいるの?!」とちょっと驚く。 そりゃ、誰しも人生の一場面においてはステレオタイプ的になっちゃう瞬間もあるだろうから、それをツッコむのはお門違いかもしれないけど、気になったよ! もしくはステレオタイプキャラは、この映画においてはどうでもいい人間ということなのか。

  ミッドナイトスワン2.jpg バレエが大きなウェイトを占める。
 広島のときにイチカがバレエを少し習ってたんですかね? 描写はないですが、そう推測される部分あり。 イチカのバレエがぐんぐん上達することで時間の経過を表現しているんだろうけど、実際にはどれくらいの時間が経過しているのかはよくわからない。 若者は短期間でも急激に成長しますね。 でも転校してきたばかりのイチカに絡んでくるバカ男子(これも類型的描写)に、イチカが教室の椅子を躊躇なくぶん投げたのは爽快だったよ!
 バレエ教室で一緒のリン(上野鈴華)とイチカとの複雑な関係は・・・ある場面で腑に落ちた(それまではよくわからなかった)。 なんだ、そういうことだったのか。 それ以降リンは三人目の主人公ともいえる立ち位置につくのだが、やっぱり時間が足りないよぉ。 イチカとリン、演じている二人がとてもよいので場面の足りなさがつらい。

  ミッドナイトスワン5.jpg その分、イチカとナギサのパートは増える。
 かといってめっちゃ幸せ、というわけでもない。 ほんのわずかな満たされた時間は長く続かない。 けれどその短い時間の心穏やかな気持ちたるや。 だから後半以降の、ナギサの身に起こる出来事の数々に、心をえぐられる。
 そもそもナギサの、イチカとの初対面時の態度はまったく褒められたものじゃない。 自分にとっては迷惑かもしれないけど、相手は子供だってこと忘れないで! ナギサは自分のことでいっぱいいっぱいで、ホルモン治療の副作用で苦しんでいたり、多分頑ななイチカの態度にかつての自分を見て頭に血が上っちゃったんだろうけど、大人としてそれはないわ。 そんな風に思うほどに、あたしはナギサを自分と同年代の女性として見ていた。 やたら仕草が“女っぽい”のは、女らしくしたいという気持ちの表れが過剰になってるのだろう。 ものすごいピンヒールのブーツで常に歩いたり、でもかばんはいつも同じもの・・・。

  ミッドナイトスワン4.jpg バレエの先生(真飛聖)の存在がほぼ唯一の救いだったけど・・・。
 彼女はイチカもナギサも普通の個人として向き合う。 相手を知ればそれは難しいことではないのに、「流行ってますよね、LGBT」とか言っちゃうやつは世の中にごろごろしていて、ほんと情けないわと殴りたくなる。
 そしてなにもそこまで・・・とナギサがまるで翼を折られた堕天使のように横たわる姿には心の準備ができていなかったので声が出そうになってしまった。
 エンディングでは救いがあるようなつくりだけど、そこに行くまでイチカはどんなに苦しんだのか。 省略したらいいってもんでもないぞ! 他にも、「えっ、そこ、そんな風になるの? なんで? それをまわりはどう受け止めたの?」と言いたかったシーンもあって、諸手を挙げて褒めたい映画ではないのだが、終盤のイチカの心身ともにいい方向へ成長したことに安堵を覚え、それまでの気になったところが薄らいでいくような気がしたのも確かだ。

 あぁ、と以前小日向文世さんがおかまの役をやった映画のことを不意に思い出す。 『非・バランス』って何年前だっけ?(調べたら2000年だった、小日向さんはこれで映像の世界で知られる役者になったのだ。 おかまの菊ちゃんといじめられ体験を経て他人に心を開かないと決めた女子の物語)
 マイノリティをめぐる状況はよりひどくなっているの? それとも映画がよりリアルな現実を描こうとしてるせい?
 理解は進んでいるようで進んでいない、と思い知らされる。 それがいちばんの衝撃だった。

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2020年10月02日

スペシャルズ! 政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話/HORS NORMES

 「『最高のふたり』の監督、エリック・トレダノとオリヴィエ・ナカシュが再び取り組んだ実話」ということで注目。 予告も結構繰り返し見せられてしまったし。 しかしうかうかしているうちに公開が終わってしまいそうな気配・・・急げ、ラストスパート!

  スペシャルズ!P.jpg 愛はどうだ!

