2020年08月03日

カセットテープ・ダイアリーズ/BLINDED BY THE LIGHT

 これも公開延期になったひとつ、もとは3月後半予定だったかな? 80年代後半の音楽満載、的なニュアンスだったので観たかった。

  カセットテープ・ダイアリーズP.jpg ブルース・スプリングスティーンのロックに乗せて、僕は明日へ走り出す・・・
  1987年イギリス。移民の少年の人生を変えたのは、彼との出会いだった。実話から生まれた、爽快、感動の青春音楽ストーリー!

 1987年、イギリスのルートン。 ジャベド(ヴィヴェイク・カルラ)の一家はパキスタン系で、生活は厳しい戒律に縛られ、周囲からは移民に対する一部の偏見と差別にさらされていた。 おさななじみのマット(ディーン=チャールズ・チャップマン)の影響でペット・ショップ・ボーイズなどを聴いていたジャベドは、高校に入ってシーク教徒の同級生ループス(アーロン・ファグラ)からブルース・スプリングスティーンを教えてもらい、人生が変わる衝撃を受ける。

  カセットテープ・ダイアリーズ3.jpg 楽曲が刺さる過程をMTV風に表現。
 ブルース・スプリングスティーンに一気に傾倒していく感じが痛々しくなく見えるのがいい(自分の過去が照らされて「恥ずかしい」と思わなくて済んだ)。 でもそれはジャベドの毎日に極右ネオナチ系白人からの脅迫に近い圧力が潜んでいるからなんだが。 87年でこんな感じなのか・・・と。 そしてジャベドのお父さんもまた、人のことは棚に上げる感じの頑固オヤジで・・・本心では家族のことを思っているのでしょうけど、感情表現が下手すぎる! なので「町を出たい」と願うジャベドの気持ちがよくわかる。

  カセットテープ・ダイアリーズ4.jpg ところどころミュージカル調。
 高校生活!、いかにも青春!、って感じが懐かしくも楽しい。 突然のミュージカル演出にも、その流れに納得していない登場人物がいるのがすごくいい。 ミュージカルな感じって自分の世界に入っちゃっている人を描いているんだな・・・。 エンドロールで知るが、音楽はA・R・ラフマーン(『スラムドッグ・ミリオネア』の音楽の人)だったので納得。 パキスタンの音楽とかも的確だ。

  カセットテープ・ダイアリーズ2.jpg あ、マットの父は『イタリアは呼んでいる』シリーズのロブじゃん!
 ブルース・スプリングスティーンにはあたしは特に聴くきっかけはなかったけど、“The River”や“Hungry Heart”などは聞き覚えあり(『コールドケース』で使われていたからかな)。 名前と歌が一致したのは“Street of Philadelphia”からなので・・・「あぁ、こんなにすごい人なんだ」と改めて知る次第(家に帰ってから配信でベスト盤を聴いたら、ほぼ映画の中で使われていた)。
 原題の“BLINDED BY THE LIGHT”は「光に目が眩む」、ブルース・スプリングスティーンの歌詞から。 映画を観たから意味が分かるけど、『カセットテープ・ダイアリーズ』はいい邦題かも。 正統派の青春成長もので、あたたかい気持ちになるわ。

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2020年08月01日

パブリック 図書館の奇跡/THE PUBLIC

 『グレース・オブ・ゴッド』と同日公開、これも同じくらい観たいなぁと思ってました。 意外にも観客が多い! 東京や北海道では連日満席が続いているという噂・・・メディアに取り上げられたから? いい話っぽい感じだから? あたしは予告編を観るタイミングがなく、映画館のポスターで知って、「おぉ、エミリオ・エステベス監督作品!」と盛り上がりました。 前作『星の旅人たち』がよかったので。

  パブリック図書館の奇跡P.jpg 忘れられない夜になる
  大寒波の夜、行き場を失くしたホームレスたちが立てこもり!?図書館員の勇気があなたに≪希望≫を届ける――

 アメリカ・オハイオ州、シンシナティのある冬。 ホームレスに凍死者が出るような記録的な大寒波が来ていた。 開館中に暖を求めるホームレスたちを利用者としてコミュニケーションをとっていた公共図書館職員のスチュアート・グッドソン(エミリオ・エステヴェス)は、「シェルターも満杯でもうどこにも行くところがない、ここで一晩過ごさせてくれ」と訴えてくるホームレスの一団を前に、断ることができない。 しかしデモやテロなどと勘違いしたメディアは、スチュアートを危険人物として報道、図書館は警官隊に取り囲まれることに・・・という話。

  パブリック図書館の奇跡4.jpg 豪華キャストにびっくり!
 スチュアートの上司がジェフリー・ライト、市長選に立候補しているデイヴィス検事がクリスチャン・スレイター、市警の交渉人がアレック・ボールドウィン。 若い頃アイドル的な人気だった(あたしはリアルタイムでわかってはいないが)方々がいま共演する意味というか味わいというか、しみじみします。 でもそういうことを引きずった役柄ではまったくないので、個人的な感慨ですが。 エミリオ・エステベス、童顔の人はヒゲを伸ばしがち?

  パブリック図書館の奇跡2.jpg 本棚でバリケードをつくるのはいいけど、本は傷めないで・・・(ちょっとドキドキした)。
 てっきり「実話の映画化」ってやつなのかと思っていたけど、図書館で働いていた人のエッセイにインスパイアされたけど、脚本はエミリオ・エステベスのオリジナルで・・・地に足の着いた規模で時流にも合っていて、多様性と多面性を描きつつ話としても盛り上がって。
 なんとウェルメイドなんだろう!
 いわゆるハリウッド映画的な方程式とはちょっとズレがあるんだけど、『星の旅人たち』もそうだったのでそれがエミリオ・エステベスの個性なんだろうなと思う。 監督としてもっと評価されてもいい気がするんだけど(アカデミー賞に絡むとか)、タイミングが悪いのかな。

  パブリック図書館の奇跡3.jpg アレック・ボールドウィンも一時期ヤバい印象だったけど、安定したなぁ。 すごく安心して見ていられる。
 大寒波が襲っている極寒の冬、という設定なんだけど、雪が少ないうえ息の白さもないので寒さは体感できなかった・・・湿度が低いのだろうか(雪のない寒さの経験があたしにはないので・・・)。
 はっきり何かを言葉で主張するわけではない。 結論も下さない。
 ただ「図書館は民主主義の最後の砦」に、胸が熱くなる。
 図書館の“奇跡”は邦題のミスリードで、人権を強く支えてきた信念の積み重ねがあるから、起こるべくして起こったことだともいえるんだけど。
 日本で同じようなことが起こりえるだろうか・・・ホームレスの人が図書館のお手洗いを使ってたら苦情が殺到しそう。 ホームレスは住民票がないから市民じゃないとか言われてしまいそうだ、新型コロナ陽性になったことで責められたり誹謗中傷が起こってしまうみたいに。 誰でもなってしまう可能性があるのに、何故自分は未来永劫安全圏にいられると思えるのか。 新型コロナだけじゃなく、別な病気になったり経済的に困窮したり、自分が弱者になる可能性は常にあると自覚していたら他人を責めたりできないのに。 日本にはPUBLIC精神は根付いていないのか・・・と考えてしまうよ。 いや、アメリカでも根付いてないからこういう映画ができるのだろうけど。

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2020年07月26日

グレース・オブ・ゴッド 告発の時/GRACE A DIEU

 フランソワ・オゾンが実話を描く!、というのはすごく意外で、だからこそ余計に「作らなければならないもの」だったんだろうなぁ、と。 日本公開はまだ先だと思っていましたが、いつの間にかその日は来てしまうようです。

  グレースオブゴッドP.jpg 沈黙は、捨てた。
  フランスを震撼させた神父による児童への性的虐待事件。深いトラウマを抱えて生きてきた男たち。その告発のゆくえは――?鬼才フランソワ・オゾンが挑む、衝撃の実話。

 フランス、2014年。 40歳になったアレクサンドル(メルヴィル・プポー)には妻も子供もいてそれなりの仕事もあり生活は順調だったが、ある日、子供の頃ボーイスカウトの同期からプレナ神父(べルナール・ヴェルレー)に「きみも体を触られたことがある?」と尋ねられた。 それをきっかけにその当時プレナ神父から受けたことを思い出したアレクサンドルは、今も彼が神父として子供たちに接していることを知り、憤りと恐怖を覚える。 自分の被害(あれは性的虐待だった)を伝えるため教区のトップであるバルバラン枢機卿(フランソワ・マルトゥーレ)に面会を求め、プレナ神父を処分するように訴える。 だが何も起こらないため、アレクサンドルは裁判所に告訴状を提出し、警察が動き出すことに・・・という話。
 “プレナ神父事件”については何も知らなかったのだけれど、フランス版『スポットライト』という認識。 加害者である神父に何もしない、むしろ隠蔽する教会という図式がほとんど一緒なのは、国の違いではなく「カトリックだから」ということなんだろうか。

