2017年07月26日

残像/POWIDOKI

 アンジェイ・ワイダ監督の遺作、と言われても実感がわかない。
 感じたくないのかもしれない。 でも彼は間違いなく巨匠だし、作品自体は監督の生死とはもはや関係ないところにあるのではないか。 新作はもう出ないけど、残された作品群を読み解く楽しみはいつまでも存在する。

  残像P.jpg 人はそれでもなお、信念を貫けるのか。

 1945年、ポーランド。 終戦を迎えても支配者はナチス・ドイツからソ連に代わっただけ。
 アバンギャルドな作風で人気の画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)は、自ら作品を発表しつつ大学で教鞭をとり、芸術家を目指す学生たちにいろんなことを教えてきた。 が、ポーランド政府はソ連の圧力で全体主義(社会主義的リアリズム)を肯定しない芸術は罪悪であるという方針を受け入れる。 が、ストゥシェミンスキは徹底的にそれを拒んだがために職を追われ、美術館からは作品が撤去され、なおかつ塗りつぶされてしまう。 それでも彼はあくまで抵抗を続けるのだが・・・という話。

  残像2.jpg ソ連に侵攻されたポーランドの寒々しさは雪のせいだけではない。
 ストゥシェミンスキがスケッチをしていたら、突然部屋が真っ赤になる。 窓をスターリンの垂れ幕が覆ったから。 その時の彼の怒りのすさまじさ(集中して絵を描いているところを邪魔された)もまた、彼の抵抗の原動力の一つのような気がする。 それくらい鮮烈な印象を残す場面だった。
 映画のポスターもそうだけれど、ストゥシェミンスキがアバンギャルドな画家ということもあり、原色が結構使われているのが印象的。 “赤”はちょっと憎い色になってしまうけれど、その色彩はモンドリアンの絵を思わせる。

  残像1.jpg 彼を慕って集まってくる若者たち。
 どれほどストゥシェミンスキが絵を、芸術を愛しているか、身近な学生ほどよく知っている。 けれど、ストゥシェミンスキの味方をし続けることは学生たちにとって結構危険なことである。
 この社会の息苦しさ、閉塞感。 だからこそ抵抗するのだとわかるのだけれども、体制への抵抗は迫害とセット。 いったいどこまで耐えられるのか、信念のために生き、死ぬことはできるのか。
 思えば、ワイダ監督の作品にはいつもそんな<覚悟>が描かれている。 たとえどれほど非業の死を遂げようとも、選んだ道は後悔しない、というような。
 で、こんな話を99分でまとめてしまうのである。 もっと大作にもできるのに、あえてコンパクトにまとめることでその壮絶さを際立たせるように。 どれほど思いは強くとも、一人の抵抗は大きな視点から見たら小さいものにすぎないという客観性もあって、結構おそろしい。

  残像3.jpg 黄色が特徴的に使われる。
 まるで希望の色であるかのように。
 ストゥシェミンスキは当時のレジスタンスのシンボルのように扱われた実在の画家。 つまりこの映画に描かれていることはほとんど事実ということであり・・・ポーランドが背負わされた苦悩にまた胸が痛くなる。
 学生たちにストゥシェミンスキがいった言葉に、「残像とは、人がものを見た後の網膜に残されるイメージと色だ。 人は認識したものしか見ていない」というのがある。 タイトルはここから来たんだろう。 イメージと色をキャンバスに写し取ればそれは前衛・アヴァンギャルドといわれるが、もともとの対象は写実画と同じ。 彼は自由なものの見方を守りたかったのかもしれない、画家として、人として。
 だが時代は彼に味方しなかった。 作品を破壊されただけにとどまらず、画材も手に入れられなくなり、食糧配給まで止められる。
 ひどすぎる!
 けれど唐突なまでに訪れるラストまで、救いはない。 それはもう、あっけにとられてしまうほど。
 でもアンジェイ・ワイダ監督にとってはあの時代の確かな事実を伝えていくことが、祖国への愛だと考えているとしか思えない。 その強い信念故に殉じた人たちが、結果的に今のポーランドの礎になったのだとでもいうように。 あたしから見れば、ワイダ監督もそんな一人だ。 伝えたいことに溺れることなく、映画としての客観性や技術を使って感情に走ってないし。
 プロだ・・・なんてプロフェッショナルなんだ。
 描かれている内容はずっと監督が追いかけていたテーマだし、これが「遺言」といわれるのも納得できる。 でも余裕も感じられるし、監督はもっと撮る気だったんじゃないだろうか。  『カティンの森』を撮ってしまった以上、エピソード的には小さくともポーランドにはもっといろいろ語られるべきことがあるだろうし、それをどんどん撮りたかったのではないだろうか。
 そう思うことで、あたし自身のなぐさめとしたい。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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