2018年02月23日

ジュピターズ・ムーン/JUPITER HOLDJA(JUPITER'S MOON)

 『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)』のコルネル・ムンドルッツォ監督新作、ということで。
 結果的に『ホワイト・ゴッド』を観ておいてよかった。 テーマは同じ線上にあると感じられたし。 もしこの映画がこの監督の初見なら、「なんか・・・わかったようなわからんような」になってしまうかも。 とはいえ、あたしも完全にわかったわけではないのですが、「なんとなくこういう感じかなぁ」と推測はできるというか。
 相変わらずあえての説明不足なのでね。 さすがハンガリー!
 映画の冒頭に、テロップが出る。 それによれば木星には67個の月(衛星)があり、そのうちの大きいもの4つはガリレオ・ガリレイが発見し、そのうちの一つをエウロパと名付けた。 衛星は厚い氷で覆われているが、その下には塩水が流れていて、生命体が存在する可能性が示唆されている、と。 衛星エウロパの綴りがほとんどヨーロッパであることに驚いた。

  ジュピターズ・ムーンP.jpg 世界が回り出す
   人生に敗れた男が出会ったのは、宙を舞う少年――

 シリアからの難民がハンガリーに続々密入国をしている。 アリアン(ジョンボル・イェゲル)も父とともにハンガリーにやってくるが、国境警備隊(?)に見つかり銃撃を受け、ちりぢりに。 逃げる途中で刑事のラズロ(ギェルギ・ツセルハルミ)に見つかったアリアンは、いきなり銃弾を胸に三発撃ち込まれ、その場に倒れる。 が、次の瞬間、アリアンの身体は自己治癒をはじめ、重力から自由になっていた。
 一方、医師のシュルテン(メラーブ・ニニッゼ)は過去に医療ミスを起こしたようで、難民キャンプで働きながら金を受け取って密入国を助け、その金で返済に充てる悪徳医師。 シュルテンはアリアンの能力を目の当たりにして驚くものの、「これは金になる」と踏み、行方のわからないアリアンの父を探して新しい生活を始めさせてやるとアリアンを取り込み、コンビを組むことになるが・・・という話。
 冒頭、様々な年齢の人々が貨物列車みたいな中にぎゅう詰めになっている場面から始まるのだが、「え、これ、アウシュビッツ行き?!」みたいな気配におののく。 服装や顔立ちなどで違うとはわかるのだけれど・・・不本意な人の大量移動というのは似てしまうのか、あたしが知っているものから似たものを当てはめてしまうからなのか。

  ジュピターズ・ムーン4.jpg 自分さえよければ、の男。
 シュルテンはもともといい医者だったんだろうな、という気配はある。 でもある程度割り切った、薄汚れた自分という自覚はあるらしい。 難民キャンプなどは(中の人は「強制収容所」と呼んでいたりするが)、架空設定だと思った。 『ホワイト・ゴッド』でも「ペットを飼うことに重税がかかる」という法律が施行された世界が舞台だったから。 ちょっとしたパラレルワールド展開が、宙に浮く能力を持つ人物に対して違和感をなくさせる効果があるのかな(何故アリアンがそうなったのかに対しての説明は一切ない)。 つまりアリアンは犬たちの発展形、シュルテンは飼い主の少女の変形と言えるのではないかと。
 でも、難民問題はヨーロッパ小国にとってはリアルな苦悩であるようで・・・完全なる架空設定というわけではないらしい(制作時は現状を大袈裟に描いたつもりだったが、公開時には現実に追いつかれたそうな)。
 字幕ではアリアンはずっと<少年>とされているんだけど、いくつなのかわからない・・・青年じゃないんですか? 老け顔?

  ジュピターズ・ムーン2.jpg アリアンが宙を浮く姿を見て、「天使に出会った」と感銘を受ける人続出。
 空を飛ぶのではなく、あくまで“浮かぶ”。 最初に重力がなくなったときのアリアンの戸惑いは、そのまま身体をうまく操ることができなくてぐるぐる回る視界として見事に表現されていた(あたしは目が回ってちょっと酔いそうになりましたよ)。 アメコミヒーローのようにスピード感のある動きでは全くなく、重しをつけたガス風船のような頼りない動きが、逆にリアルで面白かった。
 前半はシュルテンがアリアンの能力を使ってひそかに金儲け・・・な流れではあるんだけど、ありえないことを普通のこととして受け入れていても、客のリアクションは毎回新鮮、シュルテンも何かが少しずつ変わっていく積み重ねがいい感じ。
  でもラズロ刑事は追跡をあきらめないので、映画のテイストはどんどんシリアスになる。

  ジュピターズ・ムーン3.jpg ラズロもまたシュルテンとは種類の違う悪徳。
 難民を問答無用で射殺するけど、さすがにそれがばれたらやばい、という気持ちはあるようで。 証拠であるアリアンを執拗に追いかけるけど、本当にその理由だけなのかが微妙。 金儲けという動機があるとはいえアリアンをすぐに受け入れるシュルテンと違い、ラズロは「自分が信じたくないものは存在してもらっては困る」タイプなのかもしれない。
 犬と人間、という対比によって人間の存在の是非を描いた『ホワイト・ゴッド』は、犬側の気持ちは表現されないまま終わった。 今作では全員を会話の通じる人間にしたことで、もう一歩踏み込んだ結論に行くことを期待した。
 でも『ジュピターズ・ムーン』、木星とエウロパの関係がここに持ち込まれている。 アリアンがエウロパ、つまり新しい人類の可能性・過去において“ヨーロッパ”に対する新天地という期待、という存在。 木星の代表がシュルテンとラズロで、善と悪が入り乱れた混沌の世界。 新しい希望(もしかしたらそれが“奇跡”ということなのかも)を目にしたら人はどう変わるのか。 変わらないとしたらそれは何故なのか、いや、奇跡を前にしたら変わるべきなのか? ぐるぐるといろんなことを考える。
 変わらないのはアリアンだけなのだ。

  ジュピターズ・ムーン1.jpg ブダペスト市内の美しい景観も楽しめる。
 俯瞰で見る街には、ところどころに十字架に見えるものが目に入る(どうやら街灯を真上から見たものらしい)。 交差する道路も。 あえてそうなのか、あたしが勝手にそのモチーフを探してしまっているのか、どちらかはわからない。 多分どっちでもいいんだろう。
 奇跡はある。 もしそれを目の当たりにしたら自分はどうするのか、どうなるのか。 そういう話なのかもしれない。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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