2015年06月21日

サンドラの週末/DEUX JOURS, UNE NUIT

 ダルデンヌ兄弟の映画は観終わった後とてもブルーになる。 でも、ここ最近はちょっと違う印象。 特にすでに有名な役者を起用しはじめてから特に。 ならば、マリオン・コティヤールが出る今回はかなり希望が見える終わりなのではないのであろうか。 そんなことをひそかに期待しつつ、鑑賞(とはいえ、気持ちがブルーになる代表格の『息子のまなざし』や『ある子供』などが忘れがたい印象を残しているのも確かなんだけど)。

  サンドラの週末P.jpg すべては月曜日に決まる。

 病気で休職していたサンドラ(マリオン・コティヤール)は職場復帰を希望するものの、金曜日に会社から解雇の電話が入る。 彼女がいなくても仕事がまわると社長が納得したからだ。 しかも同僚である16人に1000ユーロのボーナスを支払うという。 もし、同僚たちの過半数がボーナスを諦めてサンドラを復職させることに同意すれば、解雇を取り消す、その投票を来週の月曜日にしてもいい、とサンドラの異議に対して社長が妥協策を出してきた。 復職のため、この土日をサンドラは同僚たちを訪ね歩き、自分の解雇を撤回することに賛成してほしいとお願いしにまわる・・・という話。
 正直なところ、法治国家である程度労働者の権利が保障されているところならば、この設定自体ちょっと無茶ではあるのだが(かといってまったく話が通じないわけでもないのでブラック企業というわけでもない)、「ヒロインが様々な事情を持つ人々を訪ね歩いて説得する話」が描きたかったんだろうなぁ、という気がする。 なので設定の強引さには目くじらを立ててはいけない映画だ。 台詞はフランス語だけれど、どこの国なのかはっきりさせない描写だし、一種のファンタジーですな。

  サンドラの週末3.jpg 同僚たちの民族的ルーツも様々。
 なにしろサンドラの“病んでいる”感が半端ではない。
 休職理由は出てこないが、明らかにメンタル面だろうなと感じさせるあやうさが、彼女が美人女優でいまやハリウッドスターでもあるセレブのマリオン・コティアールであることを忘れさせるというか、なんというか、女優魂である。 痩せた姿が痛々しいのに何故そんなタンクトップを着るのか、というあたりも含めて、「そもそも復職できる状態なのか?」というハラハラ感を観客にもたらす。 実際、「あんたには恨みはないがボーナスがないと生活できない」と言われてしまうと、自分の復職希望理由も「夫の収入だけでは子供たちを養えない」という理由なので、すぐにサンドラはへこたれてしまう。 そう、誰が悪いという話ではないので、観ている側も困ってしまうのだ。

  サンドラの週末5.jpg それでも夫は根気よくサンドラをはげます。
 この夫の理解、すごいなぁ!、と思ってしまった(自分の収入だけでは足りない、という切羽詰まった理由はあれど)。 気分のアップダウンが激しいサンドラに穏やかに付き合う強い優しさというか、揺ゆるがなさ。 責任感なのか愛なのか・・・彼がいてもときに自棄になってしまうのだから、サンドラの経験は相当にきついことがわかる(自分にそれができるのか、という命題を突きつけられているようだ)。 でもサンドラに共感してくれる人もいて、味方になってくれる人もいて・・・次第に彼女が立ち向かう気力を獲得していく過程は、ちょっと強引なセラピーとして通用するかもしれない。
 ダルデンヌ兄弟の映画には音楽がほとんど使われないことが多いのであるが(エンドロールもたいてい無音)、サンドラの行動に触発されDV夫の元から離れる決意をしたある同僚と、サンドラ、サンドラの夫とカーステレオから流れるポップスを揃って歌う場面はとても明るく、希望に満ちている。 投票結果については映画を観ていただくことにして、ラストシーンから受け取れるのもまた希望の光である、ということはお伝えしたい。 決して、気持ちがブルーになる映画ではなかった(途中、そしてこの先のことも自分のこととしてもいろいろ考えさせられるけれども)。
 それにしても、マリオン・コティアール、そりゃいろいろ主演女優賞獲るよな、という納得の熱演でした。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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