2021年02月14日

ミセス・アメリカ 〜時代に挑んだ女たち〜

 WOWOWにて6日・13日に集中放送された『ミセス・アメリカ〜時代に挑んだ女たち〜』(全9話)を観る。
 6日(土)に録画していた第一話を観たのだが、「これはまとめて観ないと! 続きを一週間待ってられん!」と思い、全部の放送録画が終わってからの一気見。 WOWOWメンバーズオンデマンドでもよかったのだが、PCよりはテレビのほうが大画面だから。 引き込まれましたわ。 23:08の地震のときもこれを観ていて・・・震度1ないぐらいだけどすごく長く続くなぁ、揺れる前にピシッと音がしなかったから震源は遠そうだが・・・と感じてはいたのですが、こんなに大きな地震だったとは思いもよらず。 途中、気象庁の会見中継も見たんですけど、会見の前にあんなに紙資料を配るの? 印刷する時間を考えたら各自データで見てくださいとかしないの?、とつい思ってしまいました。 マスコミ全員がダウンロードしたらサーバー固まるとか、事情があるんでしょうか(pdfで一般にも公表されているが)。

  ミセスアメリカP.jpg オープニング、70年代ディスコサウンド的ビートに乗ったベートーヴェンの『運命』がしびれる。
 フェミニズム運動が大きく展開していた1970年代のアメリカ。 ERA(男女平等憲法修正条項)を成立させようという動きを知り、伝統的な性別による役割分担を守ろうとするフィリス・シュラフリー(ケイト・ブランシェット)は、主婦たちを引き込んで反ERA運動を展開。 一方、ERA賛成派であるグロリア・スタイネム(ローズ・バーン)、シャーリー・チザム(ウゾ・アドゥーバ)、ベティ・フリーダン(トレイシー・ウルマン)、ベラ・アプツーグ(マーゴ・マーティンデイル)らはフェミニズム運動を盛り上げながら、女性の権利や世の中の不平等とその是正を訴え・・・約十年間のアメリカ国内の動きを様々な女性たちの視点で描く。

 「えっ、マジなの?!」と愕然とする。 70年代でもアメリカってこんなんなの?、と。 実は2021年2月現在でも合衆国憲法には男女平等は明記されていないのだった(修正条項を憲法に追加するには全米50州のうち38州の批准が必要、1979年までに35州が批准したがそこで止まった。 2017年以降、ネバダ州・イリノイ州・バージニア州が批准したが、期限が過ぎていると司法省は認めない構え)。
 なんというんでしょう・・・ケイト・ブランシェット(CV:田中敦子)が演じるフィリスがね・・・すごく複雑な心境になりますわ。

 何故フィリスがERAに反対するのかといえば、「男女平等が法律で決まってしまったら、自分の娘を徴兵制に送り出さなければならなくなるから」。 彼女は大学で国防としての核兵器戦略を学んでいたので、フェミニストのバックには共産主義(ソ連)がいる・保守派としてこの国を守らねば、という気持ちもある。 なにより、彼女は子供の頃父親が病気で碌に稼ぎができず、母親が家計を担っていたというちょっと貧困家庭出身でひたすら努力と勉学で這い上がり、裕福な弁護士と結婚した。 これを「自分が勝ちとった権利」だと思っているようで、ERAが通ったら自分が勝ち取った権利を奪われると思っていたのかもしれない。 「働かずに専業主婦でいられることは女性の権利! 家庭こそが女性の活躍の場!」と広めることで、専業主婦であること・社会との接点を持っていないことに罪悪感を持つ女性たちを仲間に引き込んでいく。
 そう、フィリスは男性社会の論理を“わきまえて”行動する女。
 でも第一話の彼女は、自分の小さな希望すら夫の主張優先でかなわず、ときどき絶望を見たような目でいたのに。 女であることで受ける圧迫を知っていたのに。 それが回を追うごとに、計算のない他者への気遣いが失われていく。 自分の仲間である女性たちを無意識のレベルで利用する。 自分の野心に火がついて、男の権力者に都合のいい存在として自分を売り込んでいくことになる。 フィリスがどんどん外に出ていく間、彼女の子供たちの世話をする義妹やハウスキーパーさんに感謝の気持ちすら表さない(それでだんだんフィリスから女性たちが離れていく。 残っていくのは別の野望を持っている人たち)。 けれど、結局彼女は女性だから、最終的に権力の中枢にいいように利用され、切り捨てられるのだ。

 ERA推進派のほうにもいろんな考えの人がいるからなかなかまとまらないし、理想に燃える者と現実主義者の前では激しい言い争いが起こる。 意見の対立も感情の爆発も日常茶飯事。 互いの至らぬところを指摘し合い、気分を害して仲たがいしても、目的のためにまた歩み寄り、また決裂したりするけど、また連帯する。 すぐに結果は出ないけど、いろんな立場から論争をするのはやはり健全だと言えるのではないだろうか。 シスターフッドがそこここに見えて、安心する(独身女性ばかりじゃなく、家族持ちの方々は家のことを全部やってから活動に来るのだ、大変だよ・・・)。
 反ERAとERA推進派が女性たちであるが故に、「女性たちの問題」と片付けられていたのだろうか・・・(そうではない男性も勿論出てくるが、少数)。 「女対女」の図式を権力側に利用されたとしたら、フィリスのやったことの罪深さよ(ご本人を調べてみたら、<保守派の女神>と呼ばれ、亡くなる直前までドナルド・トランプを支持していたらしい。 自分を省みない、筋金入りだ!)。

 女性の権利についてアメリカで語られるとき、「中絶賛成(女性に中絶の権利を)」を盛り込むと絶対反対される・・・福音派のせいなのか。 同性婚は通っても妊娠中絶が認められないのはなんでかずっと不思議だったが、このドラマで反ERA側の女性が「中絶とは、バラのつぼみをちぎって、ばらばらにして地面に落とすこと」というパフォーマンスをやって感情に訴えまくっているからなのだ。 妊娠により母体の生命があやういとか、育てられないほどの貧困にあるとか、性暴力の結果の妊娠だとか、そもそも妊娠状態が継続できるほど安定した精神状態ではない人とか、弱き者の事情についてまったく思いをはせていない。 伝統的な性別役割で女性が守られていると感じている人は、自分が社会の底辺だと思っているのだろうか。 シンポジウムに出るために違う町に行ったり、家を空けている間に家事や育児を任せられる人がいて、何万ものニュースレターを発行するなどの予算を握っているというのに(いや、だからこそこの“特権”を奪われまいとするのか。 水掛け論だ・・・)。

 自分らしく生きたい、という気持ちはどちらの側にいても共通なのに、何故分かり合えないのか。
 ひどく悲しく、泣きたくなる。
 でも、この時代の対立があったからこそ、MeToo運動のとき「シスターフッド:女性の連帯」をまずしっかりやろう!、となったのかも。 あぁ、歴史から学べている。 まだ希望はあるか。
 日本も今、大きな問題提起がなされている。 このチャンスをいい結果に変えなければ!

ラベル:海外ドラマ
posted by かしこん at 23:59| 兵庫 ☁| Comment(0) | WOWOW・CATV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。