2016年07月31日

クリーピー 偽りの隣人/CREEPY

 なかなか観に行くタイミングが合わないまま時間が過ぎ、ヒットしているものの内容は賛否両論(むしろ否が多い?)みたいなことが伝わってきてしまい、観に行くことを迷った。
 でもこの先公開する黒沢清初海外作品『ダゲレオタイプの女』は観たいし(だってマチュー出てるし!)、その比較の意味でも観ておいた方がいいかなぁ、と。
 というか、黒沢清監督ですら日本国内資本では原作つきの映画しか撮らせてもらえないという現状が賛否が分かれるそもそもの原因ではないのかなぁ、と思うのですが。
 そのかわりというか、演劇出身の人が映画を撮ったり、異業種監督が当たり前になって日本映画の裾野は広がっているのだが、こういう形でとばっちりを食う人(特にベテランでも寡作で作家性の強いタイプ)がいるということも知っておかなければ・・・と思う。
 これは日本映画界の構造的問題。
 ちなみに映画本編のオープニングクレジットには『偽りの隣人』という表記はありませんでした。 この副題はマーケティング上つけられたものかと。 でもちょっとネタバレじゃん!

  クリーピーP.jpg あの人、お父さんじゃありません。 全然知らない人です。
    未解決の一家失踪事件×奇妙な隣人家族――犯罪心理学者が迷い込んだ2つの≪謎≫

 犯罪心理学を修め、刑事となった高倉(西島秀俊)だが、あるサイコパス相手の事件の際に犯人に刺され、被害者を出してしまう。 警察を辞めた彼は一年後、犯罪心理学の教授として大学にいた。 心機一転、妻の康子(竹内結子)とともに新しい家に引っ越したのだが、お隣は「近所づきあいはしないから」という家で、もう一軒のお隣を訪ねると、西野と名乗るその隣人(香川照之)は第一印象は最悪ながら、会うたびに態度が違い、どうもとらえどころがない。 娘の澪(藤野涼子)と妻の三人暮らしだというが、西野の妻の姿は見たことがなかった。

  クリーピー3.jpg 最近、共演しすぎな二人。 まぁ、隣人が香川照之だというだけでサブタイトルなくても結構ネタバレですが。
 ある日、研究室で院生がまとめていた<奇妙な事件>データベースから未解決の“日野市一家失踪事件”が気になった高倉は現場に立ち寄る。 すると刑事時代の後輩・野上(東出昌大)がやってきて、その事件唯一の生き残りである長女の早紀(川口春奈)の心理分析をしてもらえませんかと頼まれる。 6年前の事件だが、彼女は何も覚えていないというのだ・・・。
 と、ここまでのあらすじと繰り返し観てしまった予告編からだいたいの展開の予想はついてしまったんですが・・・大体予想通りではあったものの、その過程が<不快>なのです。
 ただ怖がらせるだけがホラーの定義ではなく、観客を不快・不愉快にさせ、落ち着かない気分に終始させるというのも<現実という安定>を否定する意味で十分にホラーかと。
 何故ならば、まともな人が一人も出てこない。

  クリーピー4.jpg 本来和やかなはずの食卓も、不穏な空気に満ちている。 そもそも「付き合うのは止めよう」といった相手を何故夕食に招待してしまっているのか。
 香川照之は登場しただけでもうあやしさ全開ですが(それでも彼の力としては7割ぐらいの感じの、ちょっと力を抜いた演技プランだったのではと思う)、高倉は研究対象の異常犯罪にのめり込まないようにすべてに予防線を張っているように(だから他人に対して適切な距離感がつかめていないようにも)見えるのだが、異常心理を知りたいという気持ちにブレーキはかけられず(「康子、おれがきみを守るから」という言葉の空虚なこと!)。
 そして唯一まともな人のように見える康子ですらも、犯罪というラインに触れてはいなくても引っ越しのご近所さんへのご挨拶に手作りチョコレートを持参するなどどこかずれている。 “料理上手で気の利く私”を「認めてほしい症候群」なのだろうな、とわかるのだが、彼女へ共感を誘うような描写は一切ない。 人間には欠点が誰しもあるものだが、いい点でそこはカバーされるはず。 なのにこの映画では、登場人物のマイナス点ばかり強調され、持っているはずのいいところを押し隠す。 それ故に誰にも共感できず(ここが大事な人はこの映画をどう受け止めていいのかわからなくなるだろう)、壊れた人ばかりが出てくる、ということに。 勿論、それも意図的でしょう。
 そして様々に積み重ねられる違和感。 物語的に関係ないかもしれないけど、なんだか気になることが最初からちらちらと散りばめられていて、それもまた不快さを深める原因。

  クリーピー2.jpg ガラス張りの大学って、解放的なようでいて逆に閉鎖的というか、ガラス一枚隔てて見えているのに、複数の別の世界が存在しているかのよう。
 「日本でそんな事件が起こるわけがない」という油断が登場人物たちの不用意な行動を誘ってしまうのだけれど、観客にはすでに異常さが見えているから彼らの言動があまりにものんきで短絡的過ぎると思えてしまうように、ここでリアリティを追求しても始まらないんだけれど、意外にもその不用意さが逆にリアルなんじゃないか、とか。
 ちょっと『Cure』を思い出す場面もあって、そうなるとナンセンス(不条理)コントにも見えてしまうおかしさ。 ホラーと笑いは紙一重。
 「日本の住宅街って、家と家とが結構近いな・・・」と、当たり前の事実なんだけど、改めてそれを危機感というか恐怖の対象として見てしまう自分がいた。
 いや、言うほど悪い作品じゃないと思う・・・むしろ、限られた制約の中でもにじみ出てしまう黒沢清節を楽しめる作品かと。

ラベル:映画館 日本映画
posted by かしこん at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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