2016年11月15日

われらが背きし者/OUR KIND OF TRAITOR

 ジョン・ル・カレの作品の映画が107分でまとまるのか?! 原作の分厚さを考えると若干不安がなくもなかったが、ユアン・マクレガーとステラン・スカルスガルド共演という魅力には勝てない。
 それにきっと、<省略の美学>がはたらいているのだろうという期待も込めて。

  われらが背きし者P.jpg 何故、僕を選んだ――

 モロッコにバカンスに来ていた、イギリス人の大学教授ペリー(ユアン・マクレガー)とその妻で弁護士のゲイル(ナオミ・ハリス)だが、夫婦仲は危機を迎えていた。 夕食のためのレストランでも口論となり、仕事の電話が入ったと席を立ったゲイルと、その場に取り残されたペリーの姿を見て、奥にいた人物が「一緒に飲もう」と声をかけてきた。
 ディマ(ステラン・スカルスガルド)と名乗るその男はペリーが頼むのを躊躇したワインを開け、みんなに振る舞う。 強面だが話の通じる彼と意気投合し、翌朝もテニスを一緒にする約束をしてしまう。 しかし、実はディマはロシアンマフィアの資金洗浄役で、組織のトップ交代の権力闘争のため自分がそのうち消されるであろうことを察知しており、情報を交換に自分と家族を安全なイギリスに亡命させたいからMI6に渡してほしい、とペリーはUSBメモリーを託されてしまう。 「何故僕に?」と戸惑うペリーに「他に信用できる人間がいない」と答えるディマ。 事情を知り、そもそもマフィアの人間と関係を持つなんてありえない!、と激怒したゲイルだったが、テニスコートにいるディマの家族(特に子供たち)が組織の者たちに監視されている様子を見て困惑。 イギリスに戻り、空港の税関でMI6の人を呼んでもらい、物を渡せばそれで終わりだと思っていたのだが・・・という話。

  われらが背きし者3.jpg 少し前にTVで『天使と悪魔』が放送されていたのをちょこっと観てしまったので、「ユアン、老けた〜」と個人的に衝撃を受けたが・・・この作品ではあえてそんな老け感を受け入れ、ハンサム色も薄くして<いたずらに正義漢は強いけど実力は伴わない、普通の人>を好演。 そしてナオミ・ハリスが持っているその赤いカバン、どこの?!、とすごく気になった。

 やはりストーリー展開を早くするために、登場人物の設定には多少の変更が加えられている。 でもそれが特に気にならないのは、スピード感と緊張感が最後まで持続するから。
 多分最大のネックであろう「なんでそんなやばいことを引き受けちゃうのか」の説得力は、そもそも出会ったのが非日常の旅先であることと、ペリーが基本的に善良な人間であること、ペリーとディマの友情と信頼、でクリアされているのでこちらも彼らと一緒に逃亡劇についていっているような気持ちになる。
 そう、<男の友情>。 大切なことはいちいち口には出さないから女から見て意味不明なときもあるけれど、たとえ出会ってすぐでも「こいつは信頼できる相手」だと思えば自分や家族の命も託せるし逆に命も投げ出せる、みたいな感覚。 お互いにそんなものを感じてしまったら、銃なんか持ったことがない軟弱インテリも「自分にできることがあればなにか」とがんばってしまうよね、とあたしは納得。

  われらが背きし者2.jpg それもこれも、ステラン・スカルスガルドがディマという人間をとても魅力的に体現しているからである。
 強面だけどチャーミングなのは彼のもともとの持ち味だが、この役ではよりその差を深めている。 日本でいえば吉田鋼太郎みたいなポジションか。

 まぁ、そんな二人の関係を巧みに利用するのがMI6のヘクター(ダミアン・ルイス)なのだが・・・どこか官僚っぽい佇まいに「この人、『HOMELAND』と同じ人だよね?!」と自問自答してしまった。 ヘクターの感情や葛藤を表に出さない感じが非常によかった。コイツほんとに信用できるのか?、という疑惑もスリルを高めてくれたから。
 今回はジョン・ル・カレ作品にしては珍しく、ただMI6が出てくる、というだけで大がかりなスパイや諜報戦とは無縁。 それ故に、「一般人が−もしくは自分が巻き込まれたら一体どうなんだろう」と自己投影する余地もあり、余計にスリリング。
 原題にある“TRAITOR”“裏切り者”のことだが、登場人物がほぼ多かれ少なかれ何かを裏切っている(そしてその裏切りの度合いにも違いはあるのだが、その尺度は絶対ではない−たとえば国家を裏切ることと愛する人を裏切ることと、どちらがよりひどいか、感じるのは個人差がある。 法律に違反するという基準は別にして)。
 『われらが背きし者』とは、つまり「誰もが多かれ少なかれ裏切り者である」ということであり、だからこそ「裏切ってまで何をするのか」の生き方を問われる物語である。
 展開としては大きな意外性があるわけではないのだが、演出というか見せ方が巧みというか、こっちが予想するテンポとちょっとずらしてくるので、たとえ予想通りだとしても結果的にはハラハラドキドキしてしまう・・・監督が女性だったからでしょうか、結構あたしはいろんなところがツボでした。

  われらが背きし者5.jpg 逃亡劇がロードムービーっぽくなっているのも風景が美しいから。 フレンチアルプスもまた、こんな状況であれども美しい。

 あぁ、だから<裏切り>というテーマと同じぐらいの、もしくはそれ以上の比率で<男の友情>を描いたのか。 ディマを実は繊細でとてもチャーミングな人間として表現したのか。
 ディマの妻の台詞は大変少ないのであるが、彼女の動作だけで事態をすべて承知したうえで夫についていくと決めたのだなぁ、愛だなぁと察することができるかっこよさ(それに対してゲイルは喋りまくりなのだが、次第にペリーの気持ちを理解し、ディマの家族に寄り添うにつれ言葉少なになっていくのも印象的)。

  われらが背きし者4.jpg ヘクターがいかにただの官僚っぽく見えようとも、いざとなると銃の扱い方はさすが。 ダミアン・ルイスは次の007第一候補らしいですが・・・となるとよりリアル方向を目指すのだろうか。

 もっと愁嘆場も大物が捕まるシーンも撮れただろうに、あえて一切出さず、静かに終わるラストには物足りなさもないわけではないけれど、パスタをゆでるヘクターの姿に、非日常を職業にしてしまった男の日常を垣間見る。 多分その気持ちはペリーも同じで、彼は彼の日常にまた帰っていくのだが、その“日常”は以前と同じものではない。 この世界が様々な人たちの裏切りや努力であやうく成り立っているものだと知ってしまったから。
 上映終了後、はーっ!、と、思わず深呼吸してしまいたくなったのは、やっぱり観ている間ずっと緊張していたからでしょう。 でも充実した時間だった!
 ちなみに、エンドロールの出演者にジョン・ル・カレの名前を見つけてしまったが・・・どこにいたのかわからん!(いや、そもそもあたしは彼の顔を知らんのだが)。
 お元気そうでなによりです。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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