2017年08月18日

ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣/DANCER

 神戸ではバレエのドキュメンタリー映画の公開率がやけに高い気がする。 そういう土地柄なのか? そんなわけであたしも時折その恩恵を受けるが・・・これはなかなかの異色作だった。 というか、よく知らなかったあたしは「おぉ、まさに“リアル『リトル・ダンサー』”だ!」、とつい熱狂してしまったのだが。

  セルゲイP.JPG <ヌレエフの再来>と謳われる類まれなる才能と、それを持て余しさまよう心――

 ウクライナ生まれのセルゲイ・ポルーニンは幼少時からバレエの才能を発揮、地元でも抜きん出た存在になっていた。 彼には才能がある、そう確信した家族(特に母親)は、彼を最終的には英国ロイヤル・バレエ団に入れようと、セルゲイと母はキエフ・ロンドンと転居を繰り返し、父親や祖母は外国に出稼ぎに行く。 すべてはセルゲイの学費を稼ぐために。
 その期待に応え、セルゲイは英国ロイヤル・バレエ団に合格、なおかつ19歳でプリンシパルとなる(史上最年少記録)。
 しかしその2年後、人気絶頂のときにセルゲイは電撃退団してしまう。 彼にいったい何があったのか・・・家族や関係者、本人へのインタビューと舞台映像などで構成。

  セルゲイ5.jpg 子供時代からビデオが残っているのがすごい。
 ウクライナからだったらロシアのボリショイ・バレエのほうが近いような気がするが・・・あえて英国ロイヤル・バレエを目指すところが『リトル・ダンサー』とかぶる。 なのでつい、「おぉ!」とあたしは盛り上がってしまったわけで。 しかもバレエの才能だけじゃなくて見た目もなかなかのハンサム。 そりゃ、人気出るよね、あっという間にプリンシパルになるよね、と納得(プリンシパルとはパリ・オペラ座におけるエトワールと同意語)。

  セルゲイ3.jpg 普段の彼はこんな感じ。
 でも彼が<バレエ界きっての異端児>と呼ばれたのは、カラダにガンガン入れ墨を入れていくところ。 王子役をよくやるプリンシパル(もしくはそれを目指す者たち)はあまりそんなことはしない。 しかも彼はプリンシパルであることに驕ったり誇ったりもしていない。 自分がこうしているのは家族の犠牲のおかげ‐つまり、自分のために家族がバラバラになってしまったという無力感にさいなまれる。
 プリンシパルでロイヤル・バレエ団一の人気スターとなればそれなりのお給料が出て、家族が一緒に暮らせるようになるのでは・・・と思っていたあたしは甘かった。 国が違うという問題もあるのかもしれないが、想像以上に収入は多くないのか(もしくは、ロンドンで揃って生活するには相当の金額がかかるのか)。
 もともとの才能と努力で、セルゲイは頂点を極める。 けれどむなしさしか残らないとなったらバレエへの情熱もまた薄らいでいく。

  セルゲイ2.jpg こんなに才能があるのに・・・もったいない。
 セルゲイが自分の苦悩を誰かに相談する、という性格ではないからかもしれないが、バレエ団のえらいさんとか彼の経済状況とか知ってる人がいるはずだろ! お節介な人はいなかったのかよ!、とつい思ってしまう。 日本だったら、なんかいそうではないか。 そこが合理主義で個人主義の国・イギリスってことか。
 ロイヤル・バレエ団でのセルゲイの同期の人たちのインタビューが興味深かった。 彼が持ちえなかった<普通の少年時代>を取り戻すかのようなバカ話エピソードは、年齢を考えればあまりにバカっぽくはあるものの、必要なことだったのだと感じられて。 そして友人という存在がいたということもまた、彼の孤独を埋める多少の助けになっただろうから。

  セルゲイ7.jpg 役柄に合わせて変容。 入れ墨もメイクで隠す。
 それでもバレエには常に真摯に向かい合う。 だからこそ、続けるのがつらかったんだろうな。
 英国ロイヤル・バレエ団を電撃退団後は、しばらくマスコミに追いかけられていろんなことを書きたてられる。 「スターダムから自滅の淵へ」とか書かれたりする。 マスコミとはどこの国でも微妙なものだ・・・。
 しばし休養し、それでもバレエへの思いがやみがたいと感じた彼はロシアに招かれる(これには家族の金銭的負担は必要ない)。 モダンを多くやってきたロイヤル・バレエ団時代とは違い、ロシアのクラシカルな正統派バレエはセルゲイに新鮮な驚きをもたらす。
 でも、彼は引退を決意する。

 彼が自分の引退表明として選んだ曲はホージアの“Take Me To Church”。 振り付けはロイヤル・バレエ団の時の同級生、著名な写真家のデヴィッド・ラシャペルがそのMVの監督を務めることに。 その映像にはセルゲイのこれまでのバレエへの思いがすべて詰まってる。
 よくわからないけど、あたしはこれを観て泣いた。
   <セルゲイ・ポールニンの“Take Me To Church”> ← 映画の公式サイトで観られます。
 というか、引退表明とともにyoutubeにUPされたんだけどね。 で、なんと1800万回以上再生され、セルゲイ・ポルーニンを知らなかった、そもそもバレエに興味などなかった人々をも「なにこれ、素晴らしい!」と熱狂の渦に巻き込むことに。 この映像を観ながら、同じ振り付けを真似しようとする子供たち続出(その映像もまたyoutubeにUPされている)。

  セルゲイ1.jpg “Take Me To Church”の一場面。
 曲もいいけどさ、歌詞がまたセルゲイの思いにリンクするというか、字幕では字数制限の関係からすべてのニュアンスを訳しきれてはいないんだけど、必要最小限の訳はしてくれてる。 そしてその踊りは、カット割りはしているけれど一発勝負的というか・・・「この部分だけ撮り直したい」ということはしていないように見える。 常に彼はフルコーラス踊ったはずだ、テストでも、本番でも。 よどみのない集中力というか、入り込む情熱というか、そういうものを痛いほど感じる。
 こんなものを発表しておきながら、引退なんて無理な話。 この映像で彼を初めて知った人たちが、彼を放っておくはずがない。
 でもこうなって初めて、彼は自分のために踊るよろこびを見い出したのだ。 バレエが自分にとってかけがえのないものであると認めた。
 引退を撤回し、新たなステージに立つことになるセルゲイ。 それは、これから未来の話。
 <リアル『リトル・ダンサー』>どころじゃない。 彼はまるで萩尾望都のバレエマンガに登場するキャラクターのようだ。
 今後は映画出演の予定もあるそうな(それこそ、彼がたとえられた天才ダンサー・ヌレエフの伝記映画とか)。 映画館で彼と再会できることを、あたしは待ちたい。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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