2014年11月18日

ネルーダ事件/ロベルト・アンプエロ



 別に北欧に飽きたわけではないのだが、これは南米チリの話。



 チリで探偵をしているカジェタノはカフェで、この稼業を始めるきっかけとなった出来事を



ふと思い出し始める。 それは1973年、アジェンデ大統領による社会主義政権が崩壊の



危機を迎えていたときのこと。 キューバからチリにやってきたばかりのカジェタノは、政府



側の有力者であり、ノーベル賞を受賞した国民的詩人のパブロ・ネルーダと知り合った



カジェタノは、ある医師を捜してほしいと依頼される。 彼はしぶしぶ調査を始めるが、



ネルーダの依頼には別の意図があって・・・という話。



   南米的混沌をあまり感じさせない表紙。



 <事件>といっても結局は人探しに終始する。 途中で誰か殺されたりはしない。



 けれどなんだか読ませるのだ。 チリ・アジェンテ政権末期ということは映画『No』



描かれていた時期と一致するので、あの時代を思い描くことが結構容易だったのと、



映画では描かれていなかった庶民の生活面が詳しかったのもよかったのか。 とはいえ



人探しの旅はチリから始まり、メキシコ、キューバ、東ドイツ、ボリビアへと続く。 1973年



当時、社会主義政権の後ろ盾があればベルリンへも容易く(?)行けるんだ!、という



ことにも驚いたし。



 革命の闘士として生きることを決めたカジェタノの妻と、政治的信条はそこまで強くない



カジェタノは「仕事を得るため」という理由でネルーダの依頼を受ける。 とはいえプロの



探偵ではない彼にネルーダが施した教育的指導が「ジョルジュ・シムノンを読みなさい」



だったのは興味深い。 ホームズやポワロは探偵個人が超人的すぎ、一般人には応用が



難しいから、メグレ警部の地道な捜査法から学べ、ということなのだ。 そして実際、本を



読みながらふむふむと納得しているカジェタノが面白い!(しかしパリ人であるメグレと



違って、カジェタノの前に広がるのは南米的混沌なので、すべてがすべて参考になるわけ



ではなかったが。 メグレがチリに来ても解決できないに違いない、と毒づいているし)。



けれど名探偵や名刑事が自分たちの住むテリトリー内において最高のパフォーマンスが



できるような設定になっている、という指摘にはあたしも納得した。



 そんなわけでカジェタノは、このあと“チリにおける名探偵”の道を歩むことになるんだろう。



 それにしても、“国民的詩人”であるネルーダについてここまで書いちゃって大丈夫か、と



心配になるほど、下手したら遺族から名誉棄損などで訴えられそうな感じもするんだけど



・・・ある程度は知られた事実なのかしら? それを許容するのもまた、南米的混沌?


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ☆ 読んじゃいました | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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