2019年09月12日

船に乗れ! T・U・V/藤谷治

 『蜜蜂と遠雷』の流れで、音楽小説を。
 これも何年も積みっぱなしにしていたような気が・・・でも奥付を見たら3年ほどだったので逆に驚く。 とはいえこれは再文庫化されたもので、最初に本が出たのは2009年、本屋大賞ノミネートは2010年である。 約十年、と言われればそんな感じもするし、「えっ、そんなに前なの?」という気もするし。 あぁ、時の流れって。

  船に乗れ1.jpg船に乗れ2.jpg船に乗れ3.jpg 音楽大学付属高校での3年間。
 “僕”、津島サトルはチェロ専攻で芸術大学付属高校を受験するも、あえなく失敗し、祖父が創始者である新生音楽大学の付属高校に入学する。 受験の失敗は筆記試験のせいで、チェロ奏者としては才能ある、自分は特別な存在だと考えている“僕”にとって三流の音楽高校に進むことは屈辱だったが、そこで様々な人と出会い・・・という話。

 ピアノではなく、こっちは弦楽器とオーケストラの話。
 しかも天才ばかり出て来た『蜜蜂と遠雷』と違って、まず楽譜通りに演奏することもできない人たちが大半。 それ故に音楽と格闘し、じたばたする様が素人の読者にわかりやすく共感しやすい部分多し。 「音楽を文章で表現する」難しさはあれど、日常生活の描写が多いのでむしお音楽が少ないぐらいじゃない?、と感じてしまう。
 というか、これは音楽小説なのだろうかとすら思う。 勿論、彼らの生活において音楽は重要で大半を占めてはいるが・・・あくまで音楽は素材にすぎず、本質はビターな青春小説。
 何故か、あたしはずっと村上春樹の『ノルウェイの森』を連想・・・いい年になってから若きを回想する、という形式だからかしら。 語り手である“僕”がほんとにダメなやつだからかしら(また自分はちっともダメだとは思っていないところも)。
 サトルくん、自分は精神的に“高貴な存在”で、芸術を愛し哲学を理解し、まわりの他の人とは全然違うと思っているのは自意識過剰系の男子としてよくあるパターンだが、同級生のヴァイオリンを弾く女子に「美人だから」という理由で一目惚れしてしまうこともまた男子としてよくあるパターンだと自覚できないのがダメなんだよ・・・そのくせ南さん(恋に落ちた相手)がコバルト文庫とか読むみたいだとがっかりしたりして・・・コバルト読む女子だってシェイクスピアも読めばコクトーも読んだりするんですよ! 自分だってニーチェが好きとか言いながら隠れてエロ本見てるじゃないの!、とガンガンつっこみながら読んでしまいました。
 時代設定的にサトルくんはあたしよりも10歳ぐらい上かな、と感じたせいもあり(主人公の名字が津島なのはあまりにもベタではずかしい!)。 カタカナ表記が違うのがあるのは、あの時代はそう言っていたのだろうか?、それとも校正のチェックミス?、それともサトルくんがそう誤解していた?(自分はすごいとうぬぼれているが、実は知識も大したことなかったことのあらわれ?)、どれですか! 気になる!
 そんな“僕”の苦い成長となった三年間だけど、終わりはいささか駆け足だったかな。 最終楽章にはもっと余韻が欲しい。
 いまいち満たされない気持ちになったのは、あの友情は大事なものだったと回想している割に共に過ごした人たちへの描写が少ない。 鮎川さんと伊藤くんは別格だとしても、他の人たちへの表現が急なんだよな・・・そこもまた男子と女子の違いなのかもしれないけど。
 とはいえ、三冊ほぼ一気読みではありました。 ただこれを<三部作>と呼ぶのは違う気がする。

ラベル:国内文学
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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