2019年05月28日

轢き逃げ ー最高の最悪な日−

 主なロケ地が神戸市内、しかもあたしがわりと行くところで撮っている、という噂を聞きまして・・・。 しかも最初はヒューマンドラマ路線の予告編だったのに、途中からサスペンス色を押し出してきているのも気になり。 でも明らかに「ラストにどんでん返しがあります」と伝えるようなCMは、逆効果なんだけどな・・・。

  轢き逃げP.jpg なぜ、愛する娘は死んだのですか?
  あなたは、この映画の罠に嵌る。

 舞台は地方都市である神倉市。
 神倉市に本社を置く大手ゼネコンに勤める宗方秀一(中山麻聖)は、大学のときからの親友で職場も同じ森田輝(石田法嗣)を助手席に乗せ、結婚式の打ち合わせに向かおうと車を運転していた。 結婚相手は副社長の娘の白河早苗(小林涼子)で、約束の時間に間に合わなくなる、と近道をとり、カーブを急に曲がったところで若い女性を轢いてしまう。 森田の「誰も見てない」という言葉に、宗方はそのまま車を出し、約束の場所に向かう。 家に帰ると、ニュースが「轢き逃げ事件で女性が死亡」と流していた。
 刑事の柳公三郎(岸部一徳)と前田俊(毎熊克哉)はひき逃げ事件の捜査を開始、逃げた車の後を追う。 一方、被害者の父親(水谷豊)は一人娘を失ったことを受け入れられず、母親(檀ふみ)は夫を気遣うあまり悲しみを表には出せない日々が続く・・・という話。

  轢き逃げ2.jpg “お嬢様”との時間。
 前半は轢き逃げ犯となった宗方、その従犯となった森田視点で進む。 <倒叙もの>の雰囲気たっぷりであるが、計画殺人と違って交通事故は誰の身にも起こることであり、宗方だって望んでこんなことになったわけではないし、車を運転する者にとっては「加害者になるかもしれない」可能性はゼロではないわけで、また最近大きな事故の報道が相次いだせいもあり、結果的にタイムリーな話題になっているのがなんとも。
 新元号が発表される前の撮影だったためか、平成30年5月と固定されているのも興味深い。

  轢き逃げ4.jpg このポストはシネマ神戸の前にあるやつ。
 そんな感じで、「あ、ここは!」とわかる場所が結構あって・・・冒頭の空撮から路地に視点が降りてくるところから「あそこじゃないか!」と知っている場所だったのだけれども、<架空の地方都市:神倉市>という設定であることはわかっているのだが、「えっ、その道を曲がったのに次にそこに行くのおかしいよ!」とつい思ってしまい・・・物語よりも物理的な位置の違いが気になって仕方なかった。
 たとえば、追いかけっこが水上警察あたりで始まったのに次は元町駅西側の高架下で、センター街を通って南京町、更に東遊園地とテレポートが半端ないよ!、みたいな。 「いやいや、ここは神戸ではない」と心の中で言い聞かせながら風景を気にしないようにするも、紅茶エスプレッソの店UNICORNが大映しになったり、シネマ神戸(シネマ神倉に変えられていたが)が出てきたりすると、「あっ!!」って思っちゃうわけですよ。 ロケ地が知っている場所なのは物語に集中できないわ・・・そして行ったことのない都市がロケ地の場合は、映画に映っていることがそのままだと思ってはいけないな、と思わされました。

  轢き逃げ1.jpg <事故現場>は北野のほうですね。
 後半からは被害者の父視点となり、映画は違う景色に。 これをトリッキーなあざとさと感じるか、世界観を広げるための意外性と捉えるかでこの映画の評価が変わりそう。 あたしは本を読んでいて章が変わったような感じが。 映像を見ているのに、ちょっと小説を読んでいるときの気持ちになった。
 でも原作なしのオリジナル脚本なのよね。 現代設定なのに20代の若者のセリフに時代を感じたけれど・・・水谷豊、結構ミステリを読んでいるのか! この感じは『相棒』や二時間ドラマの経験からだけでは得られるものじゃないぞ、と感じた。 あたしも長年のミステリ読みですが、マニアックにはならず過剰なトリック重視にも陥らず、意外性とインパクトに重きを置いてむしろ基本に忠実につくっていることに驚きを禁じ得ない(ただし、ミステリに慣れていない人にはアンフェアととられる可能性もある・・・説明しないことと説明しすぎの境界線は難しい)。 たとえ「『相棒』の余禄」と言われても、オリジナル作品をこの規模で公開できるのは日本映画界の現状では簡単じゃないから(とはいえ、バックにテレビ局がついているから可能だというのも事実)。 語られない余白が多いというのも日本映画の伝統的な特徴で、その余白をどう受け取るのかは観客次第、なこともメジャー映画では多くない。 水谷監督には、この勢いであと何作か撮っていただきたい。 そうすれば少しは、日本映画界の構造に影響を与えられる?

  轢き逃げ3.jpg この二人のガチ演技、観たかった。
 石田法嗣は子役出身で、あたしは『カナリア』がすごく印象深いけど、一般的には「無名」なのか・・・とちょっと切なくなる。 これを機に飛躍してくれたらうれしいなぁ、と。 売れている・名前の知られている役者さんに仕事が集中している感があるので、というか知られている人しか話題にならないような気がするので、入り込み系の役者が好きなあたしとしては、「いわゆる無名の中にもいい役者はいっぱいいるのに」といつも思っているので、そういう人が脚光を浴びるのはうれしいです。 この役、難しかったと思うし。
 お父さんも走り方がよたよたで、年相応の感じが出ていたのがよかった。 右京さんじゃない水谷豊も観たいですもの。

  轢き逃げ5.jpg この三人、特に一徳さんの安定感たるや!
 岸部一徳ってこんなにうまかったのね・・・というのをあらためて実感。 しかしラストシーンで全部檀ふみが持っていく!
 人は誰しも加害者になりうる、だからといって被害者はすべて許せる・・・わけじゃない。 時間はかかるけど、双方が歩み寄るための準備として加害者側の誠意は絶対必要で、でも反省も誠意もない加害者だったらどうしたらいいのか、という問題全部入れ。 感情的になる時期を過ぎて人としてどう振舞うか、個人の成熟がより求められているわけですね。
 エンドロールに流れる曲で・・・しみじみする。 手嶌葵の声でだまされてるのかもしれないけど、あぁ、誠実な映画だなぁ、と感じた。
 結構すすり泣いている人もいて、「あぁ、子供がいる人はより刺さるのか」と納得。 子供がいなくて、自動車免許も持っていない(車を運転したことのない)あたしは共感ポイントがないな!、と思ったものの、だからこそ「映画として目指したもの」・「ミステリとしての構成」を楽しめたのかなぁ、という気がする。 あたしはキライじゃないんだけど、評価がすごくわかれそう!
 あ、そうだ! 日本映画って音響にだいたい不満が出るんだけど、これは全然。 小さな音もくっきり聴こえて、つまりそういう音にも意味があるということがよく伝わってすごくよかった! なんでも日本映画初のドルビーシステム採用ということらしい・・・え、今にして初なの? 音へのこだわりを示したことだけでも、この映画の意味はあるなぁ。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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