2019年02月14日

フロントランナー/THE FRONT RUNNER

 <ヒュー・ジャックマン最新作!>、ということだけで観に行ってしまった。 勿論予告は観ていたんだけど、話のざっくりとした内容と、実在の人物の役というくらいで誰が共演かとか監督は誰なのかなどまったくのノーマークで。 ポスターのコメントが大体の説明をしてくれているけれども。

  フロントランナーP.jpg 1988年、アメリカ合衆国大統領選挙。ジョン・F・ケネディの再来と言われたゲイリー・ハート。最有力候補(フロントランナー)だった彼は抹消された。たった一つの報道で。
   裏切ったのは――マスコミか、国民か、それとも彼自身か。

 1987年、アメリカ大統領選挙予備選。 4月13日に大統領選への出馬を表明したコロラド州選出のゲイリー・ハート(ヒュー・ジャックマン)は、「JFKの再来」と呼ばれ、民主党の最有力候補<フロントランナー>に一気に躍り出る。 ワシントン・ポスト紙のハート番記者であるパーカー(マムドゥ・アチー)もハートの主義主張・未来志向に心打たれた一人だ。 多くの人がゲイリー・ハートに魅せられていく、彼が次期大統領になることは確実に思えていた。
 が、ある日、マイアミ・ヘラルド紙にある情報提供があり、裏取りのために動いた同紙はある疑いを記事にする。
 それは個人的なことで公約等と関係ない、と説明を拒むハート、「公人には責任が伴うのではないか」とするマスコミ。
 あくまで政策だけで戦う、と息巻くハートだが、家族や自らの選挙スタッフにも何も説明しようとしないため、次第に周囲からの信頼を失っていく・・・という話。
 冒頭からの長回しが予備選にまつわるあれこれ・・・かかわる人々の多さなどを現していき、主人公に辿り着くのは最後。 おぉ、誰かわからないがこの監督はやる気だな!、と感じて。

  フロントランナー2.jpg おぉ、J・K・シモンズ!
 ハート陣営の選挙参謀がJ・K・シモンズ、ワシントン・ポストにはアルフレッド・モリーナがいて、特に説明なく団体さんのカットが入り混じるので「この人たちはどれ?」となりますが、リーダー?を押さえておけば区別は可能。 マイアミ・ヘラルドのほうも違いがわかってくるし。 ゲイリー・ハートを主役としても、やはり群像劇なのだな〜、と個人的にわくわく。 その中でもワシントン・ポストのパーカー記者と、ハート陣営の選挙スタッフであるアイリーン・ケリー(モリー・イフラム)がキーパーソン。 あ、ハートの別居中の妻ヴェラ・ファーミガもね!

  フロントランナー1.jpg ハートとパーカーは意気投合。
 確かにハートはいいことを言う。 先を見据えた戦略も、未来から見ればなかなかいい線をいっている。
 だが、表に出た“疑惑”(それは女性スキャンダルー今でいうところの不倫なのだが)に対して一切コメントを出さないのは2019年の目から見ると非常に不自然なのだけど、どうもこの時代では「それとこれとは話が別、政策や公約がよければそれでいいだろう」という価値観もあったようでして・・・JFKも女癖悪かったけど許されてたでしょ、的な。
 とはいえ映画では直接的に回答は描かない。 ハートが浮気したかどうかはわからず、観客もまた記者たちや関係者と同じ立場に。
 でも「ブッシュは元CIAだ」という台詞もあることで、この件が何かの仕込みという可能性もゼロではないとも感じさせる(最終的にハートはブッシュと戦うことになるはずだったから)。 タレコミした人は誰だったのか、どういう意図だったのかも説明されないし。

  フロントランナー4.jpg しかしそういう時代ではなくなってきてた。
 マイアミ・ヘラルド紙へのタレコミにより「ハートがある女性とデート、しかも選挙スタッフということにして家に連れ込む」を追及。
 ワシントン・ポスト側は「政治記者が低俗なゴシップを報じるのはいかがなものか(報じること自体意味がない)」という姿勢なのだけれど、編集部の女性記者の言葉「権力者には説明責任がある」で風向きが変わったり。
 女性の言葉には印象的なものがある。 選挙事務所で男性スタッフが立っていた女性スタッフにコーヒーを入れてくれと頼む場面、それを見たアイリーンが「彼女はコーヒーをいれるためにいるんじゃないのよ」ととがめる。 とりあえず若い子ならお茶くみだろう、というのに異を唱えだした時代なのね! 女性の社会進出というか、権利や自由の問題が表立って論議されるようになったからこそ、<まず人としてどうなのか>も見られるようになったのかしら?

  フロントランナー3.jpg 「自分の大事な一人を幸せにできなくて、国民を守れるのか」論議。
 政治のワイドショー化、の瞬間を描いた、ということなのか・・・。
 台詞ではなく目だけで、不意を突かれ、失望し、失意に満ちた気持ちを数秒の間で表すヒュー・ジャックマンはやはりうまい! 『グレイテスト・ショーマン』でも目だけで台詞以上のことを表現してしまう部分に胸を突かれたのだけれど(歌と踊りが素晴らしいのでそのあたりが他の人となかなか共有できなかった)、ミュージカルスターでなおかつストレートプレイでも成功できる人はほんとにお芝居うまいんだ!、と実感です。
 また好感度の高いヒュー・ジャックマンにこういう役をやらせるのが意図的というか・・・なんとなくゲイリー・ハートに肩入れしそうになっちゃうから。 でも「あれ?」、「あれ?」と違和感が積み重なっていく感じの困惑は、アイリーンやパーカーの気持ちに重なるのかも(マスコミの報道として知る多くの人は無関係の他人ですが、近くにいる人にも何も言わないってのは信頼関係が崩れるのでは)。
 あたしは大変面白かったですが・・・この明確に答えを出さない感じ、今の世の中的には好まれないかも。 「こういうことがありますが、どうですか?」と材料と質問は提示されるけど、答えは自分で出さなければいけないタイプ。 しかも大統領選挙予備選だから日本人にはわかりにくいよね!
 と思ったら監督はジェイソン・ライトマンですよ! あ、ちょっと『サンキュー・スモーキング』を思い出した意味がわかった!
 なるほど、あの長回しにも納得。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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