2020年05月02日

夜の谷を行く/桐野夏生

 というわけで(?)、女性の話。
 連合赤軍というか当時の学生運動そのものがどうも理解できないあたし・・・だからつい関連書籍を読んでしまうわけですが。
 桐野夏生が描く連合赤軍事件は、無名の女性“同志”を主人公にした。

  夜の谷を行く 桐野夏生.jpg 夜の谷、手探りで進むしかない。
 かつて<山岳ベース>に参加したものの逃走したところを逮捕された西田啓子は5年の服役の後、一人静かに暮らしていた。
 ある日、元同志から突然の連絡がある。 唯一の血縁である姪の結婚話が持ち上がる。 そして東日本大震災・・・彼女は、遠くに置き去りにしてきた過去と再び向き合うことになる・・・という話。

 派手な部分は一切なく、スポーツジムの最もお安いプランでバレエやヨガの場所取りに汲々する・・・みたいな描写にリアル感というか、「なるほど、ジムで感染が広がるわけだ」と違う方向を見てしまう自分。 それだけ年齢層高めの人々がジムを利用しているのね・・・と通おっかなとは思っても全く行動に移していない自分はとにかく感心してしまう。 これが高齢化社会。
 啓子の考え方には一部頷けるところはあるにせよ、「立場の違う人のことも考えて」と言いたくなるところもあり、還暦を過ぎても「頭でっかち」と言われかねない部分は大人げないし、でも啓子と相いれない妹の言い分も感情的すぎてつらい。 もうちょっと冷静に話し合えないものかと思うけど、姉妹だからそうなってしまうのもわかる。
 なにより、啓子は「その場にいなかった人にはわかるわけがない」と思っているから、誰にも心を開かないのだが。

 自分の過去の過ちを思い出すのはつらい(というか、恥ずかしくてたまらない。 急に思い出して夜中に耳を押さえて叫びながら走り回りたくなる)。
 しかし啓子の場合、<過ち>と呼ぶには重すぎる。 本文中には山岳ベース事件について説明的な表現がないので、読者は知っていること前提。 十二人の仲間が死んでいる。 一体彼女はどうやってこの過去を処理しているのか、読者としてはそこが知りたいのだが・・・女性ならでは的な展開になっているラストがいいのか悪いのか(女性視点で事件が語り直されるところは大変重要)。 ただ、東日本大震災後の東京に住む人々の他人事感が、啓子の無意識に過去から距離を置いている部分とリンクしているのかと。 作者が描きたいのはこの事件そのものではなく、そういう場に立ち会ってしまった特別ではない人間の姿なんだろう。 それもまた<コロナ後の世界>において重要な視点。
 死刑判決文において永田洋子の「女性特有の」資質が原因であると書かれているのは改めて気持ち悪いが(現在ではありえない、当時でも女性蔑視だという声が上がっている)、結局あれはなんだったのだろう・・・と考えると徒労感に降り注がれる。 やはりわからないところはわからない、だから読む。

ラベル:国内ミステリ
posted by かしこん at 18:54| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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