 自閉症ケア施設<正義の声>は、他の施設が受け入れない子供たちも受け入れているため、運営代表のブリュノ(ヴァンサン・カッセル)はいつもおおいそがし。 友人のマリク(レダ・カテブ)はドロップアウトした若者たちを教育する団体<寄港>の代表で、<寄港>の若者たちは<正義の声>で働いていて協力し合う関係だ。 しかし<正義の声>は無認可で、ついに当局の監査が入ることになる・・・。
 あっ!、艦長(レダ・カテブ)、いた!! これか、この予告で観てたから「見覚えがある」だったのか・・・でも雰囲気は全然違うんだけど、それを同じ人だと認識できた自分、すごいな(あたしは人の顔があまり覚えられないタイプなので)。 というわけでマリク寄りで観てしまったかもしれない。 でもヴァンサン・カッセルもクセの強さが程よく抜けてきて、いい感じになってきてるなぁ。

  スペシャルズ!1.jpg ヴァランタンは自傷傾向が強いため、安全のためにヘッドギア着用を医師から決められている。
 この映画では、自閉症患者たちのことを詳しく説明しない。 ブリュノもマリクも他のスタッフたちも、患者それぞれに個別に対応して、「これはこうだから」みたいに分類しない。 個性を受け入れている。 むしろ、これまで薬をたくさん投与され病院や施設に閉じ込められてきた彼らに、自分を取り戻してほしいと思っている。 それを観客たる自分が状況を受け入れるのに少し時間がかかった。

  スペシャルズ!2.jpg <寄港>は元不良なやつばかりではなく、様々な事情で居場所を持てない若者たちが辿り着く場所。
 <寄港>の若者たちの個人的な事情にはあまり踏み込んでいないんだけど、察することはできる。 なので、「理解してもらえない」と暴れただろう彼らこそ、どうしていいかわからない<正義の声>の自閉症患者たちの気持ちに寄り添えるんじゃないのかと感じる。 彼らには福祉関係の資格もないけど、現場で学んでる。 またマリクもちょっと言い過ぎたりしてまったく聖人君子ではないのだが、自分の気持ちに正直で表裏がなく、若者たちにも全力でぶつかるし責任は自分が取ると腹をくくっている。 この人はいったいどうしてここに辿り着いたのか知りたくなった(ブリュノと友人になったのはお互いの組織が協力関係になったのがきっかけのようだ)。

  スペシャルズ!4.jpg ブリュノが何故<正義の声>を立ち上げたのかの理由は明かされる。
 自閉症のジョセフへの対応に疲れ切ったジョセフの母親が、たまたまブリュノに会って全部をぶちまけると、彼はジョセフを連れてキャンプに行った。 キャンプから帰ってきたジョセフは見違えるほどになっていたので、母親はブリュノを心底信頼している。 無認可なのも問題ない。 その分、ジョセフはかなりブリュノに頼り切っている・・・。
 ジョセフには少し知的障害があるのか、それと対人関係の距離感がわからない。 そういう人が仕事場にいるとしたら自分はどう振る舞えばいいのか・・・あまり経験はないけど、そういう人は「ちょっとクセがある」と思って「どういえば通じやすいか」を考えていたつもりだけど、仕事場でやり取りするだけだから。 ブリュノやマリクのように体当たりはしてないし、多分できない。

  スペシャルズ!3.jpg ヴァランタンの担当ディランの困惑と葛藤が<寄港>の若者を代表して描かれる。
 助けを必要としているのは<正義の声>の患者たち、<寄港>の若者たちだけでなく、ブリュノも。 頼まれたら断れず、施設の定員オーバーになるくらい患者を受け入れて(他に行くところがないから)、常に資金不足でスタッフへの給与も遅れがち。 いつも誰かが電話をしてくるから、プライベートの時間が皆無。 そこまでしないとできない、でも本来、それは行政側がやるべきことなんじゃないの? 摘発する前に助成すべきなんじゃないの?
 邦題は説明を過度にしないこの映画に反して説明調でダサいが、原題“HORS NORMES”は「規格外、枠から外れた」の意。 そもそもその「基準・規格」って正しいの?、というのがブリュノやマリクの主張であり、監督たちの想いでもあるのかな。
 「こんなん、日本では考えられへんわ」と映画館を出るときに喋っている人がいた。 それは、専門の勉強もしてなくて資格のない者が世話をすることか? トラブルを起こしかねない自閉症患者を町に一人でうろつかせること?
 いやそうなるべきなんじゃないの、日本でも。
 窓から落ちるのは電子レンジでよかった・・・。 そして観てよかった。

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2020年09月29日

ウルフズ・コール/LE CHANT DU LOUP

 あれ、こんな映画、あったんだ?! 潜水艦モノ、しかもフランス製!
 公開第一週なのに一日2回・・・もしかするとこれはすぐ終わるタイプ! 早く観に行かないとダメだ!

