2016年08月18日

AMY エイミー/AMY

 エイミー・ワインハウスがスターダムにのし上がった瞬間からその突然の死までリアルタイムに知っている身としては、やはり観ておきたかったのです。 クスリや酒におぼれてステージに穴をあけたりしても、それでもみんな彼女を許し、また音楽に帰ってきてほしいと願ってたのに。 それが叶わなかった理由を知りたかった。

  エイミーP.jpg わたしは、ただ歌いたいだけ。 彼女は、音楽と愛に生きた――

 エイミー・ワインハウスが死んだのは2011年、27歳のとき。
 映画は友人の家で撮られたプライベートフィルムの14歳の彼女から始まって彼女の人生を年代順にたどり、本人やその周囲にいた人々のインタビューで構成されている。 その頃からすでに彼女はエイミー・ワインハウスであり、けれどあたしが知る以上に健康的でかわいらしい少女だった。 音楽を、歌を純粋に愛していた。 なのになんであんなことになっちゃったのか・・・。

  エイミー1.jpg18歳、既にシンガーとして歩み始めていた頃。 はじける若さの輝きに“陰”はまだ見えない。

 結論を言えば、彼女は非常に依存心の強い女性であり(それは子供の頃に家族を捨てて父親が出ていってしまったことに起因しているのだが)、とても愛情に飢えていた。 もし、彼女が心から信頼できるものが音楽の他になにかもうひとつでもあれば・・・あんなダメ男に引っかかりはしなかっただろうし、彼女が有名になった途端に戻ってきた父親にノーと言うことができただろうに。 しかし音楽だけに打ち込んできたからこそあの声が、歌い方が、曲ができたのかもしれないし、仮に人としてもう少し充たされた生き方ができていたらまた変わっていたのかもしれない(勿論、いい方向に変わっていった可能性もある)。
 でもあたしもよくわかってなかったんだなぁ、と思い知らされたのは、彼女を一気に世界的大スターに押し上げてしまった一曲『リハブ』のこと。 実際にリハビリ施設に入った経験からつくられた歌だと思っていたのだが・・・彼女は施設には入っていなかった(正確には入る準備ができていたところを、彼女の父親が割って入って「その必要はない」と言ってしまったのだ)。 また余計な真似を・・・。

  エイミー3.jpg 『リハブ』の頃。 結局このあたりが全盛期ということになってしまうのか。

 あたし自身も家族の問題を抱えていた過去があり、それ故に自己承認欲求がとても強いのだが、年齢とともに落ち着いてきたというか、信頼できる周囲の人々のおかげもあり、切り捨てるところは切り捨て、あるがままの自分を認められるようになってきた過程があるため、周囲の人間をときに戸惑わせるエイミーの言動が痛いほどよくわかる。
 レコード会社がつけた最初のマネージャーに、「会社を辞めて私の専属になってよ」と何度も迫り、「それはちょっと・・・」と最終的に断られると直接レコード会社にマネージャーを代えろと言い出したりしたのも、本当に自分を評価して信じてくれているのかという証拠がほしいから。 で、得られそうにないと感じたら自分から切る、傷つきたくないから。
 彼女が人を翻弄するような言動をしたのは、100%愛して信用してくれているのか試しているだけなのだ。 自分も絶対的な(ある意味、盲信的なほどの)愛を捧げるから、それと同じくらい、もしくはそれ以上のものを相手に求めていただけなのだ。 気持ちはわかる、わかるのだが・・・それを親しい人全員にしちゃダメだ。
 なのに、クズみたいな男にあっさり引っかかっちゃうのは、クズ男は彼女がほしい言葉をいってくれるからだ。 たとえその場限りの中身のない言葉でも。 多分彼女だってわかっていたに違いない、それでもとめられないのは、自己破壊願望が育ってしまったからだろうか。
 彼女が敬愛したトニー・ベネットが「彼女は急ぎ過ぎた。 歳をとってわかることもあるのだと伝えたかった」みたいなコメントを寄せていたが・・・まさにその通り。 才能と激しすぎる情熱と繊細すぎる心を持ってしまった芸術家肌の人間はせいぜい27歳くらいまでしか生きられない、みたいな決まりでもこの世界にはあるのだろうか(それにしても、全盛期のパワーより若干落ちていた頃のエイミーとデュエットしたトニー・ベネットの歌声の力強さにひっくり返りそうになったのはあたしだけだろうか。 いったいおいくつですか! 羽佐間道夫並みの“バケモノ”を久し振りに見た)。

  エイミー4.jpeg いったいどうしたらこんなふうになっちゃうの・・・(こういう映像とか写真が残っていることもまたおそろしい)。

 エイミーの人生を主にダメにした二人の男、父親と元夫が堂々と出てきて(映画製作時、だから彼女の死後だよ?!)、インタビューに顔も名前も出して答えちゃうってのがなんかぞっとした。 この二人、自分がしたことわかってないな! 途中でクビを切られた最初のマネージャー(結果的に彼がいちばんエイミーを心配していたように感じられた)が音声インタビューだけだったのと非常に対照的に。
 彼女は本能で生き過ぎた。 いくら音楽の才能があっても、突然始まってしまったセレブリティ生活に適応できるわけがない。 パパラッチに追われる中、ダメ男に引っ掛かったままクスリとアルコールの過剰摂取なんて(しかも精神安定剤や抗うつ剤系ではなくマリファナやヘロイン、コカインというヘビー系)、もう21世紀にすることじゃない。
 学校には全然行っていなかった、勉強には興味がなかったとエイミーは語っていたが、生きるために必要な知識は学んでおくべきだった。 トニー・ベネットという素晴らしい目標がいたじゃないか。 なんでもっと考えてくれなかったんだ。
 いや、彼女は考える人ではなかった。 感じる人だったのだ。
 それが若さ故でもあり、音楽以外では途端に怠惰になってしまう彼女の性格もまた災いした。 根拠もなくなんとかなると思ってしまうときと、もう何もかもどうでもいいというときと、晩年の彼女は薬物中毒と精神的な病にどっぷりとつかっている。
 サポート体制がもうちょっとなんとかなっていれば・・・と思わずにはいられないのだが、結局は患者本人の意志という形で強制入院はさせられないんだな(ビッグスターになってしまえばビジネス的な思惑も絡んでしまうし)。
 若くして死ねば伝説になる。 でもそれは後世の人が思うことであって、リアルタイムに生きている者たちにとってはそんなこと望んでいないのに。
 この映画は誰かを悪者にも善玉にも描いていない。 ただ事実を淡々と積み上げるだけ。
 でもそのどこかに何度も彼女を救えるチャンスはあったことをひそかに告げてくる。
 これは、次なるエイミー・ワインハウスをつくりださないための処方箋だ。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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