2016年11月27日

怒り/吉田修一

 どうも映画のもやもやがおさまらないので、原作を読むことにする。
 あ、「もやもやした気持ちのままの映画がイヤ」ということではない。
 もやっとした気持ちはあれど、それはそれで受け入れられるとか、むしろはっきりしないことが心地よい映画もある。
 でも映画『怒り』は、あたしの中ではそうではなかった、ということだろう。

  怒り単行本1.jpg怒り単行本2.jpg 図書館に予約を入れていたのが来たら、単行本だった。

 あのオチさえ違う形であれば、『横道世之介』は好きな作品として人に薦めたかもしれない。 吉田修一はあたしにとって、「なんだか“おしい”作家」である。
 さてこれはどうだったのかといえば・・・先に映画を観てしまったので、特に衝撃は受けなかった・・・というのが正直なところ。
 あえてなのだろうけれど、妙に俗っぽい言葉を選んでいる気がして、ちょっと落ち着かない気持ちにさせられた。 リアルタイムのあるひとときを切り取ったのかもしれないけど、2016年の終わりに読んだだけである種の“古さ”を感じてしまったから。 ずっと読まれるものにする気はないのか、それとも何十年かたてばそういうことが気にならなくなるのか。
 映画では中途半端な感じがした刑事さんに、こういう設定があったとは・・・というのは原作を読んでよかったところ。
 同じような言葉を告げても、呼び止められることもあれば去ってしまう人もいる。 そういう理不尽さというか、人の心の不可解さが浮き彫りになる対比として重要だけれども、映画でカットしたのは正解だったと思う(<謎の三人の男>に集中できない可能性が出てくる)。
 それにしても、やっぱり『怒り』という感情の正体がよくわからない・・・。
 泉ちゃんと辰也くんに関しては、映画の方がうまく処理されていた気がするけど、愛子が家出した理由は原作でしっかり明かされていたので「ダメな子だな、この子は」と思うことができた。 映画と小説とで合わせ技、という感じ。
 そのへんも、『悪人』を越えてないかな。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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