2017年11月11日

国宝展@京都国立博物館

 『国宝展』、行ってきました。
 とはいっても偉そうなことが言えるはずもなく、だって開催していることも知らなかったので。 誘ってもらって、「あぁ、そうなんだ」な感じ。
 「京都国立博物館は・・・9時半オープンだから、出発は」と言われて記憶がよみがえる。 はっ、めっちゃ混むのでは!(京博のイベントは基本そうですが)。 休日に朝早い、ということにまずドキドキでした。
 そうして到着した京都国立博物館は・・・そりゃーもー混んでいましたよ!
 すでに入場前から40分待ちで。 チケットは前もって買ってもらっていたのでその時間は短縮できましたが、焼け石に水?
 京都に行くのはかなり久し振り。 本館は改修工事に入っていて、今回のメイン会場は平成知新館のほう(そんな名前だと初めて知りましたよ。 東京国立博物館−東博における平成館みたいな感じ?)。 「え、こんなつくりだったっけ?」とブランク長いお互いはちょっとおろおろ。

  国宝展P.png
   8週間の会期で4回展示入れ替えって、強引すぎやしないか。

 あたしが行ったのは、第V期のラスト2日目でした。
 ですがなにしろ人がいっぱいなので、よく見えません!
 入場してからも「お好きな順番でご覧ください」とほぼ放置状態。 それはそれでいいんですけど・・・(ただし、金印を間近に観たい方は長蛇の列に並ばねばなりません)。
 「金印って、<漢委奴国王>だよね、前観たっけ?」、と尋ねるあたし。
 「観てないと思うけど・・・日曜美術館とかで観てるかも」と答えてくれる同行者。 あぁ、そうか。 なにしろ相手は国宝なので、直接観たことはなくとも何かで(テレビや雑誌や資料集などで)見ているので、見た気になってしまっているという誤解あり。
 でもとてもじゃないが全部じっくりとは見られない。 近くにいた高校生らしき一団が(学校で観て来いとか課題を出されているのかも)、「人がいっぱいで資料集のほうがよく見えるよ〜」とぼやいていたのにほぼ同意。 でもね、実物を見る実感は、その大きさがはっきりわかることなんですよね。
 仏画や仏像には「ほわーっ」となるけれど、それがそこにいた現場を知っている場合などは「あそこからこれ一体だけ持ってきちゃったの? なんか寂しいよ・・・」と感じてしまう悪い癖。 違うライティングで観られて新しい発見があるのも確かなのですが。
 <考古>のコーナーでは見覚えあるもの沢山・・・説明書きを見なくても名前がぼんやり浮かんでくる哀しさ(高校で日本史をとっていたので、大学受験勉強の時のことも一緒に思い出すから)。 うれしいんだか哀しいんだか、です。
 天目茶碗は初めて観る<油滴>というやつでしたが、小振りで使いやすそうだった! これでごはんよそって食べたいなぁ、とつい思ってしまった(芸術品であると同時に道具でもあるので、「使ってみたい」という気持ちも魅力の一つだと思う)。
 錫杖の頭の緋色に近い銅の輝きに目を奪われ、シャリーン、って鳴らしたい!、と思ったり。
 源頼朝像三枚そろい踏みに立ち会えたのですが、<伝>となったいちばん有名なやつがいちばんハンサムだったのにはちょっと笑った。
 等伯の松林屏風図も、「観たことあったっけ・・・? 『美の巨人たち』で?」とこれまた自分の記憶の曖昧さにおののく。
 しかしいちばんの驚きはあの金印だったのだ! 並ばなかったので真正面からは見られなかったのですが、後ろ・横からは比較的近い位置で観れまして。
 まさかこんなにちっちゃいなんて!
 3.2センチ角、でも重さは100g越え。 半端ないゴールドの輝きでした。 あの時代からこの状態で残ってる・・・過去の人々の努力と研鑽の積み重ねが、<国宝>には宿っているのですね。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 舞台・演劇・芸術・イベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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