2016年03月28日

サウルの息子/SAUL FIA(SON OF SAUL)

 デジタル放送の画面比9:16にすっかり慣れてしまった身としては、映画なのに3:4というのにはどうも納得できなくなってしまいました(昔の作品ならばともかく)。
 数年前の『アーティスト』もスクリーンの左右が無駄な空間に思えてなんだかイラッとしたし。 しかし、これは3:4でなければいけない映画だということが開始数分でわかるので、そんなイライラを感じることもなく(映画館も気を遣ってスクリーンサイズを3:4に合うようにしてくれていたという配慮のおかげもあるけれど、これは3:4でないと成立しない映画だったから)。 なるほど、と山ほど賞を獲ってきた意味もよくわかる、確かに審査員ならば賞をあげたくなる映画だなぁ、と感じ入るのであった。

  サウルの息子P.jpg 最期まで<人間>であり続けるために――

 1944年10月、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所。 ハンガリー系ユダヤ人のサウル(ルーリグ・ゲーザ)は、ガス室などで次々と処分される同胞たちの死体処理をする特殊部隊“ゾンダーコマンド”として、ナチスの監視のもと黙々と作業にあたっていた。 今はこうして仕事を与えられ、生きながらえていられるが、ゾンダーコマンドたちも数カ月後には処分される運命にある。 そんな中、サウルはガス室で生き残ったある少年を見(結局その少年はすぐに死んでしまい、ナチスは少年の解剖を命ずる)、彼にユダヤの正式な弔いをしてやりたいと密かに奔走する、そんな二日間の物語。
 「ホロコーストを描き、ユダヤ人は常に被害者という物語を発信し続ける時期は過ぎた。 それでも描くのならば、それ以上の何かがなければ意味がない」というようなことを言っていたのは誰だっただろうか。 この映画は、それ以上の何かです。

  サウルの息子3.jpg 全体のほぼ8割以上、こんな感じで顔中心。
 ほぼサウル、もしくは他の人物の胸から上のクロースアップで構成されるこの映画、顔にピントを合わせてあるため背景がぼやけるので、実はとんでもないものがそこにはあるんだけど(ガス室で倒れた数多くの全裸遺体とか)、よく見えない。 それはサウルが見ないようにしているからからかもしれないし、映画としてその残酷さを強調し過ぎたくないからかもしれない。 だからこその3:4なのである(いくら顔のアップにしても、9:16では背景が映り込みすぎてしまう)。
 ほぼ説明なし、サウルの独白もなし、少し客観的な位置を取るドキュメンタリーでもない、観客はわけもわからずその中に紛れ込まされてしまったかのような気持ちにさせられて、緊張感この上ない。 感情的でも感傷的でもないし、わかりやすい映画では決してないし。
 けれど、ぐいぐいと胸をえぐってくる。
 で、結果的に救いがあるとか問われれば、あるような、ないような・・・(あるんだけれど、あまりにささやか過ぎてさ・・・)。
 いや、あの時代においてはそれはささやかなものではなかったのかも。
 こういう映画がハンガリーから出てくる、ということが、旧ソ連の影響から脱してきたという証拠にも思えて、なんだかうれしいのは何故だろう。
 内容は全然、うれしい内容ではないのだが。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック