2017年06月27日

20センチュリー・ウーマン/20TH CENTURY WOMEN

 映画館のカウンターで、「この映画のタイトル、なんと発音したらいいの?」と久々に悩む(いまどき、大概のシネコンは自動券売機になっていますが、神戸国際松竹は古き良きカウンター制です)。 <20世紀>だから「トゥウェンティース」だよね。 でも20世紀の女性は一人じゃないから「ウィメン」だよね。 でもカタカナでそこは「ウーマン」になってるし・・・困ったところはうにょうにょと小声でごまかした。 スルーしてくれたおねーさん、ありがとう。
 『人生はビギナーズ』のマイク・ミルズ監督最新作。

  20センチュリーウーマンP.jpg 母さんは、15歳のボクのことを“彼女たち”に相談した。
     1979年、ボクたちの特別な夏がはじまる。

 舞台は1979年、カリフォルニア州サンタバーバラ。
 15歳のジェイミー(ルーカス・ジェイド・ズマン)は“大恐慌時代の人”である母のドロシア(アネット・ベニング)と、下宿人のウィリアム(ビリー・クラダップ)・写真家のアビー(グレタ・ガーウィグ)と同じ家に暮らしている。 幼馴染のジュリー(エル・ファニング)は一緒に住んではいないけど、家が近いせいでどっちが家かわからないくらいにやってくる。 ウィリアムは女性陣を敵に回すほど愚かな人物ではないので、ジェイミーは世代の違う三人の女性たちにいつも翻弄されるような形に。
 しかしドロシアにはそう映ってはいないようで・・・ジェイミーのこれからについてどうアドバイスすべきか、アビーとジュリーに相談。 二人はお目付け役の任務を与えられることに。
 そんなジェイミーのたった一度の夏、振り返ればとても貴重で大事な夏の物語。

  20センチュリーウーマン1.jpg ボクとママ。
 前作『人生はビギナーズ』で父親を描いたマイク・ミルズは、今度は母親を描く。
 “大恐慌時代の人”と息子に言わしめるその母は、40歳で初産というその当時としては多分結構な高齢出産(ということはこのとき55歳?)。 学歴も高く、資格を持つキャリア女性として歩み始めた最初の頃の世代? 彼女たちの努力でのちの女性たちの道が開かれた、という人たち。 これは個人差なのか、世代の特徴なのか、ともかくもこのお母さんがユニークなのは間違いない。 シングルマザーであるということに負い目なども感じず、事実をあるがままに受け入れている。 なのに息子のことはやっぱり心配なのね、という。
 ノーメイク、もしくはメイクダウンですか?、なアネット・ベニングがしわもよれよれな姿もそのままさらけ出し、あえて老けた感を出しているけれどそれがナチュラルで、「年をとっていくことの真っ当さ」をあらわしているようだ。 年をとればとるほど人生は面白い、的な。

  20センチュリーウーマン2.jpg ジェイミーをめぐる三人の女たち。 このアンサンブルもまた素晴らしい。
 アビーはパンク世代(20代後半くらい?)でフェミニズムが常識の第一世代か。 音楽の趣味でジェイミーと意見が一致し、そのフェミニズム精神もまたジェイミーに伝播する。 その代表がトーキング・ヘッズ! でも自己表現は不器用でちょと困ったちゃん? 母親とはまったく違う女性像は、ときにジェイミーを混乱に陥れる。 音楽を介してはこんなにわかりあえるのに。
 ジュリーは17・8歳くらい? 女性に違う種類の興味を抱きはじめるジェイミーにぴしゃりと食らわしつつも、自分は女としての自由を男性との関係でしか発揮できないことにひそかに思い悩んでいる。 同じベッドに寝つつそんなことを聞かされるジェイミーはちょっと迷惑だが、でもそれは女性心理を学ぶまたとない機会だったんだな。 自分が男として見られていないことにがっかりしちゃうけど(でもむしろ友情のほうが貴重で特別なものなんだから、とジュリーに言われると納得してしまう)。
 世代が違う・タイプも違う三人の女性たち(これがタイトルの意味か)がこんなにそばにいて自分を構ってくれる。 そんな幸運をしみじみとかみしめたのは、多分きっとジェイミーが大人になってからなんだろう。 でも、大切な友人のために薬局で妊娠検査薬を買ってくるその勇気は、15歳のジェイミー自身が身につけたものだ。 だけど、その当時の妊娠検査薬ってすごい大袈裟な道具だったのね・・・現行のスティックタイプになるまでにどれほどの開発の道を辿ったのか知りたくなってしまった。

  20センチュリーウーマン3.jpg 母親同席のセラピーなんて役に立つわけない、とご立腹のジュリー。 エル・ファニングがこんなに成長していることにびっくりです。
 ジュリーの母親はセラピスト。 だから娘の問題行動(?)のために集団カウンセリングを受けさせているのだが、そこに同席してしまう母親の存在自体が彼女にとってストレス要因である、と気づかないセラピストって・・・と哀しくなる。 でもそれは母親だからなのか、その時代の感覚としては当たり前のことだったのか、そのへんがよくわからない。 数えてみると・・・あたしより二回り以上年上か、その母親世代にはウーマンリブは通じてないかも。 いや、ウーマンリブが正しいってことではないのだけれど、考え方や生き方の多様性を認めることが当たり前の時代に生まれたはずのあたしでさえ、同年代やその年下でも固定観念に苦しんでいる人がいたりするから。
 世代に特徴は出るけれども、個人差もある。 若いうちからそれを学べたジェイミーはやはり幸運だったのでは。
 そして、<20世紀の女性>の代表であるドロシアもまた、充実した人生を送った、と思いながら眠りについたのだろう。
 これはジェイミーを触媒にした、女性たちへの讃歌であった。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック