2021年02月28日

デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場/河野啓

 この本が出ていることに気づいた。
 「あぁ、ついに出たか・・・彼を語るルポルタージュが」
 山モノが好きなあたしだが、彼の存在は「どうもあやしい」と思っていて・・・追いかける気にはなれなかった(“無酸素・単独”ってなんだよ、七大陸最高峰登頂でエベレスト以外に酸素を必要とするところはないのに)。 それでも漠然と入ってくる情報から、「この人、このままならいつか死ぬな」とは感じていた。 で、実際、その通りになった。
 だから後味が悪いというか・・・個人の意見をネットに書き込んだとして何が変わるわけでもないだろとあたしは放置していたわけで、異を唱えなければそれは黙認したことになる感じになってしまったというか、まぁ、引っかかった棘みたいな感じになっていたというか。
 だから、こういうのが出たならば読んだほうがいいのではないかと思っていたわけです。

  デスゾーンエベレスト劇場.jpg 「2020年 第18回 開高健ノンフィクション賞受賞作」とのこと。
 著者は北海道放送のディレクターで、2008年5月頃に栗城史多氏に取材を申し込んで知り合った。 密着取材をし、一時期近くにいたものの立場から彼の人生を振り返る。 彼はなぜエベレストに挑み続けたのか?

 伝手を頼って取材、テレビ番組にはならないとわかっていても自分のために調べていかねばならん感は、栗城氏のルポルタージュではあるけど筆者のエッセイのような部分もあり。 自分が興味を抱いた彼にいつしか危惧を覚え(実際、筆者は2010年2月を最後に取材をやめ彼と距離を置いている)、その後の彼を探す旅でもある。 彼がなくなったのは2018年5月、35歳で。 やはりまだ近すぎるのか、彼に近しい人たちはほぼ取材に応じてくれていないので・・・もう少し時間がたったら、また別の人が何かを書くのかもしれない。
 著者は1963年生まれ。 いかにもテレビ屋的な感覚と、それ故に彼を止めなかったことへの悔恨が見える。
 登山に同時配信を持ち込むやり方はいかにもテレビ的だし、彼のパフォーマンスはそういうのに向いている。 でもエベレスト行きには桁違いのカネがかかる、地方のテレビ局では無理な話。
 この本の中の彼の言動を見ていると・・・「うわーっ、なんかニシノっぽいんだけど」とつい感じてしまった。 実際、コンサルタントや起業家などが絡んで講演会で資金集めとか、やたら声高に「夢」を語り出したり、応援する人たちだけで周りを囲み批判するものは排除する・遠ざかる流れとか同じように見えちゃうのだ。
 あの人も彼も、コンテンツとして消費されてしまう点では同じ。 虚構の自分と自分自身を切り離せない人はそこに死に場所を見つけるしかないのか。 彼に「いい夢を見させてもらったよ」などという人は次なる誰かを夢の具現者として担ぎ上げ、喰いつくし、また次に行くのだろう。 自分が彼を殺した要因の一つになったなどと考えもしないで。 勿論、あたしもコンテンツ消費者の一人で、だから触れるジャンルには愛情がないといけない、責任の取れない言動はいかん、と身を引き締めます。

 太宰治の『人間失格』の連載を読んでいた人は玉川入水を知ってこういう気持ちになったのかな・・・と感じると、そこには「文学」がある気がする。

posted by かしこん at 17:55| 兵庫 ☁| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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