2019年08月15日

ケイトが恐れるすべて/ピーター・スワンソン

 夏休み中の一気読み本、次の。
 あの『そしてミランダを殺す』の著者の次、と言われるとそれだけで期待しちゃうんだけど。 でもそれって「『君の名は。』のあとの『天気の子』」みたいに、観客(読者)の勝手な期待が上乗せされてるってことなのよね・・・わかってはいるのだけれど、やはり何かを望んでしまうわけで。

  ケイトが恐れるすべて ピーター・スワンソン.jpg これはロンドンのフラットかな?
 ロンドンの小さなフラットに住むケイトは、ボストン在住の又従兄コービンが仕事でロンドンにやってくるので、半年間住まいを交換することにした。 ボストンに到着したケイトを待っていたのは、ドアマンもいる豪華なアパートメント。 環境の違いと時差ボケでぼんやりしていたケイトは翌日、隣室で女性の死体が発見されたと聞かされる・・・という話。

 『ミランダ』がパトリシア・ハイスミス的なら、本作はウィリアム・アイリッシュ的というか。 ヒッチコック的なところもあり、登場人物たちが目に・手にする本の具体的なタイトルがバンバン出てくるのにもにやり。 437ページと一気読みに程よい分量なのもGood。
 というか、ケイトじゃない人の過去が語られるあたりから加速度がつき、確かに一気読み必至。
 とはいえ、『ミランダ』ほどには盛り上がらないというか・・・「こんなヤバい人に魅力を感じてしまう自分もヤバい」という感覚が面白かったのですが、今回そういう人はいなかった(いや、いたらいたで同じ話になってしまう)。 というか、「現代人は多かれ少なかれ、程度の違いはあれどみんなサイコである」って話ではないのか!、と気づく。 ハイスミスやアイリッシュの時代より、“普通”の基準が明らかに変わっているってことだわ。
 しかも「えっ、こんないい感じで終わるとは!」と、エピローグ的後日談に「ここ、いる? もっと手前で終わったほうがよかったんじゃないの?」と思ってしまった自分にびっくりですよ。 長い目で見たら読後感がいいもののほうがいいのに、後味が悪いもののほうを求めている今の自分!(それでも、結局「みんなどこかヤバい人ですよね」ということになるのだが)
 映像化しづらい(残酷すぎる描写あり、普通に映像化すると安っぽくなりそう、など)ところもまた、小説としての存在価値あり。
 でもなんか微妙に物足りないわ・・・。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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