2014年03月19日

ダラス・バイヤーズクラブ/DALLAS BUYERS CLUB

 お久し振りのシネ・リーブル神戸。 アカデミー賞効果か、アニメ映画も上映のせいか、様々な客層でにぎわっておりました。 今回のあたしの目的は『ダラス・バイヤーズクラブ』。 こっちの方が公開日が早かったせいもあるけど、『それでも夜は明ける』のほうが込んでいた・・・そっちも見る予定ですが、客足ってわかりやすいなぁ、とちょっと思ってしまったり。

  ダラスバイヤーズクラブP.jpg 生きる自由――。
  余命30日と宣告されたカウボーイが命を懸けて挑戦したこと。

 まだHIVがエイズと呼ばれ、同性愛者にだけ感染すると思われていた1985年のこと。
 電気技師でロデオカウボーイのロン・ウッドルーフ(マシュー・マコノヒー)は、男らしさをいちばんの価値観とし、不特定多数の異性と行きずりの関係を持ち放題、酒もヤクもどんと来いの日々を送っていた。 警察官である弟に諌められても、「人はいつか死ぬものさ」と悪びれる様子はない。 しかし、ある現場で電源がショートし、病院に運ばれてHIV陽性と診断される。 余命はせいぜいあと30日です、という医者に悪態をついて病院を飛び出す。 しかし、身体の不調など思い当たる節がある彼は図書館でエイズについて調べ、それは同性愛者間だけではなく不特定多数の避妊しない性交渉や麻薬の注射器使いまわしでも感染すると知り、どうにか生き残る方法を模索するのだった・・・という話。
 映画が始まって最初の数カットで、「あ、マシュー・マコノヒー、ハンサムを捨てている」と思わされる。 男らしさにこだわればこだわるほど、映画前半の彼は本当にカッコ悪くてみっともない。

  ダラスバイヤーズクラブ4.jpg 顔色の悪さとか異様なやせ具合とか、どう見たって病気なのに何故気づかないのか。 ま、カウボーイとしては自分が病気だなどと思いたくもなかったのでしょうが。

 HIVという病についての情報がある程度行きわたっている現代から見れば、ロンのしていることは無茶苦茶である。 病院の清掃係を買収してエイズ治験薬を横流ししてもらって服用しているのに、一緒に酒も飲んでヤクもやめないとはどういうことだ! ま、結局よくならないし横流しも難しくなったのでメキシコのあるもぐりの医者のもとにかけ込むことになり、そこで病気と治療薬との関係を学ぶ(ここしか登場しないけどメキシコ人医師がいい味出してる!)。
 この映画の絶妙なところは、“余命30日”とか言ってるわりには悲壮感もなく、「治療薬くれって言ってるのに認可が下りてないからダメとはどういうことだ!」というある種の純粋な怒りが原動力になっているところ。 当局を出し抜きたい、同じように困っている患者にも薬を選ぶ権利があるはず(勿論ボランティアではないのでしっかり金は取りますよ)、というのがいちばん強い動機だと前面に押し出されているところですかね。
 だから何回目かにぶっ倒れて病院に運び込まれたとき(このぶっ倒れ方も電池が切れたみたいに防御する余地もなく勢いよく倒れるので、なんだか面白いです)、同じ病室になったトランスジェンダーのレイヨン(ジャレッド・レトー)と知り合うのだけれど、「おネエ」としか認識できないロンはひたすら気持ち悪がってヘンタイ呼ばわりするのであるが(同じ病気なのに!)、結局同じ病気に立ち向かう同志としてはっきり口には出さないけど認めることになるのだから、人は痛い目に遭わないと偏見を認められないのね。

  ダラスバイヤーズクラブ3.jpg で、レイヨンさん、確かに綺麗なんだわ。 いつもタイツが伝線してるのが悲しいけど。
 レイヨンさん側の事情はあまり多く語られないのですが、まぁ十分想像は可能。 死期が近いからとわざわざきっちりスーツ着て(男装)父親の仕事場まで会いに行ったのに、話も聞いてもらえずにイヤミ言われて追い出されるとか・・・1985年ってそんな時代だったのかな、と腹が立つやらしみじみするやら(でもアメリカでは今でも、いわゆるカトリック原理主義に近い方々には完全否定されるんだろうけど)。 だからか、レイヨンにはどうしても生き残りたいという強い動機になる怒りが弱くて、でもそんなはかなさが余計に彼女を美しく見せている面もあり・・・複雑。
 “ダラス・バイヤーズクラブ”とはそんな二人が中心になってエイズ治療薬を外国から勝手に輸入し、直接患者に薬を売れば罪になるので、毎月会費を払ってもらって薬は無料配布する、という法の隙間を利用した会員制のクラブのこと。 インターフェロンをロンが買い付けに行く先は日本だったのだが、ほんのちょっとのシーンしかないのにトンデモニッポンだった・・・(何故かビジネスホテルに格子模様のついたてが!)。 そして日本を表現する映像が渋谷のスクランブル交差点だったことにも驚く。 内容とは直接関係がないのだけれど、なんだかちょっとがっかりするものですね。
 センチメンタリズムに陥ることなく淡々と日々を描くからこそ、さりげない描写に登場人物の内面がよりクローズアップされる。 メイン二人の演技が絶賛されるのはその期待にきっちり応えてるからなんだよなぁ、と俳優という人種が持つ底力に敬服した。
 これは何十kg痩せたからとかそういうことだけじゃないのですよ。
 なるほど、ディカプリオは勝てないですね、と納得。

posted by かしこん at 07:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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