  ウルフズ・コールP.jpg それは、人類滅亡への呼び声――

 フランス海軍所属の潜水艦は、シリア沖で任務のため潜航中。 誰よりも優れた聴覚の持ち主で音声分析官として乗船しているシャンテレッド(フランソワ・シヴィル)は謎のソナー音を聞く。 まるで“狼の歌”のような音の正体は何なのか、艦長(レダ・カテブ)と副艦長(オマール・シー)の意見は相容れぬまま海上からの攻撃が。 その後、シャンテレッドは音の正体を探り続けるが・・・という話。

  ウルフズ・コール1.jpg 潜水艦ってかっこいい!
 冒頭、真上から海面を見下ろすショットで、透明度の高い海の中に潜水艦がいる。 でも一瞬、「あれ、クジラ? イルカ?」と思ってしまった。 そうか、あたしが潜水艦映画を好きなのは、潜水艦を巨大な海の生物だと感じているからか!
 じわっと海上に上がってくるのもいいが、急浮上して大量の海水が吹き上がる感じもいいよね!

  ウルフズ・コール2.jpg 艦長、かっこいい!
 この人、どこかで見たことがあるんだけど・・・と最初から考えていたのだけれど思い出せなかった。 とはいえ他にも見覚えある人多数、フランスのオールスターキャスト映画だったか。
 しかし潜水艦映画としては・・・陸に上がってる部分が多いな! 一回航海に出たらずっと海の中というのが潜水艦というものではないのか。 シャンテレッドくんの成長物語なのか?、と中盤はもうちょっとなんとかならなかったのか感。 いや、結果的に必要なシーンなんだけど・・・なんでだろ、『テネット』と比較しちゃってるのかな。 編集をちょっと工夫してほしかったかも。

  ウルフズ・コール3.jpg マシュー・カソヴィッツ、久し振り。
 しかしその中盤を乗り越えれば、怒涛の展開! 手に汗握る!
 説明が少なめなので序盤の作戦とかちょっとよくわからないのですが(それはあたしが国際情勢をよく知らないせい)、よくわからないからこそ「潜水艦の中では外が何も見えない」感覚がよりリアルに味わえるというか、やはりそこが潜水艦モノの神髄ではないかと。 さらに“民主主義国家の軍隊として、核を持つ抑止力”として行動する意味と覚悟を知り、ガツンと殴られたよう。
 これ、潜水艦映画の歴史を塗り替えたのでは!
 監督のアントナン・ボードリーは映画初監督、これまで外交官やグラフィックノベルの作者などをしていたらしい。 なるほど、軍事オタクに受けそうな詳細さ、マンガ的なほどよい大風呂敷具合、納得! フランス映画の新たなステージが来た!

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2020年09月23日

シチリアーノ 裏切りの美学/IL TRADITORE

 マフィア物は特に好きというわけではないんだけど(年々、血で血を洗う感じがしんどくなってきて)、予告で主役がピエルフランチェスコ・ファヴィーノじゃないかと気づいて。 よく知らないんだけど、なんだか好きな俳優さんなのです。

  シチリアーノ裏切りの美学P.jpg 真のプライド。そのために男は命を賭けた――
 1980年代、シチリアではマフィアの全面戦争が激化していた。 パレルモ派の大物トンマーゾ・ブシェッタ(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)は派閥争いの仲介に失敗したためブラジルに居を移して一見静かな生活を送っていた。 が、対立するコルレオーネ派はイタリア国内にいるブシェッタの親族や仲間に報復を繰り返し、ブシェッタ本人もブラジル政府に拘束・拷問の上イタリア政府に引き渡されることに。 マフィア撲滅を目指しているファルコーネ判事(ファウスト・ルッソ・アレジ)との会話に心打たれたブシェッタは、犯罪組織“コーザ・ノストラ”について語る・・・という話。
 現実に起きた出来事・実在の人物を基にしているため、そしてイタリア本国では有名な事件なのでしょう、説明がほとんどない。 字幕で名前と立場など出てくるけど、再登場の際まで覚えてはいられない。 なのに最後まで「?」に支配されることなく見入ってしまう。 なんだろう、勢い? 絵力? ゴージャスさがあるのよね、全体に。