  グレースオブゴッド4.jpg 苦悩していても信仰は手放さないアレクサンドル。
 裁判が進行中で最近の出来事ということもあり、映画として堅実、むしろ地味なつくり。 かといってドキュメンタリー調というわけでもなく・・・ひたひたと静かな緊張感に満ちていて精巧。
 アレクサンドルが行き詰ってからは被害者の一人フランソワ(ドゥニ・メノーシェ)の視点に代わり、その後エマニュエル(スワン・アルロー)が登場するという主人公交代パターンが効果的。 完全に切り替わるわけではなく、三人がお互いに信頼し合うようになる過程が事件とその背景の重層的理解を助ける。

  グレースオブゴッド5.jpg 沈黙しない被害者の会
 『スポットライト 世紀のスクープ』と違うのは、マスコミ側の姿がほとんど出てこないこと、ほぼ被害者側の視点であること。 フランソワは信仰を捨て、教会に対する怒りを常に抱えている。 「あ、この人、『ジュリアン』のお父さんだよ」と気づいてからはフランソワがいつぶちぎれるかドキドキしまくりだったけど、エマニュエルも精神的に不安定な人なので気が抜けなかった。 被害者であることに苦しむ人の姿というか、被害を受けたこと自体(何故防げなかったのかとか別の道があったのではないかとか)が更に本人をさいなむのだという明らかな事実を目の当たりにする。 あぁ、これは違う立場の人にわかってもらうための映画だ。

  グレースオブゴッド2.jpg 「神の恩寵によりほぼ時効です」と口を滑らせたバルバラン枢機卿。
 あ、タイトルってここからきてるのかしら(GRACE A DIEU=GRACE OF GOD=神の恩寵)、なんて皮肉な。
 本国での公開は2019年だけど、2020年に入ってからの裁判のこともエンディングテロップでは触れられている。 別の国での公開に合わせて情報が常にアップデートされているのなら、それがフランソワ・オゾンの誠意であり覚悟だという気がする。 映画として自分の好みよりも被害者たちの気持ちを尊重した。 けれど映画としての満足度は高い。

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2020年07月24日

AKIRA 【デジタルリマスター版】/AKIRA

 これまでを取り返すように映画を観に行っているが、それでも観たいもの全部を押さえられない。 ついに一日三本観ちゃったよ。 新作は押せ押せだし、映画館で観たことのない過去の名作も公開されている。 映画館で、大スクリーンで見る意味ってあるよねぇ。 というわけで昔レンタルビデオで観たっきりの『AKIRA』リマスター版も時間があったので観た。 意外にも観客は少なくなく、年齢幅もバラバラで、『AKIRA』って存在は伝説なのねと実感。
 109シネマズHAT神戸は一人ひとり体温を測られた。 込まないこと前提の仕組み、過渡期故のやり方。

  AKIRA P2.jpg もう始まっている、もう止まらない・・・
 新型爆弾が使用され、第三次世界大戦が勃発した1988年7月から31年がたった。 東京湾に作り上げられたメガロポリス=ネオ東京では翌年2020年にはオリンピック開催を控えている。 ある夜、ネオ東京郊外に不良少年金田(岩田光央)をリ一ダーとするバイクの一団が走り込む。 無人だと思っていた路上に奇妙な人物が現れ、鉄雄(佐々木望)が転倒し意識をなくす。 奇妙な人物は軍に追われていて、金田たちの目の前で鉄雄とともにヘリで運ばれて行ってしまう。 金田は鉄雄を探すが・・・という話。

  AKIRA3.png バイクのシーン、印象的。
 デジタルリマスターと聞いていたけど・・・絵がそこまでじゃなくない?、と最初は思った。 あの当時でも絵が精密という評判だった記憶があったので、「あれ、こんなもんだった?」みたいな。 でもわりとすぐに違和感はなくなった。 CG絵に見慣れていた目が、セル画の見方を思い出したかのように。
 あと映画館の設備のせいであろうか(109シネマズは他のシネコンよりちょっと音がいい気がする)、音楽・音響がすごく迫ってくる感じ。

  AKIRA2.png AKIRAといえばこの人たちです。
 もともとのマンガも読んでいないので、当時は全然意味が分からなかったんだけど・・・今もしっかりわかったわけではない。 でも「あ、これってなんか戦後〜東西冷戦時の価値観っぽい」と感じたところがあり・・・良くも悪くも時代は変わったというか、時間は経過しているのだとしみじみする。

