2018年07月15日

バトル・オブ・ザ・セクシーズ/BATTLE OF THE SEXES

 これは『ハリウッド・エクスプレス』で紹介されたときから観たかった! タイトルが原題をそのままカタカナ表記ってのが微妙ではあるものの(中身が伝わりづらい)、下手な邦題つけられるよりはいいのか。 『男対女の戦い』と露骨にやってしまってはLGBTQ的にも正しくないからか? 実話がベースということなのであえてなにも調べず、前知識はシャットアウト!

  バトル・オブ・ザ・セクシーズP.jpg 時代を変えた、<女と男の熱い戦い>!
 1972年、全米女子テニスチャンピオンのビリー・ジーン・キング(エマ・ストーン)は女子テニストーナメントの賞金が男子の8分の1であることに抗議するも、「仕方がないじゃないか、女は男よりすべての面で劣っているんだから」との対応に腹を立て、同志とともに全米テニス協会を脱退、新たに女子テニス協会(WTA)を立ち上げて独自にトーナメントをすることに。 全米テニス協会トップのジャック・クレイマー(ビル・プルマン)は「女に何ができるのか」とせせら笑う。
 その後、元男子チャンピオンのボビー・リッグス(スティーヴ・カレル)が<男性至上主義のブタ>としてビリーに「男と女、どちらが優れているかを決める闘い」のためのテニス対決を申し込む・・・という話。
 ビリー・ジーン・キングVSボビー・リッグスがメインの話かと思いきや、意外にそこにつながるまでの過程をしっかり説明。 ある意味、LGBT問題の原点を描いているのかも。

  バトル・オブ・ザ・セクシーズ3.jpg WTAは手弁当。 キャンペーンも全部自分たちで。
 「男女それぞれの試合のチケット売り上げは同額なのだから、チャンピオンの賞金も男女で同じにするべきだ」というビリーの主張は合理的かつ正当性があるもので、プロならば当然だと思う(現在、男女差で賞金差額が最も少ないのはテニスであったはず)。 でもハリウッドの男優・女優のギャラ格差問題が動き出したのはつい最近というのを見ると(差があるのはおかしい、と言っている人たちは以前からいたが)、テニス界の女性たちの意識はかなり進んでいたともいえる。 自分の腕ひとつで渡り歩いていける世界と、チームで動かねばならない・選ばれないと仕事ができないという差はあれど。 動く先人がいるかいないかでその後が変わってしまうという明確な事実。
 それでも、人数が集まると細かい部分で意見が食い違ったりしてしまうかなしさ。

  バトル・オブ・ザ・セクシーズ2.jpg ビリーと互いに運命的な出会いを感じてしまうマリリン。
 あれ、アンドレア・ライズブローでは?、とびっくり。 70年代ファッションのせいで雰囲気がだいぶ違ってて。 WTAの選手たちをメディア映えさせるために連れていかれたヘアサロンの美容師の一人でした。 しかも選手にスタイリストをつけ、オリジナルのカラーを決めて服を作らせ・・・とお金や組織力がないからアイディアで観客の注目を集めて楽しませようとする(しかも衣装デザイナー、スタイリスト役はアラン・カミングなのだ!)。 そういうセンスってふんぞり返っている男性からは出ないよね? 何をもって優秀だと思ってるんだろうね、と46年後にいるあたしはそんな彼らをとても滑稽だと感じてしまう。 当時のテレビ映像などがそのまま再現されているんだろうけれど、今の目で見たら「それ、確実にセクハラ・パワハラでアウトだろ」と言えるシーンが結構あって、時間は流れて意識が変わっているなと実感。

