2015年03月27日

アメリカン・スナイパー/AMERICAN SNIPER

 まだ先だなぁ、と結構前からうかうかしておりましたが、続々とアカデミー賞関連作品が公開されております。 ずっと先だと思っていた『バードマン』『セッション』でさえも公開まで一ヶ月を切り。 やばい。
 そんなわけで、『アメリカン・スナイパー』です。
 予告編はもう10回以上見てるかも・・・でもこんなに本編が長いとは思いもよらず。
 でも、一人の半生を描くわけだから、それくらいは必要ですよね。 アカデミー賞直前時期では、アメリカ国内で候補作中最高の興行成績(勿論、クリント・イーストウッド作品としても最高)でありながら外国人記者たちの評判はよくなく、やはりアメリカのためという理由で(職務とはいえ)、多くの人を撃ち殺した人物に対して寛容になれないのでは(実話だし)、というような下馬評があったように聞いた。 でも、イーストウッドがそんな“愛国的”な映画をつくるかなぁ?、と思っていた。
 実際は、戦争というものがいかにむなしいか、戦場に赴いた人々がいかに傷つき苦しむか(それは結果的に戦地となった場所に住んでいる人々にも同じことが言えるとも示唆する)、というとても痛々しい物語であった。

  アメリカンスナイパーP.jpg 米軍史上最多、160人を射殺した、ひとりの優しい父親。

 アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズの隊員で、無類の正確さを持った狙撃手(スナイパー)であるクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)はイラク戦争に従軍していた。 今日も、あやしい動きをする現地の女性と子供を撃つべきか否か、判断を彼に委ねられる。
 何故彼はネイビーシールズになったのかに至る半生、特に子供時代に父親からいわれた言葉が彼の生き方の根幹になってしまった、それ故に重責に耐えられ、それ故に逃げられなくなってしまった皮肉というか・・・アメリカの<父と息子の関係>をまたいろいろ考えることに。
 時間軸は一定ではなく、合間に回想シーンが入ることによってクリス・カイル一人の物語ではなくアメリカ現代史の一要素として描かれている。 だからこそイラク戦争はベトナム戦争同様、一個人のみならず世界の悪夢になる。

  アメリカンスナイパー1.jpg ここをファーストシーンに持ってくる構成のうまさは、テレビCMでここを使われてもネタバレにならないという結果をもたらす。
 「心に傷を負う」といえば簡単に聞こえてしまうが、そんなもんじゃないんだ、というのを132分かけて描いた、という感じ。 これを観て、「アメリカ礼賛」って思う人のほうが奇妙。
 ブラッドリー・クーパー、確かに熱演(『ハング・オーバー!』の面影はなし)。 でも、アカデミー賞ほしくなっちゃったんだろうなぁ・・・という感じがしないでもなく。
 イーストウッドも『ジャージー・ボーイズ』のあとにこれを撮るのか・・・という映画監督としての底力というかパワフルさを感じてしまいました。
 それにしても・・・この映画の企画段階(もしくは撮影中)でもこんなラストシーンになってしまうとは誰も予想していなかっただろう。 偶然なのか必然なのか、映画という文化もまた歴史の一部を形作るということなのか、言い方は悪いがタイミングが違えばこの映画の完成度すら変わったというのが、美しくも壮絶。

ラベル:外国映画 映画館
posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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