2018年12月07日

謎の毒親 相談小説/姫野カオルコ

 <毒親>っていつから使われ始めた言葉でしたっけね。
 「産んで、育ててもらった親を悪く言うな」という価値観も引き続きあると思うのですが、そういう感じが普通とされる中では親の悪口ととられる言葉は言いにくい、勇気を奮って言ってみても共感や理解を得られにくい、という背景があるから、<毒親>という言葉が出てきてそこに自分の居場所を見つけた人が多かったから一気に広まったのでしょう。
 あたしは幸運にも、「家族なんて幻想なのにね」とか言えちゃう相手がいたから、<毒親>という言葉に救われずにすんだ。
 でもきっと、こんな言葉に無縁な生活を送っている人のほうが大多数なんだと思う。 少数派だから、理解されなくて困るのだ。
 そして肝心な点は、<毒親>は自分をそんなだと思ってないし、その親もまた<毒親>である可能性が高いこと。
 もしそう気づいたなら、逃げるしかないんだよ。

  謎の毒親 単行本.jpg 表紙の黒縁が・・・まるでお葬式を連想させる気がするのはあたしだけ?

 ヒカルさんは大人になって一人暮らし、仕事もしています。
 ある日、たまたま小学生の頃よく行った学校近くの書店兼文房具屋兼雑貨屋さんの<文容堂>を通りかかり・・・かつて<文容堂>では「お悩み相談」を募集していて店内の掲示板にその回答が書かれていました。 ヒカルさんはそれを思い出し、過去の納得できなかった出来事を手紙にまとめ、<文容堂>に投稿します。 すると思いがけず、<文容堂>から回答が届いて・・・という人生相談のような往復書簡形式(だからタイトルも「相談小説」となっているのでしょう)。

 家のことは自分の家のことしかわからない。 他の家は違うのだろうけれど、具体例がわからないから自分の家のことが基準になってしまう。 それでも、「おかしい!」と思うことはある。 そのおかしさに説明がつかないので、子供はいつも大混乱。 育ててくれたのだから親には感謝しているし、おかしいと思う自分がおかしいのかもしれない、と消極的なヒカルさんに、文容堂のみなさまがこぞって「そんなことはないぞ!、おかしいものはおかしいからあなたは大丈夫!」と支え、一緒になって理由を考えてくれる。
 もう、それだけでなんだか胸が熱くなりますね。
 答えは一言では出ない謎ばかりだけれど、いろんな方面から考えが集まるっていい。 往復書簡がきっかけで新しい人間関係を構築できたヒカリさんに幸あれ!、と願わずにはいられない。
 だけど、「ちなみに、相談されるエピソードはすべて著者の実体験に基づいています」と書いてあるのが・・・怖い、すごくコワい。

 今は連絡とってないからよくわからないけど、かつていとこが親の過干渉にぐれていろいろとやらかしていたことがあった。
 あたしはそれを聞いて、「バカだな、早く高校出て遠くの大学に行っちゃえばいいのに」と思っていた。 よい成績をとりいい学校に行くのは親の願いでもあったのだから、ぐれたり反抗したりするエネルギーがあるならその分勉強に力を入れて、将来の自由のために使えばいいのに、と。 でもほんのちょっとでも親の思う通りに生きている風に見られるのも嫌だったのかもしれないけれど、家出したり連れ戻されたり、かなり年上の男性と同棲したりして、そのいとこ自身の将来の道は築けたのだろうか。 結局は、めぐりめぐってあれほど嫌った親のような大人になっていないだろうか。
 だから、逃げるにしても賢明な方法をとるほうがいい。 一時の反抗ぐらいでは絶対解決できないのだから。
 あたしはいろいろありましたが、「今は自由です!」と胸を張って言えます。
 この本が、悩み苦しんでいる人の救いになることを願って。

ラベル:国内文学
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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