2019年03月18日

償いの雪が降る/アラン・エスケンス

 ほったらかし本の中からまた一冊、掘り起こす。 読み始めるとあっという間だというのに、何故なかなか手を付けないのか。 それは「何を読もうか」と本を眺めているのも楽しいからなんだけど、未読本の多さを考えたらニヤニヤしている暇があったら早く読めよ、という話です。
 まぁ、これは比較的最近の山から。

  償いの雪が降る.jpg 原題は“The Life We Bury”:<僕たちが埋めてきた人生>?
 “僕”こと一人暮らしの大学生ジョー・タルバートはアルバイトをしながら講義と課題をこなす貧乏学生。 ある日、年長者の伝記を書く、というお題が出る。 母親のことは絶対書きたくない“僕”は、近所の介護施設を訪れて事情を話し、院長に誰か紹介してほしいとお願いする。 そこで引き合わされたのは末期がん患者のカール。 実はカールは30年前の殺人事件の犯人として服役していたが、現在は病気のため仮釈放中だった。 「臨終の供述」をすべき時が来た、として“僕”との対話に応じてくれることになったカールに疑惑を持って応じていたが、当時の裁判資料を手に入れて調べていくうちに、カールは犯人ではないのではないかと思い始めて・・・という話。

 いわゆる<冤罪もの>ではあるのだが・・・あくまで青春ミステリのテイストを崩さないところが新鮮。
 ジョーとカールの間に『羊たちの沈黙』のクラリスとレクターのようなやりとりが生まれるのかと思いきや、ジョーの隣人のライラが一緒に調査に加わることでかわいこちゃんにぼやっとなるロマンステイストが加味され(カールよりライラのほうが確実に出番が多い)、調査の過程で弁護士や刑事と知り合いになっていろいろ連絡がつけやすくなるというのも自然ななりゆき。
 とはいえ若者にありがちの危険な方向に我知らず飛び込んでしまうジョーのキャラクターに説得力をつけるためにか、飲んだくれのジョーの母親(子供にカネをたかる厄介なタイプ)と自閉症の弟ジェレミーの存在を最初からぶち込んでくるので、読者はついジョーを応援したくなってしまうのかなぁ。 家族関係が絶対、みたいなアメリカ文化では親を捨てるためにこれくらい理由がないとダメなのかも。
 カールと、ベトナム時代の戦友ヴァージルとの関係にはつい涙が出ちゃうし、若者の話だけではないところに深みがあって、でも語られすぎないところが程よい感じで。
 「そ、それはダメだろ!」とジョーの無計画っぷりに何度もつっこんでしまったが・・・それはすっかりはまって読んでしまった、ということでしょう。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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