2015年11月30日

エール!/La famille Belier

 音楽、殊に歌は映画に映える題材。 フランスでも大ヒットだということで、今年いっぱい有効のシネ・リーブル神戸サービスチケット(いつでも1000円で観れます、というやつ)を使って、あえてサービスデイではない日に鑑賞。
 わりと始まったばかりの時期だったけれど、そんなに込んでなくてよかった。

  エール!P.jpg 届け! 心のまんなかに。

 フランスの片田舎で酪農を営むベリエ家は、高校生の長女ポーラ(ルアンヌ・エメラ)以外、父・母・弟の全員が聴覚障害者。 それ故ポーラは一族を代表し、社会や外部とのコミュニケーション係を担っている。 ある日、憧れの男子に近付きたい一心で入った学校の合唱部だったが、音楽教師トマソン(エリック・エルモスニーノ)にポーラは歌の才能を認められる。 あげくにパリの音楽学校で行われるオーディションに参加しないかと薦められる。
 歌うことの楽しさを知り始めたポーラは自分の未来が開けていくことをよろこぶが、家族、特に母親から強く反対され、どうしたらいいのか悩み・・・という話。

  エール!3.jpg 市場でチーズなどの乳製品を売る、ベリエ家のみなさん。
 いろんな意味で・・・フランスとの国民性の違いにドッキリ。 なんか、オープンだなぁ。 日本人には無理!、的な。
 ただ、家(もしくは家業)のために子供が犠牲になることがある、というのは世界共通なんだなぁと感じました。 というかおかあさん、なんかパワフルすぎ? 世間知らずだという自覚なし? このおかあさんのキャラにはついていけなかった・・・うまい女優さんであることはわかるのだが、残念な役柄に思えてしまった。
 だって、娘が生まれて耳が聞こえると知ったとき、よろこばしいことではなくがっかりした的なことを言うんだもの!(正確には「どう育てていいかわからない」だったかな? でもその後は世間の人とのコミュニケーションはほとんど娘に依存しているようにしか映画では描かれていなく、それまではどうやってたんだ! 娘が産まれる以前のとおりに戻ればいいだけではないか、と大変あたしは腹立たしくなってしまったのだった)。 だから主人公に「こんな自分勝手な母親のこと気にしてないで、自分の夢に進もうよ!」と言いたくなってしまうのでしょう。 彼女の葛藤がもどかしかった。
 もしくは、あたし自身がある意味、家族を捨てているところがあるので(そう、あたしは人でなしです)、余計そう思ってしまったのかも。 大袈裟なまでに観客につきつけられる“家族愛”が(喋れないからこそオーバーアクションになるのかもしれないが)、ちょっと、いやかなり鬱陶しい。
 それは彼女が感じている「家族の中で自分ひとりが健常者」ということから来る鬱陶しさとは種類が違うものだ。

  エール!4.jpg それでも最終的に(というか最初から)お父さんは理解者、というのはおいしい役柄です。 娘と父の絆、ですかねぇ。
 耳が聞こえないことは個性のひとつ、という感覚はわかる。 だったら夫婦の問題と病状を医者に説明するのに娘を使うな!、と思ってしまう(自分でできることは自分でしよう)。 自分でできないことを助けてもらうのは当たり前だけど、そのほうが早いから的な理由で一方的に依存するのはおかしい。 そういう感覚が「障害者は甘えている」という偏見を助長してしまうのではないだろうか。
 とはいえラストに向けての盛り上がりは、選曲の妙とパワフルなヴォーカル(とグッドタイミングで登場のピアノ)のおかげで感動的に仕上がっている。
 あのシーンのための映画だったのかなぁ。

  エール!2.jpg 都会で何かやらかしたらしいトマソン先生も、生徒を思う気持ちの前では自己顕示欲は控えめに(というか、いつしかすごくいい先生になってるよ!)。
 挫折して田舎の音楽教師になった師と弟子の関係も、もうちょっと掘り下げてもよかったと思うけど・・・でもそっちにあまり比重を置くと家族関係重視がぼやけてしまうからあえて省略されているのかも。 ヒロイン中心ではなく、原題通り(“La famille Belier”:ベリエ一家)家族が主役なんだね。 だから中途半端に選挙の話とか出てきちゃうんだな。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 03:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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