  シチリアーノ裏切りの美学2.jpg ブシェッタ一族のパーティー。
 華やかな場面の裏で殺し合いは進む。 画面左下に数字がどんどんカウントアップされていき、「この数字はなんだ?」と思ったところで、殺された人が何人目の犠牲者なのかわかる、という。 殺された人の字幕が出るところは『仁義なき戦い』みたいです。
 鏡工場(?)で襲撃したりと残酷だけじゃなく鮮烈。 いや、だから余計に残虐なのかな。 R15+も納得。 ブラジル政府、マジか!、など、いろんな意味で唖然とする。

  シチリアーノ裏切りの美学1.jpg ファルコーネ判事が唯一の良心。
 ブシェッタとファルコーネ判事、二人のシーンはそんなに多くないですが、それ故に印象深くて。 ブシェッタが心を開く気持ち、わかる〜。 うーむ、これはほぼ出ずっぱりのピエルフランチェスコ・ファヴィーノが好きだから甘い評価になってしまっているのだろうか。 いや、イタリアの巨匠マルコ・ベロッキオ監督もきっとブシェッタ本人に魅力を感じたからに違いない。 それにしてもシチリアンマフィアって怖すぎる〜。
 そしてファルコーネ判事への悲劇に至って、「これって、パオロ・ソレンティーノ監督の『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』と同じ事件か!」と気づいた・・・そっちはマフィアを利用していた政治家がメインだけど、抗争は一緒。 だからわからないなりにもついていけたのかな?

  シチリアーノ裏切りの美学3.jpg 「精神病院」と呼ばれた法廷。
 ピエルフランチェスコ・ファヴィーノが石原裕次郎のように見えました・・・(『太陽にほえろ』のボス的な)。
 ガラスケースに入るブシェッタ、彼を「裏切者(原題“IL TRADITORE”)」とののしる大勢の構成員たち。 裁判長もあっけにとられるヤジ合戦だけど、それが成立しちゃう法廷ってなんなの・・・80年代おそるべし。
 カット割りも多く、時間も行ったり来たりするし、説明不足極まれりなんだけど、なんか美しさがある。 2時間半もあるというのに2時間以上あるような気がしなかった!
 誕生日パーティーでカラオケを歌うブシェッタ、やたら歌がうまい(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノも、ブシェッタ本人の映像でも)。 実際はもっといろいろあって、ブシェッタ側のより都合の悪いことは隠されてたりするんだろうけど、「ある勢力を終わらせる覚悟を持った人物」の姿を描こうとしたのだろう。

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2020年09月19日

TENET テネット/TENET

 クリストファー・ノーラン最新作『テネット』、初日レイトショーに行ってきました!
 ミント神戸とハーバーランドの両方で公開、時間も一緒なので前日深夜の予約数が少ないハーバーランドのほうに行くことに。
 久し振りのシネコン(最近シネ・リーブル神戸ばっかりだった)、人がいっぱい(しかも若者がたくさん)いることにちょっと目頭が熱くなったよ。 みんな『テネット』なのか、すごいなと思っていたら、『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の人でした。 OSシネマズオリジナルのトートバッグを買おうかと考えていたのだけれど、グッズ売り場の混雑に断念・・・。
 でも『テネット』も△になるくらいに観客は入っていたのです。 またOSシネマズは19日以降も一席あけ販売を継続予定とのこと。

  テネットP2.jpg ミッション <時間>から脱出せよ。

 あらすじは何も言えない。
 『インセプション』より難解だという噂は聞こえたのでちょっと身構えてたけれど、開始3分以内で世界に引きずり込まれた。
 これは映画館で観ないとダメなヤツ。 映像はもちろんのこと、音がヤバい。 効果音なのか音楽なのか、心臓の音なのかわからないくらい。

  テネット1.jpg ほぼアナログ撮影のスペクタクルシーン。
 「どうやって撮ったんだ」というのはノーラン映画の共通認識ですが・・・『インセプション』・『インターステラー』を上回る、むしろ集大成的な出来映え。 さらに「これ、COVID-19流行前に撮影できてよかったですね」とつい思ってしまう(感慨深くなる)シーンも多々。 しかも酸素呼吸器をつけている→口元が見えない→マスクを着けている、という劇中世界から日常へのヤバいリンク。

