2016年03月25日

ドリームホーム 99%を操る男たち/99 Homes

 神戸の上映最終日ギリギリでシネリーブルへ駆け込む。
 つかれてる&体調いまいちの状況で寝ちゃったらどうしよう!、と思いつつ、しかしまったく眠たくなることなどなく完遂。 しかし観終わった後の気持ちはなんとも言えない、暗くて重いものだった。
 失業したシングルファーザーのデニス・ナッシュ(アンドリュー・ガーフィールド)は、銀行から借りたお金を返すことができず、自宅差し押さえを避けるために裁判所に異議申し立てをするが却下されてしまう。 猶予期間は30日以内、と言われたものの、銀行から通告された期日である翌朝、自宅を強制退去させられてしまい・・・という話。

  ドリームホームP1.jpg 一人は家族のために 一人は復讐のために 魂を売った

 時期的にはサブプライムローンの破綻真っ最中(いわばリーマンショック後)。 ちょうど『マネー・ショート』のあとという感じ。 でもこっちは金融用語はそんなにも出てこず、あくまでそれは“題材”で、映画としての本質は「金のために良心を売ることができるのか」であるような気がした。
 そこで登場するのが不動産ブローカーのリック・カーバー(マイケル・シャノン)。
 デニスの家を差し押さえる際に保安官たちと一緒に立ち会ったいわば銀行の代理人。 とはいえ彼は自己の利益を最大限に追求することが第一目標で、儲けのためには銀行でも裁判所すらもカモる。 いわんや一般市民をや、である。 そういう役をやらせるととっても輝くマイケル・シャノンだが、今回狂気っぽさはかなり控えめ(まぁ、そこが逆に怖かったりもするんですけどね)。

  ドリームホーム1.jpg リックはデニスを見込んで自分のところで働かせようとする。 悩んだデニスも背に腹は代えられず、仕事と収入がほしいからリックのもとへ。
 ダブル主演という感じなのだと思うけど(一応、アンドリュー・ガーフィールドのほうが主役という感じにはなってますが)、この比重が結構謎。 デニスは描写も多いし家を奪われてからの苦悩とかが中心になっているのだけれど、それまでの過去についてはほぼ不明。 息子はいるけど何故シングルファザーなのか、母親はどうしたのかなどは語ろうとしない。 それに対してリックは少年時代の話をしたり、「悪徳ブローカーとして堂々といられるのか」という根拠がしっかりと示されてる。
 「アメリカは勝者の国だ、負け犬に手を差し伸べたりなどしない」と言い切る姿は実にアンチヒーロー的で、どちらが主役かわからないほど。 デニスの過去をぼかすのは、これが誰の身にも起こりうることだということを強調したいからかもしれないけれど、借金抱えているのにタバコやめないとか、リックの仕事を手伝って小金が入ったからってすぐごちそう買ってきちゃったり、同じように家を追い出された人が集まっている格安モーテルに暮らしているというのにお金があることをまわりの人たちにすぐわかるような態度を取ったり・・・正直、とても賢いとはいえない(その単純バカっぽさを彼は非常にうまく演じているが)。

  ドリームホーム3.jpg その危機感のなさの積み重ねが家の差し押さえにまでつながったんじゃないのかという気もして、デニスに素直に同情できないのも事実。
 だからデニスが結局どのような選択をするのか、という覚悟の伝わり方が薄く、むしろニックのほうが潔い生き方みたいに見えてしまう理不尽。
 監督、脚本ともイランの方なので、アメリカ人にはストレートに描けないアメリカの非情さをあぶり出すことがこの映画の目的だった?
 しかし、その昔大学受験勉強に使っていた英語教材に、「アメリカ人は家を転々とすることに抵抗を感じない」的な例文があったんだけど(子供は18歳になれば家を出ていくし、仕事によって転居することもよくあることだから、的な)、やはり<郊外に家を持つ>というのはわかりやすい幸せの図式なのだろうか。 だから次々に「今よりいい家を」ってなっちゃうのかな。
 サブプライムローンの罠に引っ掛かってしまった人たちをこの映画は被害者として描いているけれど、銀行の口車に乗って必要のない改築をした・分不相応な家を買った、というような事実は変えられないからな・・・。
 タイトルにある99という数字は、「ノアの方舟に乗れるのは100人のうち1人だけ」と、「世界の富の25%を1%の人々が独占し、残りの99%は貧困である」という定義から。
 houseが家屋・建物としての“家”、homeが家庭・家族がいる場所としての“家”という受験英語的区別を思い出す。 houseがなければhomeも存在できないけれど、homeを犠牲にしてまでhouseを選ぶ必要はあるのか?
 お金持ちにはならなくてもいいけど、そこまでの貧困に陥らないように気をつけよう、という教訓でしたか・・・そうでも思わないと、家を奪われた人々(特に子供たち)の茫然とした瞳が忘れられない。 子供はなにも悪くないもんね! そういう意味では、説明を最小限に削ったのはドキュメンタリー度を高めるためだったのかもしれない。
 ・・・あぁ、重たいぜ。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック