2020年09月06日

インフルエンス/近藤史恵

 そういえば、近藤史恵で「これは読まねば!」というやつがなかったっけ、と思い出す。 もう何年か経つかも、そろそろ文庫が出てもいい時期かもしれない。 でも思い出してしまったので、図書館蔵書を確認したら予約を待たなくてもすぐに借りられる状態だった。 これはもう読むしかないのである。 発売は2017年11月のようです。

  近藤史恵 インフルエンスA.jpg近藤史恵 インフルエンスB.jpg ほんとは背表紙ともつながっているのだが。
 小説家の“わたし”のもとに、自分と友人ふたりの関係を基に小説を書いてくれないかという趣旨の手紙が届く。 一笑に付した“わたし”だが、いろいろと考え直して手紙の主に会ってみることにする。 友梨と名乗る女性は“わたし”と同年代、大阪の大規模な団地で育った子供時代からの話をはじめる・・・という話。

 “わたし”と作者をあえて同一視させる流れ、作者とあたしは大体同年代なので「こういうこと、あった」と感じさせられて(実際、子供の頃のことをいろいろ思い出してしまった)、すっかり物語に引き込まれてしまった。 一年ぐらいだろうか、あたしも団地のようなところに住んだことがあったから、余計に。
 学校に行く前から親しい幼馴染と学校で新たに生まれる友人関係との兼ね合いなど、忘れたふりをしているが今でもどこか引っ掛かりを持ち続けていることを突きつけられる。 昔、うまく構築できなかった人間関係を埋め合わせるように今はいい距離感をつくることに苦心してきたのかも。 それでもときどき失敗してしまうけど、それでも昔よりましになったと思う。 そう思えることは、しあわせなのだ。
 友梨と里子と真帆の関係は、その中に自分がいるようだ。
 中学生の時のエピソード、もっと読みたかった。 ソフトカバー300ページ以内なんかではなく、もっと長く読みたかった。
 「彼らの逸脱は、不良とかそういう言葉で言い表せない、狂気に近いものなのだ」と表現される中学校で露骨に荒れ始める人たちのことに戦慄する。 近くにはいなかったけど、同学年には確かにそういう人たちがいた。 多分すべての年代で、大なり小なり。
 あたしはこういう近藤史恵が好きなのだ。 だから中学生パートがもっと読みたかったのだろう。
 三人のその後の物語は、あまりに強引に思えるが必然だ。 金田一耕助が言っていた「一度殺人を犯してしまえば、別の機会にも容易にその手段を用いてしまう」そのままだもの。
 救いがない中の、わずかな救い。
 あぁ、なんだか、野沢尚の『深紅』を読んだときのような気持ちに。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 17:03| 兵庫 ☔| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。