  テネット2.jpg いいスーツ。 イギリス人、ブルックス・ブラザーズを論外扱い・・・。
 ジョン・デヴィッド・ワシントンは『ブラック・クランズマン』で初めて知ったけど、時折にじみ出るコミカル感は彼独特のものらしい。 それまでどうしてたのかと思ったらプロのアメフト選手だったらしい。 そういえばデンゼル・ワシントンの息子はスポーツ選手だと聞いたことがあったような。

  テネット3.jpg ロバート・パティンソン、すごくよかった!
 予告の印象で「こういう役なんだろうな」と思った通りの方向の、でもそれ以上の役だった! 『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』でセドリックとして見たときの衝撃を思い出しました。
 ノーラン作品といえばマイケル・ケイン、彼が出てくるとなんかニヤリとしてしまう。
 他にも『イエスタデイ』の主役の人とか見たことある人が続出。 「あぁ、この人、明らかに見おぼえあるのに誰かわからない!」のはアーロン・テイラー=ジョンソンでした・・・だって年上感が出てたから。

  テネット4.jpg ケネス・ブラナー、特別出演枠かと思ってたら、めっちゃ重要な役だったんだけど!
 いろんな意味で驚愕する場面、多々。
 場面が切り替わるときの間は「大体これくらい」という慣例よりもかなり早めに。 だからどんどん前のめりになり、カットが速い分、次のシーンまでに起こっているであろう予測を含めてスキップする感じがこれまでにないつくりか。 省略されるのではなくて、時間が早回しで進んでいるような。 だから“逆行”のインパクトがすごいのか。
 SFとスペクタクルな映像がウリだけど、実は本格ミステリ ‐ パズラーなのがすごくうれしい。 「そういうことですよね!」とかなり早めにわかりましたが、何故そうなるのか論理的に説明しきれない・・・結論に飛びつきすぎて手掛かりをいくつか見失ってる? それとも直接描かれてないのか? でもあれはあの人だってわかってたんだよ!
 確認のためもう一回観に行かねばならんかも。 でもこの体験をもう一度するのはしんどいかも。
 映画館を出てからも、ものすごい高揚感で帰り道を辿った。 「『テネット』、ヤバい」とみんなに言わなければ。

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2020年09月16日

幸せへのまわり道/A BEAUTIFUL DAY IN THE NEIGHBORHOOD

 トム・ハンクスがアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた作品、何故か日本では地味な規模で公開・・・。
 マシュー・リスはドラマ『ブラザーズ&シスターズ』で全シーズン(6年ぐらい?)おつきあい、その後イギリスのワイン番組のレギュラーで出たのも2シーズン観てまして、個人的に親しみを感じている役者さんです。

  幸せへのまわり道P.jpg これは、実話に基づいた物語。ひとつの出会いが奇跡を呼び起こす。

 1995年。 ロイド・ヴォーゲル(マシュー・リス)はこれまで記者としていくつも大きなネタをものにしてきたが、気遣いのない取材はかなり反感も生んでいた。 8年前に結婚した妻との間に息子が最近生まれたばかり。 姉の結婚式に出向いたロイドは、そこで長いこと絶縁してきた父親のジェリー(クリス・クーパー)に会ってしまう。 母親と自分たち姉弟を捨てた(その後、母親は病死)ジェリーに対する怒りと憎しみが抑えられないロイド。
 その後、雑誌『エスクァイア』の依頼で、こども番組の司会者としてアメリカ中の人気者であるフレッド・ロジャース(トム・ハンクス)の取材でピッツバーグへ出発する。 フレッドは一筋縄ではいかない不可解な人物で、フレッドのほうもロイドが何か家族の問題を抱えていることに気づく・・・という話。
 フレッド・ロジャースは多くの人に知られた実在の人物ということで、似せにいってるんだろうなぁという気はしたけどご本人を知らないのでなんとも。 こども番組の人気者・・・日本でいうところの“のっぽさん”的な感じ?

