2020年10月10日

ミッドナイトスワン/MIDNIGHT SWAN

 『007』新作が公開延期になってしまった(日本先行公開にならないかな、と期待していたのだが、甘かった)。 マジで映画界、ヤバいな〜。 だからこそ観に行けるものは行っておけと改めて思うのである。
 この映画については「草gくんがトランスジェンダー役らしい」という事前情報しかない状態だった。

  ミッドナイトスワンP.jpg 最期の冬、母になりたいと思った。
 新宿の夜の街。 ステージで“白鳥の湖”を踊り、ホステスとして働くナギサ(草g剛)は性転換手術のために貯金をしているが目標はまだ遠い。 ある日、地元広島の母親から電話があり、いとこのサオリ(水川あさみ)が育児放棄で警察沙汰になりそうだから、娘のイチカ(服部樹咲)をしばらく東京で預かってほしい、中学校の天候手続きも済ませ、本人も東京に向かっているところだという。 困惑するナギサだが、同居を余儀なくさせられ・・・という話。
 ナギサ側の話とイチカ側の話が別々に語られ、それが次第に混ざっていくのだが、見知らぬ二人が心を通わせるまでの過程には時間がかかるんだよ! 端折りすぎだよ!、と中盤あたりまでハラハラしっぱなし。 説明しようとしない、不親切ともいえる編集のため、いろいろ誤解を招きそうだから。

  ミッドナイトスワン6.jpg トモロヲさんのママ、最高!
 山口小夜子風の髪型と見事なつけまつげで喋り出すまで田口トモロヲだとわからず(声はそのままだからすぐわかるんだけど)。 ナギサの仕事仲間たちにもそれぞれ事情が・・・でもそれを描く時間はない。 通りすがりの酔っぱらいなど、類型的描写も多々あり・・・「えっ、多様性を描く映画においてもステレオタイプに描かれるキャラはいるの?!」とちょっと驚く。 そりゃ、誰しも人生の一場面においてはステレオタイプ的になっちゃう瞬間もあるだろうから、それをツッコむのはお門違いかもしれないけど、気になったよ! もしくはステレオタイプキャラは、この映画においてはどうでもいい人間ということなのか。

  ミッドナイトスワン2.jpg バレエが大きなウェイトを占める。
 広島のときにイチカがバレエを少し習ってたんですかね? 描写はないですが、そう推測される部分あり。 イチカのバレエがぐんぐん上達することで時間の経過を表現しているんだろうけど、実際にはどれくらいの時間が経過しているのかはよくわからない。 若者は短期間でも急激に成長しますね。 でも転校してきたばかりのイチカに絡んでくるバカ男子(これも類型的描写)に、イチカが教室の椅子を躊躇なくぶん投げたのは爽快だったよ!
 バレエ教室で一緒のリン(上野鈴華)とイチカとの複雑な関係は・・・ある場面で腑に落ちた(それまではよくわからなかった)。 なんだ、そういうことだったのか。 それ以降リンは三人目の主人公ともいえる立ち位置につくのだが、やっぱり時間が足りないよぉ。 イチカとリン、演じている二人がとてもよいので場面の足りなさがつらい。

  ミッドナイトスワン5.jpg その分、イチカとナギサのパートは増える。
 かといってめっちゃ幸せ、というわけでもない。 ほんのわずかな満たされた時間は長く続かない。 けれどその短い時間の心穏やかな気持ちたるや。 だから後半以降の、ナギサの身に起こる出来事の数々に、心をえぐられる。
 そもそもナギサの、イチカとの初対面時の態度はまったく褒められたものじゃない。 自分にとっては迷惑かもしれないけど、相手は子供だってこと忘れないで! ナギサは自分のことでいっぱいいっぱいで、ホルモン治療の副作用で苦しんでいたり、多分頑ななイチカの態度にかつての自分を見て頭に血が上っちゃったんだろうけど、大人としてそれはないわ。 そんな風に思うほどに、あたしはナギサを自分と同年代の女性として見ていた。 やたら仕草が“女っぽい”のは、女らしくしたいという気持ちの表れが過剰になってるのだろう。 ものすごいピンヒールのブーツで常に歩いたり、でもかばんはいつも同じもの・・・。

  ミッドナイトスワン4.jpg バレエの先生(真飛聖)の存在がほぼ唯一の救いだったけど・・・。
 彼女はイチカもナギサも普通の個人として向き合う。 相手を知ればそれは難しいことではないのに、「流行ってますよね、LGBT」とか言っちゃうやつは世の中にごろごろしていて、ほんと情けないわと殴りたくなる。
 そしてなにもそこまで・・・とナギサがまるで翼を折られた堕天使のように横たわる姿には心の準備ができていなかったので声が出そうになってしまった。
 エンディングでは救いがあるようなつくりだけど、そこに行くまでイチカはどんなに苦しんだのか。 省略したらいいってもんでもないぞ! 他にも、「えっ、そこ、そんな風になるの? なんで? それをまわりはどう受け止めたの?」と言いたかったシーンもあって、諸手を挙げて褒めたい映画ではないのだが、終盤のイチカの心身ともにいい方向へ成長したことに安堵を覚え、それまでの気になったところが薄らいでいくような気がしたのも確かだ。

 あぁ、と以前小日向文世さんがおかまの役をやった映画のことを不意に思い出す。 『非・バランス』って何年前だっけ?(調べたら2000年だった、小日向さんはこれで映像の世界で知られる役者になったのだ。 おかまの菊ちゃんといじめられ体験を経て他人に心を開かないと決めた女子の物語)
 マイノリティをめぐる状況はよりひどくなっているの? それとも映画がよりリアルな現実を描こうとしてるせい?
 理解は進んでいるようで進んでいない、と思い知らされる。 それがいちばんの衝撃だった。

posted by かしこん at 23:59| 兵庫 ☁| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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