2017年08月28日

ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ/THE FOUNDER

 明らかにマクドナルドの話なのに、タイトルにそれを入れないということは・・・入れたくない話ということか(もし入れたい話ならマクドナルド全店でキャンぺーンを張るだろう)。 『ソーシャル・ネットワーク』的なものを期待してもいいだろうか。 ともかく、予告におけるマイケル・キートンの得体のしれなさが気になって。

  ファウンダーP.jpg 怪物か。英雄か。

 1954年のアメリカ。 今はシェイクブレンダーのセールスマンをしているレイ・クロック(マイケル・キートン)は52歳。 過去にいろいろなビジネスに挑戦し、成功したこともあれば失敗したこともある完全な山師。 常に現状に満足せず、新しい何かを探している(といっても、今の仕事をないがしろにすることはしない)。 美しく夫を信じる妻(ローラ・ダーン)がいるが、各地を走り回るセールスという仕事故、妻はほったらかしに近い。 食事はいろんな土地のドライブインレストランを利用することが多いが、満足な店に出会ったことがない。
 そんなとき、8台のブレンダーを注文してきた<マクドナルド>という店があったので、レイは興味を覚えて行ってみることに。 その店は、ハンバーガーとポテトとドリンクをあっという間に提供した。 料理は皿にのせるのではなく紙で包んで袋で渡され、厳選されたメニューによりオーダーミスもない。 いったいこの店はどうなっているんだ!、とこの店の経営者、ディック&マックのマクドナルド兄弟に会う。 彼らは合理性とスピードを両立させたキッチンシステムを確立し、料理の品質を保ちながらできるところは徹底的にコスト削減をした。 その結果がこの店だった。
 レイはそのビジネスコンセプトに感銘を受け、「ぜひフランチャイズ化をするべきだ! 自分がオーナーになってどんどんチェーン店を増やしたい!」と申し出るが、品質を守りたい兄弟(特に弟)は契約を渋る。 しかしゴールデンアーチをアメリカ全土に広げたいという弟の夢のため、兄は弟とレイの中を取り持ち、契約を厳しくすることでレイの独走を予防できると考えた。 だが、レイの野望はそんなことで止められるものではなかった・・・という話。

  ファウンダー5.jpg 初めて訪れたマクドナルドで。
 「これはどういう仕組み?」と戸惑うレイがちょっとキュートである。 でもお店の常連らしいご家族(同じベンチに座っている)は手慣れた様子で食べ始める。 そのハンバーガーパティは、現在のマクドナルドの3倍ぐらいの厚みがある感じ。
 マクドナルド兄弟がテニスコートにチョークでキッチンを描き、その上でバイトのにーさんたちが指示通りに動いて見せ、最も効率の良い動線とキッチンの配置を考えだすまでの描写はスピード感もあってとても面白く、「自分たちでまったく新しいものをつくりあげる」楽しみに満ちている。 これがあったからこそ“ファストフード”の概念が成立したともいえる重要なシーンだ。 でもそんなよろこびはここまで。 そのあとは、兄弟がレイに<食いものにされる>シーンの連続だからだ(とはいえ、そう思うかどうかはその人次第。 あたしはそう思えました)。
 レイは自分が信じるところに忠実で、それを善悪の基準では判断しない人物であるように見える。
 自分が始めたチェーン店で、アルバイトの中でできそうな青年を見つけるとすぐに自分の秘書的な位置に取り立てる(一時期その店は困るだろうが、レイにとっては彼が自分のそばにいることのほうが正しい選択だから)。 どんどん店を拡大していけば当然運転資金が足りなくなってくるが、自分の話を信じてお金を貸さない銀行に八つ当たり。 そのやりとりを耳にした人物から「ボロ儲けができないとしたらシステムに問題がある。 店の土地・施設をすべて準備してオーナーに手渡すのではなく、オーナーからリース料をもらえばいいんです」的アドバイスをもらい、その人物を即採用(その人はのちにマクドナルド初のCEOになる)。 その仕組みを利用して、レイはどんどん加盟店を増やしていく。

  ファウンダー4.jpg 全米制覇に盛り上がる。
 いつも笑顔か無表情、いや、くやしい顔とかもいろいろしているはずなんだけど、レイの顔で思い浮かぶのはそのどちらかだ。 目に感情があまり出ていない。 「怪物か。英雄か。」というコピーもそこから来たのかな。 誰にも本心を明かさない、もしくは自分でも自分をわかってない。 そんな底知れなさをマイケル・キートンは存在そのもので体現。 『バードマン』のときより今回のほうがすごいのでは。
 だって、契約を踏みにじり自分の野望の赴くままに解釈を捻じ曲げるレイはほんとに人でなしなのである(特に、アイスクリームの冷凍庫代がもったいないと、ミルクシェイクを粉末を水に溶かしたものに変えようとするくだり)。 なのに、レイの電話番だった女性を登用し、ビジネスの重要ポストを任せるといった「女性の社会進出」の先駆けを実現させたりもしている。 もっともレイはそんなことを考えてのことではなく、自分が信用できる身近な人間に任せただけのことなんだろうけど。
 そしてレイはハンバーガーの売り上げよりも、立地条件のよさを優先した土地のリース料のほうで儲ける不動産ビジネスで大富豪となったことにニヤリと笑う。 あとはもう、<マクドナルド>の名前を自分のものにするだけだ。

  ファウンダー1.jpg ついにすべてが自分のものに。
 あぁ、これが資本主義の冷酷さというものか。 グローバリゼーションのなれの果てか。
 映画のチラシにはホリ〇モン的な人たちが「これぞビジネスのお手本!」といった賛辞を寄せているが・・・これって同時にレイ・クロックへの賛辞ですよね。 やっぱり一部(大部分かもしれないが)ビジネス界の人はそういう考え方なんだ。 弱肉強食的というか、知恵とアイディアとリスクを恐れない行動力が賛美されるのだ。 たとえそれが、ある人たちの気持ちや生きがいを踏み潰すものであったとしても。
 モラルや誠実さというものは、ビジネス的成功においては何の足しにもならないのだと言っているも同然だ。

  ファウンダー2.jpg そしてマクドナルド兄弟は・・・。
 ビジネスとしては失敗だったかもしれないけれど、あたしは兄弟のほうに共感する。 かわいそうだとは言わない、それが彼らの選択だから。 そもそもマクドナルドのビジネスそのものをつくりあげたのは彼らだし、もし彼らがレイと契約をしなかったら現在世界最大のハンバーガーチェーンは存在しないかもしれないけど、いろいろ迷走している日本マクドナルドの新製品よりも、あたしは彼らのつくったハンバーガーとポテトを食べてみたいよ、と思う。
 あぁ、これがスティーヴン・キングが言っていた50年代、「古き良きアメリカ」なのか。 確かにこの映画では黒人は労働者としてしか出てこないし(そこは時代としてよくない点)、兄弟はまだアメリカ人がお人よしだった時代の象徴かもしれない。 ジューシーなハンバーガーも、調味料が塩だけのフライドポテトもまた。
 しばらくマクドナルドを食べていないが、ますます食べようと思わなくなったな・・・どうせなら、いわゆるグルメバーガーを食べたい。 たとえ多少待たされようと、お値段が多少張ろうとも、そのほうが食べ物に対して誠実だと思えてくるからだ。 物には適正価格というものがある。 デフレだからと言って価格破壊を行った日本マクドナルドは今そのツケを払わされている。 <創業者物語>を教訓にはしなかったのだろうか。 なんだか切なくなるな・・・。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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