  バトル・オブ・ザ・セクシーズ5.jpg とにかくビリー、かわいい!
 でも試合中継の紹介などで「キング夫人」と呼ばれてびっくり。 既婚者だったのか! WTAの世話係みたいな男性が夫だったとは! いや、いい人ですよ。 男性至上主義者ではないし、逆に進んだ意識の持ち主だったと。
 一方、ボビー・リッグスの方はといえば・・・元世界王者といえども今はシニア選手の一人にすぎず。 過去の栄光が忘れられないのか、やり切った感がないのか、実力の差がありすぎるテニス仲間を相手に試合の勝ち負けで賭け事をして妻(エリザベス・シュー)に怒られる日々。 あー、スティーヴ・カレルの得意技の一つ、ウザいキャラ全開だよ・・・と声高で早口で押しつけがましい喋りにげんなり。 ちょっと歯が出ていていつも口が少し開いている感じもイラっとさせるわぁ、と思っていたら、エンドロールで本人の写真が出てきてほぼ瓜二つだったのでまたびっくり。 実在の人物をそっくり演じますのアプローチだったのね。 でも当然スティーヴ・カレルなのでただのウザいやつには終わらず、ボビーの抱えている不完全燃焼感を持て余している様子がよく伝わります。
 エマ・ストーンはそこまでそっくりではなかったけれど・・・よくよく見ると二の腕がかなり太いし背中がごつくなっている! 肉体改造と精神的なアプローチか、と対照的な演技プランが見られて興味深かったです。

  バトル・オブ・ザ・セクシーズ1.jpg 1973年の世紀の試合、開催直前のお祭り騒ぎ。
 アラン・カミングに「その青いスニーカーで出る気!」と悲鳴を上げさせたビリー、その当時白いシューズ以外で試合に立つことはほとんどなかったらしい(ボビーは赤と青のラインが入った白を履いています)。 テニスコートの色と同じでなければいいんじゃない、と思うけど(今だったらみなさん色とりどりのシューズ履いてるし)、当時はファッション界にいる多分ゲイの方にも「守るべきルールとしての固定概念」はあるのだと知る。 誰を愛するのも自由、と思っていても公に口には出せない時代は確かにあって、そういう人たちの苦難が積み重なっての現在があるのだと忘れてはいけないなぁ、と改めて。 近過去の実話を扱う目的って多分そういうことよね。
 そして肝心の試合場面は・・・ほとんどリアルタイムでテレビ中継を見ているかのような気持ちに。 カメラはほぼ固定で、ピントはボールに合わせられていて選手の姿はちょっとぼんやり。 でもボールの動きはしっかり見えるので、どう打ち返してボールがどう動くのか、ポイントが入るのも実況が入る前に分かるし。 試合結果知らないからすごくワクワクドキドキハラハラ。 これは結果を知らないで見るほうが絶対いい!

  バトル・オブ・ザ・セクシーズ4.jpg 実はビリーは選手としてボビーをリスペクトしていた。 29歳と55歳、活躍した時期は違えどもともに<世界王者>なんだもの。
 テニスの勝敗にとどまらず、「優れているのは男と女、どっちなのか」という大きな(そしてよくよく考えたらあまり意味のない)命題を背負わされた試合に出ることがどれだけプレッシャーだったことか。 今だったら、「個人差もあるし、男女それぞれに得意不得意あるし、絶対的に優れているという問いかけ自体ナンセンス」となるところだろうけど(それでも「男のほうが優れてる」という人、いそう・・・)、それでは済まなかった時代なのね。
 いろいろ考えさせられたし(多分ウーマンリヴの流れを押さえていたらこの試合のことは絶対絡んでくるであろう、でもあたしは知らなかった)、ビル・プルマンが演じた当時の男性優位であることに疑いを微塵も抱かない男性の無意識すぎる傲慢さにも腹が立ったし(ボビーは奥さんに頭が上がらない時点で実際は男性優位主義者ではない)、試合にはすごくハラハラしたけど、映画として全体のまとまりはといわれると・・・メッセージ性が強すぎるかな、と。 そこまで言わなくてもわかるから!
 でも、そこまで言わないとわからない人が世の中には多いと思われているのか・・・微妙に複雑。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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