2019年02月13日

ジュリアン/JUSQU'A LA GARDE

 DV家庭で暮らす子供視点の話・・・という、なんというタイムリーな。 いや、本来タイムリーであってはならないのだが、世界中で様々な形でこの問題が描かれるということは、ほんとに困ってて解決策がなかなか見つからない・有効な対策が取られていないということなんだろう。
 観たら絶対暗い気分になるのはわかっていたが、ポスターの少年の、おびえつつ泣くのをこらえている表情にやられてしまいました。 ジュリアン役の子、精神的ケアは十分にやってるよね、と確認したくなるほどこの体験はトラウマ級だったのでは。

  ジュリアンP.jpg ジュリアンは母親を守るため、必死で嘘をつく
   家族は、衝撃の結末を迎えた

 裁判所の調停室で、アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)とミリアム(レア・ドリュッケール)との間で11歳の息子ジュリアン(トマ・ジオリア)の親権について話し合っている。 二人にはそれぞれ弁護人がつき、判事が話を聞いているが、ジュリアンの「父親が怖い」という意見は母親の味方をするためと思ったのか、判事は共同親権と父アントワーヌに2週間に一度の面会権を与えることにする。 ジュリアンの姉のジョセフィーヌ(マチルド・オヌヴー)は18歳で成人扱いのため、元夫婦の論争の対象はジュリアン一人に。
 ミリアム、ジョセフィーヌ、ジュリアンはアントワーヌに内緒で新しい家を探し、アントワーヌにかかわりを持たないようにしたいと願うが、面会日は定期的にやってきて・・・という話。

  ジュリアン1.jpg アントワーヌ役は結構見覚えのある人である。
 映画は早々に「父と母、どちらがヤバいのか」を明かさない。 先入観を排して双方に均等の落としどころを判事は探しているように見えるし、けれど同時にお役所感というか「これも数ある離婚訴訟関連の調停の一つ」と思っているのかな?、とも感じるし。 姉が父の暴力によりケガをしたと診断書を提出すれば、父は「それは学校の体育の時間にケガをしただけだ」と憮然と答え、弁護士は「その診断書はケガした日の三年後に発行されています」と付け加える。
 だが、数多くそういうケースを見ていれば気づくはず、もっともらしい言い訳がスラスラ出てくる人はヤバいことを。 そこであたしは「この父親、ヤバい」という目で見ていくことになりました。
 ミリアムはアントワーヌに合うこと自体避けている。 調停の場では仕方なくだろうけど絶対目を合わせようとしない。 そこもっと突っ込んだらいいのに、という局面でも言葉を飲み込む。 完全にあとの逆襲を恐れてる。 DV被害者の典型じゃないか。
 なのに11歳のジュリアンを父と二人きりにするのである・・・やばいでしょ。
 法律はあてにならない、ジュリアンは自らが盾となり母を守ろうとするのだよ・・・自分の携帯電話から母の番号を消去したり(父に奪われて中を見られるから)、引っ越し先も教えないようにがんばっているのに、アントワーヌ側の親戚(?)が「どこどこで見かけた」とチクる意図なく情報をアントワーヌに与えてしまうから、ジュリアンは必死で嘘をつくのだ。 でも子供の嘘だから場当たり的で、整合性がない。 
 だが、どうやらアントワーヌはジュリアンの言うことをほぼ疑っていないのだ。 ミリアムがジュリアンに嘘をつかせていると思ってる?
 という、大変ドキュメンタリータッチというか、<映画的盛り上がり>を一切つけない演出なので賛否がわかれそう。
 それでいて、いつ何が起こるかわからないリアルタイムサスペンスでもあるんだけど。

  ジュリアン2.jpg おかあさん、逃げるならちゃんと逃げよう。
 離婚したのに付きまとうとか、フランスには接近禁止命令みたいなものはないのだろうか。 そこまでミリアムが申告してないのか。 またアントワーヌの行動は相手の身体に証拠を残すようなところまではこのあたりではやっていないので、警察などに行っても・・・というあきらめがあるのだろうか。 また姉のジョセフィーヌは自分自身が結構な問題を抱えてしまっており(これもまたこういう家庭環境と無縁なことではないのでなんとも言えない気持ちになる)、よりジュリアンに負担がかかる方向に。
 ついにアントワーヌがぶちぎれるときがやってくる。 それは突然で、度合いも急に。
 ここまでにならないとミリアムは警察に電話できない、ということ自体が、彼女の抑圧の強さを物語っている(ご近所の人が通報するほうが早かった)。 DV被害者に「早く逃げればよかったのに」と他人が言うのは簡単だけど、当事者はいろんな方向から追い詰められて容易には助けを求められなくなっていることのモデルケースとして見ていいんじゃないか。
 だとしても・・・斧でぶつ切りされたように「そこで終わる?!」には息をのむ。
 呆然としたまま無音のエンディングへ。
 まるでダルデンヌ兄弟やハネケ映画のようだ。 余計空気が重たくなるけど、これが監督の思いのツボなんだろうな・・・。
 せめて、その後どうなったかぐらい・・・と期待してしまうのだけれど、多分アントワーヌが生きている限り、ジュリアンたちに心休まる時はないという暗示? 判事が一歩強く踏み込んで何かしてくれるか保証はない?
 日本でも子供の虐待事件が起こるたびに学校や児童相談所、行政や司法に対する抗議が起こる。 でも一度話題になると取り上げられる数が多すぎて正直報道を見ているだけのこちら側もどれがどれの件かわからなくなることもある。 もう、抜本的な改革をしなければ実態に対応できなくなっているのだ。
 多分それはどこの国でも同じことで、短編映画でもこの問題を描いたグザビエ・ルグラン監督の静かな怒りがここにはあるのだろう。 あたしも怒りと悲しみに、打ちのめされました。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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