2019年03月17日

ウトヤ島、7月22日/UTOYA 22. JULI

 ノルウェーでのテロ事件について、あたしは比較的リアルタイムで情報を追っていた、と思う。 自分の中の北欧ミステリブーム以後の出来事だったから関心があったということもあるけど、日本語のものしか見ていなかったので(ノルウェー語は読めないし、英語はきりがないし・・・ちょっと読んでやめた)、思っていたより情報が少ないような気はしていた。 あの頃、日本も大変だったからだろうか。
 なので、この映画の公開を知って「おぉ!」となった。 72分ワンカット、は、ガス・ヴァン・サント『エレファント』以上の衝撃をもたらすのだろうか。

  ウトヤ島、7月22日P.jpg 私の夢は、もう叶わない。
   単独犯として史上最多の命が奪われたテロ事件。犠牲となったのは、未来を夢見た77人の若者たち。

 2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロにある政府庁舎で午後3時17分に爆弾が爆発した。 オスロから約40km離れたウトヤ島ではノルウェー労働党青年部のサマーキャンプが行われていて、10代の若者たちがスマホから爆破事件のニュースを知り、討論を交わす。 カヤ(アンドレア・ベルンツェン)は妹のエミリア(エリ・リアノン・ミュラー・オズボーン)とともにキャンプに参加していたが、妹との関係があまりうまくいっていない。
 そんな夕方、5時過ぎのウトヤ島で突然ライフルらしき発射音が響く。 何が起こったのかわからない若者たちは右往左往するが、何者かが銃を乱射していて被害者が出ていることを知る。 逃げる方法を模索する彼らだが、カヤは母親に妹を頼むと約束した責任感から、仲間と離れて妹を探し・・・という話。
 冒頭の政府庁舎の爆破場面は実際の防犯カメラの映像ではないかと思われるのだが、「あくまで、事実をベースにしたフィクションであり、ドキュメンタリーではない」とエリック・ポッペ監督は最初と最後に重ねて断りを入れる。 それだけノルウェー国内ではデリケートな話題なのかもしれないが、事件を知らない国外の人間に対しては不親切とも受け取れる内容。 ある程度事件を知っているあたしでもそう感じてしまった。 事件の残酷さよりも、“長女の呪縛”のほうが胸に刺さってしまったじゃないか・・・。

  ウトヤ島、7月22日P2.jpgウトヤ島、7月22日P3.jpg 年末に見た最初のチラシ。 情報は最小限で、余計にショッキング。
 映画自体も情報は最小限だった。 ただ楽しむためだったサマーキャンプの場がいきなり阿鼻叫喚の場に変わってしまった困惑がほとんど。 でも、確かに実際はこんな感じだったのではないか、と思えるリアリティは、「何故こういうことをしなかったのか」とあとづけで言ってくる人々への牽制となっている。 犯人は一人だ、と事件を知っているこちらはわかっているが、現場の彼らは知りようがない。 よく聞けば銃声は連発することはあっても重なり合うことはないので単独犯ではないかと予想はできるが、確実ではないしどこから銃声が飛んでくるかわからない彼らに冷静でいろというのは無理な話。 たとえ犯人が一人でも、ライフルを撃ってくるやつを相手に丸腰の複数人で何ができるのか、という無力感がひたひたと観客に忍び寄る。 拳銃が全く身近なところにない日本人だからこそ、その感覚がすごくよくわかる。
 ただ、銃撃が起こってから警察が到着するまで72分という実際の時間をこの映画もワンカットで撮っている分、無力感などは確かに伝わるのだが映画としての物語性に欠ける、と言われてしまうとその通りで。 「フィクションである」と言い切られているから余計に、緊張が切れてしまう部分に困惑する。 ただそういうところもリアルなんだろうな、とは思うんだけど(事情がわからず逃げている側も、ほっと息をする時間はあったはずだし)。
 犯人のこともほとんど描かない(木や草の陰から犯人らしき男の姿を何度かチラ見する程度)のも、どう受け止めていいのかわからないんだけど・・・加害者側の言い分を描かないことがこの映画の姿勢なんだろうな、きっと。
 ただ、自分が生き延びられるかどうかわからない状態で、それでも妹や他の人を助けようとしてしまうカヤの姿を見て・・・なんていうんでしょう、勿論誰かが誰かを助ける姿というのは美しいものなのですが、「そうしなきゃいけない」と育てられた者の痛々しさというか・・・まず自分のことがあやういのに多くを背負ってしまっている、背負わされていることに気がつかず全部自分のせいと思ってしまう気持ちの動きが、それはほんとに若さ故で、もっと年をとればその匙加減を自分で調節できるようになるんだけど、まだそれができない年頃でという悲しさをひしひしと感じて・・・これはもう<第一子長女あるある>ではないかと。 そんな姉の姿を「おねえちゃんは優等生よね」と疎ましがる妹エミリアの気持ちもまた<二女あるある>なのである。

  ウトヤ島、7月22日P4.jpg 結果、姉妹の話であった。
 実行犯は当時32歳のノルウェー人男性、アンネシュ・ベーリング・ブレイビク。 移民受け入れに積極的な政府の方針に強い反発を抱いたのが動機とされている。 政府庁舎を爆破しただけでなく、労働党青年部のサマーキャンプを襲ったのも「政治に関心があり、積極的に参加しようとする若者たち」をターゲットにしたから。 それが更に悪辣であり計画的であると最高刑が科せられたが、ノルウェーでは禁固21年(実際はさらに伸ばすことが可能で実質終身刑である)。 この映画の宣伝で森達也の談話記事の中に「ノルウェーでは厳罰化の話は出なかった」的なことが書いてあるけど、あたしの記憶ではちょっと違う。 史上最悪のテロ事件に対し、現行のノルウェーの法律のままでいいのかという問題提起はされたのだ。 だが、「それこそ死刑を採用するようでは犯人と同じ考えになってしまう」という意見にまとまり、現行通りになったはずのだが・・・そういう国と日本を単純に比較することは難しい、と思う。
 ポール・グリーングラス監督がNetflixで同じ事件を題材にした『7月22日』という作品を発表しているという。 そっちは事件の背景からその結果までを時系列に沿って描いているとのことで、国外の人間にとって親切なつくりのようだ。 ううむ、ネットフリックス、入るか・・・一か月無料を試すにしても自分が活用できる時期があるしな、と考え中。

 この映画を観た数日後、ニュージーランドで銃乱射事件があったことを知る。 こんなシンクロニシティはいらない、といつも思うが・・・なんか似ている、と感じてしまった。 その後の調べで犯人はブレイビクに勝手に共感を感じていたらしいことを知る。 被害者をこれ以上傷つけないようにと表現の仕方を模索しながらも、この映画を発表しなければならないというエリック・ポッペ監督の想いと意図を痛いほど感じてしまったのだが、それもこの事件に接したからなのだ。
 痛い目に遭わないと人間は学習しないのであろうか。 だからといってあらためて痛い目に遭う必要などないはずなのだ、過去にいくらでも例はある、そこから学ばなければ。

posted by かしこん at 20:52| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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