  AKIRA1.png 終盤のこの感じはハラハラです。
 その後の様々な映像作品に影響を与えていることも実感。 これってあれだよな、といろいろなものが浮かんだ。
 声のみなさんも若くて、佐々木望どころか小山芙美ですらちょっと考えないとわからなかった。 石田太郎と玄田哲章も区別がつきにくいよ。 そんな中、ドクター役の鈴木瑞穂にニヤニヤが止まらない(この安定感が素晴らしいのです)。
 鉄雄の哀しみが痛く、金田への感情が薄いのは最初に観たときと同じかも。

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2020年07月20日

チア・アップ/POMS

 あぁ、これはいかにも系かなぁと思ったけど、そういう明るくハッピーな気持ちになれるやつが今は必要かも・・・と。 そろそろ上映回数が朝一回になってしまいそうなので、仕事が暇だから休みを取って観に行く。 一足早い夏休みというわけでは実はない(ほんとに今はすごく暇なのである)。 こういう生活に慣れてしまいそうでコワいんだけどね。

  チア・アップP.jpg 今、わたし史上最高のとき
  平均年齢72歳のチアリーディング・チームが起こした最高のキセキとは――?

 天涯孤独のマーサ(ダイアン・キートン)はほとんどの荷物を売り払い、整理してジョージア州のシニアタウンに引っ越してきた。 シニアタウンとはまさに「老人の町」−仕事をリタイアした方々がアメリカ各地から集まって暮らす町だ。 日本の老人ホームの拡大版、<やすらぎの郷>みたいな感じ(アメリカ各地にこういう町があるようだ)。
 残りの人生を静かに本を読んで暮らしたいと考えていたマーサだが、初日からお節介でマイペースすぎる隣人シェリル(ジャッキー・ウィーヴァー)に生活をかき回される。 関係を断ちたいとマーサは考えるが、シェリルの気のよさを知り、根負け。 そんなシェリルは、マーサがかつてチアリーダーの夢をかなえかけたのに家庭の事情で断念したことを知って、「今からやれば?」という。 町の決まりで新たなクラブをつくるならメンバーは最低8人必要とのこと、二人はチラシをつくってオーディションを実施、集まった8人は平均年齢72歳。 周囲の冷たい視線を浴びながらも、チアリーディング大会出場を目標に練習をする・・・という話。
 話は王道です。 『フル・モンティ』、『カレンダー・ガール』、『シンク・オア・スイム』的な「みんなで力を合わせて頑張りましょう」的な。 あとはダイアン・キートンを楽しむ映画。

  チア・アップ2.jpg 先住者たちは押しが強い。
 年齢が上がっていくと人は(特に女性は)服の色がどんどん派手(明るい色や柄物)になる傾向にある。 でもマーサはブルージーンズに濃いめのダンガリーシャツとか、チョコレートブラウンのハイネックセーターやカーキ色・ベージュのシャツなど、完全にアースカラー。 原色は着ない!、というかのようなポリシーを感じてどよめく。 これがその年代のファッションリーダーならば、見習う人たちにスタイルのよさや髪の手入れなどを要求しているわけですよ。 でもジャッキー・ウィーヴァーはピンクとか柄物も着てやたらチャーミング。 目指すならどっちかですよ、ということか。 ジャッキー・ウィーヴァーはお年の割に声がいつまでもかわいいのよね・・・どうなってるの。

  チア・アップ1.jpg 原題“POMS”は両手に持つポンポンのこと。
 リタイアして、人生の締めくくりを考えざるを得ない場所で、「何故チアリーディングなのか?」は実はあまり重要ではない。 きっかけはマーサの後悔だけど、一緒にやれる仲間がいることが楽しいわけで。 夫や子供に反対されても、「自分がやりたいことをやりたい!」という気持ちでやりたいのだ。 そんな“女の友情”がいちばんのテーマでしたよ。
 反対するある息子がメンバーの一人に「この尻軽女」と口走ってしまい(そのような事実はない)、それを聞いたメンバー全員が「なんですって!」と意図せず声を揃えて同じテンションで怒った場面に、なんだかあたしはじわーっと泣きそうになってしまいました。 そこから、涙腺は緩みっぱなし。 女の友情に弱いぜ・・・。

  チア・アップ3.jpg おそろいのユニフォームなら、気持ちも上がるし統一感が出ます。 本物感も漂う便利モノ。
 平均年齢72歳の振り付けはある程度分かりやすく、見ている側も真似したくなる。 一緒に踊りたくなる。 『USA』や『恋』ダンスみたいなノリは世界共通らしい。
 エンディングで、世界各地の人々がマーサたちのチアリーディングの動きを踊って、その動画をネットに投稿しているのがどんどん出てくる。 それが、まるでリモート出演のようで・・・意図しないところで時代に追いついてしまっていました。

