2014年02月21日

ラッシュ プライドと友情/Rush



 個人的にはスポーツにあまり興味がないあたしですが、いくつか例外はあって、F1は



そのひとつ(「そもそもF1はスポーツなのか」という議論があるかもしれませんが、



<モータースポーツ>と呼ばれるからスポーツであろう解釈)。



 とはいえ、アイルトン・セナが事故死してからは距離を置いてしまっているので(何年前の



話ですか)、やっぱり興味がないのかもしれない・・・でも今回この映画を見て、グランプリ



レースの場所やコースなどを結構覚えていたことが判明。 深夜のTVでF1中継を見ていた



ことなどをちょっと懐かしく思い出したり。



   お前がいたから、強くなれた。



 といってもあたしがF1を見始めた頃はセナ全盛期、この映画の主役であるニキ・ラウダと



スティーヴン・ハントの時代はまったく知らないので新鮮でした。



 1976年のF1レースはニキ・ラウダ(ダニエル・ブリュール)とジェームス・ハント(クリス・



ヘムズワース)がデッドヒートを繰り広げていた。 ラウダはレース中にハントと初めて会った



6年前からのことを回想する。



 レースシーンと人間模様が交錯する構成は、緩急相まって上映時間の長さをあまり感じ



させない。 コースが違うとはいえ、一年のうちに何度もあるレースを全部描写していたの



では同じことの繰り返しでだれるので、ささっと編集して終わる潔さにも驚く(あたしはもう



ちょっと見たかったですけど、F1に興味がない人にはあれでも限界か)。



 そういうのを抜きにしても、いちばん魅力的なのは主役の二人。



   正反対の二人の天才。



 ラウダのナレーションで始まり、彼のナレーションで終わるのでずっと彼視点でいっても



よかったと思うのだが、バランス的にはハントの独白もほしかったのだろうか。 むしろない



方が、ハントの謎めいた部分をラウダだけが理解していた、というラストシーンの叙情に



つながるような気もするのだが。



 そんなジェームズ・ハントのクリス・ヘムズワースを、あたしは初めていいと思ったよ!



 『マイティ・ソー』のときの筋肉ムキムキ感がなくなって(あの身体ではコクピットに入れ



ないよ?、と最初にチラシを見たときに思った)、細マッチョというかむしろ華奢とすら感じ



させる細身の長身具合にうっとり。 しかも、やれば何でもできてしまう人にありがちな、



物事に執着心がないところをあらゆる面で体現していたのも素晴らしい。



 ダニエル・ブリュールはもともと好きな俳優であるが、もともとの童顔ハンサムを封印して



ニキ・ラウダ本人にかなり似せてきた(本人と対面しちゃったらそうするしかないだろうけど)。



なので、カットによっては「あれ、ほんとにダニエル・ブリュール?!」と目をぱちぱちして



しまうところも。 ドイツ語訛りの強い英語とか、多分本人の喋り方も意識しているんだろう。



自分の特徴ある個性を全部消し去ってまで実在の人物を演じることもできる人だったん



ですね(それでも強い印象を残せるということは、あぁ、この人も本当の役者だったよ、と



自分の認識の甘さにがっくり)。



   そして、レースではクラッシュ。



 当時のF1界ではシーズン中にレーサーが4人は死んでいるという危険度(セナの死後は



かなり見直され、現在は死亡者はほとんど出ない“安全なスポーツ”になったみたいだが)。



でもF1の魅力って、ある種の刹那さにあったことは否定できない。



 途中経過ランキングで1位になったラウダは、2位のハントをかわそうとしてドイツの



ニュルブルクリンクでクラッシュを起こし、再起不能かと言われた大怪我を負う。 ラウダ



不在となったその後のF1レースでハントがトップを独走するが、自責の念に苦しめられる。



しかしラウダはハントを責めることなど思いつかず、とにかくレースに復帰することだけを



考えていた。 表彰台に立つハントの姿を見ながら闘志を奮い立たせて。



 いやー、男の友情だね!



   いや、まだ無理だから!、と心の中で絶叫したあたし。



 結局6週間でレースに復帰したラウダはファンからの熱狂的な声援に迎えられ、グランプリ



ファイナルの地・富士スピードウェイでの決戦に向かう。 えっ、日本だったんですか?!、と



びっくり(実際に富士スピードウェイで撮影していた感じはしなかった)。 まだこの時代は



鈴鹿サーキットはなかったの? しかもよりによって大雨とか・・・。



 お膳立てが揃えば、現実はドラマ以上にドラマですねぇ。



 なにしろ主役の二人は天才なので、凡人には感情移入などできません。 あたしにしては



かなりストーリーを語ってしまいましたが、もうここまではCMでもやってたし、どっちが勝つ



かは実は重要ではなかったりするので。



 見るからに天才肌、レースの行方だけに執着するハントも、試合前には吐いてしまうほど



緊張するし、自分の乗るクルマには一切の妥協も許さないラウダはメカニックチームと衝突



しながらも信頼を勝ち取る。 そのようなディテールが<かっこつける方向は違うけど、一歩



間違うと死ぬ世界で生きている正反対の二人の物語>をぐっと身近で、かつめったにない



ものとして見せてくれる。



   このサバサバした表情が、ハントなのだ。



 あぁ、F1が(かつて)好きでよかった。 だから多分、よりわかった部分はあった。



 人生は今日一日限りかもしれない、と感じ続けたジェームズ・ハント。



 常に次のレースで今日の反省点を活かしたい、と考えるニキ・ラウダ。



 どちらが正しいとかではなくて、そういう二人がいたからこそF1にある時代がつくられた



のだ、というそれは歴史的事実。



 「あなたの生涯の一本を塗り替える」ほどではなかったけど、あたしは満足しましたよ。



なにしろ、ラウダをフェラーリチームに引っ張っていったレーサー、クレイ・レガッツォーニの



役がピエルフランチェスコ・ファヴィーノ(あたしの好きなイタリアの俳優さん)だったんです



もの! 国際色豊かなキャスティングも、ツボでした。


posted by かしこん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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