2018年02月16日

スリー・ビルボード/THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI

 その後、アカデミー賞ノミネーション詳細を見ました。 作品賞としてはこれが最有力っぽい、という雰囲気ですね。
 あたしはノミネート関係なく、話が面白そうなので、好きな役者さん出てるので観たかったですが、そういうのに絡まないと日本で公開されない可能性があるからな・・・テイストもどちらかといえば単館系だし、シネコンの大スクリーンで観れるのはやはり賞レース効果なんでしょう。 そういう幸運はありがたく受けておきます。

  スリービルボードP.jpg 魂が震える。

 アメリカ、ミズーリ州のエビングという町にて。 ある日ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は町はずれの通りにあるボロボロの三連看板に気づき、これを使って自分が広告看板を出すことにする。 その内容は、警察署長ウィロビー(ウディ・ハレルソン)を名指しで、7か月前に起きた自分の娘が殺された事件を解決できない警察に対する批判であり問いかけだった。 小さな町に激震が走る。 ミルドレッドの側に立つ者もいるが少数で、多くは署長側、もしくは波風を立ててほしくない側にいる。 特に署長を敬愛するが警察官として不適格っぽい巡査のディキンズ(サム・ロックウェル)はミルドレッドに看板を撤去するように強く迫るが、一歩も引かないミルドレッドは更なる行動に出て・・・という話。

  スリービルボード1.jpg 原題の“THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI”は、直訳すれば『ミズーリ州エビング郊外にある三枚の広告看板』。 ちなみにエビングは架空の田舎町である。
 赤い地に黒縁と黒い文字、そんなシンプルな看板がものすごいインパクト(看板職人さんが考えたっぽい。 文面はミルドレッドだが)。 事情を知らない観客が見てもそうなのだから、住民たちには更にショッキングであっただろう。
 というか、ダークな話である。 いきなり「娘を殺された母親」から始まるのだから。 でも暗い話でも、ただシリアスな話でもないのがすごい。 途中で「はっ、これはブラックコメディなのか?!」と思わされたりして、ジャンルというくくりの不自由さを知る。 一言では説明できないストーリー(というか、そのまま話しても信じてもらえないような展開なのだが、映画を観ているとそうなるしかないと納得できてしまうのだけれど)。

  スリービルボード3.jpg ウディ・ハレルソン、いい役でした。
 またウィロビー署長がすごくいい人で。 立場的にはミルドレッドの批判の矢面に立つ人ではあるものの、解決まで長期化してしまう事件の場合の対処法を経験値からもわかっていて、それをミルドレッドに説明する(勿論、彼女の立場としては受け入れられなくとも)。 個人的にも大きな問題を抱えているのだけれど、仕事のことと家族のことと両方大事にするというスタンスは日本人は見習ったほうがいい気が少しした(でも、あたし個人は「もうちょっと仕事も」と考えてしまったので、あたしの本質は<家庭を顧みない仕事人間>ということのようです)。
 あたしはウディ・ハレルソンがとても好きなので、今回のアカデミー賞助演男優賞はサム・ロックウェルが有利と聞いて「ちょっと!」と思いましたが、映画を観て納得。 サム・ロックウェルのほうがおいしい役だもん! ただ彼を支えるためにも、そしてミルドレッドとの関係を繋ぐものとしても、ウィロビー署長の役割もとても大きくて。
 なんだかんだで悪役とか、アクの強い役柄が多いイメージのウディ・ハレルソンですが、実はいい人の役もちゃんとはまるんですよ。 あたしは前からわかってますけど! ← なにこれ、自慢?

  スリービルボード2.jpg で、問題のサム・ロックウェルです。
 『月に囚われた男』のイメージが強かったですが、いつの間にか彼も実力派俳優になっていて。 田舎町のグダグダな警官らしいだらしない体形とか、マザコンというか母親からの強い抑圧からまだ逃れられない、その反動でウィロビー署長に対して父親的で盲目的な信頼を寄せてしまうのに、署長の期待に応えられない苛立ち(そこも含めて署長は理解してくれているんだけど)。 人種差別主義者らしき振る舞いも、その根拠が自分の中にない(人が言うことをただ鵜呑みにしてただけの)底の浅さ。
 そんな彼を変える大きな出来事!
 ある意味、その場面がこの映画におけるいちばんのハイライトかもしれず。

  スリービルボード4.jpg そしてなによりも、ミルドレッドです。
 フランシス・マクドーマンドといえば『ファーゴ』の警察署長役がつい浮かんでしまうんだけど、今回は全く正反対の立場で。 ジャンプスーツといえば聞こえはいいが、いつも同じツナギ姿で(デニム? なんか違う素材っぽいのだが)、頭にバンダナを巻いて常に厳しい顔で。 強さを前面に打ち出しているから、時折見せる娘を思う部分が余計に彼女が抱える弱さを引き立てる。 母親の怒りは警察と犯人に向いているけれど、娘を守れなかった後悔もまた自分の中に渦巻いていて、息子のロビー(ルーカス・ヘッジズ:『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のおいっこくんだ!)にも「お母さんのやっていることはクレイジーだ」と怒られても止まらない。 確かにやっていることはどんどんエスカレートしていってクレイジーと言われても仕方ない感じなのですが・・・でもそうなってしまうのは当たり前みたいに思えてしまうから不思議。
 その加減がコメディっぽいのか、田舎町では時間が止まってしまうように思えるからか(スマートフォンが出てくるから現代ではあるものの、仮に数十年前という設定であっても成り立ってしまいそう)、こういうことも起こりそうなのだ。 ミルドレッドはやりすぎですが。
 でもそこまでやる姿を見せるからこそ、果てしのない怒りを鎮めるものは赦しだけ、ではその赦しのためにはどうすればいいのか、というテーマが鮮やかに浮かび上がるわけで。
 この三人の演技合戦、という人もいますが、確かにそうなんだけど、それを引き立てる脇役たちの存在、特に、ミルドレッドに実は思いを寄せるジェームズ(ピーター・ディンクレイジ)と、広告屋のレッド(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)が素晴らしい。
 <赦し>というとどうしてもキリスト教的なものを連想がちですが、この不寛容な時代においては全世界に通用するもの、として描いたのがよかったと思う。 むしろ宗教色ないし。 だから無宗教の人間にも刺さる。 どうしようもない怒りにかられることもあるこの世の中を生きていくためにどうしたらいいのか、考えずにはいられない。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。