2016年11月23日

手紙は憶えている/REMEMBER

 『スウィート・ヒアアフター』以来注目しているアトム・エゴヤン監督の新作というだけで結構わくわくだが、over80の俳優さんたちがメインということ自体にも期待(だってクリストファー・プラマーとマーティン・ランドー共演だもん)!
 「ラスト5分の衝撃!」とか煽られてしまうと、大体オチはわかってしまうんですが(実際、予想通りだったし)、でもここはそんなどんでん返しが大事なのではなく、老練な役者さんたちの演技!、それを観るのがいちばんの目的です。

  手紙は憶えているP.jpg 70年前、家族を殺したナチスを探せ。
         容疑者は4人。 手掛かりは一通の手紙のみ。

 90歳のゼヴ(クリストファー・プラマー)はある施設で暮らしている。 毎朝、目覚めてすぐに死んだ妻を探してしまうほど認知症が進んできたこともあり。 だが、同じ施設で暮らす友人のマックス(マーティン・ランドー)とはアウシュビッツからの生き残りであるという共通点から特別な絆があり、お互いの家族を殺した男<ルディ・コランダー>を探し出して復讐するという目的があった。 マックスはこれまでのすべての調査内容、ゼヴが忘れたら困る手順をすべて書き出した手紙を「心変わりはないか?」と確認してからゼヴに手渡す。 妻を亡くした今となっては、ゼヴの生きる目的はそれしかなかった。 施設を出て単身<ルディ・コランダー>探しの旅に出る。

  手紙は憶えている1.jpg クリストファー・プラマー、ですよね?

 何がハラハラするって、ゼヴのよぼよぼ具合!
 『人生はビギナーズ』であんなにキュートだったクリストファー・プラマーが、こんなに老いさらばえるなんて・・・とショックを受けつつ、それでも自分より実年齢よりも上の役を演じるその心意気(同年代の普通の人よりもはるかにご本人は矍鑠としているはず)にも強烈な印象を受ける。 もう少し先に確実にやってくるであろう<老醜>を、あえて体現する役者としてのその勇気、というか。
 ドアップになってみて、「もしかして、老けメイクしてる?」と気づくことになるのだが・・・その佇まいや動き、背中の曲がり方などはメイクじゃないから。 そんな状態で、ナチスへの恨みを果たすことを生きがいにしているのだ。 ユダヤ人の執念深さは半端じゃないね!
 おまけにゼヴの認知症も進行しているようで、ちょっとした眠りに落ちるだけでも最近の記憶をなくし、目が覚めるたびになくなった妻の名を呼ぶ(これが記憶を失くした合図にもなるのだが、『メメント』も思い出させるものが)。
 だが、とりあえず身体は動く。 対して、パートナーであるマックスは頭の働きが正常で(というかむしろ鋭敏さは失われていない)、なのに呼吸困難で車椅子でクリニック内を移動するくらいしか出来ない。 計画段階では二人で一人でやれたことが、いざ実行となると二人は別々に行動しなければならず、計画のすべてはマックスが渡した手紙の中にだけ存在する。 ゼヴが目覚めて手紙を読むことに気づくまで、彼は失われた過去の中をさまよう(だから腕や服の袖に「手紙を読め」とペンで書く)。
 なんかもう、すべてが不憫でたまらない。

  手紙は憶えている2.jpg 「彼が、ルディ・コランダーだ」
     マックスはゼヴから入る電話で後方支援(携帯電話を持って出かけてはいるが、案の定途中で失くす。 勿論電話番号は手紙に書いてある)。

 ちなみに、マックスがコツコツと集めた情報はユダヤ系人権団体<サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)>からのもの(ちなみにここは、戦後逃亡していたアイヒマンやメンゲレも探していたという歴史も実績もあるところ)。 過日、日本の某アイドルグループの衣装がナチスの制服を連想させると抗議してきた団体とはここのことである。
 となれば世界中に張り巡らされたその情報網のすごさ、ナチのかけらも見逃さないという冷徹さ、日本の関係者がすぐに謝罪したことからも影響力のすごさが想像できる。 ゼヴもマックスもその情報を疑わないのはそのせいもあるだろう(ゼヴに至っては任務を遂行するだけでいっぱいいっぱいだが)。
 今は名前を変えているけれど、かつてルディ・コランダーという名前だった4人を尋ね歩く旅は、シリアスなテーマとどこか遊離して、時折ユーモラスなロードムービーになる。
 だからこそ、よくわからなくなって焦るゼヴの姿が切ない。

  手紙は憶えている3.jpg パニック起こして車に接触しかけて倒れ、旅先の病院に運ばれたり。 同室(?)患者の見舞客の子供に手紙を読んでもらうが、観客もそこで初めて手紙の全文を知ることになる(それまでは部分しか出てこない)。 そして少女は「ナチ」をどう読むかわからない、というあたりに時代の変化を入れているあたりもうまい。

 <水晶の夜>やワーグナーなど、他の作品で知った出来事が繋がっていくのも「あぁ、あたし、わかってきてる!」と近現代の歴史オンチとしてはうれしくもあり、でもキーワードに過ぎなかったものが実際にいろんな人に影響を与えてきた事実なのだと思い知ることになって、それもまたつらいのであるが、この映画では回想シーンは一切入れず、<歴史の罪>を暴くことではなくゼヴの生きざまに焦点を当てているのでぎりぎりサスペンスの枠をはみ出さないように軌道修正が行われるので、いわゆる<ホロコースト映画>とは一線画すものである。
 ま、ブルーノ・ガンツが出ているので、カギを握るのは彼だろうと最初から予想はしてたけど・・・彼の老けメイクもまたすごくて、一瞬誰だかわからなかった(ということは、クリストファー・プラマーやマーティン・ランドーよりひと世代くらい若いのか?)。
 「ラスト5分の衝撃」は予測できた内容だったけど、それを彩るのは彼らのすさまじい演技であり、だからこそわかっていても衝撃を受ける。
 こういうところが小説よりも映画の強み、だろうな。 新人の脚本をベテランのみなさんが一切手を抜かずにつくりあげる、という構図がいちばんの観どころではないかと。
 それにしてもユダヤ人の執念深さはすさまじい・・・。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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