2014年01月31日

ルートヴィヒ/LUDWIG II

 ルートヴィヒと聞いて、世界史をとっていないのに、何故<狂王ルートヴィッヒ二世>(ルードヴィッヒと書いてたものもあったような)のことだとすぐわかったのかしら?(名作というヴィスコンティの『ルートヴィヒ』はまだ見ていません)
 ワーグナーがらみだとしたら森雅裕? 何かの歴史マンガかもしれん。 というわけであたしの知識は大変断片的であります。 そんなんで、明らかにお客が入らなそうな芸術志向っぽい映画にあたしはついていけるのか?
 結果的には、ついていけました(そこまでアート志向ではなくて、わりと普通?の歴史映画テイストだったので)。

  ルートヴィヒP.jpg ローエングリンのように清らかでいたい――。

 19世紀半ば、バイエルン王国の皇太子ルートヴィヒ(ザビン・タンブレア)は、将来の王となるため帝王学を身につけねばならない立場だが、15歳のときに見たワーグナーの『ローエングリン』に魅せられて以来ひたすら芸術にのめり込んでいた。 が、父王の突然の死により18歳で即位させられた彼は、周辺国による主導権争いで戦争が避けられそうもない状況下でも「芸術こそが国家を、国民を、そして世界を平和にする存在である」という主張を崩さなかった。
 このルートヴィヒ2世を演じているのが「十数年若いベネディクト・カンバーバッチ?」な雰囲気で、国王のローブを身にまといつつ王として初めての演説をどうすればよいのか一人で右往左往する姿はなかなか見物でした(知らない人だが、舞台系の俳優さんぽい感じがする)。 なので、「現代の感覚では理解者もいるだろうが、19世紀という時代ではさぞ周囲から浮きまくっているだろうな」とルートヴィヒ2世にどんどん同情する(さすがにそこまではちょっとやりすぎじゃないか、と思う部分もあれど)。

  ルートヴィヒ2.jpg 明らかにプレッシャーやストレスに弱そう。
 だから<狂王>と呼ばれてしまったのは彼の繊細すぎる精神故なのだと想像はつくのですが、でも時には自分の苦悩が重たいばかりに民への気遣いがないと受け取られる場面もあり・・・確かに芸術は人の心を豊かにするだろうけど自分の好みを押しつけてない? そして人は心のゆとりがなかったら芸術を楽しめないよ、と国王に忠告したくなってしまうのであった(彼にそんなことを言う人は、映画の中には出てこないのでね)。

  ルートヴィヒ1.jpg ワーグナーは自分勝手なことばっかり言うしね。
 ルートヴィヒ2世とワーグナーとの決別にはもっと政治的な理由もあったような気がしたけど、ここではあくまで芸術的意見の相違(というか主導権争いというか)ということになっており、いろんな意味でおとなげなさが印象深かったです。
 前半の映像美はなかなかで、現実世界とルートヴィヒの妄想とがうまく絡み合い、かといって難解にもならずわかりやすい絶妙なバランス。 ストーリーという大きな流れというより、大小あるエピソードの積み重ねで構成している感じはあるものの、若きルートヴィヒの不安定さがいい意味で牽引力となって飽きさせない。

  ルートヴィヒ4.jpg 厩舎係から始まり、ルートヴィヒの信頼を受けてお世話係になるホルニヒ(フリードリヒ・ミュッケ)がやたら美丈夫で、フリル系の白シャツをいつも着ていることになんだかウケてしまった・・・。
 ストレートなんだか漠然としてるんだかよくわからない同性愛要素も、ちょっと面白かったです(このはっきりしなさはルートヴィヒの内面世界の投影だからかしら)。
 ただ、<14年後>というテロップが出てからは(このテロップがなんだか安っぽくて、「あれ、これってテレビ映画だったの?」という疑問が浮かぶほど)、ルートヴィヒは別人の俳優が演じていて、申し訳ないががっかり感は否めなかった(実際に残っている肖像画も若き日のはえらくハンサムだが、晩年のは別人のように冴えないおじさんになっているのであるが)。 特殊メイクを利用していいから、同じ俳優でずっと演じてほしかったと思うのは多分あたしだけではあるまい。 それだけ、ザビン・タンブレアくん、よかったです!
 バイエルン王国の国庫を圧迫してまでも理想の城を建てようとしていたルートヴィヒは結局、国中から非難を浴びてしまうのだけど、ノイシュヴァインシュタイン城やリンダーホーフ城などは現在も残ってドイツの観光資源になっているわけだから、皮肉ですね。

ラベル:映画館 外国映画
posted by かしこん at 06:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 movie | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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