2018年08月26日

地下鉄道/コルソン・ホワイトヘッド

 ハヤカワのメルマガの新刊紹介で見たときから「なんか面白そう〜」と思っていた。
 でもハードカバーだから・・・図書館に頼み、やっと読めました。
 <奴隷少女の逃亡譚>とのことで・・・重たい話だろうなぁと思っていたけど、思いのほか文体は軽い。 なんとなく不思議なリズム。 残酷描写がありながらも執拗ではなく、淡々としたユーモアすら感じさせる。 あぁ、文学を読んでいる感じ!

  地下鉄道.jpg ペーパーバックのデザインを踏襲、線路はより多めに。

 19世紀前半、アメリカ南部のジョージア。
 コーラはランドル農園に買われた奴隷。 コーラの母メイベルは行方不明(逃亡したとされている)で他に肉親はいない。 コーラの内面にある激しい気質故、残虐な主人にも対抗してケガをしたり、おかげで奴隷仲間からちょっと敬遠されたり。 しかし、ひそかにコーラを尊敬するシーザーに誘われ、一緒に<地下鉄道>で北へ逃げることに。 逃亡は成功したかに思われたが、賞金稼ぎの奴隷狩りとして悪名高いリッジウェイがコーラの跡を追う。 そしてまた北への道もまた安全なものではなかった・・・という話。

 アジャリーという名のコーラの祖母の物語からこの本ははじまる。
 短い章ながらぎっしりといろんなことが詰め込まれていて、もうここだけで引き込まれる。
 人の名前と地名という章立てで、人の名前のところは短め。 その分、その人のことを掘り下げてコーラの物語を補足しつつ全体としての深みを与え、個人の話ではなく“奴隷制度”というものの理不尽さをつきつける。
 特にエセルの章は切なかった。 白人であっても、女性であるからには望み通り活きることのできない時代でもあったのだ。
 <地下鉄道>とは当時の逃亡奴隷を手助けした実際の組織のコードネーム。 それを「地下鉄道が実在していたら」という仮定のもとつくられた仮想SFなれど、それ以外のことはほぼ事実をベースにしてあるっぽい流れ。
 そうか、結局奴隷制度というのは広すぎるアメリカを開拓・開発するためにイギリスからの移民だけでは人手が足りないから始まったのか、と今更もともとの理由を知るというか・・・手伝ってもらっておきながら差別ってなんなの?、とか、そういうふうに下に見ておきながら(ある意味、人間扱いしていないのに)、奴隷の女性に自分の子供を産ませる農場主の一族ってなんなの?、とあらためて“差別意識の本質”というものを考える。 「自分たちのほうがはるかに優れている」と考える根拠は何なのか。
 想像力のなさと視野の狭さ。
 コーラもまた逃亡途中でいろんなことを学んでいくが、それは初めから教えられていないことだから。 奴隷の子供としてアメリカで生まれたならば奴隷以外の環境を知りようがないし、他の世界を見ようとしたって見ることはできない。 逃亡する、という気持ちを実行に移すだけでもものすごい勇気と努力が必要だったはず。
 南部は奴隷にとってひどい状況だが、北部だって一枚岩ではない。 場所によって対応は様々で、あることが定着するまでの紆余曲折を否応なく示してくれる。
 この物語がハッピーエンドなのか、その後の歴史を考えれば微妙だ。 けれどコーラ個人としては、自分の力で生きることのよろこびを得た、もしくは勝ち取ったということで、犠牲もたくさん払ったけれど読後感はそれほど悪くない。

ラベル:海外文学
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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