2018年12月04日

ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ/SICARIO:DAY OF THE SOLDADO

 『ボーダーライン』の続編、といわれても・・・前作のヒットを受けて決まったものだし、脚本は同じ人(テイラー・シェリダン、『ウィンド・リバー』の脚本・監督もしている)だけど監督が違うし、あの話に続編ってどうなの・・・と思っていたのだけれど、公開されるとなるとやはり気になるわけですよ。 引き続きベニチオ・デル・トロとジョシュ・ブローリンは出るということなんで、「あ、これはもう主役交代というか、また違う話ってことだな」と前作のことは考えず、別物として割り切ろうと思いました。

  ボーダーライン:ソルジャーズ・デイP.jpg このルール無き戦いに、終わりはあるのか――
   緊迫化する国境麻薬戦争、極限の臨場感は次なる<境界‐ボーダー>へ

 メキシコからのアメリカへの不法入国は常に起こっている。 ある夜、アメリカ当局が取り押さえた一団の一人が自爆し、被害が出る。 その後、アメリカ国内のスーパーマーケットで自爆テロ事件が起き、多数の死傷者が出る。 メキシコルートがテロリストに利用されていると判断した当局は、国境地帯で密入国ビジネスを仕切って入り麻薬カルテルをどうにかしろとCIAの特別捜査官のマット・グレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)に命じる。 困難な任務になると感じたグレイヴァーは、旧知のアレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)に声をかけ、麻薬王レイエスの娘イサベル(イザベラ・モナー)を誘拐してカルテル同士の抗争を引き起こそうとするが・・・という話。

  ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ2.jpg しょっぱなからプロばかり登場するので・・・常にフルスロットル状態。
 素人や一般人視点を持つ登場人物がいないので、冒頭から「マジで!」という展開ばかり。 その中でグレイヴァーは無茶苦茶やる人なのに、アメリカ上層部の命令がより無茶苦茶なのでなんだか彼が普通の人っぽく思えてしまい・・・いや、むしろ絶対的な命令と自分の立場に挟まれて苦悩する姿は、まるで中間管理職の悲哀が漂うようで、前作でケイト(エミリー・ブラント)を手玉に取って善も悪もまったく関係ない世界で魔王のように君臨していた彼とはまるで違って哀しくなってきた・・・。
 いや、善悪を超越した場所にいることは同じなんだけど、「それも上からの命令次第」という<兵士>の存在がはらむ理不尽さを体現してしまったというか。
 満を持してのはずのアレハンドロの登場も、意外に地味だし(しかし緊張感はずっとある)。

  ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ3.jpg チームメンバーとしてスティーヴ(ジェフリー・ドノヴァン)もいて、ちょっと盛り上がる。 メガネがダサいが、設定が『バーン・ノーティス』とかぶるじゃない!(キャラクター全然違うけど)
 そんなチームプレイにはこちらの胸も熱くなりますが・・・もはや役者の顔ではなく、みなさんその登場人物としてその場にいる感が強くて、人生の一部分を切り取って見たみたいな気分になる。
 しかしアレハンドロがイサベルの警護の任務に就くことで、前作で見せつけられたアレハンドロの“非情さ”が揺らぐような気がして、別の意味でドキドキする。 アレハンドロには心の平穏を得てほしいのですが、でもそんな簡単なことで感情や良心を取り戻したりしてほしくない!、という我儘さがこちら側にもあるのですよ。
 それとも、そんなセンチメンタリズム・エモーショナリズムを漂わせることによって国家の非情さを際立たせているとか? 所詮個人の“非情さ”は国家のそれに比べればたかが知れているということなのか? でも、麻薬や密入国をメキシコのせいにしているけど、そもそも麻薬を欲しがったのはアメリカの方でしょ? 自業自得という言葉ではおさまらない、巨大なブーメランってだけだよね。

  ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ4.jpg だからか二人の逃避行は、その分美しい。
 イサベルは麻薬カルテルの王の娘らしく、自分が権力を持っている(周囲が父のことを慮って・恐れて、結果的に自分の思い通りになる)ことを知っている生意気な子供なのであるが、カルテルがどれほどハードな悪事をやっているかはよくわかってなかった・・・という、通過儀礼にやってきたのがアレハンドロだというのも運がいいのか悪いのか、ですが。
 誰が敵で味方なのかほぼ区別のつかない銃撃戦、それが国境を挟む街の実態なのかもしれない。
 終盤、ずっと心臓のドキドキが収まらなかった。 マットやアレハンドロの姿だけでなく、すべてに。
 もしかしてそうなるのではないか、とほぼ思った通りのラストシーンに、原題“SICARIO”(暗殺者)の意味を知る。
 エンディング最初に、<ヨハン・ヨハンソンに捧ぐ>と文字が出て・・・あ、この心臓のドキドキは終盤ずっと鳴っていた音楽(前作『ボーダーライン』のメインテーマと同じもの)のせいだったのか!、と気づく。 あとで調べたのだが、本作の音楽はヨハン・ヨハンソンのお弟子さんが担当されたらしい・・・前作への敬意は本編にずっとあったのだ。 比較されることを承知の上で。
 なんだか泣きそうになるではないか。
 そして『ボーダーライン』は実は三部作の予定らしい・・・こ、この続きもあるわけ?
 混沌の世界はまだまだ続く。 いや、世界の混沌はまだまだ深まる。
 深呼吸することができない映画を、あたしはまた観ることになるらしい。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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