2017年07月20日

ディストピア パンドラの少女/THE GIRL WITH ALL THE GIFTS

 結局、原作は後回しにして先に映画を観ることにした(上巻のみ読了)。 全部読んでしまうよりは、宙ぶらりんにしておいた方がラストはわからないけど基本設定の違いは楽しめるかな、と思ってみた。 でもこれはすべての原作つき映画に有効な手とは限らないが・・・とりあえず、ためしに。

  ディストピアP.jpg 彼女は人類の希望か、絶望か。

 メラニー(セニア・ナニュア)は教室でミス・ヘレン(ジェマ・アーターソン)のお話を聞くのが大好きだ。 たとえ車いすにしばりつけられ、身動きの取れない状態であっても。 授業以外のときは個室に閉じ込められ、銃を持った軍人たちが自分たちを恐れていたり、人間扱いされていなくても。 勿論、メラニーたち生徒に本当のことはよくわからない。
 だが、断片的に話を聞くに、世界は<ハングリーズ(飢えた奴ら)>でいっぱいで、どうやら自分たちも<ハングリーズ>であるらしい。 メラニーは自分がミス・ヘレンとどこが違うのか、毎日いろいろなことを考える。
  ディストピアパンドラの少女1.jpg 一見、特殊な学校っぽいが・・・。
 頭のベルトは車いすごと頭部を固定するものであり、あれをされると振り返ることができない。 <教室>の前の方に配置されれば、後ろの方に誰がいるのかはわからない。
 徹底した管理体制、でも救いとなる存在がいて・・・みたいなところがカズオ・イシグロ的(正確には『わたしを離さないで』かなぁ)だろうか。 で、メラニーの崇拝的な気持ちがヘレンにも伝わって、ヘレンは生徒たちを普通の子供のように見てしまう。
 実際のところ<ハングリーズ>(字幕では“奴ら”とされ、<ハングリーズ>という文字そのものは出ないけど、台詞でバンバン言っている)とは、タイワンアリタケの突然変異株に感染し、脳を侵蝕された結果、菌類の動く奴隷となってしまった存在。 胞子や感染者の体液ですぐに感染するので、<ハングリーズ>をぶち殺したとしてもその肉片なりなんなりが自分の粘膜等に触れてしまえばアウトである。
 ロメロ直系ではない、パンデミック系ゾンビものと言えるかも。
 新しいのは、原因がウィルスではなく菌類だということ。 タイワンアリタケはいわゆる“冬虫夏草”の仲間。 宿主に寄生して栄養分をとり、最終的にその体を乗っ取って成長する(で、普通ならそれを人間が漢方薬として食べるわけだが・・・成長の仕組みをあえて書くとなんかリアルだわ)。
 まぁ、物語はメラニー目線で動くので、科学的詳細はワクチンづくりに奔走する研究者のコードウィル博士(グレン・クローズ)の呟きから読みとれるにすぎないが。
  ディストピアパンドラの少女3.jpg そんなある日、基地が“奴ら”に襲われる。
 このあたりはかなり原作を端折ったな、というか大胆に短縮したな、という感じ。
 ちなみに、メラニーたちが履いているのは黒のクロックスでした。 原作では白い病院衣っぽいものを着せられていたけれど、映画では動きやすさ重視かスウェット的なものになっています(でもグアンタナモとか連想する色と服ではある)。
 そもそもメラニーたちはなんなのか、といえば、第二世代(セカンドチルドレン)と呼ばれる、胎児のときに母親が<ハングリーズ>になった、という二次感染者。 だから一次感染者に比べれば見た目は普通で知能もあるから会話もできるのだが、体内構造的には一次感染者たちと同じなので宿主になれるものが近くにあれば本能が目覚めてしまう(つまり人の発する体臭などが引き金になって捕食本能に支配される)。 何故基地内で生徒たちがなんとかおとなしくしていられるかといえば、人間たちがみな体臭をブロックするクリームを塗っているからで、セカンドチルドレンが<ハングリーズ>に瞬時に変わることを知っていても毎日相手にするメラニーたちとその知識が結び付かなくて、ヘレンはいつも軍曹のエディ(パディ・コンシダイン)に怒られるのだ。

  ディストピアパンドラの少女2.jpg 逃げる過程で、軍曹、いやいやながらメラニーとも協力。
 なにしろ軍人のみなさんたちは<ハングリーズ>の恐ろしさをよく知っているし、仲間たちも何人もやられているし・・・だから見た目は子供であろうとも「こいつらはバケモノだ」という姿勢を崩さない。 まぁ、態度としてそれはどうだと思っちゃうけど、元来それは正しい。
 つまりは、「人間は何を見ているのか」ということだから。
 そんなわけでこの映画、原作者自らが脚本を書いているので、ばっさり切った部分は映画的制約のこともあるだろうけど自分が伝えたいこととは直接関係がない、と割り切ったからであろうか。
 ヘレンはメラニーを“普通の子供”として見ている。 軍曹はバケモノと思いつつ、一緒に逃げ、ときには助けられたり助けたりしていくうちに認識が揺らいでいく。 博士は一貫してメラニーを“重要な研究対象”として見ている。 では、メラニーはそれぞれをどう見ているのか?

  ディストピアパンドラの少女4.jpg グレン・クローズ、鬼気迫る演技。
 文字通りワクチンづくりに命をかける博士は、もはやそれが自分のアイデンティティー。 研究設備も十分ではないのに、そして<ハングリーズ>のパンデミックは一向に落ち着きをみせる気配はないのに、それでも研究をあきらめない。 まるで自分だけが特別で、自分だけが世界を救えると思っているかのように。 グレン・クローズ、はまり役でした。
 ジェマ・アーターソンも『アリス・クリードの失踪』とも『ボヴァリー夫人とパン屋』とも全然違い、子供たちへの情に流されまくりのカウンセラー(それはそれで筋を通しきったらひとつの信念である)を熱演。 軍曹もいい味出しているが、女の闘いなのでちょっと分が悪かったか。
 が、なによりいちばんすごいのは、メラニー役のセニア・ナニュアである。 オーディションで見い出されたそうだけど、その存在感と説得力がすごい。 自分は人間ではなくハングリーズなのだ、と受け入れていく過程を、子供特有の潔癖なる残酷さで表現している。 原作ではメラニーは白人の少女という設定だが、スタップ側の「彼女のためならその設定を捨てる」、という気持ちになるの、わかる。
 ただ、文芸テイストとしてはもう少し描いてほしいところもあったし、ゾンビ系B級ホラーだと思うとかなり物足りない部分はある。 ジャンルミックスの面白さを楽しむか、ジャンル映画としては不満と思うか、好みがわかれそう。
 あたしは結構好きな方だけど・・・原作を最後まで読んだらまた印象変わるかな?
 でも『ディストピア』という邦題はどうだろう・・・『パンドラの少女』だけでよかったような。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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