  幸せへのまわり道3.jpg 人形はもうひとりの自分。
 フレッド・ロジャースは25年後の今の視点から観てもポリコレ的に正しい言葉を使う人で、それは相手を気遣うからこそ言葉を選ぶ。 無意識にも傷つけぬように。 不特定多数の子供を意識しているからこそ、固定概念や偏見を持ってほしくないという気持ち。 だから子供たちに、かつての子供たちにも好かれ、彼が歌う番組のオープニングテーマは広い世代に愛されているのだろう。
 しかし“聖人”と呼ばれるような人は昔からそうだったわけはなく・・・言葉に尽くせないほどの努力があったのだろうな、と思うと気が遠くなる。 そんな、過去にいろいろありそうな感じをトム・ハンクスが体現。 これまでのどの役とも似てないよ。

  幸せへのまわり道4.jpg クリス・クーパー、なんか雰囲気違ってない?
 詫びを入れに来たけど素直に謝れない父親・・・最初、クリス・クーパーだとわからなくて(ジェフ・ペリー ‐ 『スキャンダル隠された秘密』のサイラス・ビーン役の人かと)。 いや、でもサイラスじゃないなぁ、ハーヴェイ・カイテルっぽく寄せてるの?、とかいろいろ考えてしまい、クリス・クーパーだとわかった時の驚きと言ったら! 単にあたしがぼやっとしているだけなんですが、役者ってすごいわとあらためて感じてしまう。

  幸せへのまわり道1.jpg インタビューが終わっても、ロイドに会いに来るフレッド。
 見方によってはロイドはすごくイヤなヤツなんだけど、父親への怒りが燻ぶって今でもうまく処理できていないことが早い段階でわかるから、彼の子供じみた態度を「わかる」と思ってしまう。 だから慎重なフレッドの言葉を、「心の内を見せない」と感じていらだつ気持ちもわかる。 でもそうじゃないんだよ。 フレッドはロイドを思うから交流を断たないんだし。

  幸せへのまわり道2.jpg 父親の自覚。
 結果だけ見れば「いい話」。 ロイドはフレッドとの関わりを通じてかつての自分を見つめ、受け入れ、父親を許そうとする。 そして自らが父親として生きることを自覚し、行動が変わっていく。 息子を自分のようにしないために。 でもそんなロイドの心の過程がしっかり表現されているため、見ているあたしはものすごく苦しかった。 許すのは相手のためではなく自分のためなんだけど、そんなに早く受け入れないといけないんですか。
 いい話なのに・・・個人的に、結構メンタルに来てしまった。 マシュー・リスって家族に問題がある役が似合うというかうまいから。 漠然とした“ありがち邦題”だけど、これはなかなか忘れられない一本。
 子供番組の背景で使う<おもちゃのまち>の出来が素晴らしく、映画的にもとてもいい効果。 だからメタ要素も普通に理解できちゃうのかなぁ。

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2020年09月12日

ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー/BOOKSMART

 これもまた去年のハリウッド・エクスプレスで紹介されていた映画。 オリヴィア・ワイルド初長編監督作品ということで・・・役者だけでなく映画制作もやるんだ、と興味を覚えて。

  ブックスマートP.jpg 最高な私たちをまだ誰も知らない

 高校生のエイミー(ケイトリン・デヴァー)とモリー(ビーニー・フェルドスタイン)は一流大学への進学を決め、明日の卒業式を控えている。 しかし遊び放題で内心バカにしていた同級生たちもレベルの高い大学や企業に進路を決めていて愕然とする。 勉強しかしていないのに高校生活が終わってしまうことを悔い、学校の人気者ニック(メイソン・グッティング)が留守の叔母さんの家で開く卒業パーティーに殴り込み、青春を一晩で取り返そうと誓う・・・という話。
 BOOKSMART=紙の上では秀才、ガリベンの意。 話の進み具合がとてもパンク。 

  ブックスマート1.jpg 学校でいけていない人たちなのかと思ったら。
 モリーは生徒会長をやっていたし、エイミーは夏休みにアフリカでボランティアをしたりと日本の地味な高校生とはレベルが違うんですけど(自分の高校時代を思い返しても何一つ重ならない)。 しかもトイレが男女兼用(性別の区別がない)だったりと、もしかしてこの高校のレベルが無茶苦茶高いのでは?、と思わされ。

  ブックスマート3.jpg ま、こんなことをしてたやつらには負けたくないよね。
 特にこれといったエピソード満載ではないのに、ひとりひとりのキャラが立っているので、「こういう人、いるよね〜」とニヤニヤしてしまう。 ちょっと大袈裟にはしてあるけど、ステレオタイプではない個性。 エイミーもモリーもただの真面目キャラじゃないので(むしろ、結構ずれているところあり)、観客としてはどの視点で見るかによって変わってくるけれど、「どれも自分ではない」というのも他者を理解しようとするためには必要かも。 誰しも一面だけでは判断しきれないものを持っているから。