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2020年07月18日

透明人間/THE INVISIBLE MAN

 リー・ワネルが『透明人間』を撮る!
 『SAW』、『インシディアス』とソリッドシチュエーションの中、ミステリ的に正しい脚本を書いてきた人物が『透明人間』を。 ニヤニヤしちゃうわ〜。 すごい楽しみ! ワクワクして映画館に出かける。

  透明人間P.jpg 見えるのは、殺意だけ。

 セシリア(エリザベス・モス)は天才的な科学者で大富豪のエイドリアン(オリヴァー・ジャクソン=コーエン)の豪邸で同居しているが、彼のDVや支配に苦しんでいて、ある日、ついに家を出る計画を実行する。 妹のエミリー(ハリエット・ダイアー)の手を借り、幼なじみのジェームズ(オルディス・ホッジ)の家に身を隠すが、エイドリアンの気配を感じるなどのトラウマに苦しめられる。 
 その後、エイドリアンの兄で弁護士で財産管理人のトム(マイケル・ドーマン)からセシリアに手紙が届く エイドリアンはセシリアに拒絶されたことで自殺し、彼女に莫大な遺産が残されたというが・・・という話。

  透明人間2.jpg 冒頭から、セシリアの圧迫・恐怖感がただ事ではない。
 断崖絶壁に建つ大豪邸から逃げることがどれだけ大変なのかを説明ではなく映像で見せる感じがよい。 ちょっとずつ豪邸具合や警備の仕組み(それはそのままセシリアの逃亡の邪魔になる)、エイドリアンの偏執度合いもわかってきて、逃げようとする彼女を全力で応援したくなる。 エリザベス・モスというキャスティングが絶妙! 彼女の身体の厚みって存在としてすごくリアルを感じさせる上、とにかく魅力的。

  透明人間1.jpg こういうシーンはお約束なのか。
 エイドリアンの専門が光学だとわかるところで「透明人間ってそういう仕組みか」ともわかってニヤリとするわけですが・・・具体的な説明はないんだけど(ま、できないけど)、最小限の描写で最後まで突っ走っちゃうところが好き。 勿論、伏線はきっちり引いてあるのでネタ割れはしてしまうんですが、それはあたしがリー・ワネル的なやり方に慣れてしまっているせいかもしれない(好みが似ているからですかね)。

  透明人間3.jpg それでもハラハラします。
 音楽で驚かす系のところもあるんだけど・・・例えばドアが開いて、誰かが触ったかのようにチェーンがぶらぶらと揺れるシーン、勝手に悪ドアは『インシディアス』では幽霊か悪霊によって引き起こされたとして描かれたけど、それがここでは「人間のせい」なんだよなぁ! 「なによりも、恐ろしいのは人間」っていうのを実感するわ。

  透明人間4.jpg そしてサヴァイヴァーの物語でもある。
 勿論、荒唐無稽ともいえる場面はありますが、それも含めての『透明人間』。 本質的なところではH・G・ウェルズの原作をきっちり踏襲している気がする! 子供の頃、福島正実訳の『透明人間』を何十回と読んだあたしはそう思いました!
 とはいえ、快哉を叫ぶためには「目には目を」的な概念から抜け出せないのか・・・という気持ちもあり。 ポリコレ的目くばせがしてあるからこそ、憎しみの連鎖から抜け出せない根深さに戦慄する。

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2020年07月16日

ペイン・アンド・グローリー/DOLOR Y GLORIA

 ペドロ・アルモドバル監督の自伝的映画かつ集大成と聞けば、どうしても観たくなる。 ていうかアルモドバルってもう70歳なの! でもなかなか時間が合わず、駆け付けたのはシネ・リーブル神戸の上映最終週、レイト枠。 20:50スタートということもあり、上映最終週だし、で観客はあたしひとりでした・・・なんだか大変申し訳ございません。

 ペイン・アンド・グローリーP.jpg それは人生のはじまり。

 映画監督としてスペインだけでなく世界に評価され、巨匠と呼ばれるようにもなったサルバドール(アントニオ・バンデラス)だが、耐えられない脊椎の痛みに襲われるようになり、疲れ切ってしまい長らく映画製作から遠ざかっていた。 何もしない日々、サルバドールは幼い頃の母(ペネロペ・クルス)の記憶や、子供の頃に住んでいたバレンシア地方のことを時折思い出していた。 そんなとき、32年前に撮った映画『風味』の再上映企画が舞い込み、当時の主演俳優アルベルト(アシエル・エチェアンディア)に会いに行く。 アルベルトとは映画製作時、演技プランで対立して以来犬猿の仲だったが・・・という話。

  ペイン・アンド・グローリー2.jpg 遠目だとアントニオ・バンデラスだとわからない。
 髪が短い・白髪まじり、筋肉見せない、姿勢よくない、など、年くっただけじゃなく役作りですよね、と思うけど、観ていてアントニオ・バンデラスであることを忘れます。 背中の痛みに耐えかね、合法的鎮痛安定剤(病院で処方されるやつ)を何種類もすりつぶして粉にして飲む。 でも効かなくてヘロインにも手を出す・・・など前半はサルバドールの落ちっぷりが痛々しい。
 時間が経過してるから、アルベルトとサルバドールの関係も軟化。

  ペイン・アンド・グローリー3.jpg アルベルトはフェデリコ(レオナルド・スバラーリャ)と出会う。
 サルバドールの随筆(小説?)『中毒』をもとに一人芝居をしたいというアルベルト。 自分の名前を出さないでくれるならと承知するサルバドール。 でもそれが、思いもかけぬ出会いを連れてくる。 サルバドールの子供のある時期の記憶、マドリードに出てきて一人暮らしを始めて映画も作り始めたある時期、そして現在と、大きく三つの時期を中心に描いてるけど、それがとても有機的で、描かれていない時期のほうが長いんだけど不足に感じない。 今のサルバドールにとって人生のターニングポイントだったんだろうと。

  ペイン・アンド・グローリー1.jpg アルモドバル映画には、目がつぶらな美青年がだいたい登場するが・・・監督の好みなんだね、と納得。
 鮮やかな色彩、独特のカメラワークなど、変わらないアルモドバル節の中に心温まる感動のエピソードあり・・・これまでにない感じ。
 だから美しいラストシーンには、うっかり涙してしまいました。 サルバドールが映画への情熱を取り戻してくれるなら、アルモドバルもまた・・・と、今後が期待できるという気持ちに。

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2020年07月15日

一度も撃ってません

 えっ、石橋蓮司初主演作なんだ。 今までもありそうだけど・・・ドラマではあるのかも、映画としては初、ということか。 阪本順治監督作品。

  一度も撃ってませんP.jpg 噂のヒットマン!? でも本当は売れない小説家

 純文学でデビューした小説家の市川進(石橋蓮司)だが、その後は鳴かず飛ばずで、“サイレントキラー”という殺し屋の一挙一動を列記するハードボイルド小説に転校してかなりの年数になる。 毎夜、ハードボイルドなイメージで夜の街を徘徊する市川には、「伝説のヒットマン」という噂があった・・・という話。

  一度も撃ってません4.jpg ハードボイルドにバーを訪ねる。
 カウンターの奥にいるのは元検事の旧友の石田(岸部一徳)で、一筋縄ではいかないキャラクターはさすが。 というか最初はほんとにヤバいヤツ感があふれているのに、だんだん本質が見えてくるってのがおいしすぎる! っていうかかっこいい! すごいな、岸部一徳!
 それに対して市川はナレーションがかっこよくて面白いんだけど、市川本人の深みがあまり感じられなくて(それにも意味があることがあとあとわかるんですが)、石橋蓮司の佇まいに頼りすぎじゃない?、ってちょっと思ってしまった。

  一度も撃ってません2.jpg 元ミュージカルスターのひかる(桃井かおり)を含めた三人は学生時代からの仲間。
 学生運動をしていた時期を共に過ごした・・・というのが強固な友情の土台のようで、各世代にいろいろな何かがあるのでしょうが、あの世代の方々には非常に特別な何かなんだな、と。 下の世代である私には全然わからないのですが。
 着飾ってバーを訪れる時間こそ「ほんとの自分」と輝くひかるの、まったく輝かない昼間の姿に度肝抜かれる(桃井かおりが富士そばで働くおばあちゃんだった!)。 シャレで作った映画です、と見せかけながらちっとも手を抜いていないんですよ。

  一度も撃ってません3.jpg こんな親子共演でいいの?
 市川の担当編集者(佐藤浩市)も定年が迫ってきたため若い編集(寛一郎)に引き継ごうとする・・・という世代の差を強調するためのキャラクターだったけど、上と下に挟まれてぼやくだけの佐藤浩市は面白かった(強さとか説得力とか全然なくてつい物足りず、そういうものを求めてしまっている自分の気づく)。 一緒の場面はなかったけど柄本明と柄本佑もちょっと出てくるし、江口洋介も妻夫木聡もいるし、ほんとに豪華キャストなのです。

