2016年05月29日

ディセント 生贄の山/ティム・ジョンストン

 最近、北欧系やイギリスばかり読んでいたような気がして、久し振りのアメリカ小説。
 なんというか・・・アメリカが抱える現在の病巣を全部入れして文学的に仕上げた、という感じであった。
 関係に行き詰まりを感じている夫婦と、今度大学に入る娘と2歳下の息子の4人家族。
 ロッキー山脈のリゾートに休暇に来て家族の絆を取り戻そうとするのだが、ジョギング高地練習(彼女は陸上で奨学金を取り大学に進むことになっている)で山道を走っていた娘がバンに乗った男に突然さらわれる。 自転車をこいで姉を追いかけていた弟はバンに跳ね飛ばされ、脚に後遺症が残るほどの大怪我を負うことに。 そこに至るまでに状況がおかしいと感じた娘からの携帯電話コールに気づけなかったと自分を責める父親、そして勿論自分も責めているんだけれど、一緒にいた弟が何故助けてくれなかったの?という(理不尽な)気持ちを拭いきれない母親。
 保安官その他周囲の人々が大捜索をしてくれたのに一向に見つからない娘の姿と、ただ時間だけが経過していくむなしさ。

  ディセント生贄の山.jpg それも、大自然を庭の延長のように考えてしまったから?

 そして約2年が経ち、娘がいなくなった現場近くに家を借りて今もずっと探し続ける父親と、自責の念と家族や日常が壊れたことに耐えられなくなって家出する弟、娘が生きているという希望を持ち続けることに疲れて娘は死んだものとして自分の人生を封じ込めてしまい、家族から離れることを選んだ母親と、それぞれと関わりを持った人々との人生の交差がタペストリーのように展開する。
 表紙のように内容はスリラーではあるものの、家出中の弟の描写はロードムービー調で、家を提供してくれた老人と父親との交流はただのご近所というレベルを超えた<近い痛みを持つもの同士>の疑似親子的関係に映るようになるし、それ故に老人のダメ息子はもっと自分の居場所をなくしたように感じて更にワルぶることになるんだけれど、かといって最後まで悪いやつでいるわけでもない。
 神はいるのかどうなのか、悪とは・罪とはなんなのかという話も出てくるし、損得を考えない人々のやさしさもまた描かれたりする。 それぞれどれかひとつにでも踏み込みすぎれば、まとまらずにとっちらかりそうなのに(まぁその分長いんだけど)、破綻することなく終幕を迎えているのは素晴らしい。
 著者略歴のところを見たら、この作品の完成に6年半ぐらいかかっているらしいので、それはそれで納得。
 書く側はそれだけの時間をかけているのに、読む側は一週間もかからないというのは・・・大変申し訳ないような、でもそれも賛辞のひとつになるような。 読者として、ちょっと複雑な気持ちになった。

ラベル:海外ミステリ
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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