  ブックスマート4.jpg 演劇オタなこの人たちの話も観てみたい。
 いまどきらしく、LGBTQは当たり前視点が心地よい。 彼がカラオケで熱唱するのがアラニス・モリセットだなんて、胸が熱くなっちゃったわ(2019年に高校を卒業する人たちもアラニスを聴くのかと)。 いや、この話が2019年卒業とされたことに意味がある。 あんなバカ騒ぎ的パーティーができる最後の年かもしれないから。

  ブックスマート5.jpg 超お金持ちの息子ジャレッド(スカイラー・ギソンド)も愛すべきキャラ。 神出鬼没のジジ(ビリー・ロード)も面白すぎ。
 青春成長もののジャンルとしては特に新しくはないのだけど、現在的フラット視点で女子を主人公にしているところが推しポイント。 逆に、ごりごりマチズモな人には理解・共感ポイントがないかも。 若い人たちの未来には希望があふれていると(あふれていないといけないと)思います。
 帰って来てからアラニス・モリセットの『jugged little pill』をフルで聴き直しちゃった(映画に使われているのは“You Oughta Know”)、名盤!

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2020年09月07日

グッバイ、リチャード/RICHARD SAYS GOODBYE

 いかにもジョニー・デップありきの企画だよなぁ、どうしよう、と少し悩んだ。 しかし最近のジョニー・デップのリアルな感じを表現していることに価値があるわけで。 同時代を生きているというか、近い世代のスーパースターだから。

  グッバイ、リチャードP.jpg 人生はくそったれで、愛おしい。
  余命180日。残された時間をありのまま生きる男が見つけた人生の答えとは――。

 大学教授として文学を教えるリチャード(ジョニー・デップ)は、がんで余命六ヶ月であることを告げられる。 驚愕するリチャードだが、残りの人生やりたいことをやることにする。 毎日飲んだくれ、タバコも吸ってみて、学生からマリファナももらう。 講義の学生も選びに選んで少人数で実施。 娘のクレア(ゾーイ・ドゥイッチ)は急激に変わった父親にあきれつつ、何かが変だと思い始める・・・という話。
 思っていた以上に“小品”のつくりだった。 ジョニー・デップはほぼ出ずっぱりなのに“熱演”とか感じさせず、程よい力の抜け具合。

  グッバイ、リチャード1.jpg 受け入れられずにパニックになるリチャード。
 章立てのつくり、会話が中心で進む感じ、シニカル度合いなど、イギリスっぽいんだけど・・・でもアメリカかな?、と悩む。 大仰な構図とか、顔のドアップをあえて避ける感じとか。 あえて感情移入をさせないつくりにしているのだろうか。
 余命宣告されて人生をひっくり返す設定なら『ブレイキングバッド』が思い浮かぶけど、あれに比べればリチャードのやることは小者感丸出しなので冷たい目で見てしまうのだろうか。

  グッバイ、リチャード3.jpg ゼミ発表も外でやる。
 学生たちは以前のリチャードを知らないので、彼の無茶苦茶なやり方に「ぽかーん」なところはジェネレーションギャップそのものなのかしら。 学生たちがリチャードに触発されていい方向に成長、みたいな流れにもならないので、「そんなんでいいのか!」と思う。 特にある場面では、「それ、男ならいいのか?!」(女であればヤバイ―男であればいいという問題ではなくない?)とモヤっとしてしまった。

  グッバイ、リチャード2.jpg 親友のピーター(ダニー・ヒューストン)が超いいやつ!
 リチャードは病気のことを同僚のピーターにだけ話すんだけど・・・このピーターが繊細ではないけどすごくいいヤツで、彼の直球な言動がリチャードのひねくれ具合を照射する。 死を目前にしても、五十歳過ぎてても、人間はそう簡単に変われないという皮肉なのであろうか。 若い頃はいろいろあったけど、その後落ち着いたよね〜、と思われたジョニー・デップがまさか中年の危機で若いセクシー美人に走るなんて、やっぱり若い頃の感じは変わっていないのか、的な。
 そう感じられてしまうのはちょっと残念なんだけど・・・個人的には「モロ文系の人の苦悩って感じで合理性が見えなくて意味不明」って思えてしまったのがよくなかった(今ひとつ話に入り込めなかった)かなぁ。 ときどきいいことは言うんだけど、あまり心には刺さらない。
 というか、あのラストだと途中でリチャードが見つけたものが全否定されないかな? それでも、一度決めたことを貫き通すことに意味があるということなのか。 考えさせられはするけど、いまひとつ腑に落ちない映画だった。

posted by かしこん at 18:11| 兵庫 ☁| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月05日