  一度も撃ってません1.jpg あれ、『インファナル・アフェア』?
 その中でもサイコーなのが豊川悦司なのです。 出てきた瞬間、「おや、この人・・・トヨエツか!?」とわかってからずっと笑いっぱなし。 このトヨエツだけで観た価値があった。 この髪型、『ミッドウェイ』の撮影時期と近かったのかしら。
 ミステリとしてはタイトルでネタバレなのでミステリとしては観ないけど(ミステリ要素を一人で背負っていたのは岸部一徳かも)、それなりの伏線がきっちり張られていた。 ベテラン脚本家丸山昇一の腕を見る。 Jazzyな音楽はあまりにも狙いすぎかな、と思うけど、そういうカッコつけも許せてしまうのがこういうお遊び映画なんだろうな。 ただ、受け付けない人がいるかもしれないのもちょっと感じる。

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2020年07月13日

エジソンズ・ゲーム/THE CURRENT WAR:DIRECTOR'S CUT

 ベネディクト・カンバーバッチとマイケル・シャノン共演というだけで観たい。 もともと4月10日公開予定だった・・・3か月遅れた。 まぁ、大作じゃないから順番に公開されるってことでもあるんだけど。

  エジソンズゲームP.jpg 未来を照らすのは、誰だ。
  勝つためならルールは無用。究極のビジネスバトル。

 1891年、白熱電球による明かりを公表した発明家のトーマス・エジソン(ベネディクト・カンバーバッチ)は伝統の事業化を始める。 その際、送電には直流が適していると考えていたが、実業家のジョージ・ウェスティングハウス(マイケル・シャノン)は遠くまで送電するには交流のほうが安価で適していると考えた。 直流と交流、どちらが世界に選ばれるのか。 エジソンは交流の危険性を訴えるが・・・という話。
 “メンロー・パークの魔術師”など、聞き覚えのある言葉に「おおっ」となり、電気のビジュアルには『プレステージ』(クリストファー・ノーランの)を思い出させる。 あれにもニコラ・テスラが出てきたしね。
 電灯のない時代の暗闇、これがこの映画の価値か。

  エジソンズゲーム3.jpg ベネディクト・カンバーバッチ、いい男感ゼロ。
 あえて封印ということなのか、エジソンを偉人として描かない方針なのか、この映画のエジソンは自分の発明に固執する偏屈な人物(実際もそれに近かったのかもしれない)。 仕事中心、愛情はあるけど家族は後回しという古い日本人的な感じがちょっと懐かしく思えるほど。 それにしてもベネディクト・カンバーバッチ、こんなに背が低かった?、とずっと気になって仕方なかった(なんか映像いじってますか)。

  エジソンズゲーム2.jpg いかにも悪役っぽい見掛けながら、紳士的なウェスティングハウス。
 実業家として目指しているものは非常に今日的。 ウェスティングハウスとエジソン、それぞれの妻のタイプも対照的で、時代というか運命的なものを感じさせますね。 実はビジネスは結構どうでもよくて(直流と交流の違いも説明しないから)、エジソンとウェスティングハウスというまったく違う二人の対比を描いたもの。 マイケル・シャノンが渋くてカッコいい! エジソンをディナーに招待したのにすっぽかされる場面は傷心過ぎる!

  エジソンズゲーム5.jpg 不遇なニコラ・テスラ(ニコラス・ホルト)はこの映画でもやはり不遇だった。
 投資家JPモルガン(マシュー・マクファディン)の存在が、モノづくりより投資のほうが儲けられる時代の到来を告げていてなんだか悲しくなる。 でも邦題『エジソンズ・ゲーム』自体も『イミテーション・ゲーム』に乗っかった安易さでJPモルガン的ではないかとまた悲しくなる・・・。

  エジソンズゲーム1.jpg 身長差、おかしくない?
 エジソンの秘書サミュエル・インサル(トム・ホランド)の誠実さが救い・・・。
 ウェスティングハウスとエジソンが協力し合って電気の普及に努めていたら、もっと良いものができたのでは。 つい、そう思ってしまいますよ。
 しかしタイトルに何故『DIRECTOR'S CUT』が入っているのだろう、と不思議だったけど・・・この映画にはバージョンが3つあり、これは108分のインターナショナル版とのこと。 初号は2017年トロント映画祭で公開されたけど、当時のプロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインに編集に口出しされ監督の納得のいくものではなかったらしい。 その後、ワインスタインがセクハラで失脚し、スコセッシがバックアップしてやっと監督自身の編集ができた・・・ということらしい。 映画ってほんとに時間がかかるのね(トム・ホランドはこの撮影中いくつのとき?)、プロデューサーと監督が同じ方向を向いてないと最悪・・・と実感。

ラベル:映画館 外国映画
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2020年07月04日

コリーニ事件/Der Fall Collini

 原作を読んだのは何年か前ですが・・・(過去記事を見たら約6年前でした)、なんともいえぬ後味の悪さを覚えています。 これも映画になるとは、やはりフェルディナント・フォン・シーラッハはドイツで人気があるのね。 でも原作『コリーニ事件』は日本で本屋大賞の「翻訳小説部門」第一位を獲っているのに、あまり知られている感がないのは何故?

  コリーニ事件P.jpg 正義に挑む
 2001年のある日、高級ホテルのペントハウスで、ドイツの経済界の大物ハンス・マイヤー(マンフレート・ツァパトカ)が殺害される。 犯人として逮捕されたのはファブリツィオ・コリーニ(フランコ・ネロ)、イタリア人ながら30年以上もドイツで模範市民として暮らしていた人物。 取り調べには一切黙秘で通しているため、裁判を成立させるために新人弁護士のカスパー・ライネン(エリアス・ムバレク)がコリーニの国選弁護人となる。 しかしライネンにとってハンス・マイヤーは子供の頃からの恩人、幼馴染と言えるハンスの娘のヨハナ・マイヤー(アレクサンドラ・マリア・ララ)との仲は悪化し、尊敬する法律学のマッティンガー教授(ハイナー・ラウターバッハ)も被害者側の証人に。 ライネンは孤立無援となる中、コリーニの動機を探すことに・・・という話。

  コリーニ事件5.jpg ハンス・マイヤーとコリーニの二人のショットは印象的。
 実際にコリーニが手を下した場面はないので、彼が話すまでは真相はわからないという原作の要素もばっちり再現。 ドイツ映画らしい生真面目さにあふれている。

  コリーニ事件2.jpg コリーニとライネン、二人だけのシーンも数えるほど。
 その数少ない場面もほぼライネンが話すばかり。 沈黙で受け止めるコリーニの顔!
 コリーニ役のフランコ・ネロさんはマカロニウェスタンの大物らしく・・・あたしは存じ上げなかったのですが、顔のしわや皮膚に刻まれた厚みがただごとではないです。 このキャスティングが肝だったのだろうな、と。

  コリーニ事件1.jpg 裁判中、被告はガラス張りの箱の中。 つい感染症対策に思えてしまう。
 コリーニが何もしゃべらないので、中盤過ぎまでライネンの個人的な話に・・・。 あぁ、そういえば原作もそうだったなぁ、と思い出す。 ライネンの出自(トルコ系移民)は記憶になかった、そういうのは文章より映像のほうがわかりやすいのであろうか、単にあたしがそういう意識が薄いのであろうか。 ライネン役のエリアス・ムバレクの実直感もよかった。

  コリーニ事件3.jpg 損な役回りはハンスの娘のほうである。
 ヨハナはかつてライネンと恋仲になっていた時期があり・・・でも今は父親を殺したとされる男の弁護人。 その複雑な立場故に感情的になってばかりで、残念な印象になってしまう。 この女優さんもすごく見たことがあるんだけど、思い出せない(あとから、『フェアウェル さらば哀しみのスパイ』の人だと思い出すけど、いろんな映画に出てらっしゃいます)。
 重要な役割を担うマッティンガー教授役のハイナー・ラウターバッハの佇まいもただごとではなく、すごい俳優なんだろうなとオーラを感じる(以前、ケヴィン・コスナーのドイツ語吹替をされていたそうである。 津嘉山正種ってことだよ!)。 実力派で固めたキャスティングが、ドイツの本気具合なのかも。

  コリーニ事件4.jpg 見かねたライネンの学友も手助け。
 その過程でライネンの父親との関係の修復の様子も。 これまでのことを思うとよく話したりできるな、と思っちゃったりもするんだけど・・・裁判でわかるコリーニの動機にかかわることが大きすぎて、個人的な事情が吹っ飛んでしまいます。
 法律が正義の根拠として語られがちだけど、そもそも法律は時代によって変わってくるということ。 いったい誰が誰のために新しい法律を作っているのか、わざわざ調べなければ一般人はどこが変わったのかわからない・・・という法律のそもそも論。
 大変重たいのですが・・・あえて救いが込められたラストシーンはベタではあるんだけど、うっかり涙がこぼれました。
 ドイツ本国では『コリーニ事件』の出版により問題視された法律が改正された(映画では語られなかった、完全に小説の映画化ということなのか)。 同じことが日本で起こりえるだろうか・・・と考えると、社会の成熟度が全然違うんだろうな、と思えてしまった。 映画単体としての評価は難しいんだけど(原作を知っていたからよかった気がする)。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする