2019年04月18日

マックイーン モードの反逆児/MCQUEEN

 モードファッションは好きだが、自分で身につけるものだとは思っていない。 ハイファッションはアートと同じ、だからあたしは見るだけの人間である。 なのでアレクサンダー・マックイーン死去のニュースにファッション界が騒然としていたことは記憶にあっても、悲しみや悼む感情がそこまで湧いてこなかった。 個人としての彼をほとんど知らなかったから。
 それが、ドキュメンタリー映画という形で出てきた。 ならば観ることで、改めて彼を知ることができれば。

  マックイーンP.jpg 恋をするように服を作り
   命まで捧げた、ドラマより劇的な人生

 アレクサンダー・マックイーンは若くしてファッションデザイナーとして頭角を現す。 その大胆で実験的な手法から<モードの反逆児>と呼ばれながら、“The Fashion Awards”で“Designer of the Year”を何度も受賞するようになる。 自身のブランドがまだ上り調子の時期にジバンシィは彼をクリエイティブ・ディレクターに抜擢、世界中のファッション業界に名をとどろかせる。 傍からは順風満帆に見えた彼のキャリアだが、2010年に彼は自ら命を絶つ。 アレクサンダー・マックイーンとはいったいどのような人間だったのか、周囲の人々のインタビュー・過去の映像・彼のコレクションを紐解きながら追いかける。

 イギリスの労働階級の出身でファッションの教育を受けていなく、完全に独学だ、ということは聞いたことがあった。
 でもそもそものはじまりが<サヴィル・ロウ>で職を得たことだったとは・・・スタートは紳士服だったんですね。
 インタビューの積み重ねで輪郭を浮き上がらせようとするのはドキュメンタリーによくある形ながら、この映画はあまり時期というものを(あえて)重視していないようで、それがいつの話なのかはあまり追及されない。 主なコレクションの名前とランウェイ映像はしっかり流れるが、それが何年のものなのかは注釈が出ない。 知ってる人はわかるんだろうけど・・・そのへんがファッション知識薄い者にはちょっと不親切。 でも彼の目指したファッションや美学には時代は関係ない、というメッセージなのかも。 もしくは興味があるなら自分で調べろということか・・・。
 はっきり表示されたのはジバンシィに呼ばれたのが1996年(27歳)、死んだのが2010年(40歳)だということ。
 初めて自分のコレクションを発表したのが23歳、しかも元手が失業保険だったからテレビのインタビューが来ても顔を出せなかったとか、劇映画になりそうなエピソードが沢山。 しかも4年後にはジバンシィに呼ばれるんだから、彼の勢いはすさまじかったんだな、と改めて感じる。
 しかし個人のリー(彼のフルネームはリー・アレキサンダー・マックイーン)は、神経症的なところもあり、芸術家らしく嫉妬深かったり感情をコントロールできない。 母親への強い愛情や執着は、彼がゲイだからというだけではなさそう。 ビジネスの世界で成功できる性格ではない、事務的なことを全部やってくれるパートナーがいたら違ったかもしれないけれど・・・。
 トラウマになっていたであろう過去のある出来事に関しては、関係者がご存命であるがためにか詳細には語られず、いくつかの事実だけが残酷に放り出される。 それが彼に巣くった闇のもとであるならば・・・負の感情が伝染する強さと悲しさを前に、なんと個人は無力なのかと思う。
 彼の死は、近い人たちにとっては寝耳に水ではなかった、「いつかその日が来るかも」とほとんどみんな思っていた・・・というのがせつない。 みんなわかっていたのに、彼は差し伸べられた助けの手をたやすく取るような人間ではなかった。 だからこそ<天上の美>を地上にあらわすことができた、と取れるまとめには、「天才とはそういうもの」というあきらめにも似た空気が漂っている。
 だから悲しい。 芸術とはそういうものなのだろうが・・・彼が一時期でも本心からしあわせを実感できた時があったと思いたい。
 いや、彼が芸術家だったからこうやっていろんなことが残っている。 それぞれの関係に意味があったと納得できている。 そういう職業でなければ、ただ彼のような人にいろんな人が傷つけられて、それだけが残る可能性だってあるのだ。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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