赤い闇 スターリンの冷たい大地で/Mr. Jones

 旧ソ連関係のものが続いている感じ。 そういうタイミングってあるよね〜、ということで観てみることに。 ピーター・サースガードがどんな役回りなのか気になるし、ポスター右側の女性には明らかに見おぼえがあるし。

  赤い闇P.jpg 皆、狂うほどに飢えている――

 第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時期。 ジャーナリストとして身を立てたいイギリス人のガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)は、少し前にはヒトラーへの単独取材もしたことがあるのに今は政治家のブレーンの一人にすぎない状態。 世界恐慌のさなか、ソ連だけが好景気である謎を知りたくてジョーンズは単身モスクワへ向かい、ピューリッツァー賞を受賞したことのあるジャーナリスト、デュランティ(ピーター・サースガード)と知り合う。 モスクワにいるジャーナリストたちの生活ぶりに疑問を覚えたジョーンズは、ソ連当局の監視をかいくぐってウクライナを目指すが・・・という話。
 冒頭、謎の人物がタイプライターを叩いている。 それがジョージ・オーウェルで、書かれているのが『動物農場』であるとわかることで「はっ!」っとさせられる。

  赤い闇2.jpg <退廃>を絵に描いたようなモスクワ生活。
 ピーター・サースガード、いかにも何か含みがある人。 デュランティの同僚(アシスタント)のエイダ(ヴァネッサ・カービー)は社会主義の理想を信じている人。 見たことあるはずである、彼女は『M:I/フォールアウト』で慈善家を名乗りつつ実は闇の顔役だったあの女性ではないか。
 主な舞台はソ連なんだけど、心情の見える登場人物はソ連人ではないという。 権力側と報道機関の“協力”という名のおぞましい関係は、国民不在。 そんな中でジョーンズの“空気の読めない行動”がその異常さを炙り出していく。

  赤い闇5.jpg 極寒のウクライナ。
 まるで色のトーンを何段か落としたかのように、ウクライナの色は薄い。 ひたすら雪の白、それ以外はくすんだ灰の色。 まだまだ暑い時期であるが、ウクライナのシーンだけは観ていて寒さがガンガン伝わってくる。 しかしその寒さと飢えは命を奪うもので・・・ただ「涼しい」と喜んではいられなくてただただつらいのだ。
 だから能天気なイギリス人として普通に振舞うジョーンズに「それはまずいだろ!」と動揺しまくる。

  赤い闇3.jpg 彼が恐ろしい場面に出くわして実情を心底理解するまで、観ている側は彼の言動にハラハラドキドキすることになる。
 情報がないということは、こんなにも見えないのか。 同時代人のジョーンズよりも未来を生きるあたしたちのほうがソ連の、スターリン政権下のヤバさを知っているから彼の振舞いに非常識さを感じてしまうけど、それが当たり前なのだ。 そのこともまた恐ろしい。
 ウクライナの状況はまるでホロコーストのようだった(実際、ホロドモール ‐ ホロドが飢饉、モールが疫病の意 ‐ と呼ばれているが、これまで物語であまり描かれたことがない。 あたしも『チャイルド44』で知ったし)。 この場面に制作側の心意気を感じた。

  赤い闇4.jpg デュランティは現代人の象徴のようだ。
 かつては理想を夢見ていたけれど、あきらめて、受け入れて、自分の利益と保身だけを望む。 心身ともに蝕まれているとわかっていても。 エイダはまだあきらめていないけど・・・ソ連の監視を「Big Brother」と呼ばせるところにも現在視点の作為を感じますよ(ジョージ・オーウェルの『1984』で監視する権力をそう呼ぶ)。
 ジョーンズが実在の人物なので描けなかった部分もあって消化不良の面もあるけれど、実在の人物であるが故にエンディングテロップの衝撃が。 ジャーナリストとしての矜持が彼の中で芽生え、その気持ちで生きていったのか。
 最近、1935年には日本でも当時のウクライナ飢饉について著作が出ており言論界では知られていたという研究結果もあり、いくら隠蔽しようとしても事実は外に出てしまうことは明白なのだが、隠蔽しようとする側の存在が事態を悪化させることもまた明白。 それは常に起こり、これからも起こるのだ。 1933年ぐらいを描きながら、これもまた今を描いた映画。

posted by かしこん at 18:54| 兵庫 ☔| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする