2017年09月28日

鏡の迷宮/E・O・キロヴィッツ

 第一部の半ばまで読んでいたのに、間に何冊もの本を挟んでしまい、しばらくほっといてしまったため再開に時間がかかった。 たいして厚い本じゃないからと思って油断してしまいました。 でも再開してからはあっという間。 でも越前敏弥氏に名前入りでサインしてもらったので、電車で読むときにはそのページがめくれないように細心の注意を払わねばならなかった。

 もともと作者はルーマニアではベテラン作家。 今回、初めて英語で書いた本だということで・・・英語圏読者へのサービスが見え隠れ。 そのあたりも、世界38の国と地域で翻訳が決定、という事情にも関係するのかしら(英語圏文化のほうがマーケットしやすいとか)。 でもあたしはルーマニア語で書かれた作品も読んでみたいと思ってしまった。 確かにアメリカやイギリスは想像しやすいけど、まったく知らない土地の物語だからこそ興味深い部分もあるわけで。

  鏡の迷宮.jpeg とはいえ、今回の舞台はアメリカです。
 三部構成+エピローグ。 各部の前に掲げられたエピグラフは『死者を殺せ』や『終わりの感覚』からだったりしてそれもニヤリ。 第三部に至っては『東方見聞録』だったりするのだけれど、その「著者は、自分が見たことと他人から聞いたことだけを述べている。これは信頼の置ける書物である。」という言葉が非常にうさんくさく読めてしまうことに驚く。 つまりはそういう話です。

 ある日、文芸エージェントであるピーター・カッツのもとに一篇の原稿が届く。 作者の名はリチャード・フリンで、その原稿には『鏡の書』というタイトルがつけられている。 自分がまきこまれてしまった20年前のある殺人事件(現在、迷宮入り)の真相をつかんだのでそれを小説にまとめたという。 が、原稿は途中で終わっていた(メール送付する手続き上の文字制限に引っかかったため)。 ピーター・カッツはリチャード・フリンと連絡をとろうとするが、何故か繋がらない。 ピーターはフリーの記者ジョン・ケラーに依頼し、原稿内容の信憑性とリチャード・フリンの行方を探させようとするが・・・という話。
 第一部はピーター・カッツ(大半はリチャード・フリンの原稿であるが)、第二部はジョン・ケラー、第三部はジョン・ケラーが探し出した関係者の一人、20年前の殺人事件を担当した元警察官のロイ・フリーマンの視点で語られる。 事件は当時、プリンストン大学で人気の教授ジョーゼフ・ウィーダーが自宅で他殺遺体となって発見されたというもの。 リチャード・フリンは当時書生のような形で教授の家によく出入りをしていて、容疑者として取り調べられた過去があったので、原稿はまるっきりの嘘というわけではなさそうだ。
 とはいえ語りを担当する人たちは直接被害者を知っているわけでもなく、事件そのものにかかわっているわけではない。 調べていっても、わかることは伝聞や、伝聞の伝聞。 聞く相手によって違うことが出てくるけれどそれは“新事実”なのか、誤解や記憶違いなのかあえてこちらを惑わせるための嘘なのかの区別はつけられない。 誰かを信じるとしたら、誰かが嘘をついているとしか思えなくなるからだ。
 そういう意味では『藪の中』的な物語でもあるけれど、どちらかといえば「記憶の不確かさ」をテーマにしたもの、というべきで、最後には一応真相らしきものは提示されるんだけれど、それが真相なのかどうかを判断するのは読者次第、となっている。
 もはや殺人事件の真相を知りたい、というよりも、錯綜する記憶の断片のうちどれが正しくて正しくないのかどっち!、みたいな気持ちになる。
 怖いのは殺人よりも、「不確かさしか得られない」という実感なのだと知る。
 300ページ強の、どちらかといえば小品の印象なのに、しっかり構成された心理サスペンスだった。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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