2015年04月19日

パリよ、永遠に/DIPLOMATIE

 予告で、「なんとなく舞台劇っぽいなぁ。 それも老練なオヤジ二人の会話劇」という感じがしたので、それを映画的にどう処理するのだろ?、という疑問もあって。 実際、歴史的事実に基づく出来事らしいし、ということで鑑賞。

  パリよ、永遠にP.jpg もしも、「パリ」が消えていたら――世界は、どうなっていただろう

 1944年、ナチス・ドイツ占領下のパリ。 パリ防衛司令部が置かれた老舗ホテル<ル・ムーリス>にて、司令官コルティッツ(ニエル・アレストリュプ)は、アドルフ・ヒトラーの命を受け、セーヌ川を氾濫させ、ノートルダム大聖堂他世界的な建築物を爆破し、まさにパリを完膚なきまでにする計画を立てていた。 スウェーデン総領事のノルドリンク(アンドレ・デュソリエ)は、国としては中立の立場ながら個人的にはパリ生まれのパリ育ち。 誰よりも愛するパリを守るため、コルティッツを説得しようと訪問する・・・という話。
 同じ出来事を歴史群像大作として撮ったのが『パリは燃えているか?』だそうですが、こちらはほぼ密室劇。 まさに二人のオヤジの台詞の応酬でほとんど進んでいく感じ。 絶対、これ基は二人芝居だわ、と確信(エンドロールでその旨、流れましたが)。

  パリよ、永遠に3.jpg ノルドリンクさん、本当に心の奥底はのぞかせない人。 これぞまさに外交官の鏡か!
 爆弾という無粋な武器で行われようとするパリ壊滅作戦に対して、ノルドリンクは言葉の駆け引きという交渉術だけで立ち向かう。 コルティッツはドイツ人将校だからヒトラーの命令は絶対である上、実は妻子を人質に取られているという状況。 パリの建造物の歴史的価値や、この先の時代に残す意味を説かれてもそう簡単に納得してはいけない立場。 その苦悩がドイツ人らしく結構わかりやすく表情に出てしまう。

  パリよ、永遠に1.jpgパリよ、永遠に2.jpg 得体の知れないノルドリンクよりも、だんだんコルティッツのほうが人間味あふれて見えてくる不思議。
 そんな二人による駆け引きという名の心理戦は、やはり役者が老練オヤジだからこそ見応えはあったものの、舞台で見た方がよかったかな、という気がしないでもなく。
 ただ、エンドロールに流れるセーヌ川を下りながらのパリの風景は映画ならではの美しさではありましたけれど。

  パリよ、永遠にP2.jpg この街の運命について語り明かそうではないか――
 こっちのポスターのほうが舞台劇っぽいかな。
 外交とはやはり武力の前に交渉。 しかしその“交渉”の意味と重さをわかっている人でないと意味がない、という話でした。 この老練さに、日本人は太刀打ちできるのか?
 グローバル時代、そうならなきゃいけないんだよな、という点でもしみじみ。

posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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