2020年11月14日

パピチャ 未来へのランウェイ/PAPICHA

 タイトルからファッションの世界を描くものかと思ったら・・・予告を観てガツンと頭を殴られる。 アルジェリア・・・90年代を描いているのに、まだ本国で上映禁止なんだ。 どうなってんだ!? フランスとの複雑な関係は承知していますし、90年代は内戦下にあったから? でももう2020年ですよ、過去を見直せるんじゃないの。

  パピチャ未来へのランウェイP.jpg わたしらしく、闘う。

 1990年代のアルジェリア。 大学生のネジュマ(リナ・クードリ)はファッションデザインに情熱を傾けていて、顧客の要望に合わせて作った服をナイトクラブの女子トイレで販売している。 しかし住んでいる大学の寮からクラブへ行くのに実は命がけ。 未婚女性が夜に外出するのは勧められてはいないのか、途中で出くわす検問は警察を装った過激派だったりするのでいつ襲われてもおかしくない。 女は男にただ従って、決められたヒジャブを身につけていればいいという者もいる。 しかしネジュマは国を出ていく気はなく、この地で自分の可能性を試したいと思っている。 彼女の気持ちに賛同し、同じ寮生の友人たちもファッションショーを開くことに協力するが・・・という話。

  パピチャ未来へのランウェイ3.jpg 同室のワシラ(シリン・ブティラ)と一緒にクラブへお出かけ。
 浮かれて楽し気な若者たちの場面はここだけ。 冒頭の彼女らがおバカっぽく見えれば見えるほど、その先との落差が激しくなる。 女には教育はいらないと罵声を浴びせられたりもして、ほんとに腹が立つどころじゃない。
 昼間の町にはあたしたちと同じような服装の女性たちもいるんだけど、原理主義者やその考え方に固まった者たちには許せないらしく。 見るからに原理主義者ではない男性たちも、考え方の根底には男尊女卑があって。 「なんでそんなこと言われなきゃならないの?」、「なんでこんなことになってるの?」ともやもや感が半端ない。

  パピチャ未来へのランウェイ4.jpg ハイク=宗教的に女性に許された布、かな。
 だったらハイクをつかってドレスを作ろう、ハイクだけでファッションショーをしよう!、と盛り上がる彼女たち。 でも「金曜に女性だけで集まることは禁止されている」とか意味がわからないんですが・・・ネジュマたちに圧力をかける・暴力をふるうのは男性ばかりではなく女性たちもいるというのが悲しい。 父や夫に命令されて自爆テロ実行犯になった女性や子供たちもいる現実。
 “パピチャ”とは劇中でネジュマにかけられる呼び名。 お嬢さんとかおねーちゃんという意味であろうか、と感じたけど、「常識外の明るく魅力的な女性」という意味合いの現地のスラングらしい。 人や状況によって褒め言葉になったり侮蔑語になったりするのだろうか。

  パピチャ未来へのランウェイ2.jpg 寮の食堂にランウェイをつくってショーを!
 ノリとしては大学のサークルのちょっとしたイベント、って感じなのに、それを命懸けでしないといけないという・・・なんなんでしょう、ほんとになんなんでしょう。
 男性は全員女性から生まれているんですよ、子供を産んでくれるのも女性ですよ。 なんでそんな態度がとれるの? 未来を創る若者たちを殺してどうするのか? それを是とする宗教があるというならばそれに何の意味があるのか? でも、「従わないものは殺す」の思考の人にはそんな問いかけは届かないんだろうな、という圧倒的な無力感。
 国を出ずに戦う、そこで生きるという選択をしたネジュマたちに希望が託されているのだろうけれど(ムニア・メドゥール監督自身の体験が元になっているという、彼女はフランスに逃れてこの映画をつくった)、あたしはこのラストシーンでも立ち直れていない。

posted by かしこん at 16:27| 兵